2012年 09月 16日
中国経済の「ニュー・ノーマル」? |
しばらくご無沙汰してしまいましたが、夏を過ぎても世界経済の混乱は続き、ウォールストリートでは、マクロ経済の動きに振り回される展開が続いています。
9月も中盤に差し掛かった13日には、いよいよアメリカのFRBが、市場が待ちわびていたQE3(量的緩和第三弾)を発表しました。「通貨安競争を招く」と批判を浴びた量的緩和を、アメリカが追加発表する必要性に迫られた背景には、やはり欧州経済の混乱と、いよいよ減速感を強めている中国経済があるように思います。

以前のエントリーでは、中国減速の要因としても、ヨーロッパの問題を度々取り上げましたが、最近では、中国国内の問題への注目が、より高まっているように感じます。タイトルにある「ニューノーマル」とは、「かつて10%超の経済成長が当たり前であった中国における、新たな経済成長率」と言う意味です。
最大の輸出先であった欧州経済の冷え込みに加えて、不動産バブルの抑制に努めている中国では、ウォールストリートによるGDPの予測値が、7%台まで引き下がってきています。世界第二位の規模を誇る中国経済の成長率が3%も減速すると、世界や日本の経済はもちろんのこと、中国の国内的にも、非常に大きな意味を持ちます。
そんな中、9月9日のFTのコラム「China decline sparks ‘new normal’ debate (中国経済の減速「ニューノーマル」議論に火をつける)」は、強気から弱気まで、様々なエコノミストの見解を紹介していました。
強気の意見は、今の景気減速の要因をあくまでも景気サイクルに求め、欧州への輸出減少や2年近く続く政府による引き締め策などに原因がある、と指摘しています。これは裏を返せば、政府が財政出動の拡大や金融緩和を今後一層進めることで、すぐに10%近い高成長を取り戻せるであろう、という期待が込められているものと思われます。

しかし弱気派が、現状の低成長が「ニューノーマル」だと考える理由は、足元の経済の減速は景気サイクルのせいだけではなく、いびつな経済成長が生み出してしまった、構造的な問題の結果である、と考えているためのようです。
経済成長の原動力
前回までに何度か書いてきた通り、今まで中国の経済成長は、Fixed Asset Investment(固定資本形成)、つまり輸出を支える製造業の拡大や、国内インフラ整備、不動産開発と言った、いわゆる設備投資に支えられて来ました。「世界の工場」としての地位を確立するプロセスで、これらの大型投資は必須であったと考えられます。
しかし海外への輸出代金として得た外貨を、輸出業者がどんどん人民元に換金してしまうと、強力な人民元上昇圧力になってしまいます。それに対抗して人民元の価格上昇を抑えるために、中国人民銀行は、巨額の人民元を印刷する必要に迫られて来たものと考えられます。こうして溢れた人民元が、国内にインフレ(通貨価値下落=物価上昇)をもたらし、不動産バブルを拡大させたと考えられています。
このバブルで潤ったのは、何も不動産関係者だけではありません。中国の地方政府は、その財政の大半を、不動産デベロッパーへの土地売却益に依存しています。不動産開発ブームは、地方財政を大いに潤わせ、その資金が空港や道路、鉄道の整備など、様々なインフラプロジェクトに向かいました。過去10年間で中国の大都市の風景が大きく変わり、「6ヶ月離れていたら別の都市のようになる」などと言われた所以とも言えるかと思います。
懸念の源泉
しかし中国では、大手銀行や不動産業者が、今でもSOE(State Owned Enterprises=政府系企業)です。よって上記のような急ピッチの開発は、日本の公共事業と同様に、どうしても資本効率の悪さ(無駄事業の多さ)という問題がつきまといます。
中国の大都市を訪れると、まずは新しいオフィスビルや高層マンションの数に圧倒されます。しかし夜になってみると、その多くの窓に光が灯っていないことに気付くことがあります。一部の例外を除いて、中国には固定資産税がありません。よって不動産保有コストはゼロに近く、それであれば「いつか値上がりする」であろう不動産にお金を入れておけという動きが広がったのも、不思議ではないかもしれません。

地方都市では、北京や上海に追いつけ追い越せの精神から、今でも急ピッチの開発が続いています。しかし、建設中の高層ビルの上にある建設用クレーンを良く見ると、全く動いていなかったり、建設機械が敷地内に一切無かったりという光景を、頻繁に見かけるようになりました。不動産デベロッパーは、マンションの完成前に完売するのが普通であり、そうでなければ意図的に完成を遅らせるのだとは、業界に詳しい友人の話です。
仮にそうした不動産デベロッパーが、不動産バブルを当てにして高値で土地を取得していたとすると、そうしたプロジェクトが滞ることで、貸し出し債権の不良債権化や、土地の投げ売りによる一層の価格下落など、負のスパイラルを引き起こしてしまうリスクが存在します。今のところ、そういう事象が深刻化する事態には至っていないようですが、時間の問題と考える向きもあるようです。
社会インフラ投資では、開発を急ぎすぎた高速鉄道が2011年に衝突事故を起こし、安全性に強い疑問が呈された事件がありました。その高速鉄道は、実際に利用してみると、実に快適かつ便利なのですが、常に乗車率が100%近くに見えるにも関わらず、乗車券の値段の安さもあってか、収益性や資金回収に、強い疑問が抱かれています。
中国には、全国に31の省・直轄市・自治区がありますが、それらの地方政府は、非常に大きな力を持っています。そしてその多くが、自らの省内に、大きな労働力を支えることが出来る自動車会社と製鉄会社を持ちたい、と主張していると言われます。その結果、中国には100を超える自動車会社や中小の製鉄会社が乱立し、それが過剰キャパシティの問題を生み出しています。

以上のような経済構造の歪みは、経済成長が10%を超えていた時には、それほど厳しく指摘されることはありませんでした。2000年から2010年までの10年間を見ると、中国の企業セクターは、名目経済成長率の15%前後を遥かに上回る、年利25%程度の利益成長を達成したと言われます。
しかし同期間に家計所得は10%程度しか成長しておらず、景気が減速感を強める中で、不動産価格の高騰や貧富の差の拡大を含む様々な経済の歪みが、社会問題として表面化しつつあるように思います。
FTのコラムで紹介されていた中で、弱気アナリストは、「中国経済はまさにターニングポイントを迎えている」と指摘していました。その理由としては、中国は既に「安い労働力」というカードを使い果たし、また輸出先である欧米経済が近い将来に急速な拡大局面に入ることも考えにくい中で、中国は国中に溢れる政府主導の非効率なプロジェクトのツケを負っていかなければいけないからだ、と指摘しています。
カネはあるのに動けない?
では世界は、中国経済の「ニューノーマル」として、過去より遥かに低い成長率を覚悟しないといけないのでしょうか?国土はアメリカ合衆国ほど広く、人口は13億人超と世界最大で、それでも都市化率が先進国の7割超に対して50%程度、一人当たりのGDPも先進国の数分の一である中国には、まだまだ大きな伸びシロがあるようにも見えます。
実際、中国経済に対して強気な人は、必ず「中国はまだまだ貧しく、インフラも未整備で、大きな改善と発展の余地がある」点と、「中国政府は大きな余剰金を抱えており、そうしたプロジェクトを支える十分な資金力がある」点を指摘します。これらは両方とも恐らく正しい指摘であり、更に付け加えると、多くの外資系企業が、中国ほど労働力が豊富で、人々が勤勉で、更にサプライチェーンが充実している製造拠点はない、と指摘します。
しかし、その余剰資金力をふんだんに利用して実施された、リーマン危機後の景気刺激策は、深刻な不動産バブルを招いてしまいました。そこから素早くレッスンを学び取った中国政府は、不動産バブルを抑制する方向に政策の舵を切りましたが、これは同時に、今後は中国政府が、「カネはあっても使えない」状況に追い込まれてしまったことを、意味しているとも言えます。

更に悪いことに、最近では「政府には本当にカネがあるのか」という意見までも、頻繁に聞かれるようになりました。今までインフラ事業を支えてきた地方政府は、上記の通り、土地販売にその財源を大きく依存して来ました。不動産市場が冷え込んでしまった結果、地方財源の大きな部分が損なわれてしまったことは、間違いない気がします。
中国経済はリバランスできるか?
世界にとって一つ幸いなことは、中国政府は貧富の差拡大などの歪な経済構造を、自らの政権基盤を脅かしかねない深刻な問題と捉えている、ということです。それが「外需依存から内需拡大への転換」という政府方針に反映されていることは、広く知られる通りです。
しかし同時に、「結局全ては五ヵ年計画通りに進むはずであり、大きな景気刺激策が導入されるのは時間の問題」という強い期待感が、中国には今でも存在します。9月9日のFTの「China stimulus – wishful thinking (中国の景気刺激策は期待過剰)」という記事でも、冒頭で「中国が本気で経済のリバランス(内需依存への転換)を図っていると思っているのであれば、気をつけた方がいい。先週発表された1兆元(約12兆円)の景気刺激策が、そうではない事を物語っている」と指摘しています。
問題は、それらのプロジェクトの資金繰りをどうするかについて、明確な道筋が示されていないことです。通常こうしたプロジェクトは、地方政府や政府系銀行がファンディングをします。しかし長引く不動産不況で地方財政が弱っている話は、上記の通りです。
また地方政府の独立色が強い中国には、「上に政策あれば、下に対策あり」という言葉があります。よって今回の1兆元の景気刺激策についても、「資金回収の目処が立たないプロジェクトに誰が従うのか(誰も従わない)」という悲観的な見方が強いように感じます。
とは言え中国政府には、やはり成長やリバランスを絶対に諦められない、強いインセンティブがあるように思います。昨今の日本との領土問題を受けて、連日大きな反日デモが起こっていると報道されています。しかし実際は、様々な労働争議デモやストライキが、全国で日常的に発生していると言われており、政府はその封じ込めに必死になっていると言われます。

もちろん、近代に列強から度々国土を侵された経緯から、中国が領土問題に特に敏感なのは、間違いない気がします。しかし中国政府にとっては、愛国心を一時的に煽ることよりも、やはり経済を安定的成長軌道に乗せることこそが、最優先の政策目標であるように思われます。外需が急速にしぼむ中、非常に難しい舵取りが求められる問題ですが、世界経済へのインプリケーションを考えても、今後も中国経済の動向から目が離せません。
歴史認識問題
余談ですが、広がりを見せている反日デモの背景の一つに、日本の歴史認識への批判があると言われます。実は、これは中国や韓国に限った話ではなく、欧米のメディアなどでも、「なぜ日本政府は、一部の右翼政治家を野放しにしておくのか」、「なぜ日本は今でも、侵略戦争の歴史に正面から向き合えないのか」と言った論調が、結構存在しているように感じます。
一部のメディアには、その理由として、冷戦体制の勃発によって、共産圏に属した中国等との戦後処理が困難になった点や、アメリカ政府の方針によって戦争責任の追及が曖昧にされたことが、日本とドイツの戦後処理に決定的違いを生んだ、と解説する向きもあります。しかし欧米人の同僚などと話していて感じることは、批判と言うより純粋な疑問として、何故日本は今でも戦後処理問題を引きずっているのか、という感覚があるようです。
そうした見解の正誤や善悪の判断は、当ブログの主題ではないので省きますが、昔から日本人は、自分たちが外国からどう見られているかについて、極めてセンシティブだと言われます。そのような感覚を持つ事は、経済がグローバル化した現代において、より重要性を増しているように思いますが、自らを相対的かつ客観的に見るというのは、どこの国、企業、個人でも、非常な困難を伴います。
そうした時に、最も簡単に客観的かつ相対的な物の見方を身につける方法は、海外から自国を見つめなおしてみることである気がします。その意味で、昨今の「若年留学ブーム(?)」は、バランス感覚に優れた人材を生む可能性を大いに秘めているという点で、大変喜ばしいことだと感じます。
「東京ユートピア」
最後に、最近友人が執筆した「東京ユートピア-日本人の孤独な楽園」という本を、少々紹介したいと思います。
著者の寺田悠馬氏は、16歳で日本を飛び出し、アメリカの全寮制高校(ボーディングスクール)を経て、NYのコロンビア大学に国際関係と美術史を学びました。その経験を通じて培われた文化的視点に、金融での勤務経験から得た経済的視点も加わって、東京、香港、ロンドン、ニューヨークなど、様々な都市について、ユニークな文化比較をしています。
著名な画家、山口晃氏の手がけたカバーアートも魅力的な本著は、金融関係者であってもなくても気持ちよく楽しめる内容で、また、自国を客観的に見つめてみるという意味では、学生にも是非お勧めしたい一冊です。

9月も中盤に差し掛かった13日には、いよいよアメリカのFRBが、市場が待ちわびていたQE3(量的緩和第三弾)を発表しました。「通貨安競争を招く」と批判を浴びた量的緩和を、アメリカが追加発表する必要性に迫られた背景には、やはり欧州経済の混乱と、いよいよ減速感を強めている中国経済があるように思います。

以前のエントリーでは、中国減速の要因としても、ヨーロッパの問題を度々取り上げましたが、最近では、中国国内の問題への注目が、より高まっているように感じます。タイトルにある「ニューノーマル」とは、「かつて10%超の経済成長が当たり前であった中国における、新たな経済成長率」と言う意味です。
最大の輸出先であった欧州経済の冷え込みに加えて、不動産バブルの抑制に努めている中国では、ウォールストリートによるGDPの予測値が、7%台まで引き下がってきています。世界第二位の規模を誇る中国経済の成長率が3%も減速すると、世界や日本の経済はもちろんのこと、中国の国内的にも、非常に大きな意味を持ちます。
そんな中、9月9日のFTのコラム「China decline sparks ‘new normal’ debate (中国経済の減速「ニューノーマル」議論に火をつける)」は、強気から弱気まで、様々なエコノミストの見解を紹介していました。
強気の意見は、今の景気減速の要因をあくまでも景気サイクルに求め、欧州への輸出減少や2年近く続く政府による引き締め策などに原因がある、と指摘しています。これは裏を返せば、政府が財政出動の拡大や金融緩和を今後一層進めることで、すぐに10%近い高成長を取り戻せるであろう、という期待が込められているものと思われます。

しかし弱気派が、現状の低成長が「ニューノーマル」だと考える理由は、足元の経済の減速は景気サイクルのせいだけではなく、いびつな経済成長が生み出してしまった、構造的な問題の結果である、と考えているためのようです。
経済成長の原動力
前回までに何度か書いてきた通り、今まで中国の経済成長は、Fixed Asset Investment(固定資本形成)、つまり輸出を支える製造業の拡大や、国内インフラ整備、不動産開発と言った、いわゆる設備投資に支えられて来ました。「世界の工場」としての地位を確立するプロセスで、これらの大型投資は必須であったと考えられます。
しかし海外への輸出代金として得た外貨を、輸出業者がどんどん人民元に換金してしまうと、強力な人民元上昇圧力になってしまいます。それに対抗して人民元の価格上昇を抑えるために、中国人民銀行は、巨額の人民元を印刷する必要に迫られて来たものと考えられます。こうして溢れた人民元が、国内にインフレ(通貨価値下落=物価上昇)をもたらし、不動産バブルを拡大させたと考えられています。
このバブルで潤ったのは、何も不動産関係者だけではありません。中国の地方政府は、その財政の大半を、不動産デベロッパーへの土地売却益に依存しています。不動産開発ブームは、地方財政を大いに潤わせ、その資金が空港や道路、鉄道の整備など、様々なインフラプロジェクトに向かいました。過去10年間で中国の大都市の風景が大きく変わり、「6ヶ月離れていたら別の都市のようになる」などと言われた所以とも言えるかと思います。
懸念の源泉
しかし中国では、大手銀行や不動産業者が、今でもSOE(State Owned Enterprises=政府系企業)です。よって上記のような急ピッチの開発は、日本の公共事業と同様に、どうしても資本効率の悪さ(無駄事業の多さ)という問題がつきまといます。
中国の大都市を訪れると、まずは新しいオフィスビルや高層マンションの数に圧倒されます。しかし夜になってみると、その多くの窓に光が灯っていないことに気付くことがあります。一部の例外を除いて、中国には固定資産税がありません。よって不動産保有コストはゼロに近く、それであれば「いつか値上がりする」であろう不動産にお金を入れておけという動きが広がったのも、不思議ではないかもしれません。

地方都市では、北京や上海に追いつけ追い越せの精神から、今でも急ピッチの開発が続いています。しかし、建設中の高層ビルの上にある建設用クレーンを良く見ると、全く動いていなかったり、建設機械が敷地内に一切無かったりという光景を、頻繁に見かけるようになりました。不動産デベロッパーは、マンションの完成前に完売するのが普通であり、そうでなければ意図的に完成を遅らせるのだとは、業界に詳しい友人の話です。
仮にそうした不動産デベロッパーが、不動産バブルを当てにして高値で土地を取得していたとすると、そうしたプロジェクトが滞ることで、貸し出し債権の不良債権化や、土地の投げ売りによる一層の価格下落など、負のスパイラルを引き起こしてしまうリスクが存在します。今のところ、そういう事象が深刻化する事態には至っていないようですが、時間の問題と考える向きもあるようです。
社会インフラ投資では、開発を急ぎすぎた高速鉄道が2011年に衝突事故を起こし、安全性に強い疑問が呈された事件がありました。その高速鉄道は、実際に利用してみると、実に快適かつ便利なのですが、常に乗車率が100%近くに見えるにも関わらず、乗車券の値段の安さもあってか、収益性や資金回収に、強い疑問が抱かれています。
中国には、全国に31の省・直轄市・自治区がありますが、それらの地方政府は、非常に大きな力を持っています。そしてその多くが、自らの省内に、大きな労働力を支えることが出来る自動車会社と製鉄会社を持ちたい、と主張していると言われます。その結果、中国には100を超える自動車会社や中小の製鉄会社が乱立し、それが過剰キャパシティの問題を生み出しています。

以上のような経済構造の歪みは、経済成長が10%を超えていた時には、それほど厳しく指摘されることはありませんでした。2000年から2010年までの10年間を見ると、中国の企業セクターは、名目経済成長率の15%前後を遥かに上回る、年利25%程度の利益成長を達成したと言われます。
しかし同期間に家計所得は10%程度しか成長しておらず、景気が減速感を強める中で、不動産価格の高騰や貧富の差の拡大を含む様々な経済の歪みが、社会問題として表面化しつつあるように思います。
FTのコラムで紹介されていた中で、弱気アナリストは、「中国経済はまさにターニングポイントを迎えている」と指摘していました。その理由としては、中国は既に「安い労働力」というカードを使い果たし、また輸出先である欧米経済が近い将来に急速な拡大局面に入ることも考えにくい中で、中国は国中に溢れる政府主導の非効率なプロジェクトのツケを負っていかなければいけないからだ、と指摘しています。
カネはあるのに動けない?
では世界は、中国経済の「ニューノーマル」として、過去より遥かに低い成長率を覚悟しないといけないのでしょうか?国土はアメリカ合衆国ほど広く、人口は13億人超と世界最大で、それでも都市化率が先進国の7割超に対して50%程度、一人当たりのGDPも先進国の数分の一である中国には、まだまだ大きな伸びシロがあるようにも見えます。
実際、中国経済に対して強気な人は、必ず「中国はまだまだ貧しく、インフラも未整備で、大きな改善と発展の余地がある」点と、「中国政府は大きな余剰金を抱えており、そうしたプロジェクトを支える十分な資金力がある」点を指摘します。これらは両方とも恐らく正しい指摘であり、更に付け加えると、多くの外資系企業が、中国ほど労働力が豊富で、人々が勤勉で、更にサプライチェーンが充実している製造拠点はない、と指摘します。
しかし、その余剰資金力をふんだんに利用して実施された、リーマン危機後の景気刺激策は、深刻な不動産バブルを招いてしまいました。そこから素早くレッスンを学び取った中国政府は、不動産バブルを抑制する方向に政策の舵を切りましたが、これは同時に、今後は中国政府が、「カネはあっても使えない」状況に追い込まれてしまったことを、意味しているとも言えます。

更に悪いことに、最近では「政府には本当にカネがあるのか」という意見までも、頻繁に聞かれるようになりました。今までインフラ事業を支えてきた地方政府は、上記の通り、土地販売にその財源を大きく依存して来ました。不動産市場が冷え込んでしまった結果、地方財源の大きな部分が損なわれてしまったことは、間違いない気がします。
中国経済はリバランスできるか?
世界にとって一つ幸いなことは、中国政府は貧富の差拡大などの歪な経済構造を、自らの政権基盤を脅かしかねない深刻な問題と捉えている、ということです。それが「外需依存から内需拡大への転換」という政府方針に反映されていることは、広く知られる通りです。
しかし同時に、「結局全ては五ヵ年計画通りに進むはずであり、大きな景気刺激策が導入されるのは時間の問題」という強い期待感が、中国には今でも存在します。9月9日のFTの「China stimulus – wishful thinking (中国の景気刺激策は期待過剰)」という記事でも、冒頭で「中国が本気で経済のリバランス(内需依存への転換)を図っていると思っているのであれば、気をつけた方がいい。先週発表された1兆元(約12兆円)の景気刺激策が、そうではない事を物語っている」と指摘しています。
問題は、それらのプロジェクトの資金繰りをどうするかについて、明確な道筋が示されていないことです。通常こうしたプロジェクトは、地方政府や政府系銀行がファンディングをします。しかし長引く不動産不況で地方財政が弱っている話は、上記の通りです。
また地方政府の独立色が強い中国には、「上に政策あれば、下に対策あり」という言葉があります。よって今回の1兆元の景気刺激策についても、「資金回収の目処が立たないプロジェクトに誰が従うのか(誰も従わない)」という悲観的な見方が強いように感じます。
とは言え中国政府には、やはり成長やリバランスを絶対に諦められない、強いインセンティブがあるように思います。昨今の日本との領土問題を受けて、連日大きな反日デモが起こっていると報道されています。しかし実際は、様々な労働争議デモやストライキが、全国で日常的に発生していると言われており、政府はその封じ込めに必死になっていると言われます。

もちろん、近代に列強から度々国土を侵された経緯から、中国が領土問題に特に敏感なのは、間違いない気がします。しかし中国政府にとっては、愛国心を一時的に煽ることよりも、やはり経済を安定的成長軌道に乗せることこそが、最優先の政策目標であるように思われます。外需が急速にしぼむ中、非常に難しい舵取りが求められる問題ですが、世界経済へのインプリケーションを考えても、今後も中国経済の動向から目が離せません。
歴史認識問題
余談ですが、広がりを見せている反日デモの背景の一つに、日本の歴史認識への批判があると言われます。実は、これは中国や韓国に限った話ではなく、欧米のメディアなどでも、「なぜ日本政府は、一部の右翼政治家を野放しにしておくのか」、「なぜ日本は今でも、侵略戦争の歴史に正面から向き合えないのか」と言った論調が、結構存在しているように感じます。
一部のメディアには、その理由として、冷戦体制の勃発によって、共産圏に属した中国等との戦後処理が困難になった点や、アメリカ政府の方針によって戦争責任の追及が曖昧にされたことが、日本とドイツの戦後処理に決定的違いを生んだ、と解説する向きもあります。しかし欧米人の同僚などと話していて感じることは、批判と言うより純粋な疑問として、何故日本は今でも戦後処理問題を引きずっているのか、という感覚があるようです。
そうした見解の正誤や善悪の判断は、当ブログの主題ではないので省きますが、昔から日本人は、自分たちが外国からどう見られているかについて、極めてセンシティブだと言われます。そのような感覚を持つ事は、経済がグローバル化した現代において、より重要性を増しているように思いますが、自らを相対的かつ客観的に見るというのは、どこの国、企業、個人でも、非常な困難を伴います。
そうした時に、最も簡単に客観的かつ相対的な物の見方を身につける方法は、海外から自国を見つめなおしてみることである気がします。その意味で、昨今の「若年留学ブーム(?)」は、バランス感覚に優れた人材を生む可能性を大いに秘めているという点で、大変喜ばしいことだと感じます。
「東京ユートピア」
最後に、最近友人が執筆した「東京ユートピア-日本人の孤独な楽園」という本を、少々紹介したいと思います。
著者の寺田悠馬氏は、16歳で日本を飛び出し、アメリカの全寮制高校(ボーディングスクール)を経て、NYのコロンビア大学に国際関係と美術史を学びました。その経験を通じて培われた文化的視点に、金融での勤務経験から得た経済的視点も加わって、東京、香港、ロンドン、ニューヨークなど、様々な都市について、ユニークな文化比較をしています。
著名な画家、山口晃氏の手がけたカバーアートも魅力的な本著は、金融関係者であってもなくても気持ちよく楽しめる内容で、また、自国を客観的に見つめてみるという意味では、学生にも是非お勧めしたい一冊です。

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by harry_g
| 2012-09-16 22:35
| 中国の経済