2006年 04月 13日
グーグルの「中身」 |
最近「ウェブ進化論―本当の大変化はこれから始まる」(梅田望夫、ちくま新書)を読んだ感想を色々と書いていますが、最後に著者がネットの進化の最前線にいると賞賛するグーグルがなぜ革新的なアイデアを生み続けることが出来るのか、グーグルの「組織面」について若干書いてみたいと思います。(IT業界の方からみたら当たり前なことばかりかもしれませんがご容赦下さい。)
アメリカには「シリコンバレー(IT)」、「ウォールストリート(金融)」、「ハリウッド(映画)」など、地名が代名詞となるほど国際競争力を維持している業界が幾つかあります。これらの業界が強みを維持している理由には、資金力、人材、英語、政治的バックアップなど色々あるでしょうが、「ウェブ進化論」で取り上げられていたグーグルの組織についての考えも、その答えの一つなのかもしれません。
と言うことで、筆者が説明するグーグルの会社組織の特徴を見てみると、要はこんな感じのようです。
① 徹底的に優秀な人間を集める
② 創造的で自由な職場環境を用意する
③ 全員が手を動かす
④ 徹底的に情報を共有する
⑤ 小さなユニットでスピード重視で動き、組織内での競争環境を作り出す
最初の「優秀な人間を集める」という点ですが、Microsoftが学卒のやわらかい頭脳を求める傾向があるのに対し、グーグルはコンピュータサイエンスの博士号を持ついわば「専門家」を大量に採用して、即戦力としてシステム開発に当たらせているそうです。筆者が指摘するように、アメリカには「ベスト&ブライテスト信奉」があり、個人主義を最大限生かせるような優秀な頭脳を集めたがる傾向があります。それを追求しているのがグーグルで、コンピュータサイエンス理論の最前線を常に自社のシステムに生かせるよう、こうした戦略を取っていると言うわけです。
そんな企業に人材を供給する側と言う意味でも、ご存知の通りアメリカには、特定業界に強みを持った専門大学院が多く存在しています。IT業界ではStanford、UC Berkley、MIT、CalTecなど、金融業界ではWharton(ペンシルベニア大学)、Harvard、Chicago、Columbiaなど、映画業界ではUSC(南カリフォルニア大学)、UCLA、NYUが有名ですが、業界人の多くがこうした学校の卒業生です。
これらの大学はまず入るのが大変ですが、入学後もさらに厳しい内部競争が待っており、学生は各業界のトップ企業への就職を目指して勉強や研究をしまくります。グーグルにも、こういった大学院のコンピュータサイエンスのトップの学生から次々に履歴書が送られて来るそうです。
「クリエイティブで自由な職場環境」とは、文字通り社員がアイデアを出しやすい環境を整えてあると言う意味のようです。グーグルでは仕事時間の8割を既存のプロジェクトに当て、残り2割は新規アイデアの開発に当てることが「必須」とされているそうです。そんなアイデア開発を助けるため、グーグルでは本社「キャンパス」内にビリヤード台などの遊び道具が多く配置してあったり、カフェテリアの飲食物もすべて無料だったりと、何とも羨ましい環境が整っているそうです。人材こそが資産であるIT企業にとっては当たり前なのかもしれませんが、その徹底ぶりは興味深いものです。
「全員が手を動かす」と言うのは、社員全員が肩書きや年齢に関係なく現場の仕事をすると言うことのようです。確かに出世した人は現場で優秀だから出世したんでしょうから、そんな人を現場から外すのは非効率な話です。
その例として筆者は、一般的にあまりやりたくない面倒な仕事と思われているCOO(最高業務責任者)のポジションにグーグルが物理学か何かの大物を充てていると言う話を挙げ、組織の隅々でトップの専門家が切磋琢磨していることがグーグルの競争優位を生んでいる指摘していました。何だかエリート主義的な嫌な感じがするかもしれませんが、マイクロソフトやヤフーといった強力なライバルと渡り合って行くためには、そんなことは言ってられないのかもしれません。
「徹底した情報の共有」と言う点もかなり面白く、グーグルでは各人が実際に動くアイデアを、ブログの形で社員全員と共有することが求められているそうです。その結果、面白いアイデアには書き込みなどが集まって商品開発が進み、逆につまらないアイデアは忘れ去られて行くそうで、まさにネット上での「オープンソース」の利点を組織内でも利用していると言えそうです。
このシステムは個人にとって良いモチベーションになりますし、あるアイデアを参考に別のアイデアが生まれるかもしれませんし、更には社内政治で特定個人を追い落とすような問題が発生しにくくなる利点がある気がします。日本のネット企業でも同じようなシステムを採用している会社があるそうですが、こんな方法でのブログの活用は今後広まって行くかもしれません。
またこの点は、最後の特徴である「小さなユニットでスピード重視で行動し、社内で競争環境を作りり出す」とも関連してくると思うのですが、ともかくグーグルの組織は、アメリカの個人主義的な会社組織の効率を最大化するのに非常に適したスタイルになっている気がします。
個人主義は誤解されることも多いですが、アメリカ企業イコール身勝手な人が集まるドライな組織、ということではありません。むしろアメリカでは「チームワーク重視」を主張する企業が多く、一見これは「個人主義」と矛盾するように見えます。それが矛盾しない理由は、アメリカの個人主義は野球のようなもので、各選手は自分のポジションに責任を取ってベストを尽くすが最終的には同じ目標に向かって協調する、といったイメージです。また最終的に責任を取る「監督」のような人の存在もクリアであり、グーグルでは創業者の2人が今でもその役割を果たしているそうです。
ちなみに、全員が意見を出し合うことが半ば強要されるようなアメリカ企業のカルチャーは、協調を重視して他人との議論を好まず、また「出る杭は打たれる」的な考えの強い日本人にとっては、結構辛いものになりがちです。MBAなどでも、ミーティングで考える前に発言しまくるアメリカ人に圧倒される人も多いようです。これはまさに文化の違いというやつで、じっくり考えてから行動する日本に対し、試行錯誤でともかく進もうとするアメリカ、と言う感じでしょうか。そんな状況の対策としては、事前にアメリカ人の倍くらい準備をしておいて、英語力に関係なく自信を持って話せるようにしておくことが有効かと思います。
話がそれましたが、こうやって見てみるとグーグルの組織が優秀な社員がアイデアを次々に生み出すには非常に適した環境になっているのがよく分かります。そしてこういった特徴の組織を持っているからこそ、グーグルは今の地位を築いてきたのかもしれません。今後も厳しい競争にさらされていくのでしょうが、筆者が主張するようにインターネットの進化を推し進める企業の一つとして生き残って行くことだけは間違いない気がします。
・・・とそんな感じで、長くなってしまったこの「ウェブ進化論」感想文は終わりにしたいのですが、最後に、グーグルの組織に対する考え方が金融業界にも共通する部分が多いと言う点を指摘したいと思います。例えば、採用の際に「即戦力」を好む傾向は確実に存在し、新卒の採用面接でも「こんな専門的なことを聞いて答えられるのか」といった質問をバンバンします。それでも業界を希望する学生は、十分に準備してあるのかマニアックな質問にもどんどん答えていきます。
職場環境と言う面でも、入社一年目からアシスタントをつけたり様々な情報端末を支給したりと、ともかく専門職の人間が専門の仕事にフォーカスできるような環境を整えようとします。情報共有もブログまでは進んでいませんが、毎日リサーチレポートや最新のニュースなどがメールで流れてきて、それを個々人が選別し利用することが推奨されています。
現場主義と言う点でも、例えばヘッジファンドの多くは社長(マネージングパートナー)になっても自分で手を動かして投資機会を分析している人が多くいるそうです。投資銀行でも、出世するとクライアントとの関係維持が主な仕事になりますが、それでも案件のストラクチャリングやらバリュエーションやらの議論にシニアバンカーが参加し、ジュニアバンカーの分析に徹底した質問を浴びせるようなことはよくあることです。
金融業界も、IT業界と同様に斬新なアイデアが価値を生む世界であり、インデックスファンドやらLBOやらデリバティブやら、様々な商品やアイデアを生み出しては新しい価値を創造しています。そんなウォールストリートがIT業界と組織面で共通点が多いと言うのは、なかなか興味深いところです。これは日本の金融機関などがまた世界を相手に戦って行く際に、参考になるかもしれません。
(写真はCBS.com、www.scottberkun.com/ images/booktourgoogle.jpgより)
アメリカには「シリコンバレー(IT)」、「ウォールストリート(金融)」、「ハリウッド(映画)」など、地名が代名詞となるほど国際競争力を維持している業界が幾つかあります。これらの業界が強みを維持している理由には、資金力、人材、英語、政治的バックアップなど色々あるでしょうが、「ウェブ進化論」で取り上げられていたグーグルの組織についての考えも、その答えの一つなのかもしれません。
と言うことで、筆者が説明するグーグルの会社組織の特徴を見てみると、要はこんな感じのようです。
① 徹底的に優秀な人間を集める
② 創造的で自由な職場環境を用意する
③ 全員が手を動かす
④ 徹底的に情報を共有する
⑤ 小さなユニットでスピード重視で動き、組織内での競争環境を作り出す
最初の「優秀な人間を集める」という点ですが、Microsoftが学卒のやわらかい頭脳を求める傾向があるのに対し、グーグルはコンピュータサイエンスの博士号を持ついわば「専門家」を大量に採用して、即戦力としてシステム開発に当たらせているそうです。筆者が指摘するように、アメリカには「ベスト&ブライテスト信奉」があり、個人主義を最大限生かせるような優秀な頭脳を集めたがる傾向があります。それを追求しているのがグーグルで、コンピュータサイエンス理論の最前線を常に自社のシステムに生かせるよう、こうした戦略を取っていると言うわけです。
そんな企業に人材を供給する側と言う意味でも、ご存知の通りアメリカには、特定業界に強みを持った専門大学院が多く存在しています。IT業界ではStanford、UC Berkley、MIT、CalTecなど、金融業界ではWharton(ペンシルベニア大学)、Harvard、Chicago、Columbiaなど、映画業界ではUSC(南カリフォルニア大学)、UCLA、NYUが有名ですが、業界人の多くがこうした学校の卒業生です。
これらの大学はまず入るのが大変ですが、入学後もさらに厳しい内部競争が待っており、学生は各業界のトップ企業への就職を目指して勉強や研究をしまくります。グーグルにも、こういった大学院のコンピュータサイエンスのトップの学生から次々に履歴書が送られて来るそうです。
「クリエイティブで自由な職場環境」とは、文字通り社員がアイデアを出しやすい環境を整えてあると言う意味のようです。グーグルでは仕事時間の8割を既存のプロジェクトに当て、残り2割は新規アイデアの開発に当てることが「必須」とされているそうです。そんなアイデア開発を助けるため、グーグルでは本社「キャンパス」内にビリヤード台などの遊び道具が多く配置してあったり、カフェテリアの飲食物もすべて無料だったりと、何とも羨ましい環境が整っているそうです。人材こそが資産であるIT企業にとっては当たり前なのかもしれませんが、その徹底ぶりは興味深いものです。
「全員が手を動かす」と言うのは、社員全員が肩書きや年齢に関係なく現場の仕事をすると言うことのようです。確かに出世した人は現場で優秀だから出世したんでしょうから、そんな人を現場から外すのは非効率な話です。
その例として筆者は、一般的にあまりやりたくない面倒な仕事と思われているCOO(最高業務責任者)のポジションにグーグルが物理学か何かの大物を充てていると言う話を挙げ、組織の隅々でトップの専門家が切磋琢磨していることがグーグルの競争優位を生んでいる指摘していました。何だかエリート主義的な嫌な感じがするかもしれませんが、マイクロソフトやヤフーといった強力なライバルと渡り合って行くためには、そんなことは言ってられないのかもしれません。
「徹底した情報の共有」と言う点もかなり面白く、グーグルでは各人が実際に動くアイデアを、ブログの形で社員全員と共有することが求められているそうです。その結果、面白いアイデアには書き込みなどが集まって商品開発が進み、逆につまらないアイデアは忘れ去られて行くそうで、まさにネット上での「オープンソース」の利点を組織内でも利用していると言えそうです。
このシステムは個人にとって良いモチベーションになりますし、あるアイデアを参考に別のアイデアが生まれるかもしれませんし、更には社内政治で特定個人を追い落とすような問題が発生しにくくなる利点がある気がします。日本のネット企業でも同じようなシステムを採用している会社があるそうですが、こんな方法でのブログの活用は今後広まって行くかもしれません。
またこの点は、最後の特徴である「小さなユニットでスピード重視で行動し、社内で競争環境を作りり出す」とも関連してくると思うのですが、ともかくグーグルの組織は、アメリカの個人主義的な会社組織の効率を最大化するのに非常に適したスタイルになっている気がします。
個人主義は誤解されることも多いですが、アメリカ企業イコール身勝手な人が集まるドライな組織、ということではありません。むしろアメリカでは「チームワーク重視」を主張する企業が多く、一見これは「個人主義」と矛盾するように見えます。それが矛盾しない理由は、アメリカの個人主義は野球のようなもので、各選手は自分のポジションに責任を取ってベストを尽くすが最終的には同じ目標に向かって協調する、といったイメージです。また最終的に責任を取る「監督」のような人の存在もクリアであり、グーグルでは創業者の2人が今でもその役割を果たしているそうです。
ちなみに、全員が意見を出し合うことが半ば強要されるようなアメリカ企業のカルチャーは、協調を重視して他人との議論を好まず、また「出る杭は打たれる」的な考えの強い日本人にとっては、結構辛いものになりがちです。MBAなどでも、ミーティングで考える前に発言しまくるアメリカ人に圧倒される人も多いようです。これはまさに文化の違いというやつで、じっくり考えてから行動する日本に対し、試行錯誤でともかく進もうとするアメリカ、と言う感じでしょうか。そんな状況の対策としては、事前にアメリカ人の倍くらい準備をしておいて、英語力に関係なく自信を持って話せるようにしておくことが有効かと思います。
話がそれましたが、こうやって見てみるとグーグルの組織が優秀な社員がアイデアを次々に生み出すには非常に適した環境になっているのがよく分かります。そしてこういった特徴の組織を持っているからこそ、グーグルは今の地位を築いてきたのかもしれません。今後も厳しい競争にさらされていくのでしょうが、筆者が主張するようにインターネットの進化を推し進める企業の一つとして生き残って行くことだけは間違いない気がします。
・・・とそんな感じで、長くなってしまったこの「ウェブ進化論」感想文は終わりにしたいのですが、最後に、グーグルの組織に対する考え方が金融業界にも共通する部分が多いと言う点を指摘したいと思います。例えば、採用の際に「即戦力」を好む傾向は確実に存在し、新卒の採用面接でも「こんな専門的なことを聞いて答えられるのか」といった質問をバンバンします。それでも業界を希望する学生は、十分に準備してあるのかマニアックな質問にもどんどん答えていきます。
職場環境と言う面でも、入社一年目からアシスタントをつけたり様々な情報端末を支給したりと、ともかく専門職の人間が専門の仕事にフォーカスできるような環境を整えようとします。情報共有もブログまでは進んでいませんが、毎日リサーチレポートや最新のニュースなどがメールで流れてきて、それを個々人が選別し利用することが推奨されています。
現場主義と言う点でも、例えばヘッジファンドの多くは社長(マネージングパートナー)になっても自分で手を動かして投資機会を分析している人が多くいるそうです。投資銀行でも、出世するとクライアントとの関係維持が主な仕事になりますが、それでも案件のストラクチャリングやらバリュエーションやらの議論にシニアバンカーが参加し、ジュニアバンカーの分析に徹底した質問を浴びせるようなことはよくあることです。
金融業界も、IT業界と同様に斬新なアイデアが価値を生む世界であり、インデックスファンドやらLBOやらデリバティブやら、様々な商品やアイデアを生み出しては新しい価値を創造しています。そんなウォールストリートがIT業界と組織面で共通点が多いと言うのは、なかなか興味深いところです。これは日本の金融機関などがまた世界を相手に戦って行く際に、参考になるかもしれません。
(写真はCBS.com、www.scottberkun.com/ images/booktourgoogle.jpgより)
by harry_g
| 2006-04-13 08:53
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