2007年 10月 28日
アンダーウェイト・ジャパン? |
2007年に入ってから日本の株価は低迷気味ですが、その理由としてよく聞かれるのが、「外国人投資家が日本株をアンダーウェイトにしている」ということです。「アンダーウェイト」とは、グローバルな株式市場のインデックス(株価指数)に組み込まれる、国別の資産配分の割合(ウェイト)に対して、特定の国への投資割合を少なめにするという意味です。
例えば、北米の投資家が外国株投資をする際によく参照する、MSCI EAFEというインデックスがあります。その日本株の構成ウェイトが20%だとすると、投資家はその数値をベンチマークとして、運用資産の中で20%前後を日本株投資に使うと想定されます。それに対して多くの投資家が、日本株に対してそれ以下の割合でしか投資していない状態をアンダーウェイトと言い、要は「外国人投資家が日本に関して悲観的な状況」と言えると思います。
外国人投資家がいつ頃からどの程度日本株をアンダーウェイトにし始めたかは定かではありませんが、バブルの後遺症から抜け出した2003年頭から2005年頃までの間は、小泉政権の構造改革への高い評価と期待感もあり、国際比較で割安に放置されていた日本株を、外国人投資家は積極的に買いに回ったと言われています。
この間に日本株は急速に値を戻し、東証上場全銘柄の値動きを示すTOPIX(東証株価指数)は、2003年4月につけた770ポイントを底として、一時は1,800ポイントレベルまで回復しました。おかげで低迷していた日本企業の年金基金の運用リターンは大幅に改善し、日本全体が安心感と、ちょっとした株式投資熱に包まれたのは、記憶に新しいところです。
そのような言わば「脱リストラ相場」は 2005年に一服し、日本に再注目した外国人投資家の間では、「世界二位の経済大国である日本は、ここからどのように再成長路線を描き、また企業は如何にして株主利益を高めてくれるか」との期待が高まりました。しかしその後に株価が低迷していることは、残念ながら日本の状況が世界の投資家を満足させるものではないということを示している気がします。
この話は今後日本の株価がどうなるかという単純な話を超えて、日本経済の今後や世界の中での位置づけについて、インプリケーションを持っている気がします。そんな話を、なぜ日本株がアンダーウェイトされているのかという切り口から、少々考えてみたいと思います。
1.株価の割高感
日本株がアンダーウェイトにされている理由として最初に考えられるのは、株価が割高になったと考える投資家が増えたということだと思います。脱リストラ相場の中で株価は大幅に上昇し、結果として他国と比較した相対的魅力が薄れたという話は、よく聞かれる話です。
日本株が「割高」かどうかの判断によく使われるのは、代表的な株価評価の方法であるPER(株価÷一株利益)です。「日本のTOPIXの平均PERが、アメリカのS&P 500(アメリカを代表する株価指数)のPERに比べて、高いか低いか」という議論、要は企業の予想利益額に対して、株価は何倍の価格がついているかという議論が、投資家の間ではよくなされます。
しかしそのような比較において日本株のPERが割高に見えたとしても、日本の方がアメリカより金利が低く、投資家はより大きなリスクを取れるのだから(割高の株価も許容出来るのだから)、PERが割高でも自然なのではないかという反論が良く聞かれます。
確かにPERの逆数(一株利益÷株価)である「益利回り」は、とある株を1000円で買ったら、一年で幾らの利益が得られるのかを示す「金利」のようなものとも言えるかもしれません。PER20倍の株の益利回りは5%ですが、これは株式の価格変動リスクを考えても、日本の金利水準に比べれば魅力的(よって割高ではない)と考える人もいるかもしれません。
しかし聞く所によると、最近はそういう見方をする投資家は少数派であり、国別に経済の先行きやリスクを考慮した上で、長期の利益割引モデルのような考え方をする人が増えているそうです。こういった株価評価(バリュエーション)の方法は「流行り廃り」があるので何とも言えませんが、投資家の株価判断には大きな影響を与えていると思います。
ちなみにサブプライム問題後の株価下落を受けて、日本株のPERは低下して来ています。ただPERの計算に使われる「利益」は、過去の実際利益ではなく、Bloombergなどが集計する証券会社のアナリストの予想数値です。よって今後その予想利益が何らかの理由で押し下げられるようだと、PERは引き続き割高だと言うことになるかもしれません。
2.グローバル“相対”投資の拡大
日本株が割高だという議論に対し、欧州の投資家の多くは国別に資産を分割して運用している(カントリーファンド)のだから、外国市場との比較は意味がないという議論もあります。
確かにかつては、アメリカの投資家はグローバルに産業別に、ヨーロッパの投資家は国別に投資判断をする、と言われていた気がします。しかし聞くところによると、最近は欧州の投資家の多くも投資決定に国際比較を頻繁に利用するようになっているそうで、その傾向は確実に強まっているそうです。
そうすると単純な話ですが、「アメリカでは、それなりの利益成長も見込めて、経営者も株主のことを真剣に考えてくれる企業の株がPER15倍で買えるのに、日本では、国内経済も期待したほど成長せず、株主利益も相変わらず軽視されているようなので、プレミアムを払う理由はない」という議論になるわけです。
実際某投資ファンドの知人の中には、「日本は物事が前に進まず、関わるだけ時間の無駄だ」と断言している人もいますし、最近は欧米の大手投資銀行も、本社から優秀な人材を香港・中国に次々と送り込み、ビジネスチャンスの拡大を虎視眈々と狙っているようです。
こんな風に世界の投資家の間で「ジャパン・パッシング」とも言える状況があるのは寂しい話ですが、こと株式投資に関しては、資金の多くが年金基金であることもあり、長期的に利益成長が見込める市場により多くの資産を配分したいと考える人が増えるのは、自然なことなのかもしれません。
3.企業の経営改善への失望感
株価は投資家の期待感を多いに反映するわけですが、リストラ段階を脱した後の日本の政治や企業の行動が、「さあまた経済成長を目指すぞ、利益の成長に取り組むぞ」という前向きなものではなく、「これで一安心だ、次の不況に備えて現金を貯めておこう」と言うものであるとも、投資家の失望を買っている原因のようです。
中には福田政権と最近の政治家の後ろ向きな発言を懸念する向きもあるようですが、政治の問題はさておいても、日本企業がすっかりリストラ努力を忘れてしまったように見えることが、外国人投資家をがっかりさせているのは間違いない気がします。
しかし今見られるような企業行動は、日本企業側から見ると、至極当然の行動と言えるかもしれません。そもそも会社は株主のものと言うより従業員のものだという考えが強く、経営者も株主利益の最大化を行うことに何のインセンティブもなく(むしろあまりドラスティックなことをすると社会から敵視されかねず)、さらには直接金融がなかなか浸透しない中、いつまでも銀行頼みで横並び倒産するのはごめんだと経営者が考えるのは、自然なことな気がします。
ただこの点は日本でほとんど議論されないようですが、株式会社が社会の中で期待されている役割は従業員の雇用維持に限ったものではなく、株主から預かった大切な資金を「事業に投資」して、株主(年金受給者)のために長期継続的にリターンを生み出すことだと言っても、大きく間違っていない気がします。
確かに株主は、従業員と違って経営者にとっては顔の見えない存在かもしれませんし、会社と心中するような存在ではないかもしれません。しかしその株主が運用する資金の大半が年金の原資になっていると考えれば、株主による利益最大化の要求を「金儲け主義」などと一方的に批判するのも、どうかという気がします。
このような議論に対して企業側からよく出る反論として、「投資家は短視眼的すぎる、経営者は10年後をにらんで行動しているのだ」と言うことがあります。確かにアメリカでも、四半期決算が発表されるようになってから、経営者は短期的利益に必要以上にこだわっていると批判されることもあります。
しかしこのような議論の大半は、残念ながら経営改善の努力不足の言い訳であることが多い気がします。長期的ゴールは短期的経営改善の積み重ねによっても達成可能でしょうし、長期的ゴールが株主利益の最大化であるとの確信が持てるまでは、経営者が従業員を監督評価するように、株主が経営者をある程度短期的な区切りで評価するのは、さほどおかしい事ではないではない気がします。
ただ現実問題として、日本では経営者の利害が株主の利害と一致しておらず、労働市場の流動性も低いということはあると思います。よってアメリカのように、経営成績が悪い時はドラスティックなリストラをして、1、2年後に業績改善を目指すという行動は、日本では非現実的かもしれません。
それでも純粋な資金運用者である外国人投資家は、理詰めでリターン改善の要求を突きつけて来るわけで、日本の経営者に言わせれば、「言いたい事は理解出来るのだが、そうも簡単には行かないんだよ」というところかもしれません。
4.株主軽視(外国人・ファンド敵視)
今年の株主総会で外国人投資家による株主提案が全て否決されたことや、株式の持ち合い・買収防衛策の導入が進んでいること、スティールパートナーズやTCIと言ったアクティビストファンドが徹底的に敵視されていることなども、外国人投資家を失望させた大きな原因になっていると思います。
9月15日の日経新聞に、「日本株どうみるー外国人投資家に聞く(下)」という記事が載っていましたが、この中で英国最大の年金資金運用会社であるハーミーズの運用担当者が、「村上ファンドの動きなどをみて株主重視へカジを切ると感じたが、違った。(中略)株主還元への意識は低く、株主利益を損ねるかもしれない買収防衛策が導入されている。不満だ」とコメントしていました。
同社がその後に日本株をアンダーウェイトにしているかどうかは分かりませんが、このようなコメントは、まさに外国人投資家の意識が、2005年頃までの「期待感」から「失望感」に変わった状況を、良く示している気がします。
また同氏はこの記事の中で、「不思議なのは年金などの日本の機関投資家が企業に何も言わないこと。なぜ年金受給者など一般の個人の利益のために、機関投資家が経営者を突き上げないのか」ともコメントしていました。これこそが「事の本質」であり、株式投資に当たる際の典型的な外国人投資家のメンタリティと言えると思います。
ただこのような議論に対しても、日本国内では立派な反論があると思います。最初に思いつくのは上でも書いた「現金を溜め込みたい」という経営者の意識であり、政治や経済政策が方向感を失っている中で、経営者が守りに入るのは仕方が無いのかもしれません。
しかし、某フレンドリーアクティビストの投資家が指摘するように、経済発展に必要な「人的資源」と「土地資源」に限りのある日本において、企業が「資本効率」の改善を図らないことは、長期的な日本経済の展望に大きなマイナス要因かもしれません。
もう一つの説明は、外国人の日本株保有比率は3割弱に過ぎず、7割強の日本の投資家には違った行動原理があると言うことです。株式保有先企業とビジネス上のつながりのある金融機関や事業会社にとってみれば、経営者に反対して「短期的に」当該企業や社会から敵視されるのは、「長期的に」保有する株式の価値が低迷することよりも、大きなリスクだと言うわけです。
このガバナンス論と関連して、日本ではM&AやLBOによる株価の適正化が行われないと言った不満も、よく聞かれる気がします。また買収防衛策についても、徹底した株価の上昇を目指している企業が本当の意味での企業価値を守るために導入されるべきものであり、単なる保身の防衛策はもってのほかだと言う声も、かなり多い気がします。
しかし企業が事実上「社員の運命共同体」である日本においては、株主利益のために企業を売買するというコンセプトは、社会的にも心理的にも簡単に受け入れられるものではないと思います。特に買い手が聞いた事もない外国のファンドなどであれば、その抵抗感は尚更であろうことは、想像に難くありません。
ただプライベートエクイティファンドやヘッジファンドを含む外国人投資家の先にあるのも誰かの年金であり、その行動を「秩序破壊者」や「ハゲタカ」と言って一律に敵視するのはどうかとは思います。このような国民の意識はメディアの姿勢によって大きな影響を受けるでしょうから、保守主義的傾向がいつまで続くかも、外国人投資家が注目するところかもしれません。(日経新聞が上記ように外国人投資家にスポットライトを当てることは、非常に意義深いと思います。)
今後の状況
このように日本には色々な特殊要因があるわけですが、証券関係者の話によると、日本のコーポレートガバナンスはここ5年くらいで大幅に改善しており、経営者はより真剣に株主のことを考えるようになったし、M&Aも全くタブーではなくなっているそうです。
実際最近は、M&Aの案件数も大幅に増加しているようですし、経営者も積極的に海外IRに出かけるなど、状況は着実に改善している気がします。(以前にも書いたことがありますが、このような状況をもたらすために外資投資銀行が果たした役割は、極めて大きいと思います。)そういう意味で、日本は確実に変わって来ていると言える気がします。
また極端な話、「日本には日本のやり方があるんだから、外国人受けする改革をしてまで資金流入を目指さなくてもよい」と言う意見が国民のコンセンサスであれば、それも一つの選択肢だと思います。最近までの政治家やメディアの報道姿勢を見ていると、どちらかと言うとこの路線の方が強いように思えます。
ただ高齢化が進展する社会において、資本効率の改善が図れずに株価や経済が長期低迷することは、税金負担増や将来不安の拡大という形で、最終的には国民生活に重くのしかかって来るかもしれません。
また今日の情報化社会においては、個人投資家も外国人投資家と同様の情報にアクセスし、世界中に分散投資をすることが出来ます。今まで郵貯や銀行預金を通じて国の借金をファンディングして来た個人資産が、外貨建て投信などの形で海外に本格的に流出し始めた時、問題は加速的に深刻化するかもしれません。
資金がグローバルに移動する今日の世界は、投資家が地球上のどこに資金を投資しようか、常に考えている状態と言えるかもしれません。2005年頃まで日本も資本流入の恩恵を受けたわけですが、投資先の選定についてグローバルな相対評価が行われる中で、日本の構造改革の内容とスピードがどのように評価されていくかは、注目に値すると思います。
例えば、北米の投資家が外国株投資をする際によく参照する、MSCI EAFEというインデックスがあります。その日本株の構成ウェイトが20%だとすると、投資家はその数値をベンチマークとして、運用資産の中で20%前後を日本株投資に使うと想定されます。それに対して多くの投資家が、日本株に対してそれ以下の割合でしか投資していない状態をアンダーウェイトと言い、要は「外国人投資家が日本に関して悲観的な状況」と言えると思います。
この間に日本株は急速に値を戻し、東証上場全銘柄の値動きを示すTOPIX(東証株価指数)は、2003年4月につけた770ポイントを底として、一時は1,800ポイントレベルまで回復しました。おかげで低迷していた日本企業の年金基金の運用リターンは大幅に改善し、日本全体が安心感と、ちょっとした株式投資熱に包まれたのは、記憶に新しいところです。
そのような言わば「脱リストラ相場」は 2005年に一服し、日本に再注目した外国人投資家の間では、「世界二位の経済大国である日本は、ここからどのように再成長路線を描き、また企業は如何にして株主利益を高めてくれるか」との期待が高まりました。しかしその後に株価が低迷していることは、残念ながら日本の状況が世界の投資家を満足させるものではないということを示している気がします。
この話は今後日本の株価がどうなるかという単純な話を超えて、日本経済の今後や世界の中での位置づけについて、インプリケーションを持っている気がします。そんな話を、なぜ日本株がアンダーウェイトされているのかという切り口から、少々考えてみたいと思います。
1.株価の割高感
日本株がアンダーウェイトにされている理由として最初に考えられるのは、株価が割高になったと考える投資家が増えたということだと思います。脱リストラ相場の中で株価は大幅に上昇し、結果として他国と比較した相対的魅力が薄れたという話は、よく聞かれる話です。
日本株が「割高」かどうかの判断によく使われるのは、代表的な株価評価の方法であるPER(株価÷一株利益)です。「日本のTOPIXの平均PERが、アメリカのS&P 500(アメリカを代表する株価指数)のPERに比べて、高いか低いか」という議論、要は企業の予想利益額に対して、株価は何倍の価格がついているかという議論が、投資家の間ではよくなされます。
しかしそのような比較において日本株のPERが割高に見えたとしても、日本の方がアメリカより金利が低く、投資家はより大きなリスクを取れるのだから(割高の株価も許容出来るのだから)、PERが割高でも自然なのではないかという反論が良く聞かれます。
確かにPERの逆数(一株利益÷株価)である「益利回り」は、とある株を1000円で買ったら、一年で幾らの利益が得られるのかを示す「金利」のようなものとも言えるかもしれません。PER20倍の株の益利回りは5%ですが、これは株式の価格変動リスクを考えても、日本の金利水準に比べれば魅力的(よって割高ではない)と考える人もいるかもしれません。
しかし聞く所によると、最近はそういう見方をする投資家は少数派であり、国別に経済の先行きやリスクを考慮した上で、長期の利益割引モデルのような考え方をする人が増えているそうです。こういった株価評価(バリュエーション)の方法は「流行り廃り」があるので何とも言えませんが、投資家の株価判断には大きな影響を与えていると思います。
ちなみにサブプライム問題後の株価下落を受けて、日本株のPERは低下して来ています。ただPERの計算に使われる「利益」は、過去の実際利益ではなく、Bloombergなどが集計する証券会社のアナリストの予想数値です。よって今後その予想利益が何らかの理由で押し下げられるようだと、PERは引き続き割高だと言うことになるかもしれません。
2.グローバル“相対”投資の拡大
日本株が割高だという議論に対し、欧州の投資家の多くは国別に資産を分割して運用している(カントリーファンド)のだから、外国市場との比較は意味がないという議論もあります。
確かにかつては、アメリカの投資家はグローバルに産業別に、ヨーロッパの投資家は国別に投資判断をする、と言われていた気がします。しかし聞くところによると、最近は欧州の投資家の多くも投資決定に国際比較を頻繁に利用するようになっているそうで、その傾向は確実に強まっているそうです。
そうすると単純な話ですが、「アメリカでは、それなりの利益成長も見込めて、経営者も株主のことを真剣に考えてくれる企業の株がPER15倍で買えるのに、日本では、国内経済も期待したほど成長せず、株主利益も相変わらず軽視されているようなので、プレミアムを払う理由はない」という議論になるわけです。
実際某投資ファンドの知人の中には、「日本は物事が前に進まず、関わるだけ時間の無駄だ」と断言している人もいますし、最近は欧米の大手投資銀行も、本社から優秀な人材を香港・中国に次々と送り込み、ビジネスチャンスの拡大を虎視眈々と狙っているようです。
こんな風に世界の投資家の間で「ジャパン・パッシング」とも言える状況があるのは寂しい話ですが、こと株式投資に関しては、資金の多くが年金基金であることもあり、長期的に利益成長が見込める市場により多くの資産を配分したいと考える人が増えるのは、自然なことなのかもしれません。
3.企業の経営改善への失望感
株価は投資家の期待感を多いに反映するわけですが、リストラ段階を脱した後の日本の政治や企業の行動が、「さあまた経済成長を目指すぞ、利益の成長に取り組むぞ」という前向きなものではなく、「これで一安心だ、次の不況に備えて現金を貯めておこう」と言うものであるとも、投資家の失望を買っている原因のようです。
中には福田政権と最近の政治家の後ろ向きな発言を懸念する向きもあるようですが、政治の問題はさておいても、日本企業がすっかりリストラ努力を忘れてしまったように見えることが、外国人投資家をがっかりさせているのは間違いない気がします。
しかし今見られるような企業行動は、日本企業側から見ると、至極当然の行動と言えるかもしれません。そもそも会社は株主のものと言うより従業員のものだという考えが強く、経営者も株主利益の最大化を行うことに何のインセンティブもなく(むしろあまりドラスティックなことをすると社会から敵視されかねず)、さらには直接金融がなかなか浸透しない中、いつまでも銀行頼みで横並び倒産するのはごめんだと経営者が考えるのは、自然なことな気がします。
ただこの点は日本でほとんど議論されないようですが、株式会社が社会の中で期待されている役割は従業員の雇用維持に限ったものではなく、株主から預かった大切な資金を「事業に投資」して、株主(年金受給者)のために長期継続的にリターンを生み出すことだと言っても、大きく間違っていない気がします。
確かに株主は、従業員と違って経営者にとっては顔の見えない存在かもしれませんし、会社と心中するような存在ではないかもしれません。しかしその株主が運用する資金の大半が年金の原資になっていると考えれば、株主による利益最大化の要求を「金儲け主義」などと一方的に批判するのも、どうかという気がします。
このような議論に対して企業側からよく出る反論として、「投資家は短視眼的すぎる、経営者は10年後をにらんで行動しているのだ」と言うことがあります。確かにアメリカでも、四半期決算が発表されるようになってから、経営者は短期的利益に必要以上にこだわっていると批判されることもあります。
しかしこのような議論の大半は、残念ながら経営改善の努力不足の言い訳であることが多い気がします。長期的ゴールは短期的経営改善の積み重ねによっても達成可能でしょうし、長期的ゴールが株主利益の最大化であるとの確信が持てるまでは、経営者が従業員を監督評価するように、株主が経営者をある程度短期的な区切りで評価するのは、さほどおかしい事ではないではない気がします。
ただ現実問題として、日本では経営者の利害が株主の利害と一致しておらず、労働市場の流動性も低いということはあると思います。よってアメリカのように、経営成績が悪い時はドラスティックなリストラをして、1、2年後に業績改善を目指すという行動は、日本では非現実的かもしれません。
それでも純粋な資金運用者である外国人投資家は、理詰めでリターン改善の要求を突きつけて来るわけで、日本の経営者に言わせれば、「言いたい事は理解出来るのだが、そうも簡単には行かないんだよ」というところかもしれません。
4.株主軽視(外国人・ファンド敵視)
今年の株主総会で外国人投資家による株主提案が全て否決されたことや、株式の持ち合い・買収防衛策の導入が進んでいること、スティールパートナーズやTCIと言ったアクティビストファンドが徹底的に敵視されていることなども、外国人投資家を失望させた大きな原因になっていると思います。
9月15日の日経新聞に、「日本株どうみるー外国人投資家に聞く(下)」という記事が載っていましたが、この中で英国最大の年金資金運用会社であるハーミーズの運用担当者が、「村上ファンドの動きなどをみて株主重視へカジを切ると感じたが、違った。(中略)株主還元への意識は低く、株主利益を損ねるかもしれない買収防衛策が導入されている。不満だ」とコメントしていました。
同社がその後に日本株をアンダーウェイトにしているかどうかは分かりませんが、このようなコメントは、まさに外国人投資家の意識が、2005年頃までの「期待感」から「失望感」に変わった状況を、良く示している気がします。
また同氏はこの記事の中で、「不思議なのは年金などの日本の機関投資家が企業に何も言わないこと。なぜ年金受給者など一般の個人の利益のために、機関投資家が経営者を突き上げないのか」ともコメントしていました。これこそが「事の本質」であり、株式投資に当たる際の典型的な外国人投資家のメンタリティと言えると思います。
ただこのような議論に対しても、日本国内では立派な反論があると思います。最初に思いつくのは上でも書いた「現金を溜め込みたい」という経営者の意識であり、政治や経済政策が方向感を失っている中で、経営者が守りに入るのは仕方が無いのかもしれません。
しかし、某フレンドリーアクティビストの投資家が指摘するように、経済発展に必要な「人的資源」と「土地資源」に限りのある日本において、企業が「資本効率」の改善を図らないことは、長期的な日本経済の展望に大きなマイナス要因かもしれません。
もう一つの説明は、外国人の日本株保有比率は3割弱に過ぎず、7割強の日本の投資家には違った行動原理があると言うことです。株式保有先企業とビジネス上のつながりのある金融機関や事業会社にとってみれば、経営者に反対して「短期的に」当該企業や社会から敵視されるのは、「長期的に」保有する株式の価値が低迷することよりも、大きなリスクだと言うわけです。
このガバナンス論と関連して、日本ではM&AやLBOによる株価の適正化が行われないと言った不満も、よく聞かれる気がします。また買収防衛策についても、徹底した株価の上昇を目指している企業が本当の意味での企業価値を守るために導入されるべきものであり、単なる保身の防衛策はもってのほかだと言う声も、かなり多い気がします。
しかし企業が事実上「社員の運命共同体」である日本においては、株主利益のために企業を売買するというコンセプトは、社会的にも心理的にも簡単に受け入れられるものではないと思います。特に買い手が聞いた事もない外国のファンドなどであれば、その抵抗感は尚更であろうことは、想像に難くありません。
ただプライベートエクイティファンドやヘッジファンドを含む外国人投資家の先にあるのも誰かの年金であり、その行動を「秩序破壊者」や「ハゲタカ」と言って一律に敵視するのはどうかとは思います。このような国民の意識はメディアの姿勢によって大きな影響を受けるでしょうから、保守主義的傾向がいつまで続くかも、外国人投資家が注目するところかもしれません。(日経新聞が上記ように外国人投資家にスポットライトを当てることは、非常に意義深いと思います。)
今後の状況
このように日本には色々な特殊要因があるわけですが、証券関係者の話によると、日本のコーポレートガバナンスはここ5年くらいで大幅に改善しており、経営者はより真剣に株主のことを考えるようになったし、M&Aも全くタブーではなくなっているそうです。
実際最近は、M&Aの案件数も大幅に増加しているようですし、経営者も積極的に海外IRに出かけるなど、状況は着実に改善している気がします。(以前にも書いたことがありますが、このような状況をもたらすために外資投資銀行が果たした役割は、極めて大きいと思います。)そういう意味で、日本は確実に変わって来ていると言える気がします。
また極端な話、「日本には日本のやり方があるんだから、外国人受けする改革をしてまで資金流入を目指さなくてもよい」と言う意見が国民のコンセンサスであれば、それも一つの選択肢だと思います。最近までの政治家やメディアの報道姿勢を見ていると、どちらかと言うとこの路線の方が強いように思えます。
ただ高齢化が進展する社会において、資本効率の改善が図れずに株価や経済が長期低迷することは、税金負担増や将来不安の拡大という形で、最終的には国民生活に重くのしかかって来るかもしれません。
また今日の情報化社会においては、個人投資家も外国人投資家と同様の情報にアクセスし、世界中に分散投資をすることが出来ます。今まで郵貯や銀行預金を通じて国の借金をファンディングして来た個人資産が、外貨建て投信などの形で海外に本格的に流出し始めた時、問題は加速的に深刻化するかもしれません。
資金がグローバルに移動する今日の世界は、投資家が地球上のどこに資金を投資しようか、常に考えている状態と言えるかもしれません。2005年頃まで日本も資本流入の恩恵を受けたわけですが、投資先の選定についてグローバルな相対評価が行われる中で、日本の構造改革の内容とスピードがどのように評価されていくかは、注目に値すると思います。
by harry_g
| 2007-10-28 15:20
| 海外から見た日本