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週の前半には、複雑怪奇なバリュエーションや上場PEファンドへの増税案の話がこれ以上深堀りされることを嫌ってプライシングの日程を前倒しにした、などと主要金融メディアに厳しく報じられていましたが、投資家からの需要は強く、取引開始時には$45まで上昇し、その後急落したものの、初日の終値は上場価格を13%上回る$35.06だったようです。
話が長くなりそうなので、いくつかに分けて書いてみたいと思います。
案件概要と創業者利得
BlackstoneのIPOは$4.6bn(約5,600億円)という規模で、これはアメリカにおいて過去5年間に行われた中では最大のIPOだそうです。(通常IPOは数百億円という規模が中心だと思います。)
売り出された持分は12.3%ですが、通常の株式と違って、経営陣の交代を求める権利がないなどBlackstoneの経営に対しては限定的影響力しか及ぼせない形になっているようです。
WSJの6月22日付の記事によると、このIPOによって、共同創業者で同社の経営トップであるStephen Schwarzman氏は$930mm(約1,140億円)を手にし、更に同社の23%、IPO時点の計算で$7.8bn(約9,600億円)を手中に収めたそうです。同氏は2006年にも$400mm(約490億円)を稼いで話題になっていましたが、IPOから獲得した金額はそれを大きく上回ることになります。
またLehman Brothersの会長や米商務長官も勤めたもう一人の共同創業者であるPeter Peterson氏は、IPOで$1.9bn(約2,340億円)の現金と、Blackstoneの4%($1.35bn、約1,660億円)を手にしたそうで、二人のIPOによる「キャッシュイン計画」は大成功に終わったと言える気がします。
このような形でウォールストリートのス-パースター・ビリオネアを生み出した案件としても注目される同社の案件ですが、バリュエーション(株価評価)の同業比較もなかなか興味深いので、少々見てみたいと思います。
同じWSJの記事によると、同社は2008年に一株当たり利益(EPS)で$1.75を稼ぐ予定であり、IPO価格はP/Eで18倍、金曜日の終値である$35だと20倍ということになります。
この水準は、Alliance BernsteinやT. Rowe Priceといった大手の上場資産運用会社の20倍と同等の水準であり、先に上場を果たした大手オルタナティブファンドFortress Investment Groupとも並ぶレベルだそうです。
こう聞くとバリュエーションは妥当な感じがしますが、Blackstoneと同様に収益の多くをPE投資やヘッジファンド投資などに依存しているGoldman Sachsや、その他の大手投資銀行は、P/Eでは10倍程度でトレードされているそうで、そう聞くとBlackstoneは非常に割高な感じがするかもしれません。
このようなバリュエーションの差異が正当化される理由としてWSJは、投資銀行が自己資本を投資する(自社のキャピタルをリスクに晒す)ビジネスをしているのに対し、資産運用会社はあくまで「預かり資産」を運用しているのであり、その点が株価のバリュエーションに反映されている、という説明をしていました。
またBlackstoneのIPO時点の時価総額が、同社の運用資産$88bn(約10.8兆円)の40%で評価されているのに対して、AllianceやT. Rowe Priceは10%程度で評価されているそうですが、これも伝統的投資資産とオルタナティブ投資資産の違いのせいだとWSJでは説明されていました。
以上の説明に説得力があるかはさておき、ここ数年間ウォールストリートの花形であったレバレッジド・バイアウト業界をリードし、高いリターン実績とともに資産規模面でも急成長を遂げてきたBlackstoneが、市場から高い評価を受けるのは、直感的に理解できるかもしれません。
そんな一見華やかなBlackstoneのIPOですが、アメリカの金融メディアでは、様々な懸念も取り沙汰されています。
BlackstoneのIPOが産んだ懸念
同じ6月22日のWSJの中でも触れられていましたが、BlackstoneのIPOが産んだ最大の懸念は、やはり「LBOブームはピークアウト寸前なのではないか」と言うものだと言えると思います。
このことについては以前からたびたび書いていますが、株式市場の効率化によるバリュエーションの上昇(およびビッド競争による価格の吊り上げ)に加えて、プライベートエクイティ業界に多額の資金が流入したことで、業界内のリターンを求める競争は、かつてないほどに厳しいものになっていると言える気がします。
更に直近では金利上昇によって資本コストも上昇しており、結果として大手プライベートエクイティファンドは、これからはかつてのような20%超のリターンを上げるのは困難であり、ターゲットとするリターンは15%程度に下がらざるを得ない、といった趣旨の発言を色々な方面で行っているようです。
また、これも前に書きましたが、LBOは買収時点ではレバレッジドファイナンスの、エグジット時点では株式(IPO及びM&A)の市場の堅調さにその成功が大きく左右されるタイプの投資であり、大きな意味での市場変動に収益性が大きく影響される業界であると言える気がします。
例えばBlackstoneは、昨年記録的な$2.3bn(約2,800億円)という純利益をあげたそうですが、直近の業界のボトムであったと考えられている2002年の純利益はたったの$39mm(約48億円)と、昨年の60分の1程度の規模だったそうです。
このように景気の波の変動を大きく受けるプライベートエクイティ投資の運用会社に対して、果たしてどの程度のバリュエーションが妥当なのかは、意見が分かれるところかもしれません。
投資銀行各社のP/Eレシオが市場(S&P 500)の水準を大幅に下回る水準であるのも、証券各社の業績が市場動向によって大きく浮き沈みすることによっていると言える気がします。投資銀行の現在の利益水準はサイクルのピークにあたる(極大状態にある)ため、P/Eレシオはサイクル内では最低になるのが妥当である、という議論です。
このような考え方は、証券業のみならず、重工業や石油など需給関係によって業績が波をうつような、いわゆる「シクリカル」セクターでは、一般的な考え方と言ってよいかもしれません。
また、別の懸念として金融メディアがよく取り上げるのが、最大手各社が一斉にIPOに走るのは、業界のピーク感を肌で感じているからではないか、というものです。
これは非常に分かりやすい話であり、各社の経営者はLBO業界の現状を一番よく知っているわけで、その人たちが自らの株式を「売り出す」と言うことは、業界にこれ以上未来がないからではないか、というわけです。PEファンドの経営者の中には、そのことを正直に発言する人もいるようで、投資家にとっては要注意と言えるかもしれません。
WSJではこの他にも、IPO後にBlackstoneは、リターンの最大化よりも資産の増大を第一目標に据えるのではないか、との懸念を紹介していました。実際Schwarzman氏は、IPOロードショー(投資家回り)の際、多くの投資家からこの質問を浴びせられたそうです。
当然同氏はそのような意図を強く否定し、引続き投資家利益の最大化を図ると強調していたそうですし、同社はIPOに関係なく資産規模の拡大に邁進している気がしますが、今後実際にどうなって行くかは、注目されるところです。
以上以外で最大の懸念事項と言えるのは、Blackstoneがあまりに大きな成功を収めていることで、「必要以上の注目を集めてしまった」ことかもしれません。
この話は長くなりそうなので、機会があったら別途書きたいと思いますが、ワシントンで「ブラックストーン」法案などと揶揄される、上場PEファンドへの増税案が検討されているという話です。
この部分だけ聞いても、「なんで『上場』ファンドだけ別扱いされるのか」との疑念がわくかもしれませんが、それは業界人にとっても同じであり、これは特に今後IPOを検討している業界各社に打撃となります。よってKKRを筆頭に強くこの法案に反対しているわけですが、そんな業界他社の動向も含めて、続きはまた後日アップします。