2006年 10月 17日
「ファンド主導危うい」のなぜ? |
いつもアメリカの、しかも最近ではPE業界の話ばかり書いていますが、先日の日経新聞にちょっと気になる記事があったので取り上げてみます。10月17日の日経朝刊1面にあった、「北朝鮮リスク下の株高、米景気への楽観前提に-ファンド主導、潜む危うさ」という記事についてです。
以下はその日経新聞の記事からの抜粋です。
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株式市場で再び強気論が増えてきた。ニューヨーク・ダウ工業株三十種平均が初の一万二〇〇〇ドル乗せに迫り、日経平均株価も十六日に五カ月ぶりの水準まで上昇した。片や原油や金などの商品相場は失速気味。米国景気への楽観論が世界の株式投資のリスクを小さく見せている。
(中略)要因は三つ。第一に商品先物に投資していたヘッジファンドや商品投資顧問(CTA)のうちマザーロックやアマランス・アドバイザーズなど著名業者の解散・解体だ。「次はどこか」とおびえた資金は商品を離れ、米国債や世界の有力企業の株式に向かった。
(中略)つまり、ここにきての株高傾向は、世界の投資家が最も警戒していた「米国景気の急減速」の可能性が小さくなったとの前提のもと、低金利の円などで調達した資金などが買い手となって、商品市況軟化の影響を受けやすい資源株を避ける形で起きている。
問題は株高の構図の持続性。北朝鮮発のリスクが顕在化すれば、日本経済や日本株は直接の影響を免れない。景気の腰が予想外に強い米国では再び利上げの可能性が口にされ始めている。昨年の日本株高で主役だった個人が株式投資から距離を置き、日米ともにファンド主導の株高になっている点も、危うさを感じさせる一因だ。
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日経テレコンサービスで読んでいるのでこれが全文だか確信はないのですが、この記事では「ファンド」が何を指しているのか明示されておらず、抜粋した部分以外に特にファンドについての言及はなかったと思います。にも関わらず、結論が「日米ともにファンド主導の株高になっている点も、危うさを感じさせる」と、ファンドというものに対してネガティブなトーンになっている理由は一体何なのだろう、と一瞬考えてしまいました。
恐らくこの記事が言いたいのは、「ファンド」はヘッジファンドも含む「機関投資家」を指しており、そういった資金運用を本業とする投資家は、短期的で投機的な見方をする傾向がある、そのため最近の株高も一時的なものに留まる可能性が強い、と言うことなのかもしれません。
まあ市場は常に「上がったら下がる」の繰り返しなので、ここで指摘されている危うさもあくまで「短期的」だと言えそうですが、ともかくヘッジファンドや機関投資家に対して「ファンド主導、潜む危うさ」のようなネガティブな表現が使われる傾向は、日経に限らず日本の主要経済メディアにも共通している気がします。
その背景には、「投資家は短期的な利益の追求を目的に存在しており、それだけを基準に企業に対してリストラや四半期業績の最大化を迫る。それは日本型の経営と合致しないし、そもそも投資家のお金儲けのために企業経営をどうこうしようというのは間違っている」と言った考えが、根底の方にある気がします。
(よって日本では、外資系投資銀行が欧米流のコーポレートファイナンスの理論で武装して企業に対してある意味極めて真っ当なプレゼンテーションをしても、なかなか受け入れられずに苦労するのは日常茶飯事だったりします。)
話がそれましたが、しかしこのよく見かける「投資家=投機家」といったような批判は、少々誤解な気がします。
まず言うまでもありませんが、よく「外国人投資家」などとひとくくりにされがちな機関投資家の大半は、年金や生命保険などの長期資金を運用する存在です。また最近資産規模を拡大しているヘッジファンドも、受託資産の多くがかつてのような富裕層のリスクマネーではなく、年金や大学基金などの機関投資家から出ていると言われています。
そして年金であれば数十年、生命保険であれば10年から15年など、運用機関も相当長期に渡っています。預かり資産がそのような長期のお金なのであれば、ALMの観点からも、運用資産も当然長期で見ざるを得ないはずであり、株式運用をするにしても、その視点は相当長期なものと考えるのが自然な気がします。
ではそのような機関投資家が、よく言われるように四半期ベースの業績を気にして企業経営者にしつこく取材をするのは何故かと言うと、瑣末な現場レベルでの話しをすれば、ファンドマネージャーの成績がその期間で評価されるからだと言えるかもしれません。
ただそのような評価体系になっている背景を「そもそも論」で考えると、大切な受託資産を常に効率的な投資対象にアロケートするために、経営に対するチェックを比較的頻繁に行うことが極めて重要であるからだ、と言える気がします。
よって極端な話、今期に赤字を出したり巨額の設備投資を行ったとしても、経営者が自信を持って「信じてください、この赤字や支出は将来の成長のために必要なのです、これらの投資からこれだけのリターンが見込めるのです」と主張すれば、ファンドマネージャー達から受け入れられるのが通常です。
それに対して、過去の栄光や失敗をいつまでも引きずって、「ここまで投資してしまったんだから今更止められない」などといった経営判断をしたり、繰り返し業績予想を修正したりするようでは、機関投資家から長期的に大切なお金を託せる企業ではないと判断され、株価に下落圧力が加わって然るべきな気がします。
機関投資家の多くは、最終的に資金を払いだすまでに、最低でもインフレ率を上回るレートで預託資産を運用する義務があります。そしてその為に最も優れていると考えられている「上場株式」に、資金の多くを振り分けている現状があります。
言うなれば、現代社会においては、世の中の多くの人にとってかけがえのない財産である年金・保険資産の多くが、「企業の継続的成長」と「株価の上昇」に依存している、と言えるかもしれません。そしてこれを企業側から見ると、現代企業は、人々の大切な資産を長期に渡って増加させるという非常に重要な社会的使命を、株式市場の仕組みを通じて負っている、と言えるかもしれません。
そのように考えてみると、確かに自社の従業員や取引先も大切ですし、社会への奉仕なども重要でしょうが、それと同時に機関投資家の先にいる何百万人という人の年金資産も重要なのでは、という気がします。そんな中で企業の経営者には、長期的な企業の成長と短期的な利益の最適化の両方を実現する、難しい舵取りが期待されているのかもしれません。
こういう議論をすると、「偉そうなことを言ったってヘッジファンドなんか短期的に売買して利益を上げようとしているだけじゃないか、企業のことなんて何も考えていないじゃないか」と言うことになるかもしれません。
(まず、多くのヘッジファンドは、機関投資家顔負けの長期的な投資ホライゾンを持っている、と反論したいですが、)確かに自由経済の仕組みの中で、短期的な株式の売買を生業とするようなファンドも多数存在し、それらのファンドの動きは株価のボラティリティを高める要因になっていることは間違いないと思います。
米国であれば、リスクアービトラージと呼ばれるイベントドリブンのファンドや証券会社の自己売買部門がその傾向が強いと言われますし、日本においては個人投資家と外国人投資家が「投機的な短期マネー」のように揶揄されがちです。
ただいつも書いている通り、こういう短期の投資家が存在しなければ、株式市場から「流動性」と言う極めて重要な要素が失われてしまい、株価は適正にプライシングされないことになります。それは結果的には、長期的に資金を運用する機関投資家やストラテジックな投資家にとっても、大きなマイナス要素と言える気がします。
市場経済に批判的な日本のメディアの態度について、穿った見方をする人の中には、広告出稿者である企業の経営者に対して批判的な記事は書きにくいのでは、と言う人もいます。ただ、メディアセクターを長らく担当している身として、個人的にはそのようは批判は決してそうではなく、メディアはあくまで読者や視聴者も含めた「文化的」要請に対応しているだけである気がします。
それでも「金融ビッグバン」のおかげなのか外資系証券の躍進のおかげなのか分かりませんが、最近では日本でも、株式資本主義とも言うべき枠組みに対する理解がかなり広がりつつあり、企業経営者の中にも、徐々にではありますが、時代の要請に的確に応じた経営をする人が増えてきている気がします。
そのような流れの中で経済メディアなどの報道姿勢も、WSJやFTのような報道姿勢に今後変わってくるのかもしれません。
以下はその日経新聞の記事からの抜粋です。
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株式市場で再び強気論が増えてきた。ニューヨーク・ダウ工業株三十種平均が初の一万二〇〇〇ドル乗せに迫り、日経平均株価も十六日に五カ月ぶりの水準まで上昇した。片や原油や金などの商品相場は失速気味。米国景気への楽観論が世界の株式投資のリスクを小さく見せている。(中略)要因は三つ。第一に商品先物に投資していたヘッジファンドや商品投資顧問(CTA)のうちマザーロックやアマランス・アドバイザーズなど著名業者の解散・解体だ。「次はどこか」とおびえた資金は商品を離れ、米国債や世界の有力企業の株式に向かった。
(中略)つまり、ここにきての株高傾向は、世界の投資家が最も警戒していた「米国景気の急減速」の可能性が小さくなったとの前提のもと、低金利の円などで調達した資金などが買い手となって、商品市況軟化の影響を受けやすい資源株を避ける形で起きている。
問題は株高の構図の持続性。北朝鮮発のリスクが顕在化すれば、日本経済や日本株は直接の影響を免れない。景気の腰が予想外に強い米国では再び利上げの可能性が口にされ始めている。昨年の日本株高で主役だった個人が株式投資から距離を置き、日米ともにファンド主導の株高になっている点も、危うさを感じさせる一因だ。
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日経テレコンサービスで読んでいるのでこれが全文だか確信はないのですが、この記事では「ファンド」が何を指しているのか明示されておらず、抜粋した部分以外に特にファンドについての言及はなかったと思います。にも関わらず、結論が「日米ともにファンド主導の株高になっている点も、危うさを感じさせる」と、ファンドというものに対してネガティブなトーンになっている理由は一体何なのだろう、と一瞬考えてしまいました。
恐らくこの記事が言いたいのは、「ファンド」はヘッジファンドも含む「機関投資家」を指しており、そういった資金運用を本業とする投資家は、短期的で投機的な見方をする傾向がある、そのため最近の株高も一時的なものに留まる可能性が強い、と言うことなのかもしれません。
まあ市場は常に「上がったら下がる」の繰り返しなので、ここで指摘されている危うさもあくまで「短期的」だと言えそうですが、ともかくヘッジファンドや機関投資家に対して「ファンド主導、潜む危うさ」のようなネガティブな表現が使われる傾向は、日経に限らず日本の主要経済メディアにも共通している気がします。
その背景には、「投資家は短期的な利益の追求を目的に存在しており、それだけを基準に企業に対してリストラや四半期業績の最大化を迫る。それは日本型の経営と合致しないし、そもそも投資家のお金儲けのために企業経営をどうこうしようというのは間違っている」と言った考えが、根底の方にある気がします。
(よって日本では、外資系投資銀行が欧米流のコーポレートファイナンスの理論で武装して企業に対してある意味極めて真っ当なプレゼンテーションをしても、なかなか受け入れられずに苦労するのは日常茶飯事だったりします。)
話がそれましたが、しかしこのよく見かける「投資家=投機家」といったような批判は、少々誤解な気がします。
まず言うまでもありませんが、よく「外国人投資家」などとひとくくりにされがちな機関投資家の大半は、年金や生命保険などの長期資金を運用する存在です。また最近資産規模を拡大しているヘッジファンドも、受託資産の多くがかつてのような富裕層のリスクマネーではなく、年金や大学基金などの機関投資家から出ていると言われています。
そして年金であれば数十年、生命保険であれば10年から15年など、運用機関も相当長期に渡っています。預かり資産がそのような長期のお金なのであれば、ALMの観点からも、運用資産も当然長期で見ざるを得ないはずであり、株式運用をするにしても、その視点は相当長期なものと考えるのが自然な気がします。ではそのような機関投資家が、よく言われるように四半期ベースの業績を気にして企業経営者にしつこく取材をするのは何故かと言うと、瑣末な現場レベルでの話しをすれば、ファンドマネージャーの成績がその期間で評価されるからだと言えるかもしれません。
ただそのような評価体系になっている背景を「そもそも論」で考えると、大切な受託資産を常に効率的な投資対象にアロケートするために、経営に対するチェックを比較的頻繁に行うことが極めて重要であるからだ、と言える気がします。
よって極端な話、今期に赤字を出したり巨額の設備投資を行ったとしても、経営者が自信を持って「信じてください、この赤字や支出は将来の成長のために必要なのです、これらの投資からこれだけのリターンが見込めるのです」と主張すれば、ファンドマネージャー達から受け入れられるのが通常です。
それに対して、過去の栄光や失敗をいつまでも引きずって、「ここまで投資してしまったんだから今更止められない」などといった経営判断をしたり、繰り返し業績予想を修正したりするようでは、機関投資家から長期的に大切なお金を託せる企業ではないと判断され、株価に下落圧力が加わって然るべきな気がします。
機関投資家の多くは、最終的に資金を払いだすまでに、最低でもインフレ率を上回るレートで預託資産を運用する義務があります。そしてその為に最も優れていると考えられている「上場株式」に、資金の多くを振り分けている現状があります。
言うなれば、現代社会においては、世の中の多くの人にとってかけがえのない財産である年金・保険資産の多くが、「企業の継続的成長」と「株価の上昇」に依存している、と言えるかもしれません。そしてこれを企業側から見ると、現代企業は、人々の大切な資産を長期に渡って増加させるという非常に重要な社会的使命を、株式市場の仕組みを通じて負っている、と言えるかもしれません。
そのように考えてみると、確かに自社の従業員や取引先も大切ですし、社会への奉仕なども重要でしょうが、それと同時に機関投資家の先にいる何百万人という人の年金資産も重要なのでは、という気がします。そんな中で企業の経営者には、長期的な企業の成長と短期的な利益の最適化の両方を実現する、難しい舵取りが期待されているのかもしれません。
こういう議論をすると、「偉そうなことを言ったってヘッジファンドなんか短期的に売買して利益を上げようとしているだけじゃないか、企業のことなんて何も考えていないじゃないか」と言うことになるかもしれません。
(まず、多くのヘッジファンドは、機関投資家顔負けの長期的な投資ホライゾンを持っている、と反論したいですが、)確かに自由経済の仕組みの中で、短期的な株式の売買を生業とするようなファンドも多数存在し、それらのファンドの動きは株価のボラティリティを高める要因になっていることは間違いないと思います。
米国であれば、リスクアービトラージと呼ばれるイベントドリブンのファンドや証券会社の自己売買部門がその傾向が強いと言われますし、日本においては個人投資家と外国人投資家が「投機的な短期マネー」のように揶揄されがちです。
ただいつも書いている通り、こういう短期の投資家が存在しなければ、株式市場から「流動性」と言う極めて重要な要素が失われてしまい、株価は適正にプライシングされないことになります。それは結果的には、長期的に資金を運用する機関投資家やストラテジックな投資家にとっても、大きなマイナス要素と言える気がします。
市場経済に批判的な日本のメディアの態度について、穿った見方をする人の中には、広告出稿者である企業の経営者に対して批判的な記事は書きにくいのでは、と言う人もいます。ただ、メディアセクターを長らく担当している身として、個人的にはそのようは批判は決してそうではなく、メディアはあくまで読者や視聴者も含めた「文化的」要請に対応しているだけである気がします。
それでも「金融ビッグバン」のおかげなのか外資系証券の躍進のおかげなのか分かりませんが、最近では日本でも、株式資本主義とも言うべき枠組みに対する理解がかなり広がりつつあり、企業経営者の中にも、徐々にではありますが、時代の要請に的確に応じた経営をする人が増えてきている気がします。
そのような流れの中で経済メディアなどの報道姿勢も、WSJやFTのような報道姿勢に今後変わってくるのかもしれません。
by harry_g
| 2006-10-17 11:51
| ヘッジファンド・株式投資


