Who Is Xi(シー)? |
現在、厳戒態勢下の北京において、中国共産党の最高意思決定機関である「全国代表大会(党大会、National Congress)」が開催されています。5年に一度開催される党大会は、通常、毛沢東氏が中華人民共和国の成立を宣言した10月1日の国慶節(Golden Week)の後に開催されることが多いのですが、今回は政治闘争等の様々な要因により、11月まで開催がずれ込みました。
中国の政権移譲は、世界経済全体に大きな影響を与える中国経済の先行きを考える際には、見落とせないニュースです。次期リーダーに当確と言われる習近平(Xi Jinping、习近平)氏がどのような人物であるのかや、そもそも中国の権力システムはどうなっているのかも含めて、簡単に取り上げてみたいと思います。
「党大会」は何故重要か
中国の政治体制の一番の特徴は、何と言っても、国家の上に共産党が君臨している、という点です。その為、共産党の最高意思決定機関である「中国共産党全国代表大会(党大会、National Congress)」は、国家の最高意思決定機関ということになります。
これとは別に中国政府は、毎年春に「全国人民代表大会(全人代、National People’s Congress)」を開催します。これは一般的に、国会のようなものと言われますが、5年に一度の共産党の党大会は、この全人代の上位に位置しており、全人代は党大会の決定内容を追認するだけだ、と言われるほどです。
では、中国という国家を操っている、中国共産党を動かしている人は、誰なのでしょうか。
中国共産党は、党員が約8000万人ほどいると言われる全国規模の組織ですが、その運営を行うのが、370人程で構成される最高指導委員会の「中央委員会(Central Committee)」と呼ばれる組織です。乱暴な比較をすれば、この中央委員会が、共産党にとっての国会のようなものだと言えるかもしれません。
その中央委員会の上部組織として、中央委員会のトップ25人で構成される「中央政治局(Politburo)」があります。政策を討議・決定する当機関は、言わば内閣のようなものだと言えるかもしれません。
その政治局の頂点に君臨するのが、「チャイナ・ナイン」と呼ばれる9名で構成される、「中央政治局常務委員会(常務委員会、Politburo Standing Committee)」です。これは、言わばホワイトハウスや総理官邸に相当する組織であり、中国の真の権力の中枢、と言える気がします。
この常務委員会の筆頭が、中国共産党のトップ「共産党総書記(General Secretary)」である、胡錦濤(Hu Jintao、胡锦涛)氏です。
よく同氏は「国家主席(President)」として紹介されますが、国家が党の下にある中国では、国家主席はあくまで共産党総書記が兼務するポジションとなっています。
胡錦濤国家主席と並んでニュースでよく見かけるのが、温家宝(Wen Jiabao)首相ではないかと思います。上で中央政治局が共産党の内閣のようなものだと書きましたが、正確に言うと、行政を執行する内閣に相当するのは共産党ではなく国家であり、その中で規定される「国務院(State Council)」という組織です。
その国務院のトップが「国務院総理(首相)」であり、現在は温家宝氏がその役目を勤めています。国務院は総理責任制を取っており、総理が国務院のメンバーである4名の副総理や5名の国務委員を氏名する形態を取っているため、総理の権力は絶大に見えます。
中国の行政機関は、有名どころで、マクロ経済政策の一手を引き受ける国家発展改革委員会(NDRC)、金融政策を司る中国人民銀行(PBOC、日米のように政府から独立していない)の他、外交部、公安部、鉄道部、など27部門ありますが、これらは全て、国務院の構成部門となっています。また新華社通信なども、国務院直属の事業体です。
このように考えると、国務院こそが中国の統治機構の中心のように思えますが、その国務院を統括する国務院総理は、国家主席=共産党総書記が、氏名する形で決まります。その上、そもそも共産党の政治局常務委員(「チャイナ・ナイン」のメンバー)でなければいけません。よって、やはり中国の政治で一番重要なのは、共産党の人事を決める党大会であると言えます。
余談ですが、中国は三権分立ではありませんので、裁判所である最高人民法院の人事も、共産党のトップである常務委員会が行います。裁判が数日という短期間で結審するのは、このように政治的意図がストレートに反映されるシステムになっているからであり、裁判官や検察官は単なる官僚である、と言えるかもしれません。
トップは誰なのか
選挙を経ない一部のエリート官僚が、中央集権で国民全体を管理統治する共産主義の統治システムは、レーニンがデザインしたと言われます。
ただ、党の指導部が頂点に君臨し、そこが中央官僚や地方の行政官などを枝葉的に管理するこのシステムは、秦の始皇帝以来、中国で2000年続いて来た皇帝支配と、そっくりだとの指摘もあります。そう考えると、世界中で共産主義国が行き詰まる中、中国だけが今でも共産党の一党独裁制を維持できている理由が、なんとなく分かる気がします。
現代の中国が、皇帝統治時代と異なるのは、集団統治主義に移行している、と言われる点です。かつては毛沢東氏のような一人の人物が、事実上の皇帝として、トップに君臨していました。しかし今では、共産党は「チャイナ・ナイン」の合議制によって動かされていると考えられており、常務委員会は多数決で決断が行えるよう、人数は奇数になっています。
これは、毛沢東氏の時代のように、個人に権力が集中することで国家が暴走するのを抑えるためだとの指摘もあり、毛沢東氏と激しい権力闘争を繰り広げた、鄧小平(Deng Xiaoping、邓小平)氏の知恵なのかもしれません。
ちなみに、現在の総書記である胡錦濤氏や、その前の総書記である江沢民(Jiang Zemin、江泽民)氏を指名したのは、改革開放の父、鄧小平氏です。しかし同氏は、実は共産党総書記ではありませんでした。そう考えると、党のトップが現在のような仕組みになったのは、ごく最近の話と言うことも出来ます。それであれば、その仕組みがまたいつ変わっても、おかしくはない気がします。
(中国共産党の内情に興味がある方は、2010年にRichard McGregor氏が刊行し、The EconomistやFinancial Timesのブックオブザイヤーに輝いた、「The Party: The Secret World of China’s Communist Rulers(邦題:中国共産党-支配者たちの秘密の世界)」をお勧めします。)
習近平とは何者か
現在北京で開催されている党大会で、国家主席を兼任する委員長に当確とされるのが、習近平(Xi Jinping)氏です。
中国の国家副主席も勤めている習近平のことは、少し前まではあまり広く知られていませんでした。理工系大学のトップに君臨する清華大学出身という意味では、胡錦濤氏の同門ですが、エリート養成機関である「中国共産主義青年団(共青団、Communist Youth League)」の出身である胡錦濤氏に対し、習近平氏は共産党高官を親に持つ、いわゆる「太子党(The Princelings)」のメンバーです。(太子党という党派があるわけではなく、単に「二世議員」のような感じですが。)
人民解放軍少将で歌姫でもある妻、彭麗媛(ほうれいえん、Peng Liyuan、彭丽媛)氏の方が有名と頻繁に揶揄されて来た習氏ですが、その政治的バックグラウンドは、市場経済制度改革に期待を寄せるウォールストリートにとって、明るい期待を持たせるに足るものであると言える気がします。
習氏はまず、南東部で華僑の里として知られる福建(Fujian)省において、廈門(Xiamen)市副市長、福州(Fuzhou)市党委員会書記、福建省長などを歴任しました。経済発展が著しかった2000年代には、非政府系企業の中心地とされ、中国最大の経済都市の上海と、福建省に挟まれた裕福な土地、浙江省(Zhejiang)の長官を勤めて、その実績を上げました。
浙江省と言えば、紹興酒で有名な紹興(Shaoxing,绍兴)や、不名誉な高速鉄道の事故が起きた企業家の町、温州(Wenzhou)が有名ですが、それだけではありません。
省都の杭州(Hangzhou)は、上海から新幹線で南西に1時間ほどの所に位置する、風光明媚な大都市です。そこと、上海を挟んだお隣の江蘇(Jiangsu)省の省都南京(Nanjing)、長年に渡る経済都市の蘇州(Suzhou,苏州)、そして上海の間に形成される長江デルタは、香港と、広東(Guangdong,广东)省の省都広州(Guangzhou、广州)、経済特区の一級都市、深圳(Shenzhen)、そしてマカオなどを結ぶ珠江デルタと並ぶ、中国の二大工業地帯になっています。
習氏は、浙江省のトップを4年勤めた後、2006年に上海市において大規模な汚職事件が発生したことを受けて、翌2007年には上海市党委書記に就任しました。このように、福建省、浙江省、上海市という経済の中心地で長らく実績を積んで来た背景から、中国の中の「右派」、つまり政治経済改革派として、同氏の政治手腕については、欧米でも楽観論があるように思います。
また、同氏の父親であり、国務院副総理を勤めた習仲勳(Xi Zhongxun、习仲勋)氏は、民主主義や平和と人権の使徒として欧米で人気の高いダライ・ラマと、同氏が亡命する以前に大変親しくしていたと言われます。数回前のThe Economistの中でも、ダライ・ラマ氏からプレゼントされた腕時計を、習氏の父親がずっと使用していたと言うエピソードが、紹介されていたと思います。
習近平氏自身も、浙江省で農村部の改革開放のモデル都市として選んだ農村において、非政府系企業をサポートしたり、地元の党代表を実質的な民主主義選挙で選ぶことを推奨したりしていたと言われます。中国では、全国レベルで改革を行う前に、いくつかの実験都市でテストを行うのが慣例のため、国家全体の民主化が進むのではないかと、否応なしに欧米からの期待が高まります。
ただ、妻である彭氏の影響などもあってか、軍部と近い関係にあるとされる習氏が、胡錦濤と同じ共青団出身で首相当確と言われる李克強(Li Keqiang、李克强)氏よりも出世した背景には、上海閥のドンである江沢民氏の後押しや、軍部、左派(保守派)などのサポートがあったと言われます。まさにアメリカ共和党のロムニー氏と同じような状況と言えるかもしれませんが、習氏本人のリベラルさが、実際に政権で発揮されるかは、不透明と言えるかもしれません。
「常務委員会」の人選
共産党の頂点に君臨する常務委員会のメンバーは、習近平氏と李克強氏以外、現総書記である胡錦濤氏、国務院総理の温家宝氏も含めて、今回の党大会を経て全員入れ替わる予定です。よって、習氏、李氏以外のメンバーが誰になるかは、10年後のリーダーシップを占うにも、どの政治勢力(派閥や、右派・左派など)が力があるかを理解するにも、更には今後の中国の経済政策や外交政策の見通しを見極めるにも、重要な材料にもなります。
この話を書き始めると長くなってしまうのでやめますが、一人だけ、ウォールストリートでは、金利制度や為替政策、金融システムなどの改革推進派と言われる、王岐山(Wang Qishan)金融経済等担当副総理の常務委員会入りに、注目しているようです。
王岐山氏は、中国人民銀行(PBOC)の副行長や、中国の4大国営銀行の一つである中国建設銀行(CCB)の行長などを務めた経験のある経済学者です。政治的にも、広東省の副省長や北京市長などを歴任した実績があり、2007年から政治局委員のメンバーとなっている人物です。
上で紹介した「中国共産党」の中で著者のMcGregor氏は、金融危機後に中国に招かれた外国人の前で王氏が、開口一番、金融システムについて中国があなた方から学ぶものはほとんどない、と明言し、「あなた方にはあなた方の、私たちには私たちのやり方がある。そして、私たちのやり方が正しい!」と宣言したエピソードを、中国の昨今の傲慢不遜な態度の象徴として紹介していました。
また、「チャイナ・ナイン」と呼ばれる常務委員会の人数自体も、現在の9人から7人に減らす方向で、調整が進んでいるようです。表向きの理由は、多忙な9名を集めて常務委員会を開催するのが物理的に極めて困難になっているためだと言われていますが、実質的には、自らの影響下にある人材が最大勢力になるようにするには9人では多すぎると考えている、胡錦濤氏の意思が反映されているとも言われています。
もちろん実際がどうなのかは、当事者以外の誰にも分かりません。これはチャイナ・ナイン(セブン、かもしれませんが)が誰になるのか、という話にも当てはまり、過去の慣例などから推定は出来るものの、「(目には見えないがどこにでもある)空気のよう」だと揶揄される、隠密主義の中国共産党内の権力闘争の実情を知る人は、本当に一部の人だけであるようです。
中国は変わるのか
10年に一度の権力移譲が行われるに当り、高成長を続けつつも貧富の差などの社会的ひずみが表面化している中国にとって、政治制度や経済制度の改革が必須であるという意見を、ここ半年位の間に欧米のメディアは、期待をこめて度々報じて来ました。そのような声は、欧米だけではなく、中国国内からも頻繁に決まれます。
共産党系の新聞やシンクタンク、著名な大学教授など多くの人が、非効率性と汚職の蔓延した現状に、強い警鐘を鳴らしていますし、先日党大会で行われた、胡錦濤氏の施政演説の中でも、「このままでは党も国家も崩壊してしまう」と言った強い口調で、汚職問題の解決や政治改革の必要性が、強調されていました。
このような声を代表する人物は、温家宝首相です。強い民衆の人気を集める同氏が、地震の被災地に飛んで行って涙を流す姿などは、海外メディアでも放映されているかと思います。国務院総理と言う立場は実質的に行政のトップですので、そのような人物が声高に政治改革を叫ぶというのは、喜ばしいことのように感じられます。
しかし一方で、インテリ層から「大根役者」「偽善者」などと揶揄される同氏にも、不正蓄財の噂は耐えません。同氏の息子が投資会社のトップに君臨し、巨額の蓄財をしているという話は、知識層の間で広く噂されて来ました。
最近、同氏を煙たがる「左派(保守派)」が、New York Timesにリークしたと思われる情報によると、一族の財産は2000億円にも上るそうです。これが事実であるとすれば、先日まで続いた激しい権力闘争の結果失脚した太子党のエリート、薄熙来(Bo Xilai)氏に噂される不正蓄財額の、倍以上の金額ということになります。
その少し前には、習近平氏にも、数百億円に上る不正蓄財の噂が、欧米メディアで取り上げられました。裁判所や検察を共産党の常務委員会が握っている中国において、そもそも非逮捕特権もある共産党幹部が追訴されるという事態は、薄(Bo)氏のように政争に破れでもしない限り、ありえないと考えられます。だとすると政権交代後も、大幅な汚職や癒着の摘発や、それと関連した政治経済システムの改革は、あまり期待できないかもしれません。
中国にとって、胡錦濤・温家宝体制の過去10年が、奇跡の成長を実現し、大幅な国民生活の改善を達成した時期であることは、胡錦濤氏が党大会のスピーチで強調するまでもなく、間違いないところです。経済規模は日本を抜いて世界第二位となり、オリンピックと万博を成功させ、健康保険や年金も国民の9割以上に行き渡り、貧困層も改革解放が加速した90年代以来で、5億人以上減少したと言われます。
しかし富める者から富めば良いという鄧小平氏の「先富論」に加えて、社会主義的システムの中で肥大化した政府系企業の独占的体制や、国家・地方権力との結びつきこそが経済的成功の秘訣であると言われる社会システムによる汚職の常態化により、貧富の差や非効率運営の問題は、共産党内のトップレベルから政治改革の必要性の声が上がるほどに深刻化しています。
そんな中、不正蓄財を続けて来た政治権力者たちや、ビジネスに成功したものの中国社会の先行きに不安を感じる企業家の多くが、こぞって資産や家族を海外に逃がしていると度々報道されるなど、現状の社会システムに限界感が漂っているのも、多くの中国専門家が認めるところである気がします。
そのような状況であるだけに、習近平氏の政治改革におけるリーダーシップに期待が高まると共に、「この10年が最後のチャンス」と指摘する声は、あながち誇張ではないかもしれません。前任者と同様、ミスなく目立たず行動することでトップまで上り詰めたように見える習氏ですが、中国得意の「党と国家100年の大計」を考えた行動を取ってくれるかどうかに一番注目しているのは、当の国民よりも、中国(経済)の先行きを案じている海外であるのかもしれません。
(これで当確?)