アメリカ金融業界でのキャリア |
別にキャリアアドバイスのプロではないので、大した助言が出来る立場でもありませんが、こちらの金融界に興味がある方や、アメリカの企業文化について、何らかの参考になれば幸いです。
(尚、個別具体的な部分については、一部修正を加えてありますのでご了承下さい。)
アメリカ企業「暗黙のルール」
最初にご相談を頂いた方は、現在、某日本の金融機関に勤めており、ニューヨークに駐在中です。それが近々、アメリカの金融機関に出向して、同社からノウハウを学んでくることになったそうです。
そのためには、同社に出来るだけ溶け込むことが望ましいわけですが、同氏はニューヨーク駐在中とは言え日本企業勤務なので、社内のルールは日本と同じであり、また言葉もほぼ全て日本語で通している、という事でした。恐らく日本にある外資系企業に勤めていても、同じような感覚なのではと思います。
そんな同氏に伝えたのは、英語によるコミュニケーション力の上達はもちろんの話ですが、それより何より、「アメリカ企業のルールを知る」ということです。
日本企業にも、暗黙の了解のようなもの(商慣行、またはビジネスマナーと言うべきでしょうか)があると思いますが、アメリカ企業(少なくとも金融機関)にも、独特の職場のルールがあるように思います。それを知らずに、日本的なノリで行ってしまうと、溶け込めずに寂しい思いをしたり、情報が取れずに色々苦労をすることになるかもしれません。
意外と知られていないように思われる、アメリカ企業のルールは、「オフィスでは英語以外は話してはいけない」、と言うものです。日本でもそうでしょうが、分からない言語で目の前でガンガンしゃべられるのは、結構不快なものです。移民国家であり、誰もがアメリカ人的になろうとするお国柄だけに、そのルールは結構強いように思います。
よって、アメリカ人の前では、日本語で誰かと会話をしないのはもちろんのこと、日本人から電話を受けても、出来ればとりあえず英語で受け応えをすることが、望ましいように思います。また、デスクやパソコンのモニター上にも、可能であれば一切日本語を出さない方が、良いように思います。
そこまでするか?と思うかもしれませんが、アメリカは不思議な国で、自分から「自分は外部の人間です」と言う壁を作らなければ、外国人であろうと無かろうと、一切差別無く受け入れてくれます。逆に、外国語の本が並べてあったり、外国語のウェブサイトが表示されていたり、「私の国では・・・」と自分の違いばかり強調していると、とりあえず興味を示してはくれますが、本当の意味での仲間に入ることは、難しくなるように思います。
当然、仲間に入れないという事は、面白いプロジェクトは回って来ませんし、面白い情報も聞くことが出来ません。逆に、仲間になってしまえば、向こうはこちらがどこの国出身かということを一切気にせずに、忌憚なく本音で話をしてくれるというのが、私の経験から感じたことです。
不思議なことに、このルールは、西欧人や中国人、韓国人などは、なぜかよく理解しているように見えます。よってニューヨークのオフィスでは、ドイツ人同士、中国人同士でも、周囲に英語しか出来ない人がいる場合には、決して自分達の言語で話すことはなかったように思います。これは、多言語が飛び交うロンドンとは、大きく違う点である気がします。
日本人は一般的に、「日本ではこうなんだ」と、日本の特殊性を強調してみたり、自分の能力を謙遜し過ぎてしまったり、ミーティングで消極的であったりします。また、上司の命令に一度は反論しても、二回目からは失礼を避けるために「分かりました」と言ったままで、反論することなしに、うやむやにしようとするケースがあるように見受けられます。
これらは、日本的には良いマナーなのかもしれませんが、アメリカでは受け入れられません。自分の能力は最大限アピールした方が、恐らく面白い仕事が回ってきますし、コップに半分水が入っていれば、恐らく「沢山入っている」と言うべきですし、上司が相手であっても、反論すべき所は相手が納得するまで、はっきりと伝える必要があるように思います。
着任当日から、デスクに座って皆が話しかけてくれるのを待つのではなく、自分から積極的に挨拶周りをし、ミーティングでは積極的に(あたかも以前からそこにいたような風で)発言をし、プロスポーツなど、仕事以外の話題にも自分からどんどん入っていくようにすると、スムーズにアメリカ企業に溶け込めるのではと思います。
投資銀行の怖い部下
次の人は、今年の夏から外資系投資銀行のアメリカ本社で、研修を兼ねて1年ほど働くことになっている、という話でした。
外資系投資銀行は、学卒とMBA卒の入社時に、それぞれアナリスト研修、アソシエイト研修を、ニューヨークやロンドンの本社で1ヶ月程行います。そこで一緒にトレーニングを受けた「クラスメート」とは、それから長い付き合いの、いわゆる同期入社のつながりが出来ますし、お金をもらいながらMBAの授業を受けるような形なので、ある意味でとても魅力的です。
しかし、この方のように、コンサルティングや会計事務所など、別業界からMBAを経て投資銀行に入社してきたり、投資銀行出身でも、アメリカから見た外国のオフィスで、下積みのアナリスト時代を過ごした人は、アソシエイト研修の直後から、「怖い部下」のチャレンジに直面することになります。
ニューヨークの投資銀行では、学卒後の3年間のアナリストプログラム期間中、徹底した下働きをやることになります。そこでは文字通り、死ぬほどこき使われるわけですが、そのプログラムを生き残っているアナリスト2年生や3年生は、特に財務モデリングに関して、高い能力を発揮します。
MBA卒のアソシエイトは、そうした複雑なモデリングの経験の有無に関わらず、そういうアナリストを使わなければいけません。ディールにおいて、数的な合理性が極めて大きな役割を果たすアメリカでは、財務モデリングが特に重視されます。これが正確かつ迅速に出来ればヒーローになれますし、出来なければ大変苦しい思いをすることになります。
しかも、地獄を通り抜けて来ているアナリスト達は、基本的に「お前らアソシエイトとか偉そうにしているけど、本当に俺らより仕事が出来るのか?」と内心思っています。よって、時にはあからさまに見下した態度を取ってきますし、少しでも「出来ない奴」だと思われると、その後一切、言うことを聞いてくれなくなります。
それでは仕事が進まないので困ると、上司に報告したところで、「あいつは優秀なアナリストだぞ。お前は何をしたんだ?」と、仕事が出来ない自分が批判の矢面にさらされることになります。それまで海外勤務だったからとか、別業界出身だから、という言い訳は、一切通用しません。
加えて、東京オフィスから行く人にとって難しいのは、「自分は日本という大きく特殊なマーケットで、深い経験がある」のような態度を取る人が大半であることです。当然自分の強みはそこなんだから、そこを売りにするべきだ、と思っている人が、ほとんどであるように思います。
しかし本社側から見ると、日本の知識など全く役に立ちませんし、そもそも日本は、残念ながら、儲からない、どうでも良いマーケットとの扱いが通常で、興味関心も非常に低いというのが現実です。そもそも、アメリカほど金融業界が発達している国はありませんので、それ以外の国での経験は、どうしても浅く見られがちです。
よって日本から行くと、実務的なスキル面でも不利であるばかりか、ビジネスマナーもアメリカとは大きく異なるため慣れるのに時間がかかり、更には「こいつと仲良くなっても金の匂いがしない」という3重苦を、下手をすると最初から背負うことになります。デスクで日経新聞を広げたり、居眠りをするなどはもっての他であり、1年の本社研修とは名ばかりの、1年の休暇になりかねません。
この解決策は、簡単なものは残念ながら無く、意識次第であるように思います。自分も他のアソシエイトと全く平等に競わなければいけない、その為に必要なことは、基礎的な財務モデリングだろうが、膨大な資料の読み込みだろうが、英語のメールの正しい書き方だろうが、何でも身につけてやる、のような意気込みが必要のように思います。
PEかHFか
また別の人は、投資銀行やコンサルティングのような、いわゆるサービス・仲介業務とMBAを経て、卒業後は自らが投資判断を下すことが出来る、プライベートエクイティかヘッジファンドに関心がある。具体的にその二つでは、キャリアとしてどういうところが違うかということを、色々と調べているようでした。こうしたキャリアパスは、非常に一般的と言える気がします。
プライベートエクイティファンドについては、LBOがブームであった2005年から2006年にかけて、沢山エントリーを書きました。その仕事は、投資先の現場にいることが必要である点や、M&Aやレバレッジドファイナンス、株主重視のコーポレートガバナンスの浸透度合いが市場拡大に重要である点、投資からエグジットまで5年程度かかる点など、少々特殊で長期的コミットメントが必要な仕事と言えるかもしれません。
ヘッジファンドは、上場株や債券、為替など、投資先は様々ですが、PEに比べると市場性のある金融商品に投資することが多い為、ある意味では分かりやすいビジネスです。ただ、小さなファンドが多く、パフォーマンス(報酬)や事業の継続性が極めて不安定であることが通常なため、仕事としてはPEファンドより、かなりリスクが高いと言える気がします。
アメリカのPEファンドは、ジュニアレベルの人材は、投資銀行のトップクラスの若手をスカウトしており、非常に競争率の高い職場です。また、ミッドレベルはM&A弁護士などの非常に専門知識の高い人、シニアレベルでは大企業やワシントンに強いコネのある人を集めていて、そのような世界で成功するには、相当特殊な能力やバックグラウンドが必要であるように思います。
ヘッジファンドも、若手の採用パターンは似ていますが、小さいファンドが多数あることや、市場性の商品を扱っていることから、多少業界への間口は広いと言えるかもしれません。ただ良くも悪くも中小企業であるため、最初に正しいトレーニングを受けられないと、それからのキャリアで大変苦労することになり兼ねず、また投資という行為自体が好きであったり、人とは違うエッヂを持っていることが、要求される気がします。
そのように考えると、HFはPEファンドよりも、ハイリスク・ハイリターンであると言えるかもしれません。人は大成功した際のリターンの側に目を奪われがちですが、リスクサイドもよく検討する必要があるように思います。株式投資やリサーチが好きだが、あまり不安定な職場や過剰なプレッシャーは嫌だという場合には、いわゆるロングオンリー(投資信託運用会社)もキャリアの選択肢として検討の余地が大いにある気がします。
「エッヂ」と「オポチュニティ」
最後に、キャリアの選択という話全般について、近しい友人(先輩)と色々話す機会があったので、その話をまとめに書きたいと思います。久しぶりにロックフェラーセンターのカフェで再開して、最近見聞きした面白い仕事のことを話している中で出てきた話題だったのですが、そこでのキーワードは、人とは違う「エッヂ」と、先を見据えた「オポチュニティ」でした。
エッヂと言うのは、人とは違った自分の強みのことで、特殊な経験や、専門知識、専門学歴など、何に基づいていても構わないと思います。アメリカでは、どの分野においても、高度に専門化した知識やスキルを持った人が驚くほど沢山います。よって、そうしたもの無く「気合い」だけで勝負できるのは、投資銀行で言えば、せいぜいアソシエイトレベルまでであるように思います。
そこから先のキャリアでは、PEやHFについては上で書きましたが、ベンチャーキャピタルであれば、ライフサイエンスやコンピュータサイエンスのPh.D.や医者の資格を持つ人など、投資先企業の投資価値を判断できる人が多くいたり、投資銀行であれば、徐々に担当分野を絞り込んでいって、業界知識や顧客との長い付き合いを形成していくことが、求められるようになります。
また、オポチュニティというのは、これからの世界がどういう風に変わっていくかを常に考えながら、伸びそうな所や面白そうなところにキャリアを賭ける、と言う意味です。もちろん、自分のやりたい事や得意な事を考えた上での判断になりますが、やはり衰退している産業や、一時的なブームで終わりそうな分野にキャリアを賭けるというのは、リスクが高いように思います。
エッヂの話とも関連しますが、時間をかけて専門的能力や知識を築いている人が多くいる中では、自分もそのように戦略的に考えて、キャリアを絞り込んでいくことが、競争力を維持向上するという意味からも、重要である気がします。これは何もアメリカに限った話ではなく、日本でもどこでも、同じであるのかもしれませんが、特にアメリカは高度に専門化した社会なので、特にその話が当てはまるように思います。
最後に、経済が弱っている「日本」をエッヂとすることは、残念ながらアメリカでは、年々難しくなっているように感じます。それでも、そうした地域的特性を特技とすることも、専門知識という意味では大いにあり得る話ではないかと思います。
まだ自分が20代前半や学生であれば、2006年に「ウォールストリートへの道」というエントリーを書いたことがありますが、選択肢はかなり広く残されています。(当事は日本が好調であったので、そこは割り引いて考える必要がありますが。)ただ、MBAなど大学院からアメリカに来ても、現地に本格的に溶け込むのはかなり困難です。可能であれば、高校か大学からフルタイム留学をすることが、望ましいように思います。
少々当たり前の話ばかりになってしまいましたが、アメリカの金融業界でのキャリアをお考えの方に、少しでも参考になれば幸いです。