2012年 04月 30日
チャイナ・ベア |
香港に来て半年少々経ちましたが、その間に中国本土に毎月二度くらいのペースで足を運んでいます。10年前にニューヨークに移り住んだ時もそうでしたが、新しい世界で色々な体験をしたり、その背景を勉強したりするのは、実に楽しいものです。その分、ブログ更新が滞り気味ですが、ウォールストリートの中国への関心が高いこともあり、引続き出来る範囲で色々書いて行きたいと思います。
2011年は、年後半にMerrill Lynchが中国弱気論を展開するなどして、市場が一気にチャイナ・ベアに傾いたことがありました。2012年に入って、4月末時点で香港ハンセン指数は14%、上海株価指数は9%ほど上昇していますが、中国政府がGDPの成長率目標を0.5%引き下げたこともあり、中国経済の減速懸念の声は引続き聞こえて来ます。
最近、逆張り投資家として有名な、マクロヘッジファンドEclecticaのHugh Hendry氏が、投資家向けレターの中で、「中国経済は今後長期間に渡って減速を続ける」といった議論を展開していました。なかなか興味深かったので、そのレターの該当部分の内容を、以下に手短に要約してみます。(いつもの通り、内容の正確さは保証しかねますので、本文を参照してください。)
中国に対する弱気論
(以下、要約)・・・中国は90年代から2005年まで、自国通貨の人民元を米ドルに連動させて来た。それは国内の物価安定に寄与したが、2000年代に入って米ドルの価値が下落した結果、中国のGDPに占める輸出の割合は、2004年までの5%から、2005年以降の数年間に20%まで急拡大した。
本来であれば、中国はここで人民元の価値を切上げるべきであったが、それをしなかった。その結果、輸出主導で経済の高成長が実現したが、同時に、新札を刷って米国債を買い続けることになった。そうして国内に出回った大量の人民元は、マイナスの実質金利と相まって、住宅バブルや所得格差の拡大といった、深刻な社会問題を生み出してしまった。
そんな中、中国経済を支えてきた欧米経済が、クレジットバブルの崩壊による経済危機に直面した。中国は2009年4月に行われたG20のロンドンサミットにおいて、社会主義経済の成功を声高に宣言すると同時に、巨額の景気刺激策を打つことで世界経済を支えてみせると宣言した。それは世界にクレジットバブルを提供することと同義であり、実際に中国は、住宅や高速鉄道の建築急拡大を通じて、それを実行した。
しかし欧米を襲った経済危機は、景気サイクルの結果としての単なる不景気ではなく、家計や政府のバランスシートが毀損した結果の「バランスシート不況」である。ここから脱するのは容易ではなく、欧米は輸入を減らして経済価値(GDP)を出来るだけ国内に留める努力をするのと同時に、米国の金融当局が日本のバブルの教訓を受けて実行しているように、積極的金融緩和を行うことで、バランスシートの修復を行う必要がある。
その結果、欧米の通貨は人民元に対して相対的に割安となり、溢れた資金は中国国内で賃金上昇を引き起こして、中国の輸出産業の競争力を急速に削いでいる。更に悪いことに、中国にとって最大の輸出先であった欧州では、財政危機に直面した多くの国が、緊縮財政の長期に渡る実行を求められる可能性が高い。そうなると、欧州という最大の「買い物客」が消えうせることになってしまう。
つまり中国は、今まで経済成長を支えて来た「割安な通貨と欧米への輸出」というドライバーを同時に失いつつあるのと同時に、国内では為替操作や景気刺激策の結果として生まれた過剰な流動性が、様々なバブルや社会的軋轢を生み出している。資本効率の低いプロジェクトが徐々に国力を低下させることは、日本を見れば明らかである。
よく「中国政府の負債総額はGDP比で8割程度である」とか、「不動産購入は主に現金で行われている」と言った数字が、中国経済の安心材料として提示される。しかしGDP比25%と言われる地方政府の負債額は過去2年で5倍に膨れている。また不動産購入には、いわゆる「シャドーバンキング(民間金融)」が用いられている可能性が高く、その規模は全貸出残高の2割以上とも言われる。
1930年代、イギリスが今日のアメリカのような大国で、アメリカが今日の中国のような役目を果たしていた。当時イギリスは斜陽の帝国の様に見え、アメリカは最強かつ最も安定しているように見えた。しかし輸出先であったイギリスが、GDPが8%沈む事態に直面した際、アメリカの名目GDPは、1932年のたった一年で23%も減少した。同じ事が中国に起こらないとは言い切れないのである。
では中国はどうすればいいのか?残念ながら、欧米の借金余力や購買力を上回るアウトプット能力をつけてしまった中国に、取れる手立ては限られている。国内の負債問題を解消するために米国債を売却すれば、人民元は高騰して輸出産業は即死してしまう。結局中国は、米国債を買い続け、日本がバブル後にそうしたように、国内の負債を吸い上げ続けるしかない。
中国と同様の輸出国である日本は、20年前にバブル崩壊に直面したが、今まで海外の景気のサイクルに助けられて、経常収支の黒字化を維持することで、最悪の事態を回避してきた。しかし中国は、この日本の例に倣うことは出来ないかもしれない。欧州の状況があまりに酷く、深刻であるように見えるからである・・・。(要約了)
国内消費拡大の必要性
長くなりましたが、Hendry氏の主張は、欧米のバランスシート不況によって、中国は今後は輸出依存の経済成長を追及することが出来ない。それに代わって中国経済を牽引すべきなのは、国内の投資と消費であるが、その国内経済も、今までに生み出された過剰流動性のツケに苦しんでいる、という風にまとめられるかもしれません。
上記のレターの中では書かれていませんでしたが、確かに中国の国内経済は、その歪みが頻繁に指摘されます。2000年以降、企業収益や投資の成長率が、家計所得の成長率を大幅に上回って来たこともあり、中国のGDPに占める消費の割合は、改革開放が始まった80年代の50%から、2010年には30%近くまで低下して来ています。(ちなみに米国では7割、日本では6割程度です。)
また、成長ドライバーと考えられがちな輸出については、2009年以降のGDP成長率への貢献度は、純輸出で見ると数%から年によってはマイナスであり、現在GDP成長率の半分以上を牽引していて、またGDP全体に占める割合についても5割近くに達しているのは、「投資(FAI=固定資本形成)」という、偏った形になっています。
参考までに、中国のFAIの内訳を見てみると、2005年ではインフラが39%、製造業が27%、住宅が14%、鉱山が8%でした。2010年にはそれぞれの比率は、33%、31%、14%、10%となり、2012年第一四半期では、インフラの比率は24%まで低下、製造業の比率が36%に上昇しています。(ただその資金源は、2010年時点で、実に7割が自己資本、銀行借入と税金はそれぞれ15%未満となっていて、いかに利益蓄積が進んでいたかが見て取れます。)
もちろん中国では、全般的に社会インフラが不足しており、鉄道や道路、ダムなどはもちろんのこと、バブルと言われる住宅建築に関しても、低所得者向けの都市住宅は、圧倒的な不足が続いていると考えられます。都市人口は昨年には全人口の5割に達したようですが、数年前は45%でしたし、日本など先進国は7割超と言われます。
しかし、いかにインフラが不足しているとは言え、特に公共投資というものは、どうしても資本効率が悪いものです。これは昨年Merrill Lynchも指摘していましたし、Eclecticaのレターの中でも触れられていました。実際中国では、多くの高速道路や空港が、収入で運営コストを賄えない状況になっているようですし、汚職まみれの高速鉄道のお粗末な事故は、世界中で広く報道された通りです。(あれから高速鉄道の工事は急減速しています。)
そう考えると、やはり個人消費=中間所得者層の拡大こそが、いわゆる「内需主導型経済」を作り出し、経済を安定成長軌道に乗せるためには、絶対的に必要である気がします。それは社会の安定にもつながるため、政権を安定維持したい中国共産党にとっても、最重要政治課題となっています。
製造業の欧米回帰?
しかし中間所得者層の拡大は、企業セクターの利益率の低下、より具体的には、労働者の賃金上昇と、ほぼ同義と言えると思います。足下では、とくに沿海部において、工場労働者の賃金が年率1~2割のペースで上昇しており、それでも住宅バブルに端を発した生活費の上昇(インフレ)においつかないと、上海周辺の長江デルタや、深圳周辺の珠江デルタでは、労働者不足に苦しんでいるという話をよく聞きます。
中国では、北京、上海、広州、深圳の4大都市を「一級都市」、各省の省都を「二級都市」、その他の大都市を「三級都市」などと呼びますが、昨今二級・三級の都市では、2000年代に上海や北京などが通ったような、急速な都市開発が進んでいます。その一貫として、地方政府は長江デルタや珠江デルタから積極的に工場を誘致しており、地元に近く賃金もそこそこの働き口があるならと、多くの出稼ぎ労働者が出身省に帰って行ってしまっているというのが現状のようです。
これは内陸部を発展させたい中国にとっては、喜ばしい変化であるかもしれませんが、工場移転の必要に迫られたり、そうでなければ年間1-2割という急速な賃金上昇に晒されている沿海部の企業にとっては、コスト上昇は深刻な問題です。今まで中国の製造業では、人件費のコストに占める割合は5%程度と極めて小さかったようですが、今後そのメリットが徐々に減少して行くことが想像されます。
そういうトレンドがあるからか、4月21日のEconomistでは、「The Third Industrial Revolution(第三の産業革命)」と称した製造業に関する特集記事を組み、その中で製造業の欧米回帰のトレンドがあることを指摘していました。産業や消費者需要の高度化によって、求められる熟練工が不足しており、中国の労働コスト上昇と相まって、最終消費地の欧米で製造した方が効率が良いケースが増えてきている、という話です。
もちろん中国は、単なる製造基地ではなく、国内市場に非常に大きなポテンシャルがあります。また、東南アジアへの工場移転を検討している企業がよく指摘することですが、中国には国内に豊富な勤勉な労働力と、充実したサプライチェーンが存在するなど、他国がそう簡単には真似することが出来ない強みが存在します。
そもそも製造業は、中間所得者層を生み出すのに最適な産業と考えられ、中国のように人口の多い国にとっては、特にそうであると思われます。よって欧米向けの輸出が継続的に減速したとしても、中国政府が製造業の切捨てに動くとは考えにくい気がします。ただ、労働コストの上昇や、潜在的な人民元の切り上げによる競争力低下は現実の問題であり、いかに消費拡大と製造業の競争力維持を同時に実現させるか、中国政府の力量が注目されます。
中国減速で儲ける方法?
話を戻しますが、中国経済の減速を確信している上記ファンドでは、そこからどう儲けるかについてのアイデアについても、投資家向けレターの中で挙げています。それは「日本を空売り」することです。
詳しい説明は本文に譲りますが、簡単に言うと、日本経済の中国経済へのエクスポージャーの高さを指摘して、それがなければ日本経済はもっと深刻な不況に陥っているだろうと述べています。また、日立やソニーといった日本の大企業は、利益額や時価総額と比較して、過剰な従業員を抱えており、筋肉質になるために必要な厳しい経営判断を下すことを避け続けている、と批判的に指摘しています。(これらは以前から指摘されていることで、中国減速→日本に弱気、という議論と無関係な気がしますが。)
また、ご想像通りですが、Hendry氏は、中国企業についても「外国株主にとってエクイティの価値はゼロである」と主張しています。その理由は、市場ではインサイダー取引が横行しており、国営企業については経営決定権は政府(実際は共産党ですが)が握っており、私的企業でも国による大幅な介入を避けられないから、だそうです。
また、このレターでは詳しく触れられていませんが、中国減速の煽りを最も受けると考えられるのは、鉄や石炭といった資源や、それに関連する資本財の分野である気がします。これらの産業は、「中国の投資需要は減速してもマイナスになることはない」という前提で、事業拡大を続けていますが、Hendry氏に言わせれば、その前提が間違っている、という事になるかもしれません。
中国経済の今後
欧米と全く違ったシステムであるように見える(そして実際にそうである)中国経済は、外から見ていると、非常に分かりにくいものであるかもしれません。しかし国内では、「外国人は何をそんなに頭を悩ませているのか」という声をよく聞きます。人によっては「欧米より遥かに簡単だ」と言う人もいます。
その理由は、中国があくまでも計画経済であり、経済の主要部分を今でも国営企業が牛耳っている為だそうです。よって、政府が「成長率7.5%」と言えば、何としてもその目標を達成するだろうし、それをするだけの十分な資金力を中国政府は持っている、と言う話です。
この議論には一理あり、どんなに懐疑的な人から見ても、中国経済の今までの発展が目覚しいもであることは、間違いない気がします。これだけ多くの社会的歪みを抱えながらも、都市は活気に満ちており、多くの人が成功を夢見て勤勉に仕事に励んでいることを、二級・三級都市などを訪問すると、実感することが出来ます。
しかし前述の通り、中国のGDP「成長率」に占める「純」輸出の貢献度がゼロ近くまで落ち込んで来たとしても、経済活動「規模」に占める「総」輸出がゼロになったというわけは全くありません。GDP成長率への貢献度だけを見ていると、この部分を誤解してしまいがちですが、日本のGDPに占める純輸出の割合が非常に小さいにも関わらず、リーマンショック後の欧米景気の減速を受けて、先進国で一番GDPが沈んだのが日本であったことからも、「規模」の重要さが実感出来る気がします。
手元に最新の数字がありませんが、2009年時点の数値から類推するに、総輸出のGDPに占める割合は、今でも3割近くに達しているものと思われます。
またGDPの50%近くを占める設備投資について、その3-4割が製造業向けであり、製造されたモノの多くが輸出されているであろうことや、製造業に従事する人口とその家族が消費に占める割合もそれなりに高いであろうことを考えても、やはり中国経済の輸出依存度は、かなり高いことが想像されます。
2009年には、中国も輸出減速によって、GDP成長率を4%近く押し下げるインパクトを受けました。にも関わらず、同年に12%の経済成長を達成できたのは、ひとえに輸出減速を上回る巨大な景気刺激策を実行したからに他なりません。しかし、その過剰なまでの流動性注入が、バブルや所得格差を生んでしまったことから、今後同様の手立てが打てるかどうか、疑わしいと言わざるを得ません。
このように考えると、やはり中国経済最大のリスクとして「外的ショック」があることは、間違いない気がします。中国が今後も、日本のように製造業一本足打法で行くのであれば、そのリスクは拡大の一途を辿ることが予想されます。逆に、上手く内需主導型経済に転換できれば、中国の繁栄はHendry氏を筆頭とした「チャイナ・ベア」の人達が思っているよりも、遥かに長く続くかもしれません。
2011年は、年後半にMerrill Lynchが中国弱気論を展開するなどして、市場が一気にチャイナ・ベアに傾いたことがありました。2012年に入って、4月末時点で香港ハンセン指数は14%、上海株価指数は9%ほど上昇していますが、中国政府がGDPの成長率目標を0.5%引き下げたこともあり、中国経済の減速懸念の声は引続き聞こえて来ます。
最近、逆張り投資家として有名な、マクロヘッジファンドEclecticaのHugh Hendry氏が、投資家向けレターの中で、「中国経済は今後長期間に渡って減速を続ける」といった議論を展開していました。なかなか興味深かったので、そのレターの該当部分の内容を、以下に手短に要約してみます。(いつもの通り、内容の正確さは保証しかねますので、本文を参照してください。)
中国に対する弱気論
(以下、要約)・・・中国は90年代から2005年まで、自国通貨の人民元を米ドルに連動させて来た。それは国内の物価安定に寄与したが、2000年代に入って米ドルの価値が下落した結果、中国のGDPに占める輸出の割合は、2004年までの5%から、2005年以降の数年間に20%まで急拡大した。
本来であれば、中国はここで人民元の価値を切上げるべきであったが、それをしなかった。その結果、輸出主導で経済の高成長が実現したが、同時に、新札を刷って米国債を買い続けることになった。そうして国内に出回った大量の人民元は、マイナスの実質金利と相まって、住宅バブルや所得格差の拡大といった、深刻な社会問題を生み出してしまった。
そんな中、中国経済を支えてきた欧米経済が、クレジットバブルの崩壊による経済危機に直面した。中国は2009年4月に行われたG20のロンドンサミットにおいて、社会主義経済の成功を声高に宣言すると同時に、巨額の景気刺激策を打つことで世界経済を支えてみせると宣言した。それは世界にクレジットバブルを提供することと同義であり、実際に中国は、住宅や高速鉄道の建築急拡大を通じて、それを実行した。
しかし欧米を襲った経済危機は、景気サイクルの結果としての単なる不景気ではなく、家計や政府のバランスシートが毀損した結果の「バランスシート不況」である。ここから脱するのは容易ではなく、欧米は輸入を減らして経済価値(GDP)を出来るだけ国内に留める努力をするのと同時に、米国の金融当局が日本のバブルの教訓を受けて実行しているように、積極的金融緩和を行うことで、バランスシートの修復を行う必要がある。
その結果、欧米の通貨は人民元に対して相対的に割安となり、溢れた資金は中国国内で賃金上昇を引き起こして、中国の輸出産業の競争力を急速に削いでいる。更に悪いことに、中国にとって最大の輸出先であった欧州では、財政危機に直面した多くの国が、緊縮財政の長期に渡る実行を求められる可能性が高い。そうなると、欧州という最大の「買い物客」が消えうせることになってしまう。
つまり中国は、今まで経済成長を支えて来た「割安な通貨と欧米への輸出」というドライバーを同時に失いつつあるのと同時に、国内では為替操作や景気刺激策の結果として生まれた過剰な流動性が、様々なバブルや社会的軋轢を生み出している。資本効率の低いプロジェクトが徐々に国力を低下させることは、日本を見れば明らかである。
よく「中国政府の負債総額はGDP比で8割程度である」とか、「不動産購入は主に現金で行われている」と言った数字が、中国経済の安心材料として提示される。しかしGDP比25%と言われる地方政府の負債額は過去2年で5倍に膨れている。また不動産購入には、いわゆる「シャドーバンキング(民間金融)」が用いられている可能性が高く、その規模は全貸出残高の2割以上とも言われる。
1930年代、イギリスが今日のアメリカのような大国で、アメリカが今日の中国のような役目を果たしていた。当時イギリスは斜陽の帝国の様に見え、アメリカは最強かつ最も安定しているように見えた。しかし輸出先であったイギリスが、GDPが8%沈む事態に直面した際、アメリカの名目GDPは、1932年のたった一年で23%も減少した。同じ事が中国に起こらないとは言い切れないのである。
では中国はどうすればいいのか?残念ながら、欧米の借金余力や購買力を上回るアウトプット能力をつけてしまった中国に、取れる手立ては限られている。国内の負債問題を解消するために米国債を売却すれば、人民元は高騰して輸出産業は即死してしまう。結局中国は、米国債を買い続け、日本がバブル後にそうしたように、国内の負債を吸い上げ続けるしかない。
中国と同様の輸出国である日本は、20年前にバブル崩壊に直面したが、今まで海外の景気のサイクルに助けられて、経常収支の黒字化を維持することで、最悪の事態を回避してきた。しかし中国は、この日本の例に倣うことは出来ないかもしれない。欧州の状況があまりに酷く、深刻であるように見えるからである・・・。(要約了)
国内消費拡大の必要性
長くなりましたが、Hendry氏の主張は、欧米のバランスシート不況によって、中国は今後は輸出依存の経済成長を追及することが出来ない。それに代わって中国経済を牽引すべきなのは、国内の投資と消費であるが、その国内経済も、今までに生み出された過剰流動性のツケに苦しんでいる、という風にまとめられるかもしれません。
上記のレターの中では書かれていませんでしたが、確かに中国の国内経済は、その歪みが頻繁に指摘されます。2000年以降、企業収益や投資の成長率が、家計所得の成長率を大幅に上回って来たこともあり、中国のGDPに占める消費の割合は、改革開放が始まった80年代の50%から、2010年には30%近くまで低下して来ています。(ちなみに米国では7割、日本では6割程度です。)
また、成長ドライバーと考えられがちな輸出については、2009年以降のGDP成長率への貢献度は、純輸出で見ると数%から年によってはマイナスであり、現在GDP成長率の半分以上を牽引していて、またGDP全体に占める割合についても5割近くに達しているのは、「投資(FAI=固定資本形成)」という、偏った形になっています。
参考までに、中国のFAIの内訳を見てみると、2005年ではインフラが39%、製造業が27%、住宅が14%、鉱山が8%でした。2010年にはそれぞれの比率は、33%、31%、14%、10%となり、2012年第一四半期では、インフラの比率は24%まで低下、製造業の比率が36%に上昇しています。(ただその資金源は、2010年時点で、実に7割が自己資本、銀行借入と税金はそれぞれ15%未満となっていて、いかに利益蓄積が進んでいたかが見て取れます。)
もちろん中国では、全般的に社会インフラが不足しており、鉄道や道路、ダムなどはもちろんのこと、バブルと言われる住宅建築に関しても、低所得者向けの都市住宅は、圧倒的な不足が続いていると考えられます。都市人口は昨年には全人口の5割に達したようですが、数年前は45%でしたし、日本など先進国は7割超と言われます。
しかし、いかにインフラが不足しているとは言え、特に公共投資というものは、どうしても資本効率が悪いものです。これは昨年Merrill Lynchも指摘していましたし、Eclecticaのレターの中でも触れられていました。実際中国では、多くの高速道路や空港が、収入で運営コストを賄えない状況になっているようですし、汚職まみれの高速鉄道のお粗末な事故は、世界中で広く報道された通りです。(あれから高速鉄道の工事は急減速しています。)
そう考えると、やはり個人消費=中間所得者層の拡大こそが、いわゆる「内需主導型経済」を作り出し、経済を安定成長軌道に乗せるためには、絶対的に必要である気がします。それは社会の安定にもつながるため、政権を安定維持したい中国共産党にとっても、最重要政治課題となっています。
製造業の欧米回帰?
しかし中間所得者層の拡大は、企業セクターの利益率の低下、より具体的には、労働者の賃金上昇と、ほぼ同義と言えると思います。足下では、とくに沿海部において、工場労働者の賃金が年率1~2割のペースで上昇しており、それでも住宅バブルに端を発した生活費の上昇(インフレ)においつかないと、上海周辺の長江デルタや、深圳周辺の珠江デルタでは、労働者不足に苦しんでいるという話をよく聞きます。
中国では、北京、上海、広州、深圳の4大都市を「一級都市」、各省の省都を「二級都市」、その他の大都市を「三級都市」などと呼びますが、昨今二級・三級の都市では、2000年代に上海や北京などが通ったような、急速な都市開発が進んでいます。その一貫として、地方政府は長江デルタや珠江デルタから積極的に工場を誘致しており、地元に近く賃金もそこそこの働き口があるならと、多くの出稼ぎ労働者が出身省に帰って行ってしまっているというのが現状のようです。
これは内陸部を発展させたい中国にとっては、喜ばしい変化であるかもしれませんが、工場移転の必要に迫られたり、そうでなければ年間1-2割という急速な賃金上昇に晒されている沿海部の企業にとっては、コスト上昇は深刻な問題です。今まで中国の製造業では、人件費のコストに占める割合は5%程度と極めて小さかったようですが、今後そのメリットが徐々に減少して行くことが想像されます。
そういうトレンドがあるからか、4月21日のEconomistでは、「The Third Industrial Revolution(第三の産業革命)」と称した製造業に関する特集記事を組み、その中で製造業の欧米回帰のトレンドがあることを指摘していました。産業や消費者需要の高度化によって、求められる熟練工が不足しており、中国の労働コスト上昇と相まって、最終消費地の欧米で製造した方が効率が良いケースが増えてきている、という話です。
もちろん中国は、単なる製造基地ではなく、国内市場に非常に大きなポテンシャルがあります。また、東南アジアへの工場移転を検討している企業がよく指摘することですが、中国には国内に豊富な勤勉な労働力と、充実したサプライチェーンが存在するなど、他国がそう簡単には真似することが出来ない強みが存在します。
そもそも製造業は、中間所得者層を生み出すのに最適な産業と考えられ、中国のように人口の多い国にとっては、特にそうであると思われます。よって欧米向けの輸出が継続的に減速したとしても、中国政府が製造業の切捨てに動くとは考えにくい気がします。ただ、労働コストの上昇や、潜在的な人民元の切り上げによる競争力低下は現実の問題であり、いかに消費拡大と製造業の競争力維持を同時に実現させるか、中国政府の力量が注目されます。
中国減速で儲ける方法?
話を戻しますが、中国経済の減速を確信している上記ファンドでは、そこからどう儲けるかについてのアイデアについても、投資家向けレターの中で挙げています。それは「日本を空売り」することです。
詳しい説明は本文に譲りますが、簡単に言うと、日本経済の中国経済へのエクスポージャーの高さを指摘して、それがなければ日本経済はもっと深刻な不況に陥っているだろうと述べています。また、日立やソニーといった日本の大企業は、利益額や時価総額と比較して、過剰な従業員を抱えており、筋肉質になるために必要な厳しい経営判断を下すことを避け続けている、と批判的に指摘しています。(これらは以前から指摘されていることで、中国減速→日本に弱気、という議論と無関係な気がしますが。)
また、ご想像通りですが、Hendry氏は、中国企業についても「外国株主にとってエクイティの価値はゼロである」と主張しています。その理由は、市場ではインサイダー取引が横行しており、国営企業については経営決定権は政府(実際は共産党ですが)が握っており、私的企業でも国による大幅な介入を避けられないから、だそうです。
また、このレターでは詳しく触れられていませんが、中国減速の煽りを最も受けると考えられるのは、鉄や石炭といった資源や、それに関連する資本財の分野である気がします。これらの産業は、「中国の投資需要は減速してもマイナスになることはない」という前提で、事業拡大を続けていますが、Hendry氏に言わせれば、その前提が間違っている、という事になるかもしれません。
中国経済の今後
欧米と全く違ったシステムであるように見える(そして実際にそうである)中国経済は、外から見ていると、非常に分かりにくいものであるかもしれません。しかし国内では、「外国人は何をそんなに頭を悩ませているのか」という声をよく聞きます。人によっては「欧米より遥かに簡単だ」と言う人もいます。
その理由は、中国があくまでも計画経済であり、経済の主要部分を今でも国営企業が牛耳っている為だそうです。よって、政府が「成長率7.5%」と言えば、何としてもその目標を達成するだろうし、それをするだけの十分な資金力を中国政府は持っている、と言う話です。
この議論には一理あり、どんなに懐疑的な人から見ても、中国経済の今までの発展が目覚しいもであることは、間違いない気がします。これだけ多くの社会的歪みを抱えながらも、都市は活気に満ちており、多くの人が成功を夢見て勤勉に仕事に励んでいることを、二級・三級都市などを訪問すると、実感することが出来ます。
しかし前述の通り、中国のGDP「成長率」に占める「純」輸出の貢献度がゼロ近くまで落ち込んで来たとしても、経済活動「規模」に占める「総」輸出がゼロになったというわけは全くありません。GDP成長率への貢献度だけを見ていると、この部分を誤解してしまいがちですが、日本のGDPに占める純輸出の割合が非常に小さいにも関わらず、リーマンショック後の欧米景気の減速を受けて、先進国で一番GDPが沈んだのが日本であったことからも、「規模」の重要さが実感出来る気がします。
手元に最新の数字がありませんが、2009年時点の数値から類推するに、総輸出のGDPに占める割合は、今でも3割近くに達しているものと思われます。
またGDPの50%近くを占める設備投資について、その3-4割が製造業向けであり、製造されたモノの多くが輸出されているであろうことや、製造業に従事する人口とその家族が消費に占める割合もそれなりに高いであろうことを考えても、やはり中国経済の輸出依存度は、かなり高いことが想像されます。
2009年には、中国も輸出減速によって、GDP成長率を4%近く押し下げるインパクトを受けました。にも関わらず、同年に12%の経済成長を達成できたのは、ひとえに輸出減速を上回る巨大な景気刺激策を実行したからに他なりません。しかし、その過剰なまでの流動性注入が、バブルや所得格差を生んでしまったことから、今後同様の手立てが打てるかどうか、疑わしいと言わざるを得ません。
このように考えると、やはり中国経済最大のリスクとして「外的ショック」があることは、間違いない気がします。中国が今後も、日本のように製造業一本足打法で行くのであれば、そのリスクは拡大の一途を辿ることが予想されます。逆に、上手く内需主導型経済に転換できれば、中国の繁栄はHendry氏を筆頭とした「チャイナ・ベア」の人達が思っているよりも、遥かに長く続くかもしれません。
by Harry_G
| 2012-04-30 22:00
| 中国の経済