「黄金時代」の終焉 |
LBOの落ち込みは、プライベートエクイティ業界のみならず、その資金調達案件を引き受けることで非常に潤っていたウォールストリート(証券業界)も直撃しており、サブプライムによる損失ばかりが注目されがちですが、各社ともかなり苦しい状況にあるようです。
具体的数字を見てみると、現時点で銀行・投資銀行各社は、未販売のデットを、レバレッジドローンで$161.9bn(約18兆円)、ハイイールド債で$69.6bn(約7.7兆円)抱えているそうです。また今後に発生する予定であるバックログについても、Bloombergによると、Citigroup、Goldman、Morgan Stanley、JP Morgan Chaseの4社合計で$231bn(約25兆円)に及ぶそうです。
このバックログの額は、7月時点と比較すると32%減ったそうですが、夏以降は高金利商品への需要減退の影響により、ハイイールド債で10%程度、レバレッジドローンでも5%程度のディスカウントをすることを強いられているそうで、それが投資銀行に損失をもたらしているようです。
今年の大型LBO案件を振り返ってみると、一番最初に注目された大型案件は、クレジットカードデータのプロセッサーであるFirst Data Corp(KKRがバイアウト)の$9.4bn(約1兆円)のローンファイナンスだったと思います。
この案件のローンは、4%のディスカウントでオファーされ、資金調達を担当したCredit Suisse、Deutsche Bank、その他4社の銀行・投資銀行には、$360mm(約400億円)の損失が発生したそうです。また本案件では、ハイイールド債のオファリングからも$114mm(約125億円)の損失が出たそうで、更にまだ$10.4bn(約1.1兆円)のデットが未販売で投資銀行に残っているそうです。
Bloombergの記事にあったその他の案件を見てみると、GoldmanとCitigroupがファイナンシングを担当した通信大手Alltelのバイアウトでは、引受団は$17.5bn(約1.9兆円)に上るデットを売り切ることができず、B of A、Deutsche、JP Morganは、カジノ大手のHarrah'sのバイアウトに$22.3bn(約2.5兆円)をコミットしているそうです。
また、Citigroup、Deutsche、Morgan Stanleyは、ラジオ放送最大手Clear Channelのバイアウトに$22.1bn(約2.4兆円)を、またCitigroupとカナダのTD Bankは、カナダの通信最大手であるBCEの買収(史上最大のLBO)に$34.3bn(約3.8兆円)を提供することになっているそうです。
クレジットクランチが発生した後の資金調達条件についても見てみると、米国債とハイイールド債(BBB- / Baa3以下の非投資適格債)の差で示される信用リスクのコスト(スプレッド)は、6月の2.41%から5.64%まで拡大しているそうです。またB格のレバレッジドローンの、代表的変動金利である3か月LIBOR(ロンドン銀行間貸出金利)とのスプレッドも、2月に2.13%と最低レベルを記録した後、4.28%まで拡大しているそうです。
このような状況を受けてウォールストリートは、いかにパイプラインに乗っている案件の資金調達を最小のダメージで遂行していくかにフォーカスしているようですが、同時に幾つかのLBO案件への資金提供を断念しており、それによって合計で$51bn(約5.6兆円)程度の資金調達案件が回避されているそうです。大手投資ファンドのCerberusなどがいくつかの大型案件から撤退を表明しているのは、報道されている通りです。
ここ数年のLBOの「黄金時代」をもらたしたのは、堅調な景気の影響による極めて低いデフォルト率と、世界に溢れたリクイディティの存在に支えられた、安価なデットキャピタルへのアクセスであったと言える気がします。その結果、バイアウト案件の規模は年々拡大し、資金調達面でも、「こんな巨額のデットを市場は吸収できるのか」との懸念をよそにレバレッジドファイナンスが絶好調を続けたのは、記憶に新しいところです。
クレジットクランチが具現化した今年中盤以降、その状況は急変し、かつて巨大案件を抱えて周囲から羨望されていたPEファンドや投資銀行は、逆に苦しい立場に置かれてしまっていると言えるかもしれません。業界は叡智を結集してソフトランディングを目指すでしょうが、業界人の間では、案件数および規模の低調ぶりはしばらく続くだろう、と予想する声が多いようです。
クレジットクランチの影響が金融業界だけで留まっていればまだよいですが、金融は経済の血液とも言うべき存在であるため、そうはいかないかもしれません。
Economistなどの経済誌の年末特集号を読んでいると、信用収縮と住宅不況の影響が今後米国の消費や雇用といった実体経済に徐々に影響を与え、その影響が最終的には世界中に広まることを懸念する声が、日に日に高まって来ていると言える気がします。
現時点では、足元の堅調な経済データを見て経済後退論を否定する人もいるようですが、2008年は大統領選挙などもあり、激動の一年になるかもしれません。