「時価総額経営」と海外M&A |
先日も書いた通り、メディアの姿勢は日本の文化的背景を反映しているためだと思われるので、市場環境の変化に伴って、メディアも徐々に変化して行くのかもしれません。
その一つの例と言えるかは分かりませんが、10月16日の日経新聞朝刊の、「グーグルの『時価総額経営』-自社株は通貨、買収戦で威力(経営の視点)」と言う記事を取り上げてみたいと思います。(以下抜粋)
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急成長インターネット企業の代表格、米グーグルが同社にとって最大の買収を決めた。動画共有サイトを運営する米ユーチューブを約二千億円で買収する。代金の支払いはグーグル株で行う株式交換だ。
ネット企業による大型買収というと、IT(情報技術)バブル期の危うさが思い起こされる。今回も「創業わずか二十カ月の赤字企業に二千億円とは、とんでもなく高い買い物だ」との声も聞かれる。とはいえグーグルの株式時価総額は十五兆円と巨大。二千億円相当の新株を発行しても発行済み株式は一%強しか増えない。一株利益はほとんど希薄化せず、ユーチューブが無価値となっても理屈上は株価への影響も限定的だ。
(中略)
日本では会社法施行により海外M&Aの際に株式交換を使いやすくなったが、日本企業は時価総額で欧米勢に見劣りする例が多く、買収合戦で不利。そもそも海外市場に上場していなければ株式交換は技術的に無理だが、日立製作所などは今年に入って欧州上場を取りやめた。
もっと本質的なのは、金の卵を生んだ起業家がほしがる買収通貨(=自社株)を持っているかどうか。ユーチューブ創業者は対価としてマイクロソフト株よりグーグル株を魅力的と感じたはずだが、日立や楽天の株だったらどうだろうか。
経営者が「株価ばかり見て経営できない」と言うのには一理ある。だからといって事業の選択と集中などを怠り、株価低迷を放置していては、競争力のある買収通貨は手に入らない。
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この記事の結論は、「強力な買収通貨を手に入れる意味でも株価をある程度意識した経営が必要だ」ということなので、比較的「株主経営寄り」なコメントと言える気がします。「時価評価経営」と言う言葉自体にネガティブな響きがあるとの指摘もあるでしょうが、このような記事は、グローバル市場(と言ってもアメリカ中心的ですが)の常識が日本に徐々に浸透している証拠の一つと言えるかもしれません。
もちろんグーグルは、日本で非難の対象となるような「株価中心主義」の会社ではなく、不必要なM&Aを繰り返して株価を膨らますといったような行動は取っていません。現在の大きな時価総額は、誰もが使うインターネットのサーチ技術を「Monetize(換金)」する高度な技術を開発した結果であり、高い利益成長率と分厚いキャッシュフローに裏付けられていることは間違いない気がします。
(株価評価はこちらで見ることが出来ます。)
ところで上の記事には、日本企業は海外でのM&Aで何かと不利である、と言った趣旨の話がありましたが、クロスボーダー案件に株式交換を使う難しさの一つに、いわゆる「フローバック」の問題があるかと思います。これは、被買収企業の株主(特に個人)が、買い手である外国企業の株に対して知識がなかったり、ADRの流動性が低いなどの理由から、株券を受け取っても即売却の手続きを取ってしまう現象です。
このような投資家行動の結果、買収後に買い手企業の株価に下方圧力がかかる(株が逆流=フローバックする)ことになってしまい、何のための買収かと言う話になるわけです。この問題への対策は容易ではなく、結果的にクロスボーダーの案件ではどうしても現金買収が増える傾向にある気がします。
もちろん株式交換が使えなくとも、エクイティオファリング(増資)をして資金調達をすることは出来ます。その資金を買収に使えば、もちろんタイミング的な問題はあるものの、フローバックの問題や制度面での問題の心配もなく、買い手にとってのエコノミクスはストックディールと近いものになると言えると思います。
上の記事にはまた、「買収企業に魅力がなければ株式交換のディールはやりにくい」、と言った趣旨のことも書いてありましたが、グーグルの件についての実態はむしろ、売り手がキャピタルゲイン税を先送りできると言うメリットの方が、要因として大きかったかもしれません。
これは日本においてもそうかもしれませんが、米国においては売り手株主の税金の問題は、ディールの実現を左右するほどの問題になることも頻繁に見受けられます。
今回のように売り手側の簿価が低い場合には、ますます株式交換へのインセンティブが働き、それが結果的には外国の潜在的買い手を不利にした可能性はあるかもしれません。
ディールのアドバイザーとなる投資銀行は、買収後のEPSに最もプラスの影響を与えそうなストラクチャーを、株式と現金のバランスを見ながら考えます。ただ売り手側の税制面でのメリットや買い手側のB/Sの状況も、大きな要因となって影響してくると言えると思います。(まあ当たり前ですが。)
ちなみにBloombergのデータによると、2006年の米国のM&Aについて案件数ベースで見ると、7割強がキャッシュディール、15%前後がストックディール、1割強がそのコンビネーションとなっています。過去には後者二つの合計が4割近くに上っていたこともあるようですが、最近は現金による買収が多いようです。
・・・と話が色々飛んでしまいましたが、前回のエントリーも含めて色々と考えてみると、やはり日本の企業経営は、もっと株主や株価を意識すべきだと言っても過言ではないのではと言う気がします。にも関わらず、株主価値を軽視して過剰な持合いなどを進める企業が多いのは、何とも残念な話です。
例えば年金資金を真面目に運用している人が、ウォールストリートを「短視眼的だ」と批判する勢力が経営側で様々なメリットを享受していたり、それこそ個人的なキャッシュアウトを目論む案件を推進していたりするのをどう感じるかは、想像に難くありません。
ただ一般的には、顧客や従業員がハッピーな会社は、往々にして株価も堅調であることが多い気がします。逆に社内がガタガタしていたり目先の業績を粉飾しているような会社は、中長期的には市場から厳しい評価を受ける結果になりそうです。これは市場がある程度は効率的に機能している証拠であり、長期資金を運用する投資家にとっても良いことと言える気がします。
また日本に関しては、文化的背景や労働市場の流動性の問題などは簡単には解決しないでしょうから、やはり「外圧」のようなものを受けながら徐々に変わっていくと言うのが現実的なのかもしれません。そんな意味でも欧米マーケットの荒波を経験している外資系証券らの「改革勢力」には、引き続き期待したいと思います。