2009年 02月 11日
投資銀行はどうすれば変わるか? |
オバマ大統領が就任受諾演説の際、「市場が富を生み出す源泉であることは間違いないが、十分な監視の目が無ければ暴走してしまう事を、今回の危機で我々は学んだ」といった趣旨の発言をしていました。これは、市場経済を重視するアメリカの基本的姿勢と、政府の役割を強化したい民主党の意向の、両方への配慮からであった為などと言われているそうです。
市場経済は、インセンティブシステムとも言い換えることが出来るかもしれませんが、収益への過大な欲求に対するチェック機能が機能不全に陥っていた事が、金融危機を招く結果になってしまったとことは、既にコンセンサスになっている気がします。
そこでよく聞かれる極端な理論は、「ウォールストリート(投資銀行)を解体せよ」と言うもので、実際に大手投資銀行は、全て銀行持株会社に転換しました。そして、金融の中心地であるニューヨークですら、金融業界の関係者以外からは、「金融関係者=I-Banker=悪」、と言った、極めて単純化された批判を、頻繁に耳にする気がします。
このような話を聞くにつけ、そもそも投資銀行とはどういう存在であり、I-Bankerと呼ばれる人は誰であり、何故ウォールストリートが過大なリスクテイクに走ったのかということについて、根本的な構造が理解されていないと感じます。
よって、このブログを書き始めた当初にも書いたことですが、「投資銀行とは何か」という極めて基本的な話を、最初に少々振り返ってみたいと思います。
まず名前が誤解を招きやすいのですが、投資銀行とは、用は証券会社です。証券会社の本来の機能は「直接金融の担い手」であり、銀行(間接金融)のように、一度自らのバランスシートに投資家・預金者の資金を取り込んで、それを企業に「間接的に」貸し出すのではなく、企業が発行する株式や債券を、「直接」投資家に販売するという役割を果たしています。
投資銀行の内部は、大きく分けて、2つに分かれています。
1つは「市場部門」であり、債券を取り扱う債券部と、株式を取り扱う株式部があります。この部門の顧客は「投資家(資金の出し手)」であり、そことの間での証券の売買手数料を稼ぐビジネスになります。この部門の職種には、大雑把に言うと、「Trader」、「Sales(Broker)」、「Research」があります。市場部門では、取り扱う証券や商品から派生するデリバティブも扱っています。
市場部門(株式・債券)
業務: 証券売買の仲介(セカンダリー)
収益: 投資家との売買から発生する手数料
職種: トレーダー・セールス・リサーチ
もう1つは「投資銀行部門(IBD)」であり、主な業務は、M&Aのアドバイザリーや、資金調達のアドバイスです。この部門の顧客は「企業(資金の受け手)」であり、企業の成長戦略や事業計画などに従って、買収の提案や資金調達の提案をすることで、そこから手数料を得ています。この部門で働く人を、一般に「I-banker」と呼びます。
投資銀行部門
業務: アドバイザリー、証券の引受け(プライマリー)
収益: 企業からの仲介手数料
職種: インベストメントバンカー(I-banker)
では、何故、顧客との仲介によって手数料を取るだけの証券会社が、過大なリスクを取って云々、ということになってしまったかというと、上記の二つの機能以外の、第三の機能を、強化する道をとってしまったからであると言える気がします。
それは、市場部門で言えば、「プロップトレーディング」と言われる、自己資金を使った売買であり、「社内ヘッジファンド」と呼ばれることもあります。そして投資銀行部門で言えば、「プリンシパルインベストメント」と言われる、自己資金を使った企業や不動産の買収であり、「社内プライベートエクイティ(買収)ファンド」と考えると、分かりやすいかもしれません。
要するに投資銀行(証券会社)は、金融仲介機能という、金融システム上で極めて重要な役割を果たしながら、同時に、自らの顧客がやっているような、リスクの高いビジネスに手を出していたことになります。(その引き金を引いたのは、証券手数料の自由化による、価格暴落だと言われています。)
しかも、そのような業務を、本業としているヘッジファンドやプライベートエクイティファンドよりも、遥かに大きなレバレッジ(借入金)を使って行っていたために、歯車が逆転し始めた際に、自己投資部門の損失が一気に膨らんで、本業であるはずの仲介機能まで麻痺させてしまって、金融システム危機を引き起こしてしまったわけです。
(詳しく書けば、もっと色々ありますが、極めて単純化した話とお考え頂ければ幸いです。)
よって「I-bankerは悪だ!」などとアメリカのメディアに叩かれても、、当の「I-banker」たちは、実際には金融危機の発生にほとんど関係ないというのが、全く笑えない真実だと言えるかもしれません。
話がそれましたが、投資銀行を変えるには、その業務を、本来的な証券仲介業務に限定してしまえばよいのではないか、という結論に至るかもしれません。
実際に欧州大手のUBSは、今回の金融危機で損失が膨らむ主な原因となった、債券部門に関して、対顧客ビジネス以外のほとんどのビジネスを閉鎖するという、大胆なリストラ策に出ています。
しかし証券仲介業務においては、完全に「自己トレーディング」のようなリスクを排除することは、実務上困難であり、更に、対顧客ビジネスのみに集中したとしても、リスクの高い証券化商品のようなものが引続き開発されていれば、いつまでも問題の火種はくすぶり続けることになるかもしれません。
それなら、やはり政府が監視をしなければいけないのでは、という話になりますが、政府の能力にも限界があり、結局ウォールストリートは、政府の監視を出し抜くような方法を考え出してしまうのではと言うのは、誰もが持つ懸念ではないかと思います。
・・・ではどうすれば、投資銀行が、長期利益を垣間見ずに短期利益を追求することを抑制することが出来るのか?その鍵は、まさに市場経済の根幹ともいえる、「インセンティブシステム」にあるのかもしれません。
今までの投資銀行の報酬システムは、極論すれば、顧客である投資家や企業の利益や、引いては自らが働く会社の長期的な利益成長よりも、自分や自分の部署の単年度の利益の最大化に大きく依存していたと言っても、過言ではないと思います。そのような報酬システムになっている限り、従業員達には、大きなリスクを取ってでも、短期利益の追求に走ろうとするインセンティブが働いてしまいます。
とは言え、報酬がもらえないのであれば、従業員の働くインセンティブは低下し、企業全体の収益性の低下や、ひいては産業全体の低迷を招いてしまうかもしれません。
このようなジレンマに対して、スイスの大手金融機関であるUBSとCredit-Suisseは、かなり斬新的と言える報酬システムを考え出したようです。
(スイスという国は、つくづくクリエイティブな国だと思います。。)
元々保守的なプライベートバンカーの国というイメージの強いスイスですが、大手金融の二社は、世界に名だたるグローバル投資銀行になっているのは、ご存知の通りです。
Credit Suisse(クレディスイス)は、米系大手投資銀行のFirst BostonとDLJを買収していますし、UBS(スイス銀行)は、英国大手投資銀SG Warburg、米証券Paine Webber、米投資銀Dillon Reedなどを買収することで、いわゆる証券業務を急拡大させて来ました。
その結果、今回の金融危機では、債券部門や社内ヘッジファンド(自己トレーディング)部門が大きな損失を出すことになり、その規模はスイスの国家のGDPをも上回るレベルとも言われます。そのため証券部門の改善は、国家的な緊急課題であり、その結果生み出されたのが、ユニークな報酬システムです。
少し前になりますが、2008年11月25日のBloombergのコラム「UBS Bonus Plan to Inflict Pain on Bank Culture (UBSのボーナス計画、銀行の企業文化に痛みの要素を課す)」によると、UBSは今までのインセンティブシステムを大きく変更し、数年間に渡って利益を継続して上げた場合にのみ、ボーナスを支払う仕組みを導入するそうです。
これは、例えば今年にボーナスは100ですよと言われても、実際の支払いは、当年から3年に渡って、33ずつ行われることになります。そして翌年以降に企業に損失が発生した場合、「逆ボーナス」ともいえるシステムが発動して、もらえるはずであった「33+33」は、取り上げられてしまうのだそうです。
同社は発表文の中で、「今までボーナスは、各年の総収入からコストを引いた額をベースに決定されていたが、収入の『額』ばかりに捉われて、それがどれほど継続可能なものかと言う『質』に注意を払ってこなかった」と述べ、「継続可能な収入にだけボーナスを払うことに決定」したのだそうです。
スイスのZurichの目抜き通りの広場で、UBSの向かい側に本社を構えるCredit Suisseの報酬案も、非常にユニークなものと言える気がします。
昨年2008年の12月18日のBloombergの記事、「Credit Suisse to Use $5 Billion of Illiquid Assets for Bonuses (クレディスイス、50億ドルの流動性の低い金融商品でボーナス支払い)」によると、金融危機によって価格が付かずに価値が暴落している流動性の低い金融商品をまとめるファンドを設立し、社員へのボーナスは、そのファンドへの持分で支払うことにしたそうです。
債券部門では、こうした流動性の低い「仕組み債」と呼ばれるデリバティブ商品を投資家に販売することで、巨額のフィーを稼いで来ました。そのフィーは成功報酬ではなく、あくまで売買手数料ですので、その結果、作った本人以外の誰にも価値の計算方法が分からないような金融商品が次々に開発されたと言われています。
こうした金融商品は、市場における流動性がないため、投資家は売るときに、販売元の投資銀行に売り戻すケースが多いとされますが、現在のような市場環境においては、どんな安い値段で買い戻したとしても、更に価値が下がらないとは言えない状況にあります。(いつも書いている「リクイディティの重要性」という話です。)
しかし、多くの投資銀行・債券部の幹部達は、市場が正常化して流動性が復活すれば、これらの金融商品の価値は元に戻る(大幅に上昇する)はずだと主張しています。・・・本当に価値が戻ると信じているのであれば、従業員達は、そういった金融商品でボーナスを受け取ることに、不服はないはず、という話です。
この方法であれば、金融機関は自己資本を毀損させずにボーナス支払いを行うことが出来る上、社員に対しては、顧客に販売してきた金融商品のリスクの責任を取らせることが出来ることになります。従業員にとっては厳しい話ですが、非常にメイクセンスしたアイデアであり、株主にとっても金融システムにとっても、一石二鳥ということになるかもしれません。
・・・これらのシステムが仮にウォールストリートで定着すれば、投資銀行の従業員の利害は、その顧客(投資家)や株主と、より一致するようになるかもしれません。そして何よりも、ウォールストリートが利益追求のために暴走し、システム全体を危機に陥れるような事態を、外部(政府)に過剰に依存することなく、避けることが出来るかもしれません。
しかし、これらのアイデアにも、幾つかの明らかな問題があります。
まず、これらの仕組みは、今までよりも社員に対して厳しいものであり、ウォールストリート全体で実施しなければ、単にスイスの金融機関から、よりアグレッシブな金融機関へと、人材の流動化が起こるだけに終わる気がします。
現在のように景気が悪ければ、転職は困難ですが、景気がよくなった途端に人材流出を引き起こし、結局システムは破綻してしまうかもしれません。
次に、Bloombergのいつもシニカルなコラムニストも指摘していたように、これらのシステムは社員一人一人のインセンティブを投資家や株主と一致させるのに役立つでしょうが、企業全体として投資銀行が暴走するのを防げるかどうかは、また別かもしれません。
そのようにウォールストリート全体が、長期的利益よりも短期的利益を重視して動いてしまうことを、スイス案では防ぐことが出来ない気がします。
そうなると、結局は、政府による監督強化が必要だという議論に帰結するわけですが、既に公的資金を受け入れた金融機関の経営者の報酬規制などに言及しているオバマ政権が、ウォールストリート改革にどこまで踏み込むか、注目して見たいと思います。
そこでよく聞かれる極端な理論は、「ウォールストリート(投資銀行)を解体せよ」と言うもので、実際に大手投資銀行は、全て銀行持株会社に転換しました。そして、金融の中心地であるニューヨークですら、金融業界の関係者以外からは、「金融関係者=I-Banker=悪」、と言った、極めて単純化された批判を、頻繁に耳にする気がします。
このような話を聞くにつけ、そもそも投資銀行とはどういう存在であり、I-Bankerと呼ばれる人は誰であり、何故ウォールストリートが過大なリスクテイクに走ったのかということについて、根本的な構造が理解されていないと感じます。
よって、このブログを書き始めた当初にも書いたことですが、「投資銀行とは何か」という極めて基本的な話を、最初に少々振り返ってみたいと思います。
まず名前が誤解を招きやすいのですが、投資銀行とは、用は証券会社です。証券会社の本来の機能は「直接金融の担い手」であり、銀行(間接金融)のように、一度自らのバランスシートに投資家・預金者の資金を取り込んで、それを企業に「間接的に」貸し出すのではなく、企業が発行する株式や債券を、「直接」投資家に販売するという役割を果たしています。
投資銀行の内部は、大きく分けて、2つに分かれています。
1つは「市場部門」であり、債券を取り扱う債券部と、株式を取り扱う株式部があります。この部門の顧客は「投資家(資金の出し手)」であり、そことの間での証券の売買手数料を稼ぐビジネスになります。この部門の職種には、大雑把に言うと、「Trader」、「Sales(Broker)」、「Research」があります。市場部門では、取り扱う証券や商品から派生するデリバティブも扱っています。
市場部門(株式・債券)
業務: 証券売買の仲介(セカンダリー)
収益: 投資家との売買から発生する手数料
職種: トレーダー・セールス・リサーチ
もう1つは「投資銀行部門(IBD)」であり、主な業務は、M&Aのアドバイザリーや、資金調達のアドバイスです。この部門の顧客は「企業(資金の受け手)」であり、企業の成長戦略や事業計画などに従って、買収の提案や資金調達の提案をすることで、そこから手数料を得ています。この部門で働く人を、一般に「I-banker」と呼びます。
投資銀行部門
業務: アドバイザリー、証券の引受け(プライマリー)
収益: 企業からの仲介手数料
職種: インベストメントバンカー(I-banker)
では、何故、顧客との仲介によって手数料を取るだけの証券会社が、過大なリスクを取って云々、ということになってしまったかというと、上記の二つの機能以外の、第三の機能を、強化する道をとってしまったからであると言える気がします。
それは、市場部門で言えば、「プロップトレーディング」と言われる、自己資金を使った売買であり、「社内ヘッジファンド」と呼ばれることもあります。そして投資銀行部門で言えば、「プリンシパルインベストメント」と言われる、自己資金を使った企業や不動産の買収であり、「社内プライベートエクイティ(買収)ファンド」と考えると、分かりやすいかもしれません。
要するに投資銀行(証券会社)は、金融仲介機能という、金融システム上で極めて重要な役割を果たしながら、同時に、自らの顧客がやっているような、リスクの高いビジネスに手を出していたことになります。(その引き金を引いたのは、証券手数料の自由化による、価格暴落だと言われています。)
しかも、そのような業務を、本業としているヘッジファンドやプライベートエクイティファンドよりも、遥かに大きなレバレッジ(借入金)を使って行っていたために、歯車が逆転し始めた際に、自己投資部門の損失が一気に膨らんで、本業であるはずの仲介機能まで麻痺させてしまって、金融システム危機を引き起こしてしまったわけです。
(詳しく書けば、もっと色々ありますが、極めて単純化した話とお考え頂ければ幸いです。)
よって「I-bankerは悪だ!」などとアメリカのメディアに叩かれても、、当の「I-banker」たちは、実際には金融危機の発生にほとんど関係ないというのが、全く笑えない真実だと言えるかもしれません。
話がそれましたが、投資銀行を変えるには、その業務を、本来的な証券仲介業務に限定してしまえばよいのではないか、という結論に至るかもしれません。
実際に欧州大手のUBSは、今回の金融危機で損失が膨らむ主な原因となった、債券部門に関して、対顧客ビジネス以外のほとんどのビジネスを閉鎖するという、大胆なリストラ策に出ています。
しかし証券仲介業務においては、完全に「自己トレーディング」のようなリスクを排除することは、実務上困難であり、更に、対顧客ビジネスのみに集中したとしても、リスクの高い証券化商品のようなものが引続き開発されていれば、いつまでも問題の火種はくすぶり続けることになるかもしれません。
それなら、やはり政府が監視をしなければいけないのでは、という話になりますが、政府の能力にも限界があり、結局ウォールストリートは、政府の監視を出し抜くような方法を考え出してしまうのではと言うのは、誰もが持つ懸念ではないかと思います。
・・・ではどうすれば、投資銀行が、長期利益を垣間見ずに短期利益を追求することを抑制することが出来るのか?その鍵は、まさに市場経済の根幹ともいえる、「インセンティブシステム」にあるのかもしれません。
今までの投資銀行の報酬システムは、極論すれば、顧客である投資家や企業の利益や、引いては自らが働く会社の長期的な利益成長よりも、自分や自分の部署の単年度の利益の最大化に大きく依存していたと言っても、過言ではないと思います。そのような報酬システムになっている限り、従業員達には、大きなリスクを取ってでも、短期利益の追求に走ろうとするインセンティブが働いてしまいます。
とは言え、報酬がもらえないのであれば、従業員の働くインセンティブは低下し、企業全体の収益性の低下や、ひいては産業全体の低迷を招いてしまうかもしれません。
このようなジレンマに対して、スイスの大手金融機関であるUBSとCredit-Suisseは、かなり斬新的と言える報酬システムを考え出したようです。
(スイスという国は、つくづくクリエイティブな国だと思います。。)
Credit Suisse(クレディスイス)は、米系大手投資銀行のFirst BostonとDLJを買収していますし、UBS(スイス銀行)は、英国大手投資銀SG Warburg、米証券Paine Webber、米投資銀Dillon Reedなどを買収することで、いわゆる証券業務を急拡大させて来ました。
その結果、今回の金融危機では、債券部門や社内ヘッジファンド(自己トレーディング)部門が大きな損失を出すことになり、その規模はスイスの国家のGDPをも上回るレベルとも言われます。そのため証券部門の改善は、国家的な緊急課題であり、その結果生み出されたのが、ユニークな報酬システムです。
少し前になりますが、2008年11月25日のBloombergのコラム「UBS Bonus Plan to Inflict Pain on Bank Culture (UBSのボーナス計画、銀行の企業文化に痛みの要素を課す)」によると、UBSは今までのインセンティブシステムを大きく変更し、数年間に渡って利益を継続して上げた場合にのみ、ボーナスを支払う仕組みを導入するそうです。
これは、例えば今年にボーナスは100ですよと言われても、実際の支払いは、当年から3年に渡って、33ずつ行われることになります。そして翌年以降に企業に損失が発生した場合、「逆ボーナス」ともいえるシステムが発動して、もらえるはずであった「33+33」は、取り上げられてしまうのだそうです。
同社は発表文の中で、「今までボーナスは、各年の総収入からコストを引いた額をベースに決定されていたが、収入の『額』ばかりに捉われて、それがどれほど継続可能なものかと言う『質』に注意を払ってこなかった」と述べ、「継続可能な収入にだけボーナスを払うことに決定」したのだそうです。
スイスのZurichの目抜き通りの広場で、UBSの向かい側に本社を構えるCredit Suisseの報酬案も、非常にユニークなものと言える気がします。
昨年2008年の12月18日のBloombergの記事、「Credit Suisse to Use $5 Billion of Illiquid Assets for Bonuses (クレディスイス、50億ドルの流動性の低い金融商品でボーナス支払い)」によると、金融危機によって価格が付かずに価値が暴落している流動性の低い金融商品をまとめるファンドを設立し、社員へのボーナスは、そのファンドへの持分で支払うことにしたそうです。
債券部門では、こうした流動性の低い「仕組み債」と呼ばれるデリバティブ商品を投資家に販売することで、巨額のフィーを稼いで来ました。そのフィーは成功報酬ではなく、あくまで売買手数料ですので、その結果、作った本人以外の誰にも価値の計算方法が分からないような金融商品が次々に開発されたと言われています。
こうした金融商品は、市場における流動性がないため、投資家は売るときに、販売元の投資銀行に売り戻すケースが多いとされますが、現在のような市場環境においては、どんな安い値段で買い戻したとしても、更に価値が下がらないとは言えない状況にあります。(いつも書いている「リクイディティの重要性」という話です。)
しかし、多くの投資銀行・債券部の幹部達は、市場が正常化して流動性が復活すれば、これらの金融商品の価値は元に戻る(大幅に上昇する)はずだと主張しています。・・・本当に価値が戻ると信じているのであれば、従業員達は、そういった金融商品でボーナスを受け取ることに、不服はないはず、という話です。
この方法であれば、金融機関は自己資本を毀損させずにボーナス支払いを行うことが出来る上、社員に対しては、顧客に販売してきた金融商品のリスクの責任を取らせることが出来ることになります。従業員にとっては厳しい話ですが、非常にメイクセンスしたアイデアであり、株主にとっても金融システムにとっても、一石二鳥ということになるかもしれません。
・・・これらのシステムが仮にウォールストリートで定着すれば、投資銀行の従業員の利害は、その顧客(投資家)や株主と、より一致するようになるかもしれません。そして何よりも、ウォールストリートが利益追求のために暴走し、システム全体を危機に陥れるような事態を、外部(政府)に過剰に依存することなく、避けることが出来るかもしれません。
しかし、これらのアイデアにも、幾つかの明らかな問題があります。
まず、これらの仕組みは、今までよりも社員に対して厳しいものであり、ウォールストリート全体で実施しなければ、単にスイスの金融機関から、よりアグレッシブな金融機関へと、人材の流動化が起こるだけに終わる気がします。
現在のように景気が悪ければ、転職は困難ですが、景気がよくなった途端に人材流出を引き起こし、結局システムは破綻してしまうかもしれません。
次に、Bloombergのいつもシニカルなコラムニストも指摘していたように、これらのシステムは社員一人一人のインセンティブを投資家や株主と一致させるのに役立つでしょうが、企業全体として投資銀行が暴走するのを防げるかどうかは、また別かもしれません。
そのようにウォールストリート全体が、長期的利益よりも短期的利益を重視して動いてしまうことを、スイス案では防ぐことが出来ない気がします。
そうなると、結局は、政府による監督強化が必要だという議論に帰結するわけですが、既に公的資金を受け入れた金融機関の経営者の報酬規制などに言及しているオバマ政権が、ウォールストリート改革にどこまで踏み込むか、注目して見たいと思います。
by harry_g
| 2009-02-11 16:37
| 投資銀行