2013年 07月 31日
ウォールストリート日記の8年間 |
2005年9月に投稿を開始して以来、8年が経過しました。このたび、諸事情により、一度筆を置くことにしました。開設当初より、多くの方から沢山のコメントや叱咤激励を頂き、それがブログを継続する原動力となって来ました。ここに、厚く御礼申し上げます。
当ブログは、「ウォールストリートの現場から、業界の関心事や実情を出来る限りフェアに伝えることで、日本で当業界に関心がある人の役に立つ」ことを主な目的として来ました。その為、「投資銀行」や「ヘッジファンド」と言った業界の内情から、ウォールストリートでのキャリアの話まで、幅広く取り上げて来ました。
私自身は大した知識や実績はありませんが、NYや香港で10年超、現地人として働いた経験を通じて得た「現地の雰囲気」が少しでも伝わっていれば、大変嬉しく思います。以下では、そんな「ウォールストリート日記」作成の経緯を、各「カテゴリ」の内容説明と合わせて、振り返ってみたいと思います。
投資銀行とLBOとは何か?
「ウォールストリート」とは、英語で「証券業界」と同義の言葉です。ブログを開始した当時、私はニューヨークにある投資銀行(証券会社)で働いていました。
当時、就職活動中の後輩などから、「業界の内情が良く分からない」との質問を良く受けていました。よって当初は「投資銀行・証券会社とは何か」、「実際の仕事や生活はどのようなものか」といった内容のエントリーを、「投資銀行」というカテゴリの中で頻繁に書きました。
また2005年当時、私自身がアメリカで、LBO(レバレッジド・バイアウト)の案件を多く担当していたこともあり、当時、まだ広く知られていなかったLBOや、その買い手であるLBOファンド(プライベートエクイティ・ファンド)がどのような存在であるか、についてのエントリーも、多く書きました。
このLBOは、大恩ある先輩より、「ニューヨークでインベストメントバンカーをしている日本人は殆どいないのだから、そこでしか知り得ない最新情報を日本に伝えて、日本の業界の同僚の役に立つべし」と強く促されて、当ブログを解説するきっかけとなった金融取引でした。
当時アメリカでは、LBOが1980年代以来のブームになりつつあり、投資銀行で数年の経験を積んだ若手社員が、どんどんLBOファンドに転職していくなど、タイムリーな話題でもありました。当時のプライベートエクイティ業界は、正に「飛ぶ鳥を落とす勢い」であったと記憶しています。
それらのエントリーは「LBO・プライベートエクイティ」というカテゴリにまとめてありますが、クレジットバブルの拡大と共にLBOブームは加熱感を増し、「そのうち上場株は全てファンドが保有することになる」とまで言われるようになったことは、記憶に新しいところです。
世界金融危機の発生
2007年頃には、LBOのレバレッジが拡大の一途を辿り、プライベート・エクイティファンドが大きな利益を叩き出す一方で、FRBが長期に続けた低金利政策や、過剰な規制緩和、進展したIT技術と金融工学などによって膨張した住宅ローンバブルには、陰りが出始めていました。
そんな中、大手証券Bear Stearnsが実質破綻に追い込まれたこと、そして、プライベート・エクイティ業界の最大手の一つであるBlackstoneの共同経営者が、ファンドの運営会社のIPOを通じて持ち株を売却したことなどから、業界の過熱感が、一層明確に感じられるようになりました。
最終的には、2008年にクレジットバブルが崩壊し、今では日本でも知らない人はいない程有名になってしまった、伝統ある投資銀行Lehman Brothersの破綻を招く結果となってしまいました。同社は一般のイメージとは異なり、アットホームで社員に愛される会社であっただけに、事実上のスケープゴートにされてしまったことは、大変残念に思います。(正に映画「Wall Street - Money Never Sleeps」のシーンを思い起こさせる話です。)
同社が破綻した同じ週には、証券大手Merrill Lynchの大手銀BofAによる救済合併、大手保険会社AIGの国有化、そして二大投資銀行であるGoldman SachsとMorgan Stanleyの「銀行への業態変更」など、まさにウォールストリートの歴史に残る大混乱が発生しました。日本で「リーマン危機」として知られる、この世界金融危機についての話は、「世界経済・市場トレンド」カテゴリの中で、数多く取り上げています。
そのカテゴリを開いてみると、「過剰リクイディティ」、「石油価格の高騰」、「リーマン破綻の真犯人」、「通貨戦争」、「中国が世界を救えるか」、「欧州財政危機」、「アメリカ財政の壁」など、実に大変な数年間であったことが感じ取れます。
ヘッジファンドは悪者か?
金融危機が発生する少し前の2006年に、私は投資銀行(セルサイド)からヘッジファンド(バイサイド)へとキャリアを転向し、業界の中で最もメジャーな「株式ロング・ショート」戦略ファンドで働くことになりました。その後は、ヘッジファンドを含む「外国人投資家」や、株式投資全般についてのエントリーが、当ブログでは増えています。
ニューヨークの北東、コネチカット州グリニッヂに多く居を構えるヘッジファンドは、その組織や運用形態が一般の目に触れにくいこともあり、世界中のメディアから、何かと悪者扱いをされる存在です。最近でも株式市場が上げ下げするたびに、「裏にはヘッジファンドの陰がある」などと頻繁に書かれています。
また、一部のファンド経営者の豪奢な生活スタイルや横柄な態度にスポットライトが当ることで、業界内からも批判的声が上がることも少なくありません。1998年に破綻して、金融危機を引き起こしかけた大手マクロヘッジファンドLTCM(元Salomon Brothersの自己売買部門)のマネージャー達は、対岸のロングアイランドからグリニッヂまで、ボートで通勤していたそうです。
そのように批判の絶えない業界であることは間違いないものの、ヘッジファンドが運用している資金の主な出し手は、年金基金や大学基金、非営利財団などであり、少なくとも私が知る限り、米国に本拠を置く大手ヘッジファンドの多くは単なる資産運用会社であって、何か怪しいことをしている存在では全くありません。
また運用資産規模も、投資信託業界の数%に止まっており、更に業界内での投資戦略は実に多岐にわたっているため、メディアが頻繁に報じるように、巨大な株式市場を右往左往させるほどの影響力が本当にあるのか、疑問に感じる部分もあります。
そのような背景から、ヘッジファンドの実態はどういうもので、具体的にどういうプレイヤーがいるのか、という業界解説的なエントリーを、当ブログでも何度か書きました。これらのエントリーは、株式投資についての考え方と合わせて、「ヘッジファンド・株式投資」というカテゴリにまとめてあります。
その中には、業界にとってポジティブな話ばかりではなく、真摯に反省すべき事象、例えば巨額損失の話や、史上最大の詐欺事件などについて取り上げたエントリーもあります。2013年7月現在でも、大手ヘッジファンドSACが、インサイダー取引疑惑に揺れるなど、引続き話題の尽きない業界であることだけは、間違いない気がします。
一般人の目に留まりにくい、という事実以外にも、ヘッジファンドが「市場リスクをヘッジする」手段に「空売り(ショート・セール)」を用いることが、当業界の評判を悪くする大きな原因であることは、疑いがありません。
しかし、「空売りが市場暴落を招く」という通念が、いかに誤った理解であるのかについては、特に金融危機が発生した2008年から2009年に、当ブログでも度々解説を試みました。当時、金融当局の方ともお話をする機会が度々ありましたが、金融のプロである担当官庁は、空売り規制を「むしろ逆効果だ」と理解しており、そのような規制の導入に反対していたのが印象的でした。
ヘッジファンドは、市場リターンと相関性の低い、絶対リターンを狙った金融商品であり、一部のプロの投資家だけではなく、一般の投資家にとっても、大変魅力ある投資先になり得ると感じます。今後、大手の資産運用会社が「株式ロング・ショート」戦略を中心としたヘッジファンド型商品に一層力を入れていくことで、当業界にはまだまだ成長ポテンシャルがあるように、個人的には感じます。
株主資本主義とアクティビスト
ヘッジファンドと関連して、「モノ言う株主」、いわゆる「アクティビスト・ファンド」についても、このブログでは何度か取り上げました。金融危機以前は、欧州に拠点を置くヘッジファンド、TCI(The Children’s Investment Fund)や、米国のCarl Icahn氏と言った著名なアクティビストが、日本や韓国などでも、度々新聞紙上を賑わせていました。
一般的に、株主よりも銀行や従業員を重視する日本では、現在まで一貫して「米英型の株式資本主義」に、強いアレルギーがあるように感じられます。そこに、株主至上主義のような考え方を「押し付け」てくる外資系ファンドが登場したことで、「アンチ・株主資本主義」の雰囲気は、一層強くなってしまったように感じます。
そのような日本の実情を批判する向きもありますが、当ブログでは、「日本は何でもアメリカの真似をすれば良いという訳ではなく、経済の仕組みは、各国が自国社会に合うものを選択すればよい」と主張して来ました。
しかし、日本企業が、株主利益や資本効率についてより真剣に考え、またコーポレートガバナンスの仕組みとして導入すれば、従業員や年金受給者を含む日本国民一般が、広く得られるであろうメリットは「極めて」大きいとは感じます。
かつて「日本経済の屋台骨」と言われた電機業界も、銀行や雇用のことを考えて、売上規模ばかりを追求するのではなく、資本効率についてより真剣に考えた経営をしていれば、ここまで衰退してしまうことは無かったかもしれません。
このような話は、アクティビストファンドのネタと合わせて、「株主経営・アクティビスト」というカテゴリを作成し、そこに関連記事をまとめてあります。2013年現在、電機業界大手のソニーに対して、アメリカのヘッジファンドThird Pointが、アクティビスト的なアプローチをかけていますが、同社がこれにどう反応するかを、ウォールストリートは「危機に際すれば日本は変わるか」の一つのテストケースとして、注目しているかもしれません。
アジアへのフォーカス
金融危機以降、ウォールストリートの目は、躍進する中国経済に、一気に向けられるようになりました。私自身も、2011年にニューヨークから香港へと転勤する機会があったこともあり、その後は中国経済や、その裏で完全に影になってしまっていた日本経済についての話を、ブログの中で多く取り上げました。
中国経済については、2008年のリーマン危機を上手に乗り切ったように見えたことから、ウォールストリートでの注目度は、本当に高いものになっていました。ニューヨークのマンションのエレベータで、「あなたは中国人?ラッキーね」と話しかけられたり、「うちは中国人の家政婦を雇って、子供に北京語を教えているよ」などと言われたりしたのを覚えています。
そのようなウォールストリートの関心レベルを反映して、当ブログでは「中国の経済」というエントリを作成し、「世界経済・市場トレンド」カテゴリと合わせて、外部に伝わりにくい中国経済の実態や、そこに投資している投資家が何を考えているか、などについての話も、取り上げるように心がけました。
ジャパン・ナッシング?
ウォールストリートでは中国にスポットライトが当る反面で、いつまでもコーポレートガバナンスや規制緩和が進展せず、「失われた20年」を甘受しているように見える日本経済への関心は、日に日に下がっているように感じられました。在外邦人の間でも、「人口縮小や国債の膨張と相俟って、このままでは日本は本格的に衰退してしまう」という強い懸念が広がっていました。
しかし、企業取材の目的などで日本を訪れても、そのような危機意識はほとんど感じることが出来ず、その情報ギャップに非常に驚かされたのを覚えています。当時のニューヨークの実際の雰囲気は、これはロンドンのシティでも同じだと思いますが、正に「ジャパン・ナッシング」と言うに相応しい、大変厳しいものでした。
その為、「いかに日本経済が厳しい状況におかれているか(海外からどう見られているか)」という内容のエントリーを、金融危機以降にいくつか書きました。その手の記事は、「海外から見た日本」という独立したカテゴリにまとめてあります。
あるエントリーでは、某大手投資銀行のアジア・ストラテジストが、ニューヨークに来てプレゼンをした際、日本に費やされた時間が、60分中たったの15秒であった、という話を書きました。しかもそれは、プレゼンが終了して立ち上がりながら、「おっと、日本について聞くのを忘れてた。誰か興味のある人は?いませんよね(一同笑)」という、大変残念なものでした。
そのようなエントリーには、通常より多くの方よりコメントを頂き、友人からは「炎上しているけど大丈夫?」などと心配されていました。しかし私にとっては、批判的コメントも含めてコメントは大歓迎であり、頂いた全てのご指摘に対して、出来る限りフェアに返答を書いたつもりです。
その後、経済危機の影響がことのほか大きかった為か、日本でも経済メディアを中心に、日本経済・企業の危機感を促すような報道が増えたように感じます。誰も「自分の船が沈みかかっている」と言われて嬉しい人はいないでしょうが、問題を看過して取り返しがつかなくなるよりは、はるかにマシである気がします。
キャリアについて
様々な批判があるにせよ、やはりウォールストリートは、ダイナミックで魅力的な世界です。そのような業界に関心のある方々から、「非開示コメント」を通じて、「どうすれば業界に入れるのか」というご質問をたびたび頂きました。特に、ニューヨークなどの海外の現場で働きたいという人にとっては、なかなかエントリーの道が見えにくいのではと思います。
そのような疑問に出来るだけ明快に答えるべく、また一見華やかに見える業界の内情がどうであるかを伝えるべく、「キャリア・仕事」というカテゴリを設けました。私自身、米国の投資銀行において、MBAを含む学生の採用担当をしていた事もあるので、出来るだけ「現地就職のコツ」のような話を多く書くように心がけました。
今後、現地で働く日本人のプロフェッショナルの方が増えていけば、日本の金融業界も一層活性化し、良いフィードバックも期待できるのではと感じます。今後も当ブログでお役に立てることがあれば、コメント欄よりご連絡下さい。
ブログの「匿名」スタイル
お気づきの方も多いかと思いますが、当ブログでは、文末に「~かもしれません」、「~である気がします」といった、曖昧な表現を多用しています。稚拙な文体で恐縮ですが、これは意図的であり、立場上、自分の考えを敢えてぼかす目的で、そのような表現を使用していました。
実際、このブログを全てお読み頂いても、私がどの案件を担当したり、どの銘柄に投資をしたりしているかは、一切分からないと思います。その上で、更に「ポジショントークではないか」との指摘を避ける為に、自身の見解についても極力曖昧にすべく、「~かもしれない」のような表現を多用した次第です。
当ブログが「匿名」で作成されているのも、同様の理由に基づいています。個人的に私のアイデンティティをご存知の方はいらっしゃるかと思いますが、ブログを端から端まで全てお読み頂いても、私の勤務先を特定することは、決して出来ないと思います。仕事とプライベートを分ける為に、最低限の責任としてこれらを徹底して来たことは、念のため書き記しておきたいと思います。
「ウォールストリートびいき」?
当ブログでは、議論の分かれる内容を取り扱う際には、出来るだけ「双方の言い分」について、フェアに取り上げるよう努力をしたつもりです。それでも読者の方からは、度々「ウォールストリート寄りだ」、「アメリカびいきだ」とのご批判を頂きました。
この点については、何と言っても「ウォールストリート日記」ですので、「仰る通りです」と申し上げたいと思います。
私は基本的には、過剰なウォールストリート規制には反対ですし、上記のアクティビスト欄でも書いた通り、株式資本主義の一層の浸透については、企業価値を高めて経済発展に大いに資する、という意味で賛成です。もちろん、何事も「行き過ぎ」はいけませんので、過剰な規制緩和や株主至上主義はどうかと思いますが、現状は大いに改善の余地がある気がします。
また、日本の家計の多くが、銀行預金の形で貯蓄に回っているのは、資産効果を得る機会の欠如という意味でも、また、機関投資家の育成を妨げ、企業経営にチェック機能が働かないという意味でも、残念なことだと思っています。
コーポレートガバナンスの変化=株式市場の活性化は、対日投資の増加や、資産効果の増大、経営成績の向上による賃金改善など、様々な形を通じて、アベノミクスの「三本の矢」を上回る、日本経済復活の本当の鍵となり得る気がします。
日本のシステムの硬直性を考えると、政界や財界主導による、そのような変化を期待するのは困難かもしれませんが、直接的に利害関係のある証券取引所などが主導して、そのような市場活性化が現実のものとなることを、願って止みません。
最後に
さすがに8年分の蓄積があることから、カテゴリ数も多く、長々と書いてしまいましたが、この辺りで筆を置きたいと思います。
これから当面は、最近のエントリーでも取り上げて来た、「アメリカ経済の復活と、結果としての金利上昇が途上国に与える影響」、「中国経済の本格的な停滞感と、経済構造改革の進捗」、そして「アベノミクスが本当の制度改革にどこまで踏み込めるか」などに、注目していくつもりです。
ブログは休止しますが、私自身は引続き、当業界で働き続けたいと思っています。(よってタイトルも、「サヨナラ・ウォールストリート」、ではありません。)また、ウォールストリートが日本経済の活性化に果たせる役割も、非常に大きいと思っており、自らも微力ながら、色々努力をして行きたいと思っています。
今後またお世話になることもあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。
2013年7月
ウォールストリート日記
harry_g(匿名希望)
(頂いているコメントは、今後も引続きチェック致します。)
当ブログは、「ウォールストリートの現場から、業界の関心事や実情を出来る限りフェアに伝えることで、日本で当業界に関心がある人の役に立つ」ことを主な目的として来ました。その為、「投資銀行」や「ヘッジファンド」と言った業界の内情から、ウォールストリートでのキャリアの話まで、幅広く取り上げて来ました。
私自身は大した知識や実績はありませんが、NYや香港で10年超、現地人として働いた経験を通じて得た「現地の雰囲気」が少しでも伝わっていれば、大変嬉しく思います。以下では、そんな「ウォールストリート日記」作成の経緯を、各「カテゴリ」の内容説明と合わせて、振り返ってみたいと思います。
投資銀行とLBOとは何か?
「ウォールストリート」とは、英語で「証券業界」と同義の言葉です。ブログを開始した当時、私はニューヨークにある投資銀行(証券会社)で働いていました。
当時、就職活動中の後輩などから、「業界の内情が良く分からない」との質問を良く受けていました。よって当初は「投資銀行・証券会社とは何か」、「実際の仕事や生活はどのようなものか」といった内容のエントリーを、「投資銀行」というカテゴリの中で頻繁に書きました。
また2005年当時、私自身がアメリカで、LBO(レバレッジド・バイアウト)の案件を多く担当していたこともあり、当時、まだ広く知られていなかったLBOや、その買い手であるLBOファンド(プライベートエクイティ・ファンド)がどのような存在であるか、についてのエントリーも、多く書きました。
このLBOは、大恩ある先輩より、「ニューヨークでインベストメントバンカーをしている日本人は殆どいないのだから、そこでしか知り得ない最新情報を日本に伝えて、日本の業界の同僚の役に立つべし」と強く促されて、当ブログを解説するきっかけとなった金融取引でした。
当時アメリカでは、LBOが1980年代以来のブームになりつつあり、投資銀行で数年の経験を積んだ若手社員が、どんどんLBOファンドに転職していくなど、タイムリーな話題でもありました。当時のプライベートエクイティ業界は、正に「飛ぶ鳥を落とす勢い」であったと記憶しています。
それらのエントリーは「LBO・プライベートエクイティ」というカテゴリにまとめてありますが、クレジットバブルの拡大と共にLBOブームは加熱感を増し、「そのうち上場株は全てファンドが保有することになる」とまで言われるようになったことは、記憶に新しいところです。
世界金融危機の発生
2007年頃には、LBOのレバレッジが拡大の一途を辿り、プライベート・エクイティファンドが大きな利益を叩き出す一方で、FRBが長期に続けた低金利政策や、過剰な規制緩和、進展したIT技術と金融工学などによって膨張した住宅ローンバブルには、陰りが出始めていました。
そんな中、大手証券Bear Stearnsが実質破綻に追い込まれたこと、そして、プライベート・エクイティ業界の最大手の一つであるBlackstoneの共同経営者が、ファンドの運営会社のIPOを通じて持ち株を売却したことなどから、業界の過熱感が、一層明確に感じられるようになりました。
最終的には、2008年にクレジットバブルが崩壊し、今では日本でも知らない人はいない程有名になってしまった、伝統ある投資銀行Lehman Brothersの破綻を招く結果となってしまいました。同社は一般のイメージとは異なり、アットホームで社員に愛される会社であっただけに、事実上のスケープゴートにされてしまったことは、大変残念に思います。(正に映画「Wall Street - Money Never Sleeps」のシーンを思い起こさせる話です。)
同社が破綻した同じ週には、証券大手Merrill Lynchの大手銀BofAによる救済合併、大手保険会社AIGの国有化、そして二大投資銀行であるGoldman SachsとMorgan Stanleyの「銀行への業態変更」など、まさにウォールストリートの歴史に残る大混乱が発生しました。日本で「リーマン危機」として知られる、この世界金融危機についての話は、「世界経済・市場トレンド」カテゴリの中で、数多く取り上げています。
そのカテゴリを開いてみると、「過剰リクイディティ」、「石油価格の高騰」、「リーマン破綻の真犯人」、「通貨戦争」、「中国が世界を救えるか」、「欧州財政危機」、「アメリカ財政の壁」など、実に大変な数年間であったことが感じ取れます。
ヘッジファンドは悪者か?
金融危機が発生する少し前の2006年に、私は投資銀行(セルサイド)からヘッジファンド(バイサイド)へとキャリアを転向し、業界の中で最もメジャーな「株式ロング・ショート」戦略ファンドで働くことになりました。その後は、ヘッジファンドを含む「外国人投資家」や、株式投資全般についてのエントリーが、当ブログでは増えています。
ニューヨークの北東、コネチカット州グリニッヂに多く居を構えるヘッジファンドは、その組織や運用形態が一般の目に触れにくいこともあり、世界中のメディアから、何かと悪者扱いをされる存在です。最近でも株式市場が上げ下げするたびに、「裏にはヘッジファンドの陰がある」などと頻繁に書かれています。
また、一部のファンド経営者の豪奢な生活スタイルや横柄な態度にスポットライトが当ることで、業界内からも批判的声が上がることも少なくありません。1998年に破綻して、金融危機を引き起こしかけた大手マクロヘッジファンドLTCM(元Salomon Brothersの自己売買部門)のマネージャー達は、対岸のロングアイランドからグリニッヂまで、ボートで通勤していたそうです。
そのように批判の絶えない業界であることは間違いないものの、ヘッジファンドが運用している資金の主な出し手は、年金基金や大学基金、非営利財団などであり、少なくとも私が知る限り、米国に本拠を置く大手ヘッジファンドの多くは単なる資産運用会社であって、何か怪しいことをしている存在では全くありません。
また運用資産規模も、投資信託業界の数%に止まっており、更に業界内での投資戦略は実に多岐にわたっているため、メディアが頻繁に報じるように、巨大な株式市場を右往左往させるほどの影響力が本当にあるのか、疑問に感じる部分もあります。
そのような背景から、ヘッジファンドの実態はどういうもので、具体的にどういうプレイヤーがいるのか、という業界解説的なエントリーを、当ブログでも何度か書きました。これらのエントリーは、株式投資についての考え方と合わせて、「ヘッジファンド・株式投資」というカテゴリにまとめてあります。
その中には、業界にとってポジティブな話ばかりではなく、真摯に反省すべき事象、例えば巨額損失の話や、史上最大の詐欺事件などについて取り上げたエントリーもあります。2013年7月現在でも、大手ヘッジファンドSACが、インサイダー取引疑惑に揺れるなど、引続き話題の尽きない業界であることだけは、間違いない気がします。
一般人の目に留まりにくい、という事実以外にも、ヘッジファンドが「市場リスクをヘッジする」手段に「空売り(ショート・セール)」を用いることが、当業界の評判を悪くする大きな原因であることは、疑いがありません。
しかし、「空売りが市場暴落を招く」という通念が、いかに誤った理解であるのかについては、特に金融危機が発生した2008年から2009年に、当ブログでも度々解説を試みました。当時、金融当局の方ともお話をする機会が度々ありましたが、金融のプロである担当官庁は、空売り規制を「むしろ逆効果だ」と理解しており、そのような規制の導入に反対していたのが印象的でした。
ヘッジファンドは、市場リターンと相関性の低い、絶対リターンを狙った金融商品であり、一部のプロの投資家だけではなく、一般の投資家にとっても、大変魅力ある投資先になり得ると感じます。今後、大手の資産運用会社が「株式ロング・ショート」戦略を中心としたヘッジファンド型商品に一層力を入れていくことで、当業界にはまだまだ成長ポテンシャルがあるように、個人的には感じます。
株主資本主義とアクティビスト
ヘッジファンドと関連して、「モノ言う株主」、いわゆる「アクティビスト・ファンド」についても、このブログでは何度か取り上げました。金融危機以前は、欧州に拠点を置くヘッジファンド、TCI(The Children’s Investment Fund)や、米国のCarl Icahn氏と言った著名なアクティビストが、日本や韓国などでも、度々新聞紙上を賑わせていました。
一般的に、株主よりも銀行や従業員を重視する日本では、現在まで一貫して「米英型の株式資本主義」に、強いアレルギーがあるように感じられます。そこに、株主至上主義のような考え方を「押し付け」てくる外資系ファンドが登場したことで、「アンチ・株主資本主義」の雰囲気は、一層強くなってしまったように感じます。
そのような日本の実情を批判する向きもありますが、当ブログでは、「日本は何でもアメリカの真似をすれば良いという訳ではなく、経済の仕組みは、各国が自国社会に合うものを選択すればよい」と主張して来ました。
しかし、日本企業が、株主利益や資本効率についてより真剣に考え、またコーポレートガバナンスの仕組みとして導入すれば、従業員や年金受給者を含む日本国民一般が、広く得られるであろうメリットは「極めて」大きいとは感じます。
かつて「日本経済の屋台骨」と言われた電機業界も、銀行や雇用のことを考えて、売上規模ばかりを追求するのではなく、資本効率についてより真剣に考えた経営をしていれば、ここまで衰退してしまうことは無かったかもしれません。
このような話は、アクティビストファンドのネタと合わせて、「株主経営・アクティビスト」というカテゴリを作成し、そこに関連記事をまとめてあります。2013年現在、電機業界大手のソニーに対して、アメリカのヘッジファンドThird Pointが、アクティビスト的なアプローチをかけていますが、同社がこれにどう反応するかを、ウォールストリートは「危機に際すれば日本は変わるか」の一つのテストケースとして、注目しているかもしれません。
アジアへのフォーカス
金融危機以降、ウォールストリートの目は、躍進する中国経済に、一気に向けられるようになりました。私自身も、2011年にニューヨークから香港へと転勤する機会があったこともあり、その後は中国経済や、その裏で完全に影になってしまっていた日本経済についての話を、ブログの中で多く取り上げました。
中国経済については、2008年のリーマン危機を上手に乗り切ったように見えたことから、ウォールストリートでの注目度は、本当に高いものになっていました。ニューヨークのマンションのエレベータで、「あなたは中国人?ラッキーね」と話しかけられたり、「うちは中国人の家政婦を雇って、子供に北京語を教えているよ」などと言われたりしたのを覚えています。
そのようなウォールストリートの関心レベルを反映して、当ブログでは「中国の経済」というエントリを作成し、「世界経済・市場トレンド」カテゴリと合わせて、外部に伝わりにくい中国経済の実態や、そこに投資している投資家が何を考えているか、などについての話も、取り上げるように心がけました。
ジャパン・ナッシング?
ウォールストリートでは中国にスポットライトが当る反面で、いつまでもコーポレートガバナンスや規制緩和が進展せず、「失われた20年」を甘受しているように見える日本経済への関心は、日に日に下がっているように感じられました。在外邦人の間でも、「人口縮小や国債の膨張と相俟って、このままでは日本は本格的に衰退してしまう」という強い懸念が広がっていました。
しかし、企業取材の目的などで日本を訪れても、そのような危機意識はほとんど感じることが出来ず、その情報ギャップに非常に驚かされたのを覚えています。当時のニューヨークの実際の雰囲気は、これはロンドンのシティでも同じだと思いますが、正に「ジャパン・ナッシング」と言うに相応しい、大変厳しいものでした。
その為、「いかに日本経済が厳しい状況におかれているか(海外からどう見られているか)」という内容のエントリーを、金融危機以降にいくつか書きました。その手の記事は、「海外から見た日本」という独立したカテゴリにまとめてあります。
あるエントリーでは、某大手投資銀行のアジア・ストラテジストが、ニューヨークに来てプレゼンをした際、日本に費やされた時間が、60分中たったの15秒であった、という話を書きました。しかもそれは、プレゼンが終了して立ち上がりながら、「おっと、日本について聞くのを忘れてた。誰か興味のある人は?いませんよね(一同笑)」という、大変残念なものでした。
そのようなエントリーには、通常より多くの方よりコメントを頂き、友人からは「炎上しているけど大丈夫?」などと心配されていました。しかし私にとっては、批判的コメントも含めてコメントは大歓迎であり、頂いた全てのご指摘に対して、出来る限りフェアに返答を書いたつもりです。
その後、経済危機の影響がことのほか大きかった為か、日本でも経済メディアを中心に、日本経済・企業の危機感を促すような報道が増えたように感じます。誰も「自分の船が沈みかかっている」と言われて嬉しい人はいないでしょうが、問題を看過して取り返しがつかなくなるよりは、はるかにマシである気がします。
キャリアについて
様々な批判があるにせよ、やはりウォールストリートは、ダイナミックで魅力的な世界です。そのような業界に関心のある方々から、「非開示コメント」を通じて、「どうすれば業界に入れるのか」というご質問をたびたび頂きました。特に、ニューヨークなどの海外の現場で働きたいという人にとっては、なかなかエントリーの道が見えにくいのではと思います。
そのような疑問に出来るだけ明快に答えるべく、また一見華やかに見える業界の内情がどうであるかを伝えるべく、「キャリア・仕事」というカテゴリを設けました。私自身、米国の投資銀行において、MBAを含む学生の採用担当をしていた事もあるので、出来るだけ「現地就職のコツ」のような話を多く書くように心がけました。
今後、現地で働く日本人のプロフェッショナルの方が増えていけば、日本の金融業界も一層活性化し、良いフィードバックも期待できるのではと感じます。今後も当ブログでお役に立てることがあれば、コメント欄よりご連絡下さい。
ブログの「匿名」スタイル
お気づきの方も多いかと思いますが、当ブログでは、文末に「~かもしれません」、「~である気がします」といった、曖昧な表現を多用しています。稚拙な文体で恐縮ですが、これは意図的であり、立場上、自分の考えを敢えてぼかす目的で、そのような表現を使用していました。
実際、このブログを全てお読み頂いても、私がどの案件を担当したり、どの銘柄に投資をしたりしているかは、一切分からないと思います。その上で、更に「ポジショントークではないか」との指摘を避ける為に、自身の見解についても極力曖昧にすべく、「~かもしれない」のような表現を多用した次第です。
当ブログが「匿名」で作成されているのも、同様の理由に基づいています。個人的に私のアイデンティティをご存知の方はいらっしゃるかと思いますが、ブログを端から端まで全てお読み頂いても、私の勤務先を特定することは、決して出来ないと思います。仕事とプライベートを分ける為に、最低限の責任としてこれらを徹底して来たことは、念のため書き記しておきたいと思います。
「ウォールストリートびいき」?
当ブログでは、議論の分かれる内容を取り扱う際には、出来るだけ「双方の言い分」について、フェアに取り上げるよう努力をしたつもりです。それでも読者の方からは、度々「ウォールストリート寄りだ」、「アメリカびいきだ」とのご批判を頂きました。
この点については、何と言っても「ウォールストリート日記」ですので、「仰る通りです」と申し上げたいと思います。
私は基本的には、過剰なウォールストリート規制には反対ですし、上記のアクティビスト欄でも書いた通り、株式資本主義の一層の浸透については、企業価値を高めて経済発展に大いに資する、という意味で賛成です。もちろん、何事も「行き過ぎ」はいけませんので、過剰な規制緩和や株主至上主義はどうかと思いますが、現状は大いに改善の余地がある気がします。
また、日本の家計の多くが、銀行預金の形で貯蓄に回っているのは、資産効果を得る機会の欠如という意味でも、また、機関投資家の育成を妨げ、企業経営にチェック機能が働かないという意味でも、残念なことだと思っています。
コーポレートガバナンスの変化=株式市場の活性化は、対日投資の増加や、資産効果の増大、経営成績の向上による賃金改善など、様々な形を通じて、アベノミクスの「三本の矢」を上回る、日本経済復活の本当の鍵となり得る気がします。
日本のシステムの硬直性を考えると、政界や財界主導による、そのような変化を期待するのは困難かもしれませんが、直接的に利害関係のある証券取引所などが主導して、そのような市場活性化が現実のものとなることを、願って止みません。
最後に
さすがに8年分の蓄積があることから、カテゴリ数も多く、長々と書いてしまいましたが、この辺りで筆を置きたいと思います。
これから当面は、最近のエントリーでも取り上げて来た、「アメリカ経済の復活と、結果としての金利上昇が途上国に与える影響」、「中国経済の本格的な停滞感と、経済構造改革の進捗」、そして「アベノミクスが本当の制度改革にどこまで踏み込めるか」などに、注目していくつもりです。
ブログは休止しますが、私自身は引続き、当業界で働き続けたいと思っています。(よってタイトルも、「サヨナラ・ウォールストリート」、ではありません。)また、ウォールストリートが日本経済の活性化に果たせる役割も、非常に大きいと思っており、自らも微力ながら、色々努力をして行きたいと思っています。
今後またお世話になることもあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。
2013年7月
ウォールストリート日記
harry_g(匿名希望)
(頂いているコメントは、今後も引続きチェック致します。)
by harry_g
| 2013-07-31 00:19
| キャリア・仕事