2006年 12月 20日
「高額平均年収」の誤解 |
最近ウォールストリートでは、投資銀行最大手のGoldman Sachsが昨年比で70%+という業績を上げて史上最高益を更新した、という話をよく耳にします。
同社はM&Aのアドバイザリーや株式の引受といった伝統的投資銀行業務に加えて、セールストレーディングなどのマーケット業務、世界最大のヘッジファンドとPEファンド、そして巨大な資産運用会社も運営しており、パフォーマンスがマイナスといわれる債券系ヘッジファンド部門以外の全ての部門が、大きく収益に貢献したようです。
そんなGoldman Sachsも、実はアメリカではここ最近まであまり一般には名前が知られていない存在でした。Merrill LynchやMorgan Stanleyのようにリテール業務を有しないことがその原因であり、ウォールストリート近くにある本社ビルには、看板すら出ていないことで有名です。
そんな同社が、今年急速に一般に名前が知られる存在になっています。その理由は同社の業績が原因ではなく、同社が支払うと発表したボーナスの額が破格の金額であることが原因のようです。
瑣末な話題ではありますが、なぜか注目度が異様に高く最近色々な人からこの話を耳にするので、実態について少々書いてみたいと思います。
同社が最近発表したところによると、今年支払われる給与とボーナスの合計は$16.5bn(約1.9兆円)に上り、これを単純に従業員数で割ると、一人当り$62.2万ドル(約7,200万円)にもなると言われています。この数字はウォールストリートの同業他社の二倍近い水準であり、当然タブロイド紙などで広く報道されて、広く一般の目を引く結果になっています。
もう少し業界に詳しい人になると、従業員の中にはいわゆる一般職やIT部門の人なども含まれていることを指摘して、そういう人の給料は比較的低いはずだから、専門職(バンカーやトレーダー)の平均給与はものすごい額なのでは、という指摘をする人もいます。
その結果Goldmanの従業員達は、行く先々でクライアントからその事を指摘されて、商売が非常にやりにくい状況になっているそうです。
そんな破格の給料をもらっているのだから妬まれてもいいじゃないか、と思われる方も多いかもしれませんが、同社で働く友人達の名誉(?)のためにも、現実について指摘したいと思います。
まずこれは知っている人は知っていると思いますが、同業他社と少々違うストラクチャーで運営されているGoldmanでは、この給与プールの多くを最高幹部たちが持って行ってしまうと言われています。
Goldmanが今年導入している報酬プランによると、最上級幹部25人だけで、最大で税引前利益の0.6%を受け取ることが出来ることになっているそうです。この金額は一人辺り$87.4mm(約100億円)に上り、仮に全額が支払われた場合、合計は2,500億円の割り当てとなります。
(このブログを書いている間に発表された、写真のGoldman会長兼CEO、Lloyd Blankfein氏のボーナスは$54mm(約64億円)で、業界の最高記録だそうです。)
また同社は最近上場するまでパートナーシップ制で運営されていたため、現在でも同業他社には無い、PMD(パートナーMD)というタイトルの上級幹部が存在します。
その人数は昨年時点で300名弱、今年だけで更に100名強がPMDに昇進したそうですが、仮にPMD400名が一人辺り10億円を受け取っていると仮定すると、それだけで4,000億円になります。
これらの数字の単純合計額だけで同社の報酬総額プールの35%を占めていることになり、人によってはこの数字は50%近いと言う人もいます。そう考えると残ったボーナスプールの額は同業他社とほぼ同レベルとなり、同社の社員にしてみれば、自分達だけ妬まれて実に迷惑な話だ、ということになるわけです。
もちろん仮に上級幹部以外の人の給与プールが公表数値の約半分だとしても、従業員数で割ると一人辺り4,000万円強になるわけで、一般企業と比べると相当大きな金額に見えるのは確かです。
そのことは昔からよく指摘されていますが、この点についても誤解があり、そのうち最大のものは、投資銀行に勤務可能な年数はせいぜい20年程度、つまり一般企業の半分程度しかない、ということです。年齢で言えば40歳以上の人は極めて少ないということになり、定年まで働く人はほぼ皆無といえる気がします。
この原因は色々でしょうが、極めて競争的な職場環境であるため、若い時代に働きすぎて燃え尽きる人がかなり多くいる、ということが最大の要因かもしれません。このように考えてみると、「生涯賃金」ベースで考えれば投資銀行の給料が高いとは決して言えない気がします。
更に言うと、投資銀行で支払われるボーナスの多くは、新人を除いては「RSU」と言われる擬似株で支払われることになっています。RSUの詳しい仕組みは置いておきますが、受け取ってから3年から5年は現金化できない給料(株)、と考えれば分かりやすいかもしれません。
よって仮にボーナスが1億円だったとしても、そのうち70%近くは同業他社に転職すると権利が消失してしまうRSUであり、現金で支払われる額も、そのうち半分(NYだと半分以上)が税金その他で持って行かれるため、手取りのボーナスは額面と比較すると微々たるものになってしまいます。
また言うまでもありませんが、ウォールストリートは景気の波に大きく晒される業界であるため、10年スパンでみると、そのうち3年程度は冬の時代を経験することになります。この期間にはピーク時と比較して半数近い人がリストラされたり、給与も大幅に、それこそ何十パーセントというレベルでカットされます。
例えば2001年から2003年のダウンターンには、特定の年代(例えばXX年採用のアソシエイトクラス)の50%がリストラされたり、新卒全内定者の内定が取り消されたり、全社員のベースアップが凍結されたりと、相当シビアなリストラが行われました。当時上司や同僚が、文字通り毎週のようにリストラされて行ったのを覚えています。
・・・と、このようなシビアな現実があるにもかかわらず、ウォールストリートは生涯賃金のことを考えてボーナスを堅実に投資や貯蓄に回すようなカルチャーでないのは間違いありません。よってボーナス支払いが行われる12月半ばから1月後半にかけては、ニューヨークの高級レストランは常に予約で一杯、高級車も予約段階で完売、マンションも飛ぶように売れる、という時期を迎えることになります。
それが業界人の強いインセンティブとして機能していることは間違いありませんが、好業績やブームが永遠に続くかの如くのコメントを聞く度に、映画「Wall Street」で主人公に対してシニカルなコメントをし続けていた上司の言葉が思い出されます。
"Kid, you're on a roll. Enjoy it while it lasts, 'cause it never does."
(Goldmanの経営陣は、主にPE投資に支えられている現在の好業績は長期間は継続不能だと公言していることを付け加えておきます。)
同社はM&Aのアドバイザリーや株式の引受といった伝統的投資銀行業務に加えて、セールストレーディングなどのマーケット業務、世界最大のヘッジファンドとPEファンド、そして巨大な資産運用会社も運営しており、パフォーマンスがマイナスといわれる債券系ヘッジファンド部門以外の全ての部門が、大きく収益に貢献したようです。
そんな同社が、今年急速に一般に名前が知られる存在になっています。その理由は同社の業績が原因ではなく、同社が支払うと発表したボーナスの額が破格の金額であることが原因のようです。
瑣末な話題ではありますが、なぜか注目度が異様に高く最近色々な人からこの話を耳にするので、実態について少々書いてみたいと思います。
同社が最近発表したところによると、今年支払われる給与とボーナスの合計は$16.5bn(約1.9兆円)に上り、これを単純に従業員数で割ると、一人当り$62.2万ドル(約7,200万円)にもなると言われています。この数字はウォールストリートの同業他社の二倍近い水準であり、当然タブロイド紙などで広く報道されて、広く一般の目を引く結果になっています。
もう少し業界に詳しい人になると、従業員の中にはいわゆる一般職やIT部門の人なども含まれていることを指摘して、そういう人の給料は比較的低いはずだから、専門職(バンカーやトレーダー)の平均給与はものすごい額なのでは、という指摘をする人もいます。
その結果Goldmanの従業員達は、行く先々でクライアントからその事を指摘されて、商売が非常にやりにくい状況になっているそうです。
そんな破格の給料をもらっているのだから妬まれてもいいじゃないか、と思われる方も多いかもしれませんが、同社で働く友人達の名誉(?)のためにも、現実について指摘したいと思います。
まずこれは知っている人は知っていると思いますが、同業他社と少々違うストラクチャーで運営されているGoldmanでは、この給与プールの多くを最高幹部たちが持って行ってしまうと言われています。
Goldmanが今年導入している報酬プランによると、最上級幹部25人だけで、最大で税引前利益の0.6%を受け取ることが出来ることになっているそうです。この金額は一人辺り$87.4mm(約100億円)に上り、仮に全額が支払われた場合、合計は2,500億円の割り当てとなります。
(このブログを書いている間に発表された、写真のGoldman会長兼CEO、Lloyd Blankfein氏のボーナスは$54mm(約64億円)で、業界の最高記録だそうです。)
また同社は最近上場するまでパートナーシップ制で運営されていたため、現在でも同業他社には無い、PMD(パートナーMD)というタイトルの上級幹部が存在します。
その人数は昨年時点で300名弱、今年だけで更に100名強がPMDに昇進したそうですが、仮にPMD400名が一人辺り10億円を受け取っていると仮定すると、それだけで4,000億円になります。
これらの数字の単純合計額だけで同社の報酬総額プールの35%を占めていることになり、人によってはこの数字は50%近いと言う人もいます。そう考えると残ったボーナスプールの額は同業他社とほぼ同レベルとなり、同社の社員にしてみれば、自分達だけ妬まれて実に迷惑な話だ、ということになるわけです。
もちろん仮に上級幹部以外の人の給与プールが公表数値の約半分だとしても、従業員数で割ると一人辺り4,000万円強になるわけで、一般企業と比べると相当大きな金額に見えるのは確かです。
そのことは昔からよく指摘されていますが、この点についても誤解があり、そのうち最大のものは、投資銀行に勤務可能な年数はせいぜい20年程度、つまり一般企業の半分程度しかない、ということです。年齢で言えば40歳以上の人は極めて少ないということになり、定年まで働く人はほぼ皆無といえる気がします。
この原因は色々でしょうが、極めて競争的な職場環境であるため、若い時代に働きすぎて燃え尽きる人がかなり多くいる、ということが最大の要因かもしれません。このように考えてみると、「生涯賃金」ベースで考えれば投資銀行の給料が高いとは決して言えない気がします。
更に言うと、投資銀行で支払われるボーナスの多くは、新人を除いては「RSU」と言われる擬似株で支払われることになっています。RSUの詳しい仕組みは置いておきますが、受け取ってから3年から5年は現金化できない給料(株)、と考えれば分かりやすいかもしれません。
よって仮にボーナスが1億円だったとしても、そのうち70%近くは同業他社に転職すると権利が消失してしまうRSUであり、現金で支払われる額も、そのうち半分(NYだと半分以上)が税金その他で持って行かれるため、手取りのボーナスは額面と比較すると微々たるものになってしまいます。
また言うまでもありませんが、ウォールストリートは景気の波に大きく晒される業界であるため、10年スパンでみると、そのうち3年程度は冬の時代を経験することになります。この期間にはピーク時と比較して半数近い人がリストラされたり、給与も大幅に、それこそ何十パーセントというレベルでカットされます。
例えば2001年から2003年のダウンターンには、特定の年代(例えばXX年採用のアソシエイトクラス)の50%がリストラされたり、新卒全内定者の内定が取り消されたり、全社員のベースアップが凍結されたりと、相当シビアなリストラが行われました。当時上司や同僚が、文字通り毎週のようにリストラされて行ったのを覚えています。
・・・と、このようなシビアな現実があるにもかかわらず、ウォールストリートは生涯賃金のことを考えてボーナスを堅実に投資や貯蓄に回すようなカルチャーでないのは間違いありません。よってボーナス支払いが行われる12月半ばから1月後半にかけては、ニューヨークの高級レストランは常に予約で一杯、高級車も予約段階で完売、マンションも飛ぶように売れる、という時期を迎えることになります。
それが業界人の強いインセンティブとして機能していることは間違いありませんが、好業績やブームが永遠に続くかの如くのコメントを聞く度に、映画「Wall Street」で主人公に対してシニカルなコメントをし続けていた上司の言葉が思い出されます。
"Kid, you're on a roll. Enjoy it while it lasts, 'cause it never does."
(Goldmanの経営陣は、主にPE投資に支えられている現在の好業績は長期間は継続不能だと公言していることを付け加えておきます。)
by harry_g
| 2006-12-20 12:06
| キャリア・仕事