ヘッジファンドの一般化と「善悪」論 |
DE Shawは1989年設立の老舗ヘッジファンドで、設立者で現在もトップに立つDavid E. Shaw博士はコンピュータサイエンスの世界の第一人者と言われています。高度の数学理論とコンピュータを駆使して世界中の金融商品をトレードしているとされる同社は、現在の運用資産額を$23bn(約2.6兆円)に膨らませており、規模で見ると業界最大手の一つと言えると思います。
その中で伝統的なバイ・オンリーの戦略を採用しているファンドは「Desim(DE Shaw Investment Managementの略)」と呼ばれ、恐らく株式のみを投資対象にしたものと思われますが、このファンドは5年ほど前に機関投資家からの強い希望に応じて設立したそうです。現時点で運用額は$300mm(約350億円)程度に留まっているそうですが、その規模をヘッジファンド本体より大きくしていく計画だというので驚きです。
このような動きの背景には、株式ロングショートの運用スタイルでは運用額が1兆円を超えるようになってくると投資機会を見つけるのが困難になる、という事も関係しているかもしれません。この話は以前にもPEファンドとの比較で書きましたが、1兆円のファンドともなると、その1%を投資するにも100億円規模になり、その結果投資対象が時価総額の大きい企業に限られてしまうことになります。
また米国の株式市場には、基本的に経済は右肩上がりの成長を続けるものであり、企業利益の成長と共に株価も長期的には上昇していくもの、という考えが強くあります。そう考えると長期的にリターンを上げる可能性が高いのはロングのポジションであり、ストックピック(銘柄選択)に強みを持つヘッジファンドがバイ・オンリーのファンドに進出して行くことは自然な流れなのかもしれません。
このように、現在ヘッジファンド業界の大半を占めるロングショートのファンドは、運用資産額の拡大に伴って、いわゆる一般の投資家とかなり近い存在になって来ている気がします。それでも以前のブログ「ヘッジファンドのイメージ」でも書いた通り、日本では一般的に「ヘッジファンド=危険な投機家」、と言う印象が引き続き存在している気がします。
もちろん金融業界の人に言わせれば、「それは90年代までの話で、既にヘッジファンドは立派なアセットクラスとして広く認知されている」と言うことになるかもしれません。ただ、最近の日経ビジネスの特集記事、『実録・巨大マネー、世界同時、株安・商品市場急落の真相を追う』(というタイトルそのもの)にも見られるように、メディアによるヘッジファンドの扱いが相変わらずネガティブなトーンなので、一般でのイメージ改善は難しいかもしれません。
確かに市場の下降局面でロングポジションをヘッジするためのショート(空売り)が膨らむと、一時的に株価の下げ圧力につながりますが、言うまでもなく、それは市場の暴落を意図したものでは全くありません。ヘッジファンドであれ年金や投信であれ、人様のお金を預かって運用している以上、利益の最大化を命題として行動することが期待されているわけで、「良い・割安な会社を買い、悪い・割高な会社を売る」と言う、ごく当たり前な投資行動の一貫です。
ちなみに、仮に投機的ファンドが特定株の価格暴落を図るような空売りを仕掛けたとしても、大半のヘッジファンドを含む真っ当な投資家は、企業がキャッシュフローの成長を続けている限り、適切なバリュエーションで買いにまわることになります。逆に、キャッシュを無駄にする会社や投機的取引などで不当に割高な株価は投資家からの売り圧力によって適正価格に調整されることになり、この辺りがよく指摘される「バリュエーションの適正化」や「市場への流動性供給」と言う、市場メカニズムの効果になるわけです。
こうして見てみると、現代のヘッジファンドも含む「普通」の投資家が増えることは、かつて投機取引の横行や株式持合いによる流動性の枯渇が制度的問題となっていた日本市場を「正常化」させる望ましい動きである、とむしろ言える気がします。機関投資家などが弱気見通しに基づいてポジションを解消する時の売り圧力は「善」であり、ヘッジファンドや個人投資家が空売りという手法を用いると即「投機であり悪」であると言うのは、理解不足と言うか偏った意見な気がします。
もちろんメディアの仕事は一般受けのよい情報を提供することなわけで、外資アレルギーの強い日本では、外資のヘッジファンドや買収ファンドをネガティブに捉えた記事の方が、受けが良いことは理解できます。また、ヘッジファンド業界が基本的にメディアに情報を開示しない(と言うか出来ない)傾向があることも、ヘッジファンドのブラックボックス論を助長しているのかもしれません。
翻って米国では、BloombergやDow Jones(WSJ)などの金融メディアが業界にキャッチアップしようと努めているからか、そもそも先進的な事象を好む国民性のせいか分かりませんが、ヘッジファンドや買収ファンドを一方的に悪者扱いする報道はまず見かけない気がします。このような金融メディアの日米比較も、なかなか興味深いところです。
バブル崩壊の反省を受けて間接金融から直接金融への本格的なシフトを図るためには、資本市場の正常化や株式市場の効率化が欠かせないと思うのですが、メディアの報道姿勢などを見ている限りでは、そのような理解が企業経営陣を含む一般に広く浸透するにはまだ時間がかかるのかもしれません。