クレジットクランチ-その後 |
9月22日のEconomist「Will the credit crisis trigger a downturn?(クレジット危機は景気減速をもたらすか)」にもあったように、資金調達コストの上昇はじわじわと景気の足を引っ張ると考えられるため、今後の注目はクレジット市場そのものよりも、経済全体への影響に変わってきたと言えるかもしれません。
ただウォールストリートでは、$300bnとも$400bn(約35~46兆円)とも言われるLBOローンが今後市場に出てくると言われていることもあり、クレジットの問題そのものに対する注目は引続き極めて高い気がします。と言うのもデットの引受け先である投資銀行がローンを投資家に転売できなくなると、大きな損失を被る恐れがあるためです。
そんなこともあって先週までWSJやNY Timesは、次に市場に出てくるKKRによるFirst Dataのバイアウトについて、それに関する巨額のローンの条件についてKKRが投資銀行に条件緩和を認めた、認めないという話題を、連日のように取り上げていました。
その前に市場に出たHD Supplyの案件では、先日も書いた通り、Lehman、JP Morganなどの投資銀行と、買い手であるPEファンドのコンソーシアム、そして売り手のHome Depot各々が条件変更に同意して、一時は実現が危ぶまれた$8.5bn(約9,800億円)の案件を救ったと言われています。
ただ以下の表にもある通り、今後の案件は更に大きいものになって行くため、ディール実現(特にローン部分の資金調達)のハードルは、どんどん高くなっていると言えるかもしれません。
買収先 買収総額 ローン ボンド等
BCE $48.8bn $21.1bn $11.3bn
TXU $46.7bn $26.1bn $11.3bn
First Data $29.0bn $14.0bn $8.0bn
Alltel $26.3bn $14.0bn $7.7bn
Harrah’s $26.1bn $14.0bn $6.0bn
Sallie Mae $25.3bn $12.5bn $4.0bn
(出典:BusinessWeek、9月17日号)
そんな状況の中9月17日のBusiness Weekが、老舗LBOファンドのCDR(Clayton Dubilier & Rice)にスポットライトを当てた特集「Private Equity's White-Knuckle Deal(PEファンドの息詰まるディール)」を載せていました。
CDRは、1978年に設立された老舗のPEファンドで、大物CEOを多数擁することで知られ、現在ではGEの元CEOであるJack Welch氏などをメンバーに加えています。同ファンドはHD Supplyの買収コンソーシアムにも加わっていますが、今回BusinessWeekが同社を取り上げた理由は、クレジットクランチによって業界の先行きに暗雲が漂っている現在、CDRの過去の失敗経験に注目したからのようです。
その記事によるとCDRは、90年代にアグレッシブな買収を繰り返し、景気が後退した2001年からの数年間で$1.3bn(約1,500億円)もの損失を出したそうです。
同社の創業パートナーの一人であり、1999年には「Master of the Universe(宇宙の支配者)」なる本で特集されたこともあると言うJoseph L. Rice III氏は、BusinessWeekの記事の中で、「(当時)自分達はやりたいことは何でも出来ると思いこんでしまった」と反省し、失敗の原因について「調子に乗りすぎてしまった」、「自分たちの知らない業界に手を出してしまった」などと述べていました。
より具体的に失敗案件の内容を見てみると、1998年にCDRが$270mm(約310億円)で過半数を買収したUS Office Productsは、100以上の会社の寄せ集め企業で、CDRは大物経営者を送り込むことによる経営の大幅改善を見込んだそうです。しかし事業改善は失敗し、US Officeは2001年に会社更生法を申請して、CDRは$320mm(約370億円)に上る損失を被ったそうです。
また1998年に$277mm(約320億円)で買収した通信機器メーカーのDynatechのケースでは、買収後に同社に$1bn(約1,150億円)もの追加借入れをさせて欧州の同業メーカーを買収させるなど積極的な拡大戦略を行ったのですが、後に景気が後退して企業の設備投資が減少し、デットのコベナントに耐えられなくなって破綻に追い込まれたそうです。
これらの失敗の結果、CDRが95年と98年から運用するファンドは、それぞれ4%、20%のリターンしか上げられていないそうです。BusinessWeekは同期間にS&P 500(アメリカを代表する株式指標)が139%、52%上昇していることと比較して、これはお粗末なリターンだという感じで書いていましたが、PE投資が株式市場との関連性の低さが期待されるオルタナティブ投資であることを考えると、市場リターンとの単純比較は妥当ではないかもしれません。
ただPE業界も現実的には株式市場の好不況に少なからず影響を受けること、また当時のPE投資への期待リターンが25~30%程度であったことなどを考えると、20%以下のリターンは問題視されるかもしれません。
実際CDRが2005年にファンドレイズをした際には、ワシントン州やバージニア州の公的年金が追加出資を拒んだそうです。その頃には、Blackstoneが2005年に$21.7bn(2.5兆円)、KKRが2006年に$15.7bn(1.8兆円)、またTPG、Goldman、Permira、Providence、Apolloなども軒並み$10bnを超えるファンドをレイズしており、それと比較するとCDRは、$4.05bn(約4,600億円)と業界38位の規模に甘んじているそうです。
このような苦い経験を受けてCDRでは、石油・ガス、小売・商品、通信、エンタテインメントなど自分が得意としない業界には手を出さないと決め、また買収する企業は業界で1位か2位の地位を占めている会社に限ることにするなど、投資ルールの厳格化を進めたそうです。投資範囲をあまり絞ってしまうと機会損失につながる恐れもある気がしますが、制御不能になるよりは遥かに良いかもしれません。
このようなてこ入れの結果、CDRの投資リターンはその後大幅に改善したそうですが、その時期は株式市場もLBOも絶好調だった時期であり、必ずしも自社努力の成果だけとは言えないかもしれません。
Rice氏は記事の中で、「(2000年代初めの経験から)学んだか?もちろん。問題は修復したか?したとも。もう失敗を繰り返さないか?大丈夫だ・・・そう願っている。」と述べていました。
このような苦い経験を比較的最近に経験したCDRはともかく、LBO業界がブームの間にいかにアグレッシブな投資を行って来たかについては、広く知られるところです。そのことは、同じBusinessWeek記事の中で取り上げられていた、LBOにおける平均「買収マルチプル」の変遷にも見て取れる気がします。
同誌がThomson Financialの予想として掲載したところによると、バイアウトの買収マルチプルは、2002年にはEBITDAに対して平均3.8倍だったのに対し、現在では14.7倍まで拡大しているそうです。直感的にはこの数字は大きすぎる感じがしますが、仮にこの数字が正しいとすると、3割エクイティを入れてもデットマルチプルは10.3倍と言う非常に大きな数字になります。
LBOでは、デット総額も同じくEBITDAマルチプルで表わされますが、2000年代初め頃に投資銀行の研修で「LBOにおけるデットマルチプルは4倍~7倍程度まで」と教えていたことを考えると、この10.3倍という数字(しかも平均値)がいかに大きいか、理解出来るかもしれません。
もちろんその間に世界のリクイディティが拡大してデット投資家の厚みも増し、また投資家がリスク管理に使う(と言われる)デリバティブ商品も多く開発されてクレジットマーケット拡大に寄与してきたことは、今更言うまでもありません。
ただ企業側から見ると、金利支払いの原資はあくまでEBITDA(正確には本業からのキャッシュフロー)であり、その部分は景気からの影響がある程度不可避であることから、クレジットクランチによって今後景気が後退するようなことになれば、歴史的水準に積み上げられたデットの重さに耐えられなくなる企業が多発してしまうかもしれません。
これはPEファンドのポートフォリオ企業に限った話ではなく、好調なデット市場を利用して積極的に設備投資やM&Aの資金を調達してきた企業も、しばらくは薄氷を踏むような経営を強いられるかもしれません。
まあアメリカ経済は、常に「行き過ぎ」と「修正」を繰り返しながら徐々に成長を続けており、何かに失敗したらそれを一切止めてしまう、または投資家が失敗を恐れてリスクを取るのを止めてしまう、といった性格でないことは、救いと言えるかもしれません。
そんなことを色々考えながら、今後もクレジット市場(特にLBOローン)の動向と、クレジットクランチが景気全体に与える影響について、注目して行きたいと思います。