2006年 04月 28日
メディアの株主経営 |
以前にアメリカの大手新聞社であるKnight Ridderがアクティビストファンドの要求に応じて身売りを行ったと言う話を何度か書きましたが、アメリカではジャーナリズムの根幹とも言える新聞社までが、株主の要求に応じて大胆なアクションを取るケースが見られます。
Knight Ridderのケース以外にも、メディア最大手のタイムワーナーがアクティビストの要求に応じて自社株買いの増加を発表したり、様々なメディア企業が普通に買収ファンドのターゲットとなって、買収後に配当金を吐き出した上で再上場したりしています。
こんなトレンドの背景には、多額の資金がプライベートエクイティ等のオルタナティブ投資に流入しているという事実がありますが、それにしても「市場のルール」に従って行動していれば何でもありなのか、と言う印象を持つ人もいると思います。M&Aが活発で労働市場の流動性も高いアメリカでは、そのような心理的拒絶感は少なくともウォールストリート周辺からは感じられませんが、現場の人からは「うちの会社=広告会社はすぐにM&Aをするので職が安定しなくて嫌だ」なんて声を聞いたこともあります。
ともかくそんな最近のトレンドと関連して、先日日本の某大手テレビ局の方と仕事とは全く別のところでお話する機会がありました。同氏は日本のテレビを生み育てて来たといえる年代の方で、アメリカに長い駐在経験があるためウォールストリート的な考え方にも比較的明るい方です。
そんな同氏は、ライブドア事件の影響もあってか、「株主資本主義を掲げた企業によるメディア買収は間違っている」との立場を取っています。その理由としては、「テレビは社会に対して重要な情報と娯楽を提供するために存在しており、株主の利益追求と言うことよりも社会に対する貢献を第一義に考えるべきである」と言う考え方があるようです。
同氏はアメリカ4大ネットワークの一つであるABCがウォルトディズニーに買収された際に、ディズニー側の経営陣が「ニュースは儲からないから止めたらどうか」と提案した例を挙げて、ABCニュースのアメリカ社会における重要さと、ウォールストリート的な考えを持った経営者によるメディア経営がいかに危ういかを強張されていました。
以上のような議論は一理あり、メディアの持つ社会的な意義に関しては、アメリカでも日本でも疑う余地がありません。日本のテレビも「娯楽に偏りすぎている」などの批判はあるものの、情報提供メディアとして、また娯楽メディアとして、優れた存在であることは間違いないと思います。
ただ、株主価値を重視した経営が本当にメディアを駄目にするかについては、そう簡単に結論付けるのは危険な気がします。
例えばアメリカでは、テレビに限らずラジオから新聞から出版から、ほぼ全ての大手メディア企業が上場しているか、または上場企業の傘下で部門別の決算を発表しています。(最近モルガンスタンレーの投資部門からアクティビスト的なプレッシャーを受けている大新聞のNew York Timesも上場会社です。)こうした企業は、各社とも四半期ベースの決算報告と株主価値経営を迫られていますが、それでもハリウッド映画やCNNなどアメリカのメディア・エンタテインメントは、世界に認められた情報・娯楽の発信基地として存在しています。
メディアでなくとも利益を出さないといけないと言うプレッシャーは誰でも受けたくないものですが、企業にとってはそれを従業員に対するインセンティブとして利用して、結果として事業の質の向上につながる方向にもって行くのも可能なのかもしれません。また例えばCNNが湾岸戦争報道で、Fox Newsが911報道で大きく成功したように、どこにどれだけコストをかければ長期的に企業の発展につながるかを判断することは経営者の重要な使命であり、それは決して株主価値と矛盾することではない気がします。
仮にメディア事業が本当に株主重視経営と相容れないのであれば、株式を上場していること自体が矛盾していることになるかもしれません。既存株主に流動性を供給したり、また必要に応じてエクイティファイナンスを行えるなど、株式を公開しておくことのメリットは色々あるのですが、そういったメリットを享受できると同時に株主に対するリターンを約束するという義務も負うことになります。そうでないと、株主はリスクをタダ負いし、経営陣に無限大の裁量権を与えていると言うことになりかねません。
そういった株主からの要求に応えることが本当に難しいのであれば、そもそもなぜ株式を上場したのか、と言う話になるわけですが、当時は諸所の理由、例えばフジテレビのケースであれば既存株主対策などに加えて、「上場=社会的信用の獲得」と言う意味が強く、上場後の責任まで主幹事証券会社が明確にしなかったのかもしれません。
日本ではこのように「形」から入ることは一般的に受容される傾向にありますが、市場参加者は「形式=内容」であることを求めるため、上場と言う形でマーケットに参加した以上はそこで定められたルール、つまり株主利益の追求を最優先することは当然であると言う主張につながることになります。
そんな現実を受けて、最近では敵対的買収の防衛策に力を入れる企業が多いようですが、株主から見ればそれはあまりポジティブとは言えません。と言うのも大方の投資銀行や弁護士事務所も認める通り、一番の買収防衛策は株価の向上(=バリュエーションや規模の拡大)であり、そのための企業努力であって、法的な自己防衛テクニックであるべきではないと考えられるからです。
どうしても株主経営の煩雑さ(?)を逃れたければ、株式の非上場化という選択肢もあるかもしれません。ただこれは既存株主の利益を損なう可能性が大きいため、まさに最後の手段と言えると思います。敵対的買収を恐れる気持ちは分かりますが、買収側だって経済原理から考えてもメディアの価値を破壊しようと考えているわけでは到底ないわけで、それに過剰反応して市場の機能を歪めてしまうのはやはり問題なのではという気がします。
アクティビストの存在のおかげで「株主=悪」のように扱われますが、実際株主の多くは生保であり投信であり年金基金であり、結局は一般の人々のお金です。株主経営の行き過ぎを懸念する声は十分理解出来ますが、企業防衛を主張しつつ高コスト体質のメリットを享受する経営者や従業員と、株主経営を求める投資家のどちらが本当の「悪」なのかは、議論の分かれるところと言えそうです。
(写真はhttp://archive.wn.comより)
Knight Ridderのケース以外にも、メディア最大手のタイムワーナーがアクティビストの要求に応じて自社株買いの増加を発表したり、様々なメディア企業が普通に買収ファンドのターゲットとなって、買収後に配当金を吐き出した上で再上場したりしています。こんなトレンドの背景には、多額の資金がプライベートエクイティ等のオルタナティブ投資に流入しているという事実がありますが、それにしても「市場のルール」に従って行動していれば何でもありなのか、と言う印象を持つ人もいると思います。M&Aが活発で労働市場の流動性も高いアメリカでは、そのような心理的拒絶感は少なくともウォールストリート周辺からは感じられませんが、現場の人からは「うちの会社=広告会社はすぐにM&Aをするので職が安定しなくて嫌だ」なんて声を聞いたこともあります。
ともかくそんな最近のトレンドと関連して、先日日本の某大手テレビ局の方と仕事とは全く別のところでお話する機会がありました。同氏は日本のテレビを生み育てて来たといえる年代の方で、アメリカに長い駐在経験があるためウォールストリート的な考え方にも比較的明るい方です。
そんな同氏は、ライブドア事件の影響もあってか、「株主資本主義を掲げた企業によるメディア買収は間違っている」との立場を取っています。その理由としては、「テレビは社会に対して重要な情報と娯楽を提供するために存在しており、株主の利益追求と言うことよりも社会に対する貢献を第一義に考えるべきである」と言う考え方があるようです。
以上のような議論は一理あり、メディアの持つ社会的な意義に関しては、アメリカでも日本でも疑う余地がありません。日本のテレビも「娯楽に偏りすぎている」などの批判はあるものの、情報提供メディアとして、また娯楽メディアとして、優れた存在であることは間違いないと思います。
ただ、株主価値を重視した経営が本当にメディアを駄目にするかについては、そう簡単に結論付けるのは危険な気がします。
例えばアメリカでは、テレビに限らずラジオから新聞から出版から、ほぼ全ての大手メディア企業が上場しているか、または上場企業の傘下で部門別の決算を発表しています。(最近モルガンスタンレーの投資部門からアクティビスト的なプレッシャーを受けている大新聞のNew York Timesも上場会社です。)こうした企業は、各社とも四半期ベースの決算報告と株主価値経営を迫られていますが、それでもハリウッド映画やCNNなどアメリカのメディア・エンタテインメントは、世界に認められた情報・娯楽の発信基地として存在しています。
メディアでなくとも利益を出さないといけないと言うプレッシャーは誰でも受けたくないものですが、企業にとってはそれを従業員に対するインセンティブとして利用して、結果として事業の質の向上につながる方向にもって行くのも可能なのかもしれません。また例えばCNNが湾岸戦争報道で、Fox Newsが911報道で大きく成功したように、どこにどれだけコストをかければ長期的に企業の発展につながるかを判断することは経営者の重要な使命であり、それは決して株主価値と矛盾することではない気がします。
仮にメディア事業が本当に株主重視経営と相容れないのであれば、株式を上場していること自体が矛盾していることになるかもしれません。既存株主に流動性を供給したり、また必要に応じてエクイティファイナンスを行えるなど、株式を公開しておくことのメリットは色々あるのですが、そういったメリットを享受できると同時に株主に対するリターンを約束するという義務も負うことになります。そうでないと、株主はリスクをタダ負いし、経営陣に無限大の裁量権を与えていると言うことになりかねません。
そういった株主からの要求に応えることが本当に難しいのであれば、そもそもなぜ株式を上場したのか、と言う話になるわけですが、当時は諸所の理由、例えばフジテレビのケースであれば既存株主対策などに加えて、「上場=社会的信用の獲得」と言う意味が強く、上場後の責任まで主幹事証券会社が明確にしなかったのかもしれません。
日本ではこのように「形」から入ることは一般的に受容される傾向にありますが、市場参加者は「形式=内容」であることを求めるため、上場と言う形でマーケットに参加した以上はそこで定められたルール、つまり株主利益の追求を最優先することは当然であると言う主張につながることになります。
そんな現実を受けて、最近では敵対的買収の防衛策に力を入れる企業が多いようですが、株主から見ればそれはあまりポジティブとは言えません。と言うのも大方の投資銀行や弁護士事務所も認める通り、一番の買収防衛策は株価の向上(=バリュエーションや規模の拡大)であり、そのための企業努力であって、法的な自己防衛テクニックであるべきではないと考えられるからです。
どうしても株主経営の煩雑さ(?)を逃れたければ、株式の非上場化という選択肢もあるかもしれません。ただこれは既存株主の利益を損なう可能性が大きいため、まさに最後の手段と言えると思います。敵対的買収を恐れる気持ちは分かりますが、買収側だって経済原理から考えてもメディアの価値を破壊しようと考えているわけでは到底ないわけで、それに過剰反応して市場の機能を歪めてしまうのはやはり問題なのではという気がします。
アクティビストの存在のおかげで「株主=悪」のように扱われますが、実際株主の多くは生保であり投信であり年金基金であり、結局は一般の人々のお金です。株主経営の行き過ぎを懸念する声は十分理解出来ますが、企業防衛を主張しつつ高コスト体質のメリットを享受する経営者や従業員と、株主経営を求める投資家のどちらが本当の「悪」なのかは、議論の分かれるところと言えそうです。
(写真はhttp://archive.wn.comより)
by harry_g
| 2006-04-28 06:10
| 株主経営・アクティビスト


