2006年 10月 14日
「数字にも強い」弁護士バンカー |
先日のブログでご質問頂いた件について、本文でお答えしたいと思います。
10月11日のエントリー「クラブディールは『独禁法』違反?」の中で、アメリカのPE業界とIB業界には弁護士出身者が多い、と言う話を書きました。その際に書いた「弁護士で且つ数字にも強い」の意味を、もう少し説明したいと思います。いつものことですが、これはあくまで私が感じたところであり、何ら統計を見たわけではないことと、アメリカのケースであることを、あらかじめお断りしておきます。
「数字に強い」と言うのは、簡単に言うと、「財務的なことに目が利く」と言うことだと言えると思います。
投資銀行などでは財務モデルやバリュエーションモデルを扱うことが仕事の中心であることが多いため、その業務がいかに素早く正確にこなせるかは、ご想像通り非常に重要となります。
そんなことを言っても別業界の方は、「だからそれは具体的にはどういうこと?」と思われるかもしれません。これは要するに、企業の財務情報やバリュエーションモデルを見た際に、その意味を素早く読み取ったり、何か重要な点、おかしな点などがある場合に、それにすぐに気が付く能力、最終的にはプロダクトのストラクチャーなどをクリエイティブに考え出す能力、と言えると思います。
例えばある会社の財務モデルを見て、何で特定の利益率が変化しているのか、またそれがどう変わった時にキャッシュフローはどう影響を受けるのか、などと言う「財務諸表の裏側(?)」に注目したり、LBOモデルで異なるキャピタルストラクチャーに対するリターンの感応度はどうかを考えたり、どういうM&Aのストラクチャーが最も株主価値を生み出すかを判断したりと、まあそんな感じだと言えるかもしれません。
やたらと競争が激しいウォールストリートでは、M&Aや資金調達の案件をクライアントに提案する際に、いかにクライアントが好むような条件を提案できるか、如何にクリエイティブな財務・法的ストラクチャーを考えられるかが、非常に重要となる場面が多くあります。
LBOファンドでも、投資判断をする際に、期待リターンを確保しながらどこまで買収価格を払えるかについて、財務面や制度面から細かくストラクチャーを詰める力は、非常に重要になってくるのではと思います。
これらの場面で弁護士出身のバンカーは、細かいドキュメンテーションの詰めでも強みを発揮しますし、仕事柄なのか非常にロジカルであり、交渉事にも強いことが多い気がします。それに加えて財務分析やバュエーションなどの数字面にも強いとなると、職人としてのテクニカル面では「万能」に近いと言えるかもしれません。
では弁護士出身でバンカーになるのがどれくらい容易かと言うと、友人達の話によれば、結構苦労が多いそうです。基本的に文字を扱う仕事が多い弁護士の中には、数字嫌いの人も多くいると聞きます。
よって投資銀行や投資ファンドを志す弁護士の多くは、まずMBAに行ってファイナンスの基礎を学び、その後にアソシエイトとして投資銀行に入って財務モデリングや市場の動きを理解する力を付ける、というステップを踏むことが多いようです。
・・・最後に余談ですが、私が投資銀行時代に一緒に働いたR氏の話をご紹介します。
当時私の上司だったR氏は、いわゆるセクター(特定業界)のカバレッジ・バンカーで、当時マネージング・ディレクターに昇進したばかりの30代半ば過ぎの人でした。通信業界についての異常なまでの技術的・規制面での知識に加えて、いつも財務モデルの細かな点についてジュニアバンカーを問い詰めていたので、完全に「理系」の人間かと思っていました。
それがしばらく一緒に働いているうちに、実は同氏が一番力を発揮するのは、ドキュメンテーションやプレゼンテーション・ネゴシエーションの場なのではないかと感じるようになりました。そしてある機会に同僚に聞いてみたところ、まあご想像通りですが、同氏のバックグラウンドは弁護士であることでした。その人があまりに「数字重視」の細かい人だったため、これを知った時は非常に驚いたことを記憶しています。
投資銀行では、プロジェクトに当たっては、クライアントに詳しいセクターバンカーと、M&Aなどの商品に詳しいプロダクトバンカーがチームを組んで働くことが通常です。
R氏はその内訳で言うと前者なわけですが、弁護士時代からプロダクトの経験も豊富な上、何故か分かりませんが異様に数字にも強かったため、M&AやLBOの専門家に囲まれても、知識やクリエイティビティが際立っていました。(そういう場面でも決して言い負けない、とも言えるかもしれません。)
そんなR氏が、とある金曜の夕方に、おもむろに私のオフィスに入って来たことがありました。
そして「最近X社をLBOしたA社の件だけど、更にY社も買収して、合併させたらどうかな。X社とY社のキャッシュフローにシナジーを足せば、レバレッジを更に掛けてキャッシュで買えるだろ。A社にとってこんな美味しい話はないだろ?」と言って来ました。
そして、アメリカのMDではよくあることですが、「ぱっと計算したところ可能なはずだから、モデルを見せてくれよ」と言って、実際にモデルに関する細かな指示を出して来ました。
金曜の夕方に何だよ、と思いながら、「そんなに大きいキャッシュディールだと、レバレッジが過剰になるから無理なんじゃないですか?X社のLBOでも相当レバレッジを掛けたじゃないですか」と当たり前な質問すると、横の紙切れに何やら書き出しました。
そして、「こんな感じでHoldCoを両側に複数作って、このデットはここに置いてここからギャランティを付けて、更にこのMidCoにゼロクーポン債を出させればどうだ?これならストラクチャー上問題なさそうだし、最近の市場環境ならかなり有利なレートでデットも発行出来るだろう」なと言って、何とその場で妙なストラクチャーまで考えてしまいました。
その後30分くらい色々検討した結果、「よし、これならレバレッジも○倍に収まるし、これは行けそうだ」と確信した同氏は、ぶつぶつ言いながらオフィスを出て行きました。当時アソシエイトだった私は単に「手足」になっただけなのですが、R氏の「奇想天外さ」と「ハンズオン(何でも自分でやってしまう)ぶり」に、かなりの感銘を受けました。
その後のR氏の動きは実に迅速で、週末の間にプロダクトバンカーを交えてアイデアの詰めを行い、水曜日には社内のコミットメント・コミッティを通して、木曜日にはA社にプレゼンテーションをしていました。その時のA社担当者の驚いた表情と、「本当にこんな美味しい話があり得るなら、我々の代わりに投資家周りをしてくれよ」と言うコメントが非常に印象的でした。
結局このディールは、これはLBOファンド(A社)側の凄い所なのですが、その後たった二週間でターゲット(Y社)を所有する別のコンソーシアムから売却合意を取りつけて、実現に至りました。ファイナンシングにはR氏の考えたストラクチャーが使われることになり、会社には巨額のフィーが落ちることになったわけです。
別に今更昔の上司を賞賛しても何にもならないのですが、統合会社の価値が1兆円を超えるにも関わらず、A社側のエクイティ出資額がたったの数百億円と言うこのクリエイティブな大型LBO(M&A)は、いわばR氏の「金曜の午後の思いつき」が引き金になって実現したと言っても過言ではないと思います。
そして細かく説明するのはなかなか難しいのですが、このディールを準備する色々な場面で、やはり弁護士とバンカーの両方の経験があると強いな、と感じる場面が多々ありました。
スピードが勝負のウォールストリートでクライアントをつかんで上り詰めて行くには、彼のように数字もそれ以外も全て一人で見れるようになることが必須なのかもしれません。そして多くの人が財務面→それ以外の順序で徐々にトレインされていくのに対し、弁護士バンカーは「それ以外」の部分のしっかりとした基礎を持って入ってくる強みがある気がします。
10月11日のエントリー「クラブディールは『独禁法』違反?」の中で、アメリカのPE業界とIB業界には弁護士出身者が多い、と言う話を書きました。その際に書いた「弁護士で且つ数字にも強い」の意味を、もう少し説明したいと思います。いつものことですが、これはあくまで私が感じたところであり、何ら統計を見たわけではないことと、アメリカのケースであることを、あらかじめお断りしておきます。
「数字に強い」と言うのは、簡単に言うと、「財務的なことに目が利く」と言うことだと言えると思います。
投資銀行などでは財務モデルやバリュエーションモデルを扱うことが仕事の中心であることが多いため、その業務がいかに素早く正確にこなせるかは、ご想像通り非常に重要となります。
そんなことを言っても別業界の方は、「だからそれは具体的にはどういうこと?」と思われるかもしれません。これは要するに、企業の財務情報やバリュエーションモデルを見た際に、その意味を素早く読み取ったり、何か重要な点、おかしな点などがある場合に、それにすぐに気が付く能力、最終的にはプロダクトのストラクチャーなどをクリエイティブに考え出す能力、と言えると思います。
例えばある会社の財務モデルを見て、何で特定の利益率が変化しているのか、またそれがどう変わった時にキャッシュフローはどう影響を受けるのか、などと言う「財務諸表の裏側(?)」に注目したり、LBOモデルで異なるキャピタルストラクチャーに対するリターンの感応度はどうかを考えたり、どういうM&Aのストラクチャーが最も株主価値を生み出すかを判断したりと、まあそんな感じだと言えるかもしれません。
やたらと競争が激しいウォールストリートでは、M&Aや資金調達の案件をクライアントに提案する際に、いかにクライアントが好むような条件を提案できるか、如何にクリエイティブな財務・法的ストラクチャーを考えられるかが、非常に重要となる場面が多くあります。
LBOファンドでも、投資判断をする際に、期待リターンを確保しながらどこまで買収価格を払えるかについて、財務面や制度面から細かくストラクチャーを詰める力は、非常に重要になってくるのではと思います。
これらの場面で弁護士出身のバンカーは、細かいドキュメンテーションの詰めでも強みを発揮しますし、仕事柄なのか非常にロジカルであり、交渉事にも強いことが多い気がします。それに加えて財務分析やバュエーションなどの数字面にも強いとなると、職人としてのテクニカル面では「万能」に近いと言えるかもしれません。
では弁護士出身でバンカーになるのがどれくらい容易かと言うと、友人達の話によれば、結構苦労が多いそうです。基本的に文字を扱う仕事が多い弁護士の中には、数字嫌いの人も多くいると聞きます。
よって投資銀行や投資ファンドを志す弁護士の多くは、まずMBAに行ってファイナンスの基礎を学び、その後にアソシエイトとして投資銀行に入って財務モデリングや市場の動きを理解する力を付ける、というステップを踏むことが多いようです。
・・・最後に余談ですが、私が投資銀行時代に一緒に働いたR氏の話をご紹介します。
当時私の上司だったR氏は、いわゆるセクター(特定業界)のカバレッジ・バンカーで、当時マネージング・ディレクターに昇進したばかりの30代半ば過ぎの人でした。通信業界についての異常なまでの技術的・規制面での知識に加えて、いつも財務モデルの細かな点についてジュニアバンカーを問い詰めていたので、完全に「理系」の人間かと思っていました。
それがしばらく一緒に働いているうちに、実は同氏が一番力を発揮するのは、ドキュメンテーションやプレゼンテーション・ネゴシエーションの場なのではないかと感じるようになりました。そしてある機会に同僚に聞いてみたところ、まあご想像通りですが、同氏のバックグラウンドは弁護士であることでした。その人があまりに「数字重視」の細かい人だったため、これを知った時は非常に驚いたことを記憶しています。
投資銀行では、プロジェクトに当たっては、クライアントに詳しいセクターバンカーと、M&Aなどの商品に詳しいプロダクトバンカーがチームを組んで働くことが通常です。
R氏はその内訳で言うと前者なわけですが、弁護士時代からプロダクトの経験も豊富な上、何故か分かりませんが異様に数字にも強かったため、M&AやLBOの専門家に囲まれても、知識やクリエイティビティが際立っていました。(そういう場面でも決して言い負けない、とも言えるかもしれません。)
そんなR氏が、とある金曜の夕方に、おもむろに私のオフィスに入って来たことがありました。
そして「最近X社をLBOしたA社の件だけど、更にY社も買収して、合併させたらどうかな。X社とY社のキャッシュフローにシナジーを足せば、レバレッジを更に掛けてキャッシュで買えるだろ。A社にとってこんな美味しい話はないだろ?」と言って来ました。
そして、アメリカのMDではよくあることですが、「ぱっと計算したところ可能なはずだから、モデルを見せてくれよ」と言って、実際にモデルに関する細かな指示を出して来ました。
金曜の夕方に何だよ、と思いながら、「そんなに大きいキャッシュディールだと、レバレッジが過剰になるから無理なんじゃないですか?X社のLBOでも相当レバレッジを掛けたじゃないですか」と当たり前な質問すると、横の紙切れに何やら書き出しました。
そして、「こんな感じでHoldCoを両側に複数作って、このデットはここに置いてここからギャランティを付けて、更にこのMidCoにゼロクーポン債を出させればどうだ?これならストラクチャー上問題なさそうだし、最近の市場環境ならかなり有利なレートでデットも発行出来るだろう」なと言って、何とその場で妙なストラクチャーまで考えてしまいました。
その後30分くらい色々検討した結果、「よし、これならレバレッジも○倍に収まるし、これは行けそうだ」と確信した同氏は、ぶつぶつ言いながらオフィスを出て行きました。当時アソシエイトだった私は単に「手足」になっただけなのですが、R氏の「奇想天外さ」と「ハンズオン(何でも自分でやってしまう)ぶり」に、かなりの感銘を受けました。
その後のR氏の動きは実に迅速で、週末の間にプロダクトバンカーを交えてアイデアの詰めを行い、水曜日には社内のコミットメント・コミッティを通して、木曜日にはA社にプレゼンテーションをしていました。その時のA社担当者の驚いた表情と、「本当にこんな美味しい話があり得るなら、我々の代わりに投資家周りをしてくれよ」と言うコメントが非常に印象的でした。
結局このディールは、これはLBOファンド(A社)側の凄い所なのですが、その後たった二週間でターゲット(Y社)を所有する別のコンソーシアムから売却合意を取りつけて、実現に至りました。ファイナンシングにはR氏の考えたストラクチャーが使われることになり、会社には巨額のフィーが落ちることになったわけです。
別に今更昔の上司を賞賛しても何にもならないのですが、統合会社の価値が1兆円を超えるにも関わらず、A社側のエクイティ出資額がたったの数百億円と言うこのクリエイティブな大型LBO(M&A)は、いわばR氏の「金曜の午後の思いつき」が引き金になって実現したと言っても過言ではないと思います。
そして細かく説明するのはなかなか難しいのですが、このディールを準備する色々な場面で、やはり弁護士とバンカーの両方の経験があると強いな、と感じる場面が多々ありました。
スピードが勝負のウォールストリートでクライアントをつかんで上り詰めて行くには、彼のように数字もそれ以外も全て一人で見れるようになることが必須なのかもしれません。そして多くの人が財務面→それ以外の順序で徐々にトレインされていくのに対し、弁護士バンカーは「それ以外」の部分のしっかりとした基礎を持って入ってくる強みがある気がします。
by harry_g
| 2006-10-14 13:15
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