Home Depotとディールメイカー |

そのような懸念はHome Depotの株価にも反映していましたが、加えてデット調達を困難にするクレジットクランチが発生したことで、先週までこの案件の実現は危ぶまれていたと言える気がします。
ただ8月27日のFTの記事「Home Depot could set buy-out tone(Home Depot案件はバイアウトの今後を傾向付けるか)」によると、売り手であるHome Depot側は案件遂行に非常に積極的であり、2007年1月に巨額の退職金を受け取って批判を浴びた前CEOのBob Nardelli氏に変わってCEOに就任したFrank Blake氏(写真)は、ノンコア事業であるホールセール部門の売却を、経営の最重要課題として取り組んでいたそうです。
それに加えてHome Depotには、Ralph Whitworth氏が率いるアクティビストファンドRelational Investorsが取締役を送り込んでおり、ホールセール部門の売却手取金を用いて自社株買いを行うことを、強く後押ししているそうです。(収益性の低い事業や資産を売却して、資金を株主に返還せよというのは、典型的なアクティビストの主張と言える気がします。)
以前のような有利な条件でのデットの調達が困難になると、フィナンシャルスポンサー(LBOファンド)は金利負担の増加によって期待通りのIRRが望めなくなります。そうなると買収してもハードルレートの達成が困難となるため、場合によっては案件から降りるケースも出て来る気がします。
しかしHD Supplyの場合は売り手側も非常に積極的であるという事情もあり、背景でウォールストリートの大物が関係者の調整を行ったようで、結果的に大掛かりなストラクチャーの変更が実現して、案件が救われる形になったようです。

LehmanのFuld氏は、2006年に専門誌Institutional Investorsから証券業界のベストCEOに選ばれた実績があり、そんな大手投資銀行のCEO自らが週末に動いて大型案件を実現させる、まさに「ディールメイカー」という感じがします。
ともかくそんなわけで週明けには各メディアがディールの新しい概要を報じるに至ったわけです。
まず買収価格ですが、$10.3bn(約1.2兆円)から$8.5bn(約9,800億円)に18%切り下げられることになったそうです。
この修正幅は相当大きくみえますが、Home Depotの株価がここ半年で30ドル台後半から30ドル台前半へと1割以上下落していたことに加えて、デット条件が厳しくなっていることでスポンサーの期待リターンが相当下がってしまったことが、このような大幅修正の背景にあったのかもしれません。
またBloombergによると、Home Depotは、売却されるHD Supply社に対して$325mm(約370億円)のエクイティ出資を行って12.5%を取得すること、またバイアウトに用いられるデットの一部$1bn(約1,150億円)に対して保証をつけることにも同意したそうです。
LBOでは信用度の高いOpCo(事業会社)が信用度の低いHoldCo(持株会社)のに保証を付けるなどして、デットの条件改善を図ることが頻繁に行われますが、売り手が保証を付けるというのはユニークなアイデアと言える気がします。この辺りも、ディールアレンジャーの力が見えるところかもしれません。
ここまでは売り手に不利な変更ということになりますが、これに加えて買い手であるBain Capital、Carlyle、CDRの3社も、エクイティを$500mm(約580億円)積み増すことに合意したそうです。エクイティを低く抑えられれば、それだけレバレッジ効果を享受して高いIRRの実現が期待出来るわけですが、スポンサーの追加出資は、市場の変化を如実に表している気がします。
ともかく以上の4つの変更を組み合わせると、調達金額が大幅に減少して信用リスクはかなり低減されると思われるため、案件は実現に向かって大幅に前進したと言える気がします。
アメリカのLBOでは、M&AのプロであるPEファンドが投資銀行をアドバイザーとして使わないケースも多く、資金調達をまとめるレバレッジド・ファイナンスのクオーターバック(主幹事)が、最重要ポジションと言われたりします。
ただ今回のようなケースでは、資金調達の条件面も含めた調整役として、アドバイザーである投資銀行の重要さが再確認される結果になったと言えるかもしれません。Bloombergによると、この案件のMAアドバイザーは、セルサイドがLehman BrothersとGoldman、バイサイドがJP Morgan、Citigroup、MLのようです。
Home Depotの案件が無事に動き出したことで、他の大型LBO案件でも条件修正が行われるのではと言う期待がありますが、一方FTでは、Home Depotがこのような妥協を受け入れたのは特殊事情があったからであり、その他の案件はこう簡単にはいかないのではと指摘していました。
ちなみにその他の大型案件でよく名前が出るものには、先日も書いたSallie MaeとTXUの他に、First Data、Alltel、Clear Channelなどがあります。
以前にも触れたことのあるFirst Dataは、KKR単独の大型案件で、4月に発表された買収価格は$27.5bn(約3.2兆円)です。Alltelは地域携帯電話会社の大手であり、5月に発表されたバイアウト価格は$27bn(約3.1兆円)、買い手はTPGとGoldman Sachsです。Clear Channelは、全米でラジオ局などを運営する地域メディア大手で、2006年11月に発表された買収価格は$27.1bn(約3.1兆円)、買い手はBain CapitalとTH Leeです。
どの案件も相当の規模であるため、クレジットクランチ後に資金調達が厳しくなったのは間違いないと言える気がします。それでも案件の実現は、買い手であるLBOファンドのみならず、投資銀行にとっても巨額の収益機会がかかった死活問題であるため、今後も舞台裏で様々な「ディールメイカー」が活躍するのかもしれません。