日本は本当に変わるのか? |
そんな急激な為替市場や株式市場の動きを受けて、日本の証券各社には、世界中の投資家から、問い合わせが急増しているそうです。今まで一年に一回も電話して来なかったよな投資家から連絡があったり、聞いたこともない株式投資家から日本国債の先行きについて質問が来ているという話を聞くにつけ、いかに日本が注目を集めているかが感じられます。
しかし、長期投資をするファンドからは、今でも日本に対する強い不信感が感じられると言います。実際、アメリカやイギリス、香港にいる知り合いの投資家と話していても、「円安はどこまで進展するのか」、「日本国債は大丈夫か(過剰な金融緩和で信用崩壊→金利急騰に陥らないか)」と言った質問の最後に、ほぼ必ずと言って良いほど、「アベノミクスで本当に日本は変わるのか」と聞かれます。
日本に失望させられ続けている
なぜ外国人投資家が、日本が本当に変わるかどうかに確信が持てないかと言うと、多くの投資家が、今まで何度も日本の株式市場に裏切られた、と感じているためではないかと思います。
日本を外から眺めてみると、山積する問題は誰の目からも明らかです。コーポレートガバナンスの悪さ、資本効率(ROE)の低さなど、株式投資の魅力の根幹にかかわる問題に加えて、政治の混乱や、その結果とも言えるデフレの継続、労働人口の減少などは、多くの外国人投資家にそっぽを向かれるのに十分な条件である気がします。
特に、経済発展目覚しい中国との相対感において、ウォールストリートにおける日本の地位がいかに低くなっているか、という話は、まだニューヨークにいた2009年くらいから、当ブログでも、「海外から見た日本」というカテゴリーの中で、何度も取り上げて来ました。
しかし、そんな外国人投資家が、CLSAやMerrill Lynchが大々的に開催する投資家カンファレンスなどを利用して、実際に東京に来てみると、新しい高層ビルが立ち並ぶ街はきれいで、サービスはよく、食事も美味しく、20年も不景気に苦しんでいる国にはとても見えません。
また日本企業の多くは、世界に誇るような素晴らしい技術を持っているように見えますし、どの産業も、世界平均(と言うと少々語弊がありますが)と比べて利益率が低いため、「ちょっとの努力ですごく良くなるポテンシャルのある国」という印象を受けるようです。
そんな期待を持って、割安と思われる日本株を買い、経営者との対話を始める外国人投資家ですが、実際にはコーポレートガバナンスの改革は遅々として進まず、一向に資本効率を重視した経営判断を下す様子はありません。
「それが日本型経営なんだ、それによって雇用の維持や、時々の革新的技術の開発など、色々良いこともあるんだ」と言ってみても、「資本効率が悪い企業や経済が、継続的に成長を続けられる訳がない」となってしまいます。(この話も、このブログが始まった当初、2006年頃から、様々なエントリーで度々指摘してきました。)
よりマクロで見れば、労働人口の減少や、国内需要の低迷など、明らかな問題が山積しているにも関わらず、政府は規制緩和による景気刺激に大変後ろ向きであり、巨額の借金を抱えながらも、その解決策が示される訳でもなければ、財政赤字が減る見通しも全く経ちません。
こうして失望した外国人投資家は、「世界にはもっと魅力的な投資先がある。もう日本には時間を割きたくない」、となってしまい、また次の、日本を知らない投資家が現れるのを待つことになるという残念な結果になることが、往々にしてある気がします。
もちろん、長年日本を見続けている、または「日本が好きだ」という投資家も中にはいます。と言うのは、日本の経済規模はそうは言っても世界で第三位であり、アジアの株式市場に占める存在感も、非常に大きなものがあるためです。
しかし、そういう「日本通」の人であればあるほど、皮肉なことに日本経済の先行きに悲観的な人が多い気がします。証券会社によると、この手の投資家は、今回の相場上昇にも乗り遅れているそうで、最近ニューヨークで開催されたベテラン日本株投資家の集まりでは、「(自分達がファンダメンタルズからは到底買えないと思っていた銘柄を)一体誰が買っているんだ?」という声が上がっていたそうです。
このような背景から、アベノミクスによる金融緩和期待と円安は良いが、「What’s Next?(次は何だ?)」「Is this recovery sustainable?(回復は持続可能なのか?)」「Has anything changed besides FX?(為替レート以外に何か変わったことはあるのか?)」という、至極もっともな質問が出てくるわけです。
三本目の矢
日本株のストラテジストと言うと、日本株にいかに投資をすればよいかを提案するポジションであり、いわば世界の投資家に向けた、日本株のプロモーターとも言うべき存在です。最近、そんなストラテジストの方に、何名かお会いする機会がありました。
興味深かったのは、その中で一番強気であるように見えた人ですら、投資家向けプレゼンテーションの中には、「参議院選挙もあるので、半年くらいは日本株は大丈夫だろう。しかしその後に、安倍政権が経済成長を可能にするような本当の改革に着手できなければ、日本株は一年後にはどうなっているか分からない」と、書いていたことです。
前回のエントリーにおいて、「アベノミクス」の定義として、「インフレターゲットの設定」と「財政支出の拡大」の二つがある、と書きました。しかしアベノミクスには、これらの「大胆な金融政策」、及び「機動的な財政政策」に加えて「三本目の矢」があります。それは「成長戦略」です。
海外ではすこぶる評判が高いと言われる白川日銀総裁を含む、経済専門家の一致した意見として、「2%ものインフレ(物価上昇)は、経済成長の復活なくしては達成できない」という意見が強く存在します。金融政策でカネをばらまき、財政出動で需要を作り出して経済の車輪を回しても、経済が継続的に成長軌道に乗らなければ、安定的物価上昇など起こりっこない、という話です。
そもそも物価だけ上がって給料が上がらなければ、国民生活は苦しくなってしまいます。よってアベノミクスの「インフレターゲット」の目的は、少なくとも当面はいわゆる「消費者物価(CPI)」の上昇ではなく、「資産価値」つまり株や土地の値上がりを促すことで、投資・消費心理を改善する事である、とも考えられます。
しかし資産価値の上昇は、株や土地が買える一部の金持ちだけに資するもので、格差拡大をもたらすし、行き過ぎるとバブルになってしまう、という批判が、当然予想されます。そうした批判を避ける為にも、国民が広くその利益を享受できるような長期の経済成長戦略、それを実現するための規制緩和が、極めて重要と言える気がします。
小泉改革が貧富の差拡大の要因?
その「経済戦略」ですが、小泉政権時代に郵政民営化や行政改革で活躍した「経済財政諮問会議」や、それに並立するように設置され、民間の経営者や竹中平蔵氏などがメンバーとなっている「産業競争力会議」が、6月頃までに提言をまとめるとされているそうです。基本方針は、「民間の自立と競争を促す規制改革と教育改革」だそうで、響きは良いように思います。
しかしその中味として、医薬品業界の規制緩和やコンテンツ産業の振興など、いくつか具体的項目が挙げられているようですが、その程度の改革で、労働減少の人口や産業の空洞化といった問題をオフセットするような国内産業の振興ができるとは、到底思えません。
また、6月というタイミングは、参院選直前のタイミングであり、安倍政権は選挙に勝つために、あまりドラスティックな内容を盛り込めないのでは、との懸念もあります。「産業競争力会議」なども、実質的には経済産業省主導で、ゾンビ企業を生き長らえさせてしまうだけではないか、との心配の声も、市場関係者から聞かれます。
また、誰がどのような意図をもって広めたのかわかりませんが、日本では、「小泉改革は格差社会を推進させた『改悪』だった」という誤った理解が、広くまかり通っているように感じます。恐らく小泉改革がなければ、銀行の不良債権問題は更に長引き、製造業は高コスト体制に苦しむことで、更にひどい不況や、空洞化の進展、社会格差の拡大がもたらされたのでは、と想像します。
しかし、不良債権問題が解決された事や、当時は一時的な好景気が訪れたことは忘れられ、「派遣村」のような社会事象だけがメディアに大きく取り上げられているように見えるのには驚きます。
実態がどうであれ、「小泉・竹中はアメリカの犬だ」、「小泉政権が格差拡大を生んだ」などと、メディアや一部の政治家によって広く批判されることで、小泉改革の評判が一般の間で悪いことだけは、間違いない気がします。
そうなると、保守層を基盤としている安倍首相が、「変人」とまで言われた小泉前首相のように、痛みを伴う改革を本当に推進できるのかについては、疑問に感じざるを得ません。
第一次安倍政権は、国家公務員法の改正を通じて、天下りの斡旋禁止や能力主義の導入など、行政改革でそれなりの実績を上げたと理解しています。しかし、そうして官僚組織に挑戦した事こそが、第一次安倍政権の足元を救った、という意見もあると聞きます。だとすると、規制緩和などということは、非常にハードルの高い課題であるのかもしれません。
幸い、小泉改革への国内評価がいかなるものであるかは、外国人投資家にはほとんど知られていません。また当ブログでは以前より、自国の経済システムや企業統治のスタイルは日本人が選べばよいのであり、外国からとやかく言われることではないと主張して来ましたが、「規制緩和=アメリカ型=悪」という一方的なロジックに従うことで、最終的に損を被ってしまうのは、日本国民自身かもしれません。
日本復活のチャンス
今回ユニークなのは、日本経済の復活を望んでいるのが、日本だけではないように見えるということです。
先述したニューヨークでの投資家の集まりでは、「アメリカ政府も日本経済の復活を強く支持している。なぜなら、地政学的に、対中国・北朝鮮で、日本の重要性が一層増しているからだ。このまま日本が弱体化していくことを、アメリカ政府は良いことと思っていない」という意見が出されたそうです。
しかし、第一の矢(金融緩和)、第二の矢(財政出動)があまりうまく機能しすぎることは、第三の矢(成長戦略)の重要性を薄れさせてしまうという意味でも、また日本人が、少し状況が改善すると、重大事項を先送りする傾向があることを考えても、必ずしもポジティブではないかもしれません。
関連して2月5日に英Financial Times紙は、コラム「Japan can put people before profits(企業利益を国民に分配せよ)」の中で、日本企業は利益の内部留保が多すぎるので、これを昇給の形で従業員に分配したり、配当などの形で投資家に分配したりすることで、投資や消費を刺激できると指摘していました。そして結論で、「一番危険なのは、日本が長期的な構造問題を、短期的な金融財政政策で修復できるという立場を、引き続き取りすぎることだ」としていました。
そもそも安倍政権の至上の命題は、戦後憲法の改正であるように思われます。確かに明治維新を通じて近代化(西洋化)を推進して来た日本は、明治憲法と、戦後にGHQ主導で制定された日本国憲法によって、事実上定義付けられていると言えるかもしれません。その憲法を変えることは、日本というシステムそのものを再定義し直し、様々な問題を根本から解決する力を持ち得る気がします。
右寄りの安倍政権が憲法改正と言うと、どうしても「自衛隊を国防軍に」などという部分に焦点が当りがちですが、明らかな制度疲労を起こしている様々なシステムを「船」に例えて、「船が沈んでいる時に、航海の方向(政策)だけ議論していても仕方が無い」と言った橋下大阪市長の発言には、一理ある気がします。
しかし、安倍政権が広く国民からのサポートを必要とする憲法改正に、参院選後に本格的に取り組むつもりであるとするならば、痛みを伴う改革や規制緩和など、物議を醸しそうな経済成長戦略は、後回しにされざるを得ないかもしれません。そうなってしまうと、「なんだ、アベノミクスは結局小手先で終わりか」との失望を、広く世界中の投資家から、買ってしまう気がします。
このように珍しく世界から注目を集めている際に、また期待を裏切ってしまうと、市場や政治的繋がりが、今まで以上に一気に冷え込む可能性も、排除できません。安倍政権誕生時に、欧米の主要メディアが声を揃えて、「閣僚の過半数が靖国参拝の会に所属する危険な右翼政権」とクギを刺したことは、記憶に新しい所です。
久しぶりに期待が集まる中、友好国や投資家に「はしごを外された」と思われないよう、安倍政権の行動力に期待したいと思います。