「疑惑」のメディアMBO |
そのような案件で最近最も注目を集めているのは、Los Angeles TimesやChicago Tribuneを発行し全米にローカルテレビ局も有する新聞大手のTribuneと、今回取り上げるClear Channelという会社のMBOです。
日本ではあまり名前を聞くことのないClear Channelは、全米でローカルのテレビ局とラジオ局を運営する企業で、ラジオ局の所有数はトップという大メディア企業です。
同社の事業は成長性は見込めないものの、特にラジオから比較的安定的な広告収入のキャッシュフローが見込めることから、一見すると格好のバイアウトのターゲットです。
しかし同社のマネジメントがMBOを選択する見込みだというニュースが伝わる中、昔のエントリーでも書いて色々とコメントを頂いたような、MBOにまつわる「利益相反」の懸念が、今回は相当具体的な形で注目を浴びて来ているようです。
11月14日のWSJの記事、「Clear Channel Buyout Talks Fuel Concern of Management Conflicts」(クリアチャンネルのMBO、利益相反の懸念を再燃)によると、企業経営者がLBOやMBOを推進する背景には、株主利益の最大化ではなく、ディールによって自らが潤うことがあるように思われる、と言うことです。
同記事によると、このような懸念がバンカーやアクティビストの投資家から広く噴出しており、最近ではパイプライン会社Kinder Morganの$14.6bn(約1.7兆円)の案件、病院チェーンHCAの$21.3bn(約2.5兆円)のバイアウト、$3.2bn(約3700億円)のホテル会社Kerznerのディールなどで表面化しているそうです。
Clear Channelの案件では、同社の創立ファミリーのメンバーである会長、CEO、CFOが案件を推進をしているそうで、11人の取締役のうちの多くが、同社の7%の株式を握る創業者ファミリーと何らかのビジネス上のつながりがある人物だそうです。だとすると事実上ボードは創業者ファミリーの意向次第で動くことになり、それが今回の「極めて迅速な」MBOプロセスの推進につながった、とWSJでは報じています。
厳しい環境にあるメディア業界において、Clear Channelはここ数年、特に投資家から厳しい目を向けられています。声の大きい機関投資家の代表的存在であるカリフォルニア州の公的年金CalPERSはその筆頭であり、また別の投資家も、同社が支払う破格の役員報酬を批判しているそうです。
WSJが報じたところによると、CalPERSの投資担当者は、企業の取締役会の「独立性」は極めて重要であるのにClear Channelの取締役会にはそれが欠如している、と指摘しているようです。同社は取締役会のメンバーは独立メンバーだと主張しているそうですが、前述のような個人的、またビジネス上の「つながり」が本当だとすると、それも眉唾物と言えるかもしれません。
MBOに関わるオークション(競売)プロセスも、透明性に関する懸念を呼んでいるそうです。デラウェア州法の規定について詳しいことは弁護士の友人達からのコメントを待つとして、プロセスが不透明であったりアンフェアに見えるM&Aがいかに投資家の懸念を呼ぶかは、容易に想像できるところです。
11月14日時点でビッドしているのは、メディアLBOの最大手ProvidenceとKKR、Blackstoneのコンソーシアムと、TH Lee、Bain、TPGのコンソーシアムの二つで、両方とも大手がずらりと揃った陣営になっています。
ただ、MBOが発生するまでの経営内容に加えて売却のプロセスまでに投資家が不満を募らせているようだと、最終的に株主はディールに反対票を投じる可能性も否定できないとWSJでは書いています。
例えば上記の2グループは両方とも創業者Maysファミリーにフレンドリーだそうですが、同社の取締役会がそれ以外のビッダー、特に創業者ファミリーの追放を目論むビッダーからのビッドも適正に評価検討したのかは、厳しい調査の対象になりそうだと言うことです。
具体的には、CarlyleとApolloのコンソーシアム、またCerberusとOak Hillのコンソーシアムも関心を示していたそうですが、両グループともMaysファミリーをよく思っていなかったと思われているそうです。その両グループはビッドから降り、その理由についてはCarlyleはバリュエーション、Cerberusは案件の複雑さと検討期間の短さを挙げているそうですが、WSJでは、実際の所は分からない、経営陣との距離が問題だったのではないか、というトーンで報じられていました。
また、アメリカのメディアコングロマリットの多くはバラバラにした方がバリューが高いと指摘する向きも多く、Clear Channelも例外ではないとすると、取締役会がそのような案件も考慮したのかという懸念も発生します。(メディア経営者はコングロマリット形成に腐心しがちであることはご存知の通りです。)
そんな数々の疑惑がある中で報じられたビッド価格のレンジが、市場株価より低かったことから、13日に同社の株価は下落したそうです。
このような状況について当然会社側は、「投資家の皆さん安心してください。我々の取締役会は、株主の皆さんの利益を第一に案件を遂行しています」と言ったことを主張しているようですが、CalPERSのような投資家は、どうもそのような主張には賛同していないようです。
このWSJの記事は、創業者ファミリーメンバー以外の取締役会のメンバーで会社側が「独立している」と主張している人たちが、いかに創業者メンバーと近い関係にあるかを詳細に報じています。
またオークションのプロセスについても、Providence(の担当者もMays氏のビジネススクール時代の同級生だそうですが)と何ヶ月もディールの相談をした挙句、最終的に価格で折り合わなかったこと、その直後にClear ChannelがLBOを検討中とのニュースがリークし、会社も「戦略的アクションを検討中」とのプレスリリースを出したこと、を何かおかしいと言ったトーンで報じています。
またその直後の10月25日に会社側がライバルビッド受入れを表明したのは良いのですが、そのビッダーには11月10日までの、ほんの2週間程度の検討期間しか与えられなかったことを報じて、プロセスの不透明さを主張しています。(要はProvidenceに売りたいが、もっと高値のビッドを引き出したい、と言うことだったのかもしれません。)
ちなみにLBOのプロセスにおいて、2週間は事実上「最低限」と言える気がします。と言うのも、デューディリジェンスの時間が必要と言うこともありますが、何よりもファイナンシングをまとめる投資銀行側に、ある程度の時間が必要だからです。投資銀行もTH LeeやTPGのような大手ファンドからの依頼で、またターゲットが上場企業であれば、二週間で全てをまとめ上げるのは十分可能でしょうが、やはりかなり辛いプロセスになります。
それに対してWSJが報じていたスペイン語メディア最大手、Univisionのケースでは、案件がアナウンスされたのが2月9日であり、ディールの発生は6月であったそうです。また「Crafts」ブランドで知られるMichaels Storesのケースでは、3月に戦略的アクションの検討を表明し、最終的にLBOに至ったのは7月1日と、両方のケースとも数ヶ月の期間が買い手に与えられています。
ちなみに今回の案件でClear Channelのアドバイザーとしてオークションプロセスを仕切っているのはGoldmanだそうですが、このようなディールの裏側が投資銀行にまで伝わっているかは疑問であり、LBOファンド側が「インナーサークル」で話をまとめて行った可能性が高いと思われます。
日本ではLBOの代表格ともなりつつあるMBOですが、アメリカでは最近色々な疑惑の対象になっており、政府も調査に乗り出しています。特に株主利益に反する行為となることはSECの懸念するところであり、今回Clear Channelのケースは、まさにその代表的な事象と言えるかもしれません。