2008年 11月 16日
ヘッジファンドと金融危機(議会証言より) |
金融危機と市場の混乱が続く11月13日、アメリカ議会が、大手ヘッジファンドのマネージャーをワシントンに召喚し、ヘッジファンドが金融市場で果たす役割についての公聴会を開催しました。
アメリカでは、議会の委員会による公聴会は頻繁に開かれ、様々な利益団体の代表者などが証言をします。しかしヘッジファンド業界の主要なプレーヤーが呼ばれることは(今日の公聴会の議長が指摘していた通り)珍しく、特筆に価するイベントだと思うので、少々これについて書いてみたいと思います。
証言をした5人メンバーは、業界人であれば誰でも知っている名前ばかりだと思います。(写真の左から右へ)
> George Soros: NYで$19bn(約1.9兆円)を運用するSoros Fund Managementの会長。グローバルマクロの投資家として過去にイングランド銀行を負かしたこと、アジア通貨危機の引き金を引いたと言われることで有名。
> James Simons: NY郊外で$29bn(約2.9兆円)を運用するRenaissance Technologiesのトップ。数学者で、数理モデル(クオンツ戦略)に基づくコンピュータ取引で投資を行う。
> John Paulson: NYで$36bn(約3.6兆円)を運用するPaulson & Co.の創業者で、数年前よりクレジットバブルの崩壊を予想し、昨年それがようやく奏功して、600%近いリターンを上げたと言われる。
>Philip Falcone: Herbinger Capitalの共同l創業者で、$20bn(約2兆円)を運用し、Paulsonと同様に昨年のサブプライム危機に関連して、100%超のリターンを上げたと言われる。
>Kenneth Griffin: シカゴのマルチストラテジーファンド、Citadel Investmentの創業者。同社は現在$16bn(約1.6兆円)を運用。学生時代に自ら発見した、転換社債アービトラージ戦略でファンドを興し、最近では証券仲介業務へも進出。
いつも書いている通り、ヘッジファンドはプロの投資家からのみ資金を受託する資産運用会社です。業界の明確な定義は難しいものの、その規模(運用資産額)はピーク時で約200兆円、全資産運用業界の2%程度と言われており、その売買高が市場取引額に占める割合は、過半数にも及ぶのではと言われています。
Soros氏など一部を除いては、その業界の人の声を直接聞く機会はあまりないのですが、議会の公聴会はテレビでも放映され、その内容ややり取りは、なかなか興味深いものでした。と言うことで、以下にその内容を要約してみたいと思います。
尚、細かなメモを取っていたわけではない上、正式なトランスクリプトを確認したわけではないので、間違い等お気づきの点はご指摘下さい。また、質疑の順番は内容によって整合性がとれていなかったので、こちらで勝手にまとめてあります。(数値などは、一部、Bloomberg、WSJ、FTの記事を参照しています。)
<ヘッジファンドと金融危機>
Q ヘッジファンドが、今回の金融危機に与えた影響は?
A 今回の金融危機を起こしたのは、証券会社や保険会社と言った規制された金融機関であり、ヘッジファンドではない。市場の混乱によってヘッジファンドの中には破綻した所も多いが、今までに公的資金で救済されたところはない。
Q あなた方の中には、サブプライム危機の発生を予想して大きな利益を上げた人がいるが、ウォール街とワシントンが完全に見過ごしたと言える金融危機を、どのようにして察知し、また回避することが出来たのか?(注:Paulson、Herbingerが特に大きな利益を上げたと言われています。)
A 一生懸命働くこと、格付機関から独立した、独自のリサーチを行うことで、ミスプライシングを発見すること。明らかにAAAではない債券に、AAAの格付が与えられていた。(Paulson氏)
A 住宅ローン業務に関連した銀行や証券会社、ローン会社などが行っていたような、非合理なリスクを取る代わりに、リスクを出来るだけ抑えながら、合理的投資を行ったこと。我々は、今回の金融危機を拡大させる原因となったレバレッジ(借入金を用いた投資)もほとんど行っていない。(Simons氏)
A 我々のアナリスト達は誰よりも勤勉に働き、独自の投資リサーチを行っている。よって誰にでも出来る簡単な解決策があるわけではない。言い換えれば、これは業界のノウハウの賜物であり、我々の投資家に対する付加価値の源泉でもある。
ただし、Lehman Brothersの破綻によって引き起こされた、過去8週間の市場の非合理性は、完全に想定範囲を超えている。よって合理的投資判断に依存したヘッジファンドの多くが事態に上手く対応できず、大きな損失を被っている。(Soros氏:私は金融危機を予想し警告していたが、過去8週間は完全に想定以上だった。)
Q とは言え、ヘッジファンドは空売りが出来ることで、投資信託に比べると、市場下落に対する抵抗力があるのではないか?
A それはその通り。また、投資信託のように、預かり資産の全てを常に株式に投資していなければいけないといったルールも存在しない。そうした点が評価されて、年金ファンド、大学基金、慈善基金などから、資金を預かって運用している。
(注:Bloombergによると、S&P 500が年初から10月までに34%下落したのに対し、過去最悪の年を経験しているヘッジファンド業界の平均リターンは、マイナス16%だそうです。ただこの数字は全ての投資戦略を含む数字であり、戦略によってリターンにばらつきがあると思われます。)
<規制強化の必要性>
Q ヘッジファンドの破綻が、金融機関の破綻と同様に、システミックリスクを引き起こす可能性はあるか?
A 大きいファンドが破綻した場合には、あるかもしれない。ただしこれは、レバレッジ(借入金)を過剰に使っている場合のみで、Lehman Brothersが40倍といったレバレッジを使っていたのに対して、ヘッジファンドのレバレッジは、一般的には遥かに小さい。過剰レバレッジこそが問題の根源である。
(注:私が知る限りでは、株式運用のヘッジファンドの平均レバレッジは1倍から4倍程度、デット運用の場合は10倍程度と思われます。私は業界全体を見渡せる立場にはいないので、ファンド投資の専門家の方のコメントを期待したいと思います。)
Q しかし、システミックリスクを引き起こす可能性があるほどの影響力を持っているのであれば、規制監督を強化すべきなのではないか?
A レバレッジについては、証拠金の積み増しなどの規制強化は検討に値する。これは銀行の「Basel 2」(自己資本規制)のような、明快な規制が望ましい。
A ただしヘッジファンド業界は、投資家からの資金返還要求などによって、50~75%縮小すると思われる。そこに思慮のない懲罰的な規制を加えることは、ただでさえ資産売却を迫られている同産業に追い打ちをかけ、市場にネガティブなインパクトを与えることになる。(Soros氏)
(注:多くのメディアは、Soros氏のこのコメントを捉えて、同氏が規制強化に反対したと言った報道をしていましたが、証言を通じて最も規制強化をサポートしていたのは同氏であったと思います。)
A ヘッジファンドのレバレッジは、現在でもカウンターパーティ(取引先証券会社)を通じて、間接的に規制されている。よって追加規制は必要ない。(Griffin氏)
Q AIGは、急速に発達したデリバティブであるCDS(クレジットデフォルトスワップ)の影響で破綻に追い込まれたが、このようなデリバティブのリスクはどう管理すればよいか?
A デリバティブは、OTC(相対取引⇔取引所取引)に依存しているため、参加プレーヤー間での「相互依存」リスクを生み出している。それを避けるためには、取引所を作るなどして、市場の流動性を担保することが肝要である。CDSについては、早急のクリアリングシステムの構築が望まれる。
A Citadelは、CMEと協力して、このシステムを早期に作り上げるべく尽力している。尚、Citadelが他社の注文執行内容を見ることは一切ない。
Q ヘッジファンドは、その取引内容の透明性が低く、何をしているか分からない存在であるが、取引内容の開示を強制すべきか?取引内容が不透明なことで、投資家が不利益を被っているのではないか?
A どの投資家も、ヘッジファンドへの投資を強制されるわけではない。それでも投資をしたいというプロの投資家に対しては、個別に投資内容は開示されている。また、既に多くのヘッジファンドが、自主的にSECに対してポジション内容を報告することを選択している。(注:四半期開示でSECのホームページから閲覧可能)
A とは言え、システミックリスクを正確に把握するために、より詳細な投資内容を“当局に”対して開示する規制の制定には、概ね賛成する。ただし、その内容を一般公開するのは望ましくない。投資内容はヘッジファンドの業務ノウハウの根幹であり、その開示を迫ることは、コカコーラに、その秘密の調理法を開示しろと迫るのと同じ意味を持つ。
Q 規制当局が、ヘッジファンドが行っている投資に大きなリスクがあることを発見した場合、どう対処すべきか?
A 投資銀行に対する(強制力)と同様の権限を有すれば良いのでは。ただし、過去最大のヘッジファンドの破綻であるLTCMのケースでは、政府によるアレンジはあったものの、最終的には民間のソリューションで解決した。昨年にコモディティ投資の失敗で破綻したAmaranthのケースも、JP MorganとCitadelで解決した。
<空売り(ショート)について>
Q ヘッジファンドは、ロング(買持ち)とショート(空売り)を行うわけだが、そのことは市場に均衡(Equilibrium)をもたらすと言われる。実際はどうなのか?
A 一般的には、空売りをする人がいる市場の方が、値動きは安定する。ヘッジファンドの積極的な売買が、市場に流動性を供給し、株価を合理化させているからである。
A Citadelは、アメリカの株式オプションの約3割、上場株の1割を取引しており、市場に流動性を供給している。この事によって、多くの個人投資家がメリットを受けている。(Griffin)
Q 空売りの問題点は?株価を押し下げ、企業を破綻に追い込む要因になっているのではないか?
A 大半のヘッジファンドはデイトレーダーではなく、あくまで企業リサーチに基づく株価の正当な価値に基づいて売買を行っており、投資家と呼ぶにふさわしい存在である。
企業は、株式の空売りによって破綻に追い込まれることはなく、、あくまでも事業の失敗や、過剰負債(バランスシートの悪化)によって破綻する。
(注:世の中に、割安で資産を購入しようとする合理的投資家が一切存在しないと仮定すると、株価下落による心理的恐怖によって、資本出資や資金貸出が断たれてしまい、企業が破綻に追い込まれる可能性はある気がします。
Lehman BrothersのCEOであったDick Fuld氏は、噂や空売りによって同社が破綻に追い込まれたと発言しているようですが、実際は、同社のバランスシートが過去の投資の失敗によって大きく毀損しており、そのことが欧米の銀行やアメリカ政府が同社に資本注入をすることを拒んだ最大の原因だったのではという気がします。
また、株価下落を防ぐ目的で、世界中で空売り規制が導入されましたが、その効果が短期的かつ限定的であることは、その後の市場動向から明らかな気がします。空売り規制は、流動性の低下によって「買い手不在」や「ボラティリティの上」などの状況をもたらし、結果として市場の混乱を助長しているのではと感じます。
尚、空売り規制にあまり意味がないことは、主要国の監督官庁も理解しており、どこの国でも当局は規制に後ろ向きだと聞きます。規制を推進しているのは、株価下落を国民から責められる政治家であり、善意で行っているであろうことが逆の結果を生んでいることは、何とも残念な気がします。)
・・・今回の公聴会の目的とは関係ないと思われる、ブッシュ政権の公的資金の使途についての話と、ヘッジファンドマネージャーの報酬に対する課税方法についての話にも、かなり多くの時間が割かれていました。その内容の要約も、以下に載せておきたいと思います。
<公的資金(TARP)の使途>
Q $700bn(約70兆円)の公的資金で、当初予定されていた問題資産の購入ではなく、金融機関などへ資本を注入するとHank Paulson財務長官が発表したことを、どう思うか?John Paulson氏に発言を求める。
A 極めて正しい。その理由は単純で、エクイティであれば1ドルで15ドルまでの企業貸出をサポートできるが、資産の購入では、企業貸出に何の影響もないからだ。
ただアメリカ国民が公的資金注入から得る利益は、金利5%+ワラント20%と、Warren Buffett氏がGoldmanに出資した時に得た10%+100%、またイギリスの10%、スイスの12%などと比較して、低すぎる。
また公的資金を受け取った銀行に対しては、配当金支払いの禁止、役員報酬の規制を設け、注入された資金が確実にエクイティ増強に繋がるようにすべきである。片方から水を注入し、反対から流れ出ているのでは、無意味である。
Q ではPaulson財務長官は間違っていたのか?「Paulson氏、Paulson長官を批判」といった記事になりそうだが。
A そうは言っていない。必要に応じて資金投入先を柔軟に変更している財務長官の努力は、賞賛に値する。資金の投入先は、アメリカ経済の早期復活にもっとも関連ある分野にすべきであり、銀行だけに限る必要はない。自動車ローン会社、保険会社など、必要なところに投入すべきである。
<ヘッジファンドの報酬>
Q 一般の人から見て、あなた方の報酬は天文学的数字に見えるが?
A ヘッジファンドマネージャーの報酬は、あくまで投資の成功報酬に基づいており、投資家と8:2で配分されることが通常である。言い換えれば、我々の顧客というか、投資家が利益を上げた時にのみ、報酬が得られる仕組みになっている。仮に損失を出すと、その損失を取り戻すまでは報酬はもらえない。
これは、どこぞの会社(金融機関を暗示)のように、経営者や従業員が莫大な報酬を手にし、その間に会社が破綻に向かって突き進むのとは大きく異なる。
また、我々マネージャー自身が自らのファンドの最大の投資家でもあるため、ファンドに損失が出れば、まず自分自身が最も痛手を受けることになる。
A ヘッジファンドは、その投資家である年金ファンドなどに大きなリターンをもたらしているのみならず、アメリカ企業に必要な資本を提供して設備投資やR&Dを助けたり、また金融業界に高報酬の仕事を数多く作り出している。
A 成功報酬に基づくインセンティブ制度は、健全な資本主義経済において、イノベーションを加速させる。これはアメリカ経済の成長の根幹とも言え、不可欠な仕組みであることは、ベンチャー企業の成長などからも明らかである。自分達自身も、起業家として成功していることを誇りに思っている。
Q 成功報酬(キャリードインタレスト)は、労働の対価として与えられているわけであり、キャピタルゲイン税ではなく、通常の所得税を課税すべきではないか?
(注:ヘッジファンドの運用者が自己資産のほとんどを自らのファンドに投資して、投資家と利害を一致させようとすることは、上記の通りです。質問者は、その自己資産から上がる利益はともかく、投資家から預かった資産を運用して得た成功報酬は労働の対価であるのだから、キャピタルゲイン税ではなく所得税とすべきではないか、というものです。)
A 他人からの預かり資本の値上がりによって得られた成功報酬については、その方が良い。(Soros氏、Simons氏)
A アメリカの税法では、パートナーシップはどこもそのような扱いを受けており、ヘッジファンドだけ不公平な扱いを受けているとは思わない。
ヘッジファンドに対して税制の変更を加えるのであれば、一般の株式投資家、不動産ファンド、プライベートエクイティ、レストランオーナーなどの起業家にも、同様の変更が加えられるべきである。
1年以内の売買で得られた利益には一般所得税が課されており、現時点で9割以上の所得がその範疇に入っている。
そもそもアメリカは、長期的な利益の創造を目指す企業の行動によってメリットを受けるはずであり、そのためのキャピタルゲインの追求を妨げるべきではない。(Paulson氏、Falcone氏、Griffin氏)
(注:WSJによると、ヘッジファンドの利益の多くは一年以内の売買によって得られたものであり、通常の所得税が課されているのに対して、比較的長期の投資期間を有するプライベートエクイティファンドが、利益の多くがキャピタルゲイン税扱いとなるメリットを、より多く受けているそうです。)
Q (特に強く税制変更に反対するGriffin氏に対して)税金が上がったら、ファンドを外国に移すことを考えるか?
A ロンドンのカナリーウォーフに行って、本来ならばアメリカにあるべきの、高報酬の仕事を沢山生み出すファンドが沢山あるのを見る度に、心が痛む。我々は、アメリカがヘッジファンド業界を作り出し、その世界をリードしていることを誇りに思っている。(Griffin氏)
アメリカでは、議会の委員会による公聴会は頻繁に開かれ、様々な利益団体の代表者などが証言をします。しかしヘッジファンド業界の主要なプレーヤーが呼ばれることは(今日の公聴会の議長が指摘していた通り)珍しく、特筆に価するイベントだと思うので、少々これについて書いてみたいと思います。
証言をした5人メンバーは、業界人であれば誰でも知っている名前ばかりだと思います。(写真の左から右へ)
> George Soros: NYで$19bn(約1.9兆円)を運用するSoros Fund Managementの会長。グローバルマクロの投資家として過去にイングランド銀行を負かしたこと、アジア通貨危機の引き金を引いたと言われることで有名。
> James Simons: NY郊外で$29bn(約2.9兆円)を運用するRenaissance Technologiesのトップ。数学者で、数理モデル(クオンツ戦略)に基づくコンピュータ取引で投資を行う。
> John Paulson: NYで$36bn(約3.6兆円)を運用するPaulson & Co.の創業者で、数年前よりクレジットバブルの崩壊を予想し、昨年それがようやく奏功して、600%近いリターンを上げたと言われる。
>Philip Falcone: Herbinger Capitalの共同l創業者で、$20bn(約2兆円)を運用し、Paulsonと同様に昨年のサブプライム危機に関連して、100%超のリターンを上げたと言われる。
>Kenneth Griffin: シカゴのマルチストラテジーファンド、Citadel Investmentの創業者。同社は現在$16bn(約1.6兆円)を運用。学生時代に自ら発見した、転換社債アービトラージ戦略でファンドを興し、最近では証券仲介業務へも進出。
いつも書いている通り、ヘッジファンドはプロの投資家からのみ資金を受託する資産運用会社です。業界の明確な定義は難しいものの、その規模(運用資産額)はピーク時で約200兆円、全資産運用業界の2%程度と言われており、その売買高が市場取引額に占める割合は、過半数にも及ぶのではと言われています。
Soros氏など一部を除いては、その業界の人の声を直接聞く機会はあまりないのですが、議会の公聴会はテレビでも放映され、その内容ややり取りは、なかなか興味深いものでした。と言うことで、以下にその内容を要約してみたいと思います。
尚、細かなメモを取っていたわけではない上、正式なトランスクリプトを確認したわけではないので、間違い等お気づきの点はご指摘下さい。また、質疑の順番は内容によって整合性がとれていなかったので、こちらで勝手にまとめてあります。(数値などは、一部、Bloomberg、WSJ、FTの記事を参照しています。)
<ヘッジファンドと金融危機>
Q ヘッジファンドが、今回の金融危機に与えた影響は?
A 今回の金融危機を起こしたのは、証券会社や保険会社と言った規制された金融機関であり、ヘッジファンドではない。市場の混乱によってヘッジファンドの中には破綻した所も多いが、今までに公的資金で救済されたところはない。
Q あなた方の中には、サブプライム危機の発生を予想して大きな利益を上げた人がいるが、ウォール街とワシントンが完全に見過ごしたと言える金融危機を、どのようにして察知し、また回避することが出来たのか?(注:Paulson、Herbingerが特に大きな利益を上げたと言われています。)
A 一生懸命働くこと、格付機関から独立した、独自のリサーチを行うことで、ミスプライシングを発見すること。明らかにAAAではない債券に、AAAの格付が与えられていた。(Paulson氏)
A 住宅ローン業務に関連した銀行や証券会社、ローン会社などが行っていたような、非合理なリスクを取る代わりに、リスクを出来るだけ抑えながら、合理的投資を行ったこと。我々は、今回の金融危機を拡大させる原因となったレバレッジ(借入金を用いた投資)もほとんど行っていない。(Simons氏)
A 我々のアナリスト達は誰よりも勤勉に働き、独自の投資リサーチを行っている。よって誰にでも出来る簡単な解決策があるわけではない。言い換えれば、これは業界のノウハウの賜物であり、我々の投資家に対する付加価値の源泉でもある。
ただし、Lehman Brothersの破綻によって引き起こされた、過去8週間の市場の非合理性は、完全に想定範囲を超えている。よって合理的投資判断に依存したヘッジファンドの多くが事態に上手く対応できず、大きな損失を被っている。(Soros氏:私は金融危機を予想し警告していたが、過去8週間は完全に想定以上だった。)
Q とは言え、ヘッジファンドは空売りが出来ることで、投資信託に比べると、市場下落に対する抵抗力があるのではないか?
A それはその通り。また、投資信託のように、預かり資産の全てを常に株式に投資していなければいけないといったルールも存在しない。そうした点が評価されて、年金ファンド、大学基金、慈善基金などから、資金を預かって運用している。
(注:Bloombergによると、S&P 500が年初から10月までに34%下落したのに対し、過去最悪の年を経験しているヘッジファンド業界の平均リターンは、マイナス16%だそうです。ただこの数字は全ての投資戦略を含む数字であり、戦略によってリターンにばらつきがあると思われます。)
<規制強化の必要性>
Q ヘッジファンドの破綻が、金融機関の破綻と同様に、システミックリスクを引き起こす可能性はあるか?
A 大きいファンドが破綻した場合には、あるかもしれない。ただしこれは、レバレッジ(借入金)を過剰に使っている場合のみで、Lehman Brothersが40倍といったレバレッジを使っていたのに対して、ヘッジファンドのレバレッジは、一般的には遥かに小さい。過剰レバレッジこそが問題の根源である。
(注:私が知る限りでは、株式運用のヘッジファンドの平均レバレッジは1倍から4倍程度、デット運用の場合は10倍程度と思われます。私は業界全体を見渡せる立場にはいないので、ファンド投資の専門家の方のコメントを期待したいと思います。)
Q しかし、システミックリスクを引き起こす可能性があるほどの影響力を持っているのであれば、規制監督を強化すべきなのではないか?
A レバレッジについては、証拠金の積み増しなどの規制強化は検討に値する。これは銀行の「Basel 2」(自己資本規制)のような、明快な規制が望ましい。
A ただしヘッジファンド業界は、投資家からの資金返還要求などによって、50~75%縮小すると思われる。そこに思慮のない懲罰的な規制を加えることは、ただでさえ資産売却を迫られている同産業に追い打ちをかけ、市場にネガティブなインパクトを与えることになる。(Soros氏)
(注:多くのメディアは、Soros氏のこのコメントを捉えて、同氏が規制強化に反対したと言った報道をしていましたが、証言を通じて最も規制強化をサポートしていたのは同氏であったと思います。)
A ヘッジファンドのレバレッジは、現在でもカウンターパーティ(取引先証券会社)を通じて、間接的に規制されている。よって追加規制は必要ない。(Griffin氏)
Q AIGは、急速に発達したデリバティブであるCDS(クレジットデフォルトスワップ)の影響で破綻に追い込まれたが、このようなデリバティブのリスクはどう管理すればよいか?
A デリバティブは、OTC(相対取引⇔取引所取引)に依存しているため、参加プレーヤー間での「相互依存」リスクを生み出している。それを避けるためには、取引所を作るなどして、市場の流動性を担保することが肝要である。CDSについては、早急のクリアリングシステムの構築が望まれる。
A Citadelは、CMEと協力して、このシステムを早期に作り上げるべく尽力している。尚、Citadelが他社の注文執行内容を見ることは一切ない。
Q ヘッジファンドは、その取引内容の透明性が低く、何をしているか分からない存在であるが、取引内容の開示を強制すべきか?取引内容が不透明なことで、投資家が不利益を被っているのではないか?
A どの投資家も、ヘッジファンドへの投資を強制されるわけではない。それでも投資をしたいというプロの投資家に対しては、個別に投資内容は開示されている。また、既に多くのヘッジファンドが、自主的にSECに対してポジション内容を報告することを選択している。(注:四半期開示でSECのホームページから閲覧可能)
A とは言え、システミックリスクを正確に把握するために、より詳細な投資内容を“当局に”対して開示する規制の制定には、概ね賛成する。ただし、その内容を一般公開するのは望ましくない。投資内容はヘッジファンドの業務ノウハウの根幹であり、その開示を迫ることは、コカコーラに、その秘密の調理法を開示しろと迫るのと同じ意味を持つ。
Q 規制当局が、ヘッジファンドが行っている投資に大きなリスクがあることを発見した場合、どう対処すべきか?
A 投資銀行に対する(強制力)と同様の権限を有すれば良いのでは。ただし、過去最大のヘッジファンドの破綻であるLTCMのケースでは、政府によるアレンジはあったものの、最終的には民間のソリューションで解決した。昨年にコモディティ投資の失敗で破綻したAmaranthのケースも、JP MorganとCitadelで解決した。
<空売り(ショート)について>
Q ヘッジファンドは、ロング(買持ち)とショート(空売り)を行うわけだが、そのことは市場に均衡(Equilibrium)をもたらすと言われる。実際はどうなのか?
A 一般的には、空売りをする人がいる市場の方が、値動きは安定する。ヘッジファンドの積極的な売買が、市場に流動性を供給し、株価を合理化させているからである。
A Citadelは、アメリカの株式オプションの約3割、上場株の1割を取引しており、市場に流動性を供給している。この事によって、多くの個人投資家がメリットを受けている。(Griffin)
Q 空売りの問題点は?株価を押し下げ、企業を破綻に追い込む要因になっているのではないか?
A 大半のヘッジファンドはデイトレーダーではなく、あくまで企業リサーチに基づく株価の正当な価値に基づいて売買を行っており、投資家と呼ぶにふさわしい存在である。
企業は、株式の空売りによって破綻に追い込まれることはなく、、あくまでも事業の失敗や、過剰負債(バランスシートの悪化)によって破綻する。
(注:世の中に、割安で資産を購入しようとする合理的投資家が一切存在しないと仮定すると、株価下落による心理的恐怖によって、資本出資や資金貸出が断たれてしまい、企業が破綻に追い込まれる可能性はある気がします。
Lehman BrothersのCEOであったDick Fuld氏は、噂や空売りによって同社が破綻に追い込まれたと発言しているようですが、実際は、同社のバランスシートが過去の投資の失敗によって大きく毀損しており、そのことが欧米の銀行やアメリカ政府が同社に資本注入をすることを拒んだ最大の原因だったのではという気がします。
また、株価下落を防ぐ目的で、世界中で空売り規制が導入されましたが、その効果が短期的かつ限定的であることは、その後の市場動向から明らかな気がします。空売り規制は、流動性の低下によって「買い手不在」や「ボラティリティの上」などの状況をもたらし、結果として市場の混乱を助長しているのではと感じます。
尚、空売り規制にあまり意味がないことは、主要国の監督官庁も理解しており、どこの国でも当局は規制に後ろ向きだと聞きます。規制を推進しているのは、株価下落を国民から責められる政治家であり、善意で行っているであろうことが逆の結果を生んでいることは、何とも残念な気がします。)
・・・今回の公聴会の目的とは関係ないと思われる、ブッシュ政権の公的資金の使途についての話と、ヘッジファンドマネージャーの報酬に対する課税方法についての話にも、かなり多くの時間が割かれていました。その内容の要約も、以下に載せておきたいと思います。
<公的資金(TARP)の使途>
Q $700bn(約70兆円)の公的資金で、当初予定されていた問題資産の購入ではなく、金融機関などへ資本を注入するとHank Paulson財務長官が発表したことを、どう思うか?John Paulson氏に発言を求める。
A 極めて正しい。その理由は単純で、エクイティであれば1ドルで15ドルまでの企業貸出をサポートできるが、資産の購入では、企業貸出に何の影響もないからだ。
ただアメリカ国民が公的資金注入から得る利益は、金利5%+ワラント20%と、Warren Buffett氏がGoldmanに出資した時に得た10%+100%、またイギリスの10%、スイスの12%などと比較して、低すぎる。
また公的資金を受け取った銀行に対しては、配当金支払いの禁止、役員報酬の規制を設け、注入された資金が確実にエクイティ増強に繋がるようにすべきである。片方から水を注入し、反対から流れ出ているのでは、無意味である。
Q ではPaulson財務長官は間違っていたのか?「Paulson氏、Paulson長官を批判」といった記事になりそうだが。
A そうは言っていない。必要に応じて資金投入先を柔軟に変更している財務長官の努力は、賞賛に値する。資金の投入先は、アメリカ経済の早期復活にもっとも関連ある分野にすべきであり、銀行だけに限る必要はない。自動車ローン会社、保険会社など、必要なところに投入すべきである。
<ヘッジファンドの報酬>
Q 一般の人から見て、あなた方の報酬は天文学的数字に見えるが?
A ヘッジファンドマネージャーの報酬は、あくまで投資の成功報酬に基づいており、投資家と8:2で配分されることが通常である。言い換えれば、我々の顧客というか、投資家が利益を上げた時にのみ、報酬が得られる仕組みになっている。仮に損失を出すと、その損失を取り戻すまでは報酬はもらえない。
これは、どこぞの会社(金融機関を暗示)のように、経営者や従業員が莫大な報酬を手にし、その間に会社が破綻に向かって突き進むのとは大きく異なる。
また、我々マネージャー自身が自らのファンドの最大の投資家でもあるため、ファンドに損失が出れば、まず自分自身が最も痛手を受けることになる。
A ヘッジファンドは、その投資家である年金ファンドなどに大きなリターンをもたらしているのみならず、アメリカ企業に必要な資本を提供して設備投資やR&Dを助けたり、また金融業界に高報酬の仕事を数多く作り出している。
A 成功報酬に基づくインセンティブ制度は、健全な資本主義経済において、イノベーションを加速させる。これはアメリカ経済の成長の根幹とも言え、不可欠な仕組みであることは、ベンチャー企業の成長などからも明らかである。自分達自身も、起業家として成功していることを誇りに思っている。
Q 成功報酬(キャリードインタレスト)は、労働の対価として与えられているわけであり、キャピタルゲイン税ではなく、通常の所得税を課税すべきではないか?
(注:ヘッジファンドの運用者が自己資産のほとんどを自らのファンドに投資して、投資家と利害を一致させようとすることは、上記の通りです。質問者は、その自己資産から上がる利益はともかく、投資家から預かった資産を運用して得た成功報酬は労働の対価であるのだから、キャピタルゲイン税ではなく所得税とすべきではないか、というものです。)
A 他人からの預かり資本の値上がりによって得られた成功報酬については、その方が良い。(Soros氏、Simons氏)
A アメリカの税法では、パートナーシップはどこもそのような扱いを受けており、ヘッジファンドだけ不公平な扱いを受けているとは思わない。
ヘッジファンドに対して税制の変更を加えるのであれば、一般の株式投資家、不動産ファンド、プライベートエクイティ、レストランオーナーなどの起業家にも、同様の変更が加えられるべきである。
1年以内の売買で得られた利益には一般所得税が課されており、現時点で9割以上の所得がその範疇に入っている。
そもそもアメリカは、長期的な利益の創造を目指す企業の行動によってメリットを受けるはずであり、そのためのキャピタルゲインの追求を妨げるべきではない。(Paulson氏、Falcone氏、Griffin氏)
(注:WSJによると、ヘッジファンドの利益の多くは一年以内の売買によって得られたものであり、通常の所得税が課されているのに対して、比較的長期の投資期間を有するプライベートエクイティファンドが、利益の多くがキャピタルゲイン税扱いとなるメリットを、より多く受けているそうです。)
Q (特に強く税制変更に反対するGriffin氏に対して)税金が上がったら、ファンドを外国に移すことを考えるか?
A ロンドンのカナリーウォーフに行って、本来ならばアメリカにあるべきの、高報酬の仕事を沢山生み出すファンドが沢山あるのを見る度に、心が痛む。我々は、アメリカがヘッジファンド業界を作り出し、その世界をリードしていることを誇りに思っている。(Griffin氏)
by harry_g
| 2008-11-16 09:19
| ヘッジファンド・株式投資