2011年 12月 31日
中国というパズル |
自然災害や財政危機が頻発した混乱の2011年も、まもなく終わろうとしています。通貨危機に直面する欧州では、「会議は踊る」で有名な19世紀のウィーン会議を思わせるような、方向感の定まらない事態が続いていて、年末に1ユーロが100円を割るなど、ユーロの存続自体が引続き危ぶまれています。
ユーロ安のメリットを享受しているドイツを除く、欧州経済の減速は、世界経済の先行きに重しとなっていることは明らかで、リーマン危機後に世界経済をドライブした中国と言えども、それは例外ではありません。年末にかけて中国からは、輸出の鈍化と関連した、製造業の減速を示すデータが次々に出され、前回も触れた金融引締め効果と合わさって、景気の急減速が懸念されています。
そんな中国を眺めていて良く感じるのが、中国というパズルの難解さです。投資の仕事は、様々な情報をパズルの部品のように集めてつなぎ合わせることで、これから起こりそうかを予想する仕事と言えるかもしれません。しかし世界第二位の規模に(正式に)なった中国経済については、この作業は一層困難を極めるように感じます。
その最大の理由は、ご案内の通り、中国経済が政府の政策の影響を強く且つ迅速に受ける、ということです。その最たる例として、前回も触れコメントも沢山頂いた、不動産市場がどうなるか、という議論があるように思います。
中国経済のハードランディングを予想する人は、大抵、中国不動産市場のバブルぶりを指摘します。その議論は、平均所得とマンション価格との乖離を指摘するものや、銀行が抱えているであろう不良債権の話、デベロッパーへの土地売却による収入が歳入の4割近くを占めるとされる地方政府の資金難(その結果としてのインフラプロジェクトの停滞)の話など、実に様々です。
しかしこれらの話は、全て真実であり、と同時に、真実ではない、とも言える気がします。例えば所得とマンション価格の差についてですが、某政府系企業に勤めている私の知人の公式な年収は、約150万円程度なのですが、私にもよく理解の出来ない一時金やら何やら(賄賂を除く)を含めると、実際の年収は1000万円を超えるそうです。そうした人が沢山いるとなると、所得比での不動産バブル論の根底がひっくり返ってしまいます。
また、以下のようなチャートを見て、北京や上海の一人辺りのGDPがアメリカの4分の1以下だと聞くと、やはりバブルなのでは?とも思えなくもありません。しかし、所得格差が激しい中国の沿海部において、更に外部からの資金も流入している一級都市の不動産価格を、平均所得と比較することに意味があるのかと考えると、あまりないのかもしれません。
ともかく、データを見るときに先進国の常識を持ってみると間違ってしまったり、更にはデータ自体がほぼ公然と間違っている可能性がそこここに見て取れたりする中国においては、不良債権にせよ、地方政府の負債額(GDPの4割程度と言われる)にせよ、どこまでデータに基づいた議論に意味があるのか、非常に悩ましいところです。
このように感じるのは、当然、投資家だけではないようです。中国でインフラプロジェクトに関与している企業や、中国に進出している外国企業の幹部、現場でプロジェクトや営業を仕切っている人たちと話をしても、常に聞かれるのは「3ヶ月先のことは誰にも分からない。鶴の一声で決まるから」と言った話です。
もちろん、誰もが「鶴の一声」を待っているだけではなく、「常識的に考えれば、これだけの予算が先送りになっているのだから、いついつ頃までにはプロジェクトは再開されるはずだ」、「マンション開発に対する規制が緩まなくても、他で規制が緩和されて、固定資本投資の絶対額が大幅に減少してGDP成長率を急減速させるようなことは、北京政府はしないはずだ」など、各人が様々な予想をしているようです。
そして、必ず「私は政府の誰々を知っているので、情報の確度は高い」と言ったことを言う人がいますが、中央政府の内部も一枚岩のようには見えませんし、誰か一人が全てを知っているという事も、なさそうな気がします。よって、親が政府の高官である、という知人達も、「経済成長が終わったとは思えないが、政府が態度を軟化させるまでは慎重になっておこう」という程度の感覚のようです。
実際、12月7日のFTの記事、「Drop in China’s local land sales poses threat to growth(地方都市での土地競売の不調が中国の経済成長に暗雲)」の中では、南部で1億人の人口を抱え、最も豊かな省の一つである広東省の首都、広州(Guangzhou)において、2011年に目標としていた土地売却益の500億元(約6.1兆円)に対して、9月までの売上はたったの140億間(1.7兆円)であった、という話が紹介されていました。
その原因は、デベロッパーが資金繰りに苦しんでいて、投資に慎重になっているためだと述べられていましたが、広州に限らず、全国の開発途上の二級(省都レベル)以下の都市において、着工されている不動産プロジェクトが、弱気の販売見通しを受けて、工事を減速したり停止したりしているといった状況が散見されます。
地方政府の財源が不動産依存であいることは有名ですし、また中央への吸い上げもかなりの額であることから、あまりの不動産市況の冷え込みは、未だに設備投資依存度が極めて高い中国経済全体にとって、脅威となり兼ねません。2012年も北京政府は、不動産バブルの封じ込めを続けると公言しているようですが、その他の部分で金融緩和が始まっているのは、こうした事情が背景にあるためと思われます。
ただ需要側の落ち込みが、即、今までの需要=投機であった、とも言い切れないようです。中国の二級都市では、信じられないような規模での不動産開発が行われており、こんなに作って誰が買うのか、と言う印象を受けます。しかし色々話を聞いていると、急速に進む都市化の流れを受けて、都市部の住宅は今でも供給不足の状況にあり、値段はともかく供給増はどうしても必要であるようです。
12月28日のLex「China Property(中国の不動産市場)」が取り上げていた、中国人民銀行のサーベイによると、今後数ヶ月で不動産を購入しようと考えている家庭はわずかに14%であり、過去最低水準であるそうです。しかしそういう「購入予備軍」の人達に話を聞くと、もう少し値段が下がったり、政府の方針が明確に変化をしたりしたら、即買うつもりだと、現金を暖めているようです。(中には辛抱し切れずに、そのお金で高級車を買ってしまう人もいるようですが・・・)
このように不動産市場ひとつを取ってみても、需要面、供給面、ファイナンス面など、様々な角度から、相矛盾するようなデータが色々と集まってきます。加えて、米国と同じ広さの国土と、100を超えるような100万人都市を有する中国において、ローカル色の極めて強い不動産市場のマクロ像を把握しようというのは、もはや不可能なようにも思えてきます。
しかし株式市場に目を向けてみると、香港上場の大手銀行や不動産株は、バリュエーションに係わらず、「チャイナ・ベア」の投資家にとっての格好のショート・ターゲットとなっているようにも見受けられます。
香港市場は、そもそも国営企業が外国から資本を調達するために設立された市場であり、国営の銀行や不動産デベロッパーなどの金融業者がハンセン指数に占める割合は、時価総額ベースで6割にも達します。(その他の市場では、15%~20%程度と言ったところです。)加えて、東京を上回る売買高を誇る上海市場については、外国人投資家のアクセスが限られていることや、空売りが出来ない、先物市場が整備されていないなどの問題があることも、香港市場のボラティリティを高める原因になっている気がします。
何かとりとめのない話になってしまいましたが、2012年も引続き、中国の政治経済や、ヨーロッパの状況などから不透明感が消えず、難しい年になりそうです。ただ、市場というのは、常にそうした不確定要素が多いものだと思うので、10年前にニューヨークに渡った時と同様に、現地の状況について地道に勉強をして、理解を深めていければと思っています。ブログに何かを書けるような知識レベルとは程遠いですが、引続き、欧米からの見方と現地での話とを対比させながら、色々見ていければと思っています。
ユーロ安のメリットを享受しているドイツを除く、欧州経済の減速は、世界経済の先行きに重しとなっていることは明らかで、リーマン危機後に世界経済をドライブした中国と言えども、それは例外ではありません。年末にかけて中国からは、輸出の鈍化と関連した、製造業の減速を示すデータが次々に出され、前回も触れた金融引締め効果と合わさって、景気の急減速が懸念されています。
そんな中国を眺めていて良く感じるのが、中国というパズルの難解さです。投資の仕事は、様々な情報をパズルの部品のように集めてつなぎ合わせることで、これから起こりそうかを予想する仕事と言えるかもしれません。しかし世界第二位の規模に(正式に)なった中国経済については、この作業は一層困難を極めるように感じます。
その最大の理由は、ご案内の通り、中国経済が政府の政策の影響を強く且つ迅速に受ける、ということです。その最たる例として、前回も触れコメントも沢山頂いた、不動産市場がどうなるか、という議論があるように思います。
中国経済のハードランディングを予想する人は、大抵、中国不動産市場のバブルぶりを指摘します。その議論は、平均所得とマンション価格との乖離を指摘するものや、銀行が抱えているであろう不良債権の話、デベロッパーへの土地売却による収入が歳入の4割近くを占めるとされる地方政府の資金難(その結果としてのインフラプロジェクトの停滞)の話など、実に様々です。
しかしこれらの話は、全て真実であり、と同時に、真実ではない、とも言える気がします。例えば所得とマンション価格の差についてですが、某政府系企業に勤めている私の知人の公式な年収は、約150万円程度なのですが、私にもよく理解の出来ない一時金やら何やら(賄賂を除く)を含めると、実際の年収は1000万円を超えるそうです。そうした人が沢山いるとなると、所得比での不動産バブル論の根底がひっくり返ってしまいます。
また、以下のようなチャートを見て、北京や上海の一人辺りのGDPがアメリカの4分の1以下だと聞くと、やはりバブルなのでは?とも思えなくもありません。しかし、所得格差が激しい中国の沿海部において、更に外部からの資金も流入している一級都市の不動産価格を、平均所得と比較することに意味があるのかと考えると、あまりないのかもしれません。
ともかく、データを見るときに先進国の常識を持ってみると間違ってしまったり、更にはデータ自体がほぼ公然と間違っている可能性がそこここに見て取れたりする中国においては、不良債権にせよ、地方政府の負債額(GDPの4割程度と言われる)にせよ、どこまでデータに基づいた議論に意味があるのか、非常に悩ましいところです。
このように感じるのは、当然、投資家だけではないようです。中国でインフラプロジェクトに関与している企業や、中国に進出している外国企業の幹部、現場でプロジェクトや営業を仕切っている人たちと話をしても、常に聞かれるのは「3ヶ月先のことは誰にも分からない。鶴の一声で決まるから」と言った話です。
もちろん、誰もが「鶴の一声」を待っているだけではなく、「常識的に考えれば、これだけの予算が先送りになっているのだから、いついつ頃までにはプロジェクトは再開されるはずだ」、「マンション開発に対する規制が緩まなくても、他で規制が緩和されて、固定資本投資の絶対額が大幅に減少してGDP成長率を急減速させるようなことは、北京政府はしないはずだ」など、各人が様々な予想をしているようです。
そして、必ず「私は政府の誰々を知っているので、情報の確度は高い」と言ったことを言う人がいますが、中央政府の内部も一枚岩のようには見えませんし、誰か一人が全てを知っているという事も、なさそうな気がします。よって、親が政府の高官である、という知人達も、「経済成長が終わったとは思えないが、政府が態度を軟化させるまでは慎重になっておこう」という程度の感覚のようです。
実際、12月7日のFTの記事、「Drop in China’s local land sales poses threat to growth(地方都市での土地競売の不調が中国の経済成長に暗雲)」の中では、南部で1億人の人口を抱え、最も豊かな省の一つである広東省の首都、広州(Guangzhou)において、2011年に目標としていた土地売却益の500億元(約6.1兆円)に対して、9月までの売上はたったの140億間(1.7兆円)であった、という話が紹介されていました。
その原因は、デベロッパーが資金繰りに苦しんでいて、投資に慎重になっているためだと述べられていましたが、広州に限らず、全国の開発途上の二級(省都レベル)以下の都市において、着工されている不動産プロジェクトが、弱気の販売見通しを受けて、工事を減速したり停止したりしているといった状況が散見されます。
地方政府の財源が不動産依存であいることは有名ですし、また中央への吸い上げもかなりの額であることから、あまりの不動産市況の冷え込みは、未だに設備投資依存度が極めて高い中国経済全体にとって、脅威となり兼ねません。2012年も北京政府は、不動産バブルの封じ込めを続けると公言しているようですが、その他の部分で金融緩和が始まっているのは、こうした事情が背景にあるためと思われます。
ただ需要側の落ち込みが、即、今までの需要=投機であった、とも言い切れないようです。中国の二級都市では、信じられないような規模での不動産開発が行われており、こんなに作って誰が買うのか、と言う印象を受けます。しかし色々話を聞いていると、急速に進む都市化の流れを受けて、都市部の住宅は今でも供給不足の状況にあり、値段はともかく供給増はどうしても必要であるようです。
12月28日のLex「China Property(中国の不動産市場)」が取り上げていた、中国人民銀行のサーベイによると、今後数ヶ月で不動産を購入しようと考えている家庭はわずかに14%であり、過去最低水準であるそうです。しかしそういう「購入予備軍」の人達に話を聞くと、もう少し値段が下がったり、政府の方針が明確に変化をしたりしたら、即買うつもりだと、現金を暖めているようです。(中には辛抱し切れずに、そのお金で高級車を買ってしまう人もいるようですが・・・)
このように不動産市場ひとつを取ってみても、需要面、供給面、ファイナンス面など、様々な角度から、相矛盾するようなデータが色々と集まってきます。加えて、米国と同じ広さの国土と、100を超えるような100万人都市を有する中国において、ローカル色の極めて強い不動産市場のマクロ像を把握しようというのは、もはや不可能なようにも思えてきます。
しかし株式市場に目を向けてみると、香港上場の大手銀行や不動産株は、バリュエーションに係わらず、「チャイナ・ベア」の投資家にとっての格好のショート・ターゲットとなっているようにも見受けられます。
香港市場は、そもそも国営企業が外国から資本を調達するために設立された市場であり、国営の銀行や不動産デベロッパーなどの金融業者がハンセン指数に占める割合は、時価総額ベースで6割にも達します。(その他の市場では、15%~20%程度と言ったところです。)加えて、東京を上回る売買高を誇る上海市場については、外国人投資家のアクセスが限られていることや、空売りが出来ない、先物市場が整備されていないなどの問題があることも、香港市場のボラティリティを高める原因になっている気がします。
何かとりとめのない話になってしまいましたが、2012年も引続き、中国の政治経済や、ヨーロッパの状況などから不透明感が消えず、難しい年になりそうです。ただ、市場というのは、常にそうした不確定要素が多いものだと思うので、10年前にニューヨークに渡った時と同様に、現地の状況について地道に勉強をして、理解を深めていければと思っています。ブログに何かを書けるような知識レベルとは程遠いですが、引続き、欧米からの見方と現地での話とを対比させながら、色々見ていければと思っています。
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by harry_g
| 2011-12-31 00:35
| 中国の経済