信用格付と「クレジットバブル」説 |
アメリカでは主にLBOに伴う信用の急拡大を受けて、「クレジットバブル」を危惧する声が大きくなっています。その懸念を増長しているのは、投資銀行によるバランスシートビジネスの拡大のようです。
90年代の後半からJP Morgan ChaseやCitigroupと言った銀行系証券が、強固なバランスシートを使って伝統的な投資銀行業務に「力技」で乗り込んで来た、と言う話は以前にも書きました。これらの会社は、アドバイザリーや引受けといった「仲介業」の仕事を取るために、有利なレートでの「貸付け」を併用したわけですが、それに対抗して投資銀行も、LBOの際に自己資金を貸し付けるビジネスを積極化させて来たのはご存知の通りです。
そんな業界の動きは、最近では一層勢いを増しているようです。最近のFTの記事によると、最近最もアグレッシブなのはGoldman Sachsで、5月31日までの6ヶ月で「非投資適格」企業への信用提供(貸出、コミットメントラインの提供等)が$29.5bn(約3.4兆円)と、昨年同期比で60%も増加しているそうです。
ちなみに「非投資適格」とは、信用格付会社のS&PでBB+以下、Moody’sでBa1以下に格付けされている企業のことで、一般に「ハイイールド」、「ジャンク」などと呼ばれます。ご存知の方も多いかもしれませんが、S&PとMoody’sの例で見ると、信用格付けというのはこんな感じになっています。
投資適格
AAA/Aaa (最「安全」企業だが資本コスト高)
AA/Aa
A/A
BBB/Baa (資本コスト的には「最適」ゾーン)
非投資適格
BB/Ba
B/B (この辺りから貸し倒れ率が急増)
CCC/Caa (HY債の発行もかなり困難)
更にS&Pであればそれぞれに「+、フラット、-」、Moody’sであれば「1, 2, 3」とランク付けされます。例えば同じBB/Baでも、
BB+/Ba1(最も投資適格に近い)
BB/Ba2
BB-/Ba3(最もB/Bに近い)
のように格付けされるわけです。格付は信用格付会社による定性的、定量的な分析に基づいて決定され、その方法はある程度開示されています。簡単に言うと、財務指標としてはストックとフローの両方を見る特長があり、同時に定性的要因、例えば戦略や経営陣の変更などをチェックするような形になっているようです。格付変更に関する見通し(アウトルック)も公表されるため、結構透明度の高いシステムといえるかもしれません。
投資家が「投資適格(Investment Grade)」と「非投資適格(High Yield)」をはっきりと区別して投資していることもあり、BBとBBBの違いは企業にとっては調達コストに大きく影響する重大な違いとなります。
デットの引受けを行う投資銀行では、S&PやMoody’sの出身者を雇って内部に「格付グループ」を持っており、LBOなどのデットのストラクチャリングの際に「これくらいのレバレッジなら格付はこれくらい」という判断を事前に行います。それをもってハイイールド・キャピタルマーケッツの人間が、現在の市場環境に照らしてプライシングの予想をし、そのレートを投資銀行部でLBOモデルを作成する際に予想に反映させたりします。
格付けの説明が長くなりましたが、最近ハイイールドデットの提供を積極的に進めている投資銀行はGoldmanだけではありません。FTによると、Morgan Stanleyは前年比50%+の$8.2bn(約9400億円)、またここ数年で最もアグレッシブな信用提供をして来たと言われるLehman Brothersは、前年比100%+の$5.6bn(約6400億円)などとなっているそうです。
もちろん今でもハイイールド貸付のトップはJP Morgan Chase、以下Bank of America、Citigroup、Deutsche Bank、Credit Suisseとなっており、上位5社までを銀行系が占めています。(Goldmanは第6位に位置しています。)
また最近UBSがアレンジしたBlackstoneによるCendantグループのTravelport買収に提供した$3.5bn(約4000億円)のローンは、米国LBO市場で過去最高額と言われています。
大きなバランスシートをもつ銀行系と比べてバランスシートが弱い投資銀行が大きな貸出リスクを取ることに対しては、以前から懸念を示す声がありました。それが最近の米国経済のスローダウンを受けて、ハイイールド・レンダーの貸倒れ率が急上昇する可能性が真剣に語られるようになっており、にも関わらず投資銀行が相変わらず積極的なレンディングを行っているので、「バブル」説が出てきているのだと思います。
日本に関することで言えば、ソフトバンクがボーダフォンジャパンを買収した際に、銀行団が巨額のブリッヂローンを提供していますが、ソフトバンクのPF(プロフォーマ)の財務状況をパッと見る限り、銀行団は一体どうやってデットの返済計画を見積もったのだろうと疑問に思う人も多いのではないかと思います。
ただ投資銀行に言わせれば、例えば「コミットメントライン」は実際にお金が全額引き出されているわけでなかったり、またローンのエクスポージャーも、市場で転売したりデフォルトスワップでリスクをヘッジしたり出来るため、それほどのリスクには晒されていない、ということになります。
ローンのセカンダリー市場を含むデットマーケットの成熟ぶりは投資銀行の主張する通りであり、その最先端でプレーしている投資銀行は、確かに厚い市場からのメリットを最大限享受することが出来るのかもしれません。ソフトバンクのケースでは、流動性の高いヤフージャパンの株などが、「担保価値」を提供しているのかもしれません。
それでもFTの記事にもあった通り、LBOファンドからの強い要請でMAC(Material Adverse Change)条項無しでの貸付を行ったり、ローンを転売することなく持ち続けたりすることが増えているようで、その結果リスクが上昇しているのは間違いない気がします。
そして何より問題視されるのは、投資銀行はLBOに資金をコミットすることで、後のM&AやIPOといった巨大かつハイプロファイルな案件を取れる可能性が飛躍的に向上するため、資金提供を緩めるのは競争環境上困難、と言う「現実」があることかもしれません。LBOの案件を取りに行く時には、当然より高いレバレッジを提供できる会社がビッドに勝つ可能性が高くなります。よって投資銀行の社内では、レバレッジについて慎重な意見が出ると、必ず「もっと行ける!ビビッてるんじゃない!」と主張する人がいて、結局右肩上がりの信用拡大が続いています。
好景気の間は誰もが「春よ永遠なれ」と思うのも、「山が高ければ谷が深い」のもウォールストリートの常なので、何だか無責任な話で恐縮ですが、バブルが大きくはじけないことを祈るばかりです。