2005年 10月 12日
レバレッジド・ファイナンスとDLJ |
前回10月11日のブログの続きですが、投資銀行がLBOのファイナンシングの際に果たす役割は、かつての純粋なボンドの引受から若干変わって来ています。
米国のLBOの際の典型的な資本構成(Capital Structure)は、簡単に言うと
レバレッジドローン (優先的に返済されていく) →レバレッジ2.5倍
ハイイールド債 (通常7年満期で早期償還なし) →レバレッジ6.5倍
メザニンデット (株式転換権付のデット) →レバレッジ7.0倍
エクイティ (経営陣やPEファンドが拠出) →バリュエーション8.0倍
といった感じなのですが、ハイイールド債やメザニンデットの投資家は、キャピタルストラクチャーの中でジュニア(劣後)部分を保有することになるため、投資銀行が勧めるレバレッジが高ければ高いほど、大きなリスクにさらされることになります。
前回書いた通り、投資銀行としては、出来るだけ高いレバレッジを実現した方がPEファンドを喜ばせることが出来るため、アグレッシブな提案をしがちです。よってこういったデットの投資家は「おたくら、まさか仕事を取るために、レバレッジ7倍まで大丈夫とか強気な事言ってるんじゃないだろうな」と突っ込みを入れてきます。
そして、「そこまでこのキャピタルストラクチャーに自信あるなら、せめてシニア部分(ローン部分)は自己資本を提供してリスクを共有しろよ」と要求して来ます。つまり投資銀行は、ハイイールド債の引受をするのみならず、ローン部分では一部自から金を貸し付ける(キャピタルをコミットする)ことを余儀なくされるわけです。
おかげで投資銀行は、自らのリスクを下げるためにも過剰にアグレッシブなレバレッジをLBOファンドに提案することが困難になり、ギリギリのレバレッジ水準が探られることになります。
ただし、もともと金貸しが本業の「銀行系」投資銀行であるJP Morgan、CSFB、Detsche Bankなどは、巨大なバランスシートを有するため、ローン拠出の際により多くのリスクを取ることが出来ます。その結果必然的に、純粋な投資銀行であるGoldman SachsやLehman Brothersより、アグレッシブなレバレッジを提案できるようになります。
こうして2000年代前半には、「これからは銀行系の時代だ」と言われるようになったわけです。
しかし、LBOファイナンシングで過剰なリスクを取ることは、投資銀行サイドは儲かるかもしれませんが、ローンのデフォルトで会社全体としては損失を被る可能性があります。言い換えれば、同じグループ会社内でも、投資銀行サイドはよりアグレッシブなレバレッジを好み、商業銀行サイドは保守的なレバレッジを好むと言う、社内矛盾が発生することになります。
以前に私が働いていた某銀行系証券のクレジットオフィサーが、「貸出で損をしようがLBOファイナンシングのディールさえ取れればいい、と言うインベストメントバンカーからの圧力で、会社はアグレッシブなレバレッジを認めることを強いられる。これじゃまるで会社の株主の富がバンカーのボーナスに配分されていく、社会主義だよ」と言っていたのが印象的でした。
DLJの話
余談ですが、その銀行系証券の、米州投資銀行のヘッドをしていたのは、「Donaldson, Lufkin & Jenrette(DLJ)」出身の人間でした。
DLJは、投資銀行の内情を暴露した著書、“Monkey Business(「投資銀行残酷日記」)”の舞台になった会社で、レバレッジド・ファイナンスに大変な強みを持ち、同時にアグレッシブなコーポレートカルチャーで有名でした。そのDLJで、それこそレバレッジド・ファイナンスのヘッドをしていた「超攻撃的」な投資銀行ヘッドと、商業銀行サイドの「超保守的」クレジットオフィサーの「対決」は、興味深いものでした。
レバレッジド・ファイナンスに使われるハイイールド債(非投資適格債)は、かつては「ジャンクボンド」、つまり「くず」債券と呼ばれていましたが、元々は80年代に、今はなき投資銀行「Drexel Burnham Lambert」の大物「マイケル・ミルケン」が発明したものと言われています。ミルケンは、絶頂期には年間で500億円以上と言う記録的利益をあげたといわれていますが、後にインサイダー取引疑惑で逮捕され、それを引き金に1990年にDrexelは破綻してしまいます。その際に、DLJがDrexelのジャンクボンドチームの大半を引き継いだと言われており、その後DLJが、Drexelに変わって「ジャンクボンドの帝王」の座に就いたと言うわけです。
(例の銀行系投資銀行のヘッドも、ミルケンが在籍したDrexelのビバリーヒルズ支店出身で、ロサンゼルス・カントリークラブを見下ろし遠くにサンタモニカの海岸を望むオフィスで、「俺はビジネスのやり方をミルケンから習った」と豪語していました。)
そのDLJも、2000年に保守的な投資銀行Credit Swiss First Boston(CSFB)に買収されてしまったため、そのカルチャーの変化を嫌って、DLJバンカーの大半は方方に散りました。それでもDLJ出身者は、独特のカルチャーとプライドを今でも維持しています。
うちの会社にも何人かのDLJ出身者がいるのですが、その一人のデスクには、こんなステッカーが貼ってあります。
"Junk Bond Keeps America Fit"
米国のLBOの際の典型的な資本構成(Capital Structure)は、簡単に言うと
レバレッジドローン (優先的に返済されていく) →レバレッジ2.5倍
ハイイールド債 (通常7年満期で早期償還なし) →レバレッジ6.5倍
メザニンデット (株式転換権付のデット) →レバレッジ7.0倍
エクイティ (経営陣やPEファンドが拠出) →バリュエーション8.0倍
といった感じなのですが、ハイイールド債やメザニンデットの投資家は、キャピタルストラクチャーの中でジュニア(劣後)部分を保有することになるため、投資銀行が勧めるレバレッジが高ければ高いほど、大きなリスクにさらされることになります。
前回書いた通り、投資銀行としては、出来るだけ高いレバレッジを実現した方がPEファンドを喜ばせることが出来るため、アグレッシブな提案をしがちです。よってこういったデットの投資家は「おたくら、まさか仕事を取るために、レバレッジ7倍まで大丈夫とか強気な事言ってるんじゃないだろうな」と突っ込みを入れてきます。そして、「そこまでこのキャピタルストラクチャーに自信あるなら、せめてシニア部分(ローン部分)は自己資本を提供してリスクを共有しろよ」と要求して来ます。つまり投資銀行は、ハイイールド債の引受をするのみならず、ローン部分では一部自から金を貸し付ける(キャピタルをコミットする)ことを余儀なくされるわけです。
おかげで投資銀行は、自らのリスクを下げるためにも過剰にアグレッシブなレバレッジをLBOファンドに提案することが困難になり、ギリギリのレバレッジ水準が探られることになります。
ただし、もともと金貸しが本業の「銀行系」投資銀行であるJP Morgan、CSFB、Detsche Bankなどは、巨大なバランスシートを有するため、ローン拠出の際により多くのリスクを取ることが出来ます。その結果必然的に、純粋な投資銀行であるGoldman SachsやLehman Brothersより、アグレッシブなレバレッジを提案できるようになります。
こうして2000年代前半には、「これからは銀行系の時代だ」と言われるようになったわけです。
しかし、LBOファイナンシングで過剰なリスクを取ることは、投資銀行サイドは儲かるかもしれませんが、ローンのデフォルトで会社全体としては損失を被る可能性があります。言い換えれば、同じグループ会社内でも、投資銀行サイドはよりアグレッシブなレバレッジを好み、商業銀行サイドは保守的なレバレッジを好むと言う、社内矛盾が発生することになります。
以前に私が働いていた某銀行系証券のクレジットオフィサーが、「貸出で損をしようがLBOファイナンシングのディールさえ取れればいい、と言うインベストメントバンカーからの圧力で、会社はアグレッシブなレバレッジを認めることを強いられる。これじゃまるで会社の株主の富がバンカーのボーナスに配分されていく、社会主義だよ」と言っていたのが印象的でした。
DLJの話
余談ですが、その銀行系証券の、米州投資銀行のヘッドをしていたのは、「Donaldson, Lufkin & Jenrette(DLJ)」出身の人間でした。
DLJは、投資銀行の内情を暴露した著書、“Monkey Business(「投資銀行残酷日記」)”の舞台になった会社で、レバレッジド・ファイナンスに大変な強みを持ち、同時にアグレッシブなコーポレートカルチャーで有名でした。そのDLJで、それこそレバレッジド・ファイナンスのヘッドをしていた「超攻撃的」な投資銀行ヘッドと、商業銀行サイドの「超保守的」クレジットオフィサーの「対決」は、興味深いものでした。
レバレッジド・ファイナンスに使われるハイイールド債(非投資適格債)は、かつては「ジャンクボンド」、つまり「くず」債券と呼ばれていましたが、元々は80年代に、今はなき投資銀行「Drexel Burnham Lambert」の大物「マイケル・ミルケン」が発明したものと言われています。ミルケンは、絶頂期には年間で500億円以上と言う記録的利益をあげたといわれていますが、後にインサイダー取引疑惑で逮捕され、それを引き金に1990年にDrexelは破綻してしまいます。その際に、DLJがDrexelのジャンクボンドチームの大半を引き継いだと言われており、その後DLJが、Drexelに変わって「ジャンクボンドの帝王」の座に就いたと言うわけです。(例の銀行系投資銀行のヘッドも、ミルケンが在籍したDrexelのビバリーヒルズ支店出身で、ロサンゼルス・カントリークラブを見下ろし遠くにサンタモニカの海岸を望むオフィスで、「俺はビジネスのやり方をミルケンから習った」と豪語していました。)
そのDLJも、2000年に保守的な投資銀行Credit Swiss First Boston(CSFB)に買収されてしまったため、そのカルチャーの変化を嫌って、DLJバンカーの大半は方方に散りました。それでもDLJ出身者は、独特のカルチャーとプライドを今でも維持しています。
うちの会社にも何人かのDLJ出身者がいるのですが、その一人のデスクには、こんなステッカーが貼ってあります。
"Junk Bond Keeps America Fit"
by harry_g
| 2005-10-12 14:37
| LBO・プライベートエクイティ


