三極化した世界 |
ニューヨークは、そうしたグローバル・ロードショーの最終目的地となる事が多いようで、「過去2週間ほどでアジアとヨーロッパを回って来たが、各地域の投資家の興味関心や、支配的な考え方は、こんな感じである。それに対して自分達はこう思う、云々・・・」と言った切り口で、話が進められることが多いように思います。そうした話を聞くことは、世界のマネーの関心がどこにあるかを大まかに把握するのに有用です。
具体的プレゼン内容は、昨年2009年末は、「今年はリーマン危機からのリバウンドの年であり、その回復力の強さは、中国など途上国を牽引力として、予想を大きく上回った。ヨーロッパ中央銀行の金融緩和の遅れは懸念されたが、幸い欧州経済のダブル・ディップ(二重下落)には繋がらなかった。2010年の最大の懸案事項は、引続き弱いアメリカ経済が、ダブル・ディップを経験するかであるが、見通しは悪くない」と言ったものであったと記憶しています。
それに対して今年2010年は、「5月にギリシャで発生したヨーロッパの財政・通貨危機の火は、今でも燻り続けているが、財政再建が進むユーロ圏の見通しについては、基本的には楽観している。アメリカでは、FRBが行った量的緩和の効果が待たれるが、2011年には景気回復の兆しが見えるようになるだろう。しかし先進国の金融緩和は、中国などの途上国をインフレ圧力で苦しめており、来年はそのリスクが深刻化しないかが注目される」と言った話が、中心であったように思います。
アメリカ合衆国は、人口約3億人の巨大経済圏ですが、ユーロ圏の人口は今やそれを上回る規模であり、まさに「世界の二大経済圏」と言った様相です。また、今や途上国の中心的存在とも言える中国も、国民一人当たりの経済規模はまだ低いですが、国全体のGDPでは2010年に日本を抜いて世界第二位になることが確実視される上、その成長力は先進二地域を大きく上回っていることから、世界経済に占める地位と存在感は極めて大きくなっています。
世界の投資家の関心
そんなわけで2010年から2011年にかけての世界の投資家の関心は、世界の三大経済圏である米欧中についてのものが、大半を占めているようです。具体的には、「量的緩和によってアメリカ経済は本当に回復するのか」、「その場合はアメリカが急速にインフレになるリスクはあるか」、「ユーロの共通通貨体制は本当に守られるのか」、「緊縮財政でユーロ圏の経済はダブル・ディップにならないか」、「中国はインフレや不動産バブルの進展を抑えられるか」、などです。
この世界の関心のトレンドは、12月11日のEconomistのカバーストーリーにも如実にに表れていました。「Three-way split(三方向に分離)」というこの記事のサブタイトルは、「アメリカ、ユーロゾーン、途上国地域は、それぞれ違う方向に向かって進んでいる」というもので、記事の結論は、その三地域の動向が世界経済全体の方向性を決定付ける、と言ったものです。
内容は証券会社のエコノミストたちが年末のグローバル・ロードショーでやっているのと同じような話であり、要は2010年の総括と、2011年の見通しです。内容を簡単にまとめて書くと、以下のようなものです。
「2010年は、思ったよりも悪い年にならなかった。ユーロ通貨の混乱はあったものの、ドイツが頑張ってユーロゾーンの経済成長を支え、アメリカ経済もダブル・ディップに落ち込まず、中国やブラジルと言った途上国は、引続き世界経済を牽引した。」
「2011年も、経済回復トレンドが続くと投資家は考えているようで、MSCI(訳注:世界の株式市場の動向を代表する株価指数)は、7月前半から20%も上昇している。しかし、世界経済が本当に安泰であるかは、アメリカ、ユーロゾーン、大型途上国の、三地域の経済がどうなるかに懸かっている。(日本も経済大国ではあるが、驚くような変化が起こる可能性は低い。)」
アメリカは、中間選挙で予想通りの大敗を喫したオバマ民主党政権は、早速、共和党との妥協点を探るべく中道方向に政策の舵を切っており、ブッシュ減税の延長に合意するなど、具体的なアクションをとっています。しかし、量的緩和と言った金融政策が、バランスシート不況下では景気刺激策として限界があることは、FRBのBernanke議長本人も認めるところであり、欧州のような緊縮財政を共和党右派が主張するようだと、景気回復に水をさす恐れがないとは言えない気がします。
欧州地域(ユーロゾーン)は、その通貨統合が、半世紀をかけて実現した壮大なプロジェクトであることを理解すれば、一部の国家が財政危機に陥ったくらいで、ドイツとフランスが簡単にユーロを諦める可能性は、極めて低い気がします。と同時に、金融政策を統合しながら財政政策が各国の裁量に任されていた状況の大幅改革は必須であり、ユーロ安に支えられているドイツの、一層のリーダーシップとバランス感覚が、期待されるところです。
中国は、体制護持が最大の政策目標であり、その為には高い経済成長の継続と社会不安の抑制が必須であることから、2011年も、取り得る限りの政策手段を用いて、8-9%程度の実質GDP成長と、社会保障の充実、物価安定、資産バブルの抑制などに、取り組むものと思われます。半ば相反する経済目標に加えて、高まる世界からの様々な要求にも対峙する必要があり、難しい政策運営が求められそうですが、今や世界経済のドライバーとなっている中国には、上手な舵取りを強く期待したいところです。
日本に対する関心
日本は世界で三番目という経済規模を誇ってはいるものの、過去20年間に渡って経済の停滞が続いている上、それにも拘らず社会変革が非常に緩慢であることから、世界の投資家の間で話題に上ることは、ほとんど無くなっている、と言える気がします。
例えば2009年末に、とある大手投資銀行のアジア太平洋地域のエコノミストとストラテジストが、20社程度の機関投資家を集めて行ったプレゼンテーションに参加したところ、最後に「あと1分だけ時間があるんだが、まだ話してなかった日本について、質問のある人はいるかい?誰もいないだろうな!」(一同笑)と言った感じでした。
当時の関心レベルの低さから比べると、2010年はさすがに若干改善したように思いますが、私が出たプレゼンテーションで日本が話題に上ったのは、「2011年にアメリカ経済が回復するとすると、そのメリットを大きく受ける地域の筆頭に、日本がある」という話だけでした。またギリシャ危機が発生した年前半には、「日本国債(JGB)はいつ破綻するのか」といった話題が、グローバルマクロの投資家の関心を集めていたようでした。
足元では政治が相変わらず方向性を欠いており、国家の成長ビジョンと言ったものも、まだ見えない状況です。経済界も、企業の大幅なコストダウンによって、相当の筋肉体質になってはいるものの、グローバル化した経済の中で、米・欧・韓・台などのライバル企業と全面的に戦っていけるような体制には、完全になっていないように思います。
日本経済は、グローバル経済のサイクルに大きな影響を受け、アメリカ経済が回復する(ドル高円安になる)と、株式市場も含めて、短期的には大幅に状況が改善します。そのことは、1990年からの日経平均株価指数の動きを見てみても、明らかだと言える気がします。
この事の問題は、経済問題が全般的に「外部依存」になることです。2008年のような経済危機に際しては、有無を言わさぬ必死のリストラ努力を見せる企業も、少し業績がよくなったり、為替市場や外需回復と言った追い風が吹いたりすると、とたんに改革を手を緩めてしまう傾向が見てとれる気がします。
そうこうしているうちに、外国企業は長期視点に立って力をつけ、また国内の状況は悪化の一途を辿っています。特に高齢化は深刻で、10年前に4人で1人の高齢者を支えていたのが、早や10年後の2020年までには、2人で1人を支えなければいけない状況になると言わるほどです。また財政悪化が、グローバルマクロの投資家に「日本国債暴落」の賭けをさせるほどに進展していることも鑑みると、単年度の景気の浮き沈みとは無関係の長期的視点での構造改革の断行が、強く期待されるところです。
必要なのは「個々人の力」?
そうした構造改革に、政財界による力強いリーダーシップが欠かせないことは、言うまでもありません。しかし、日本経済全体が外国経済の動向に振り回されていることが問題であるように、国民までもが「他力本願」であっては、物事の改善を期待するのは困難である気がします。そう考えると、今、真に必要とされているのは「個々人の力」の積み上げなのかもしれませんが、そんなことを考えていたら、投資銀行時代來の長年の友人が、タイムリーに元気を与えてくれるような書籍を出版したので、ご紹介したいと思います。
タイトルは『絶対ブレない「軸」のつくり方』(ダイヤモンド社)で、幼少の頃から「メジャーリーグ球団のオーナーになる」という壮大な夢を持つ彼が、どうやって金融業界という畑違いの世界から、楽天イーグルスの創業メンバーに加わることが出来たか、と言うエピソードから始まります。そして、人生の要所要所での著者の頭の中や具体的行動内容を紹介する形で、話は展開していきます。
著者の思考方法や行動規範が具体的にまとめられていて、何かに挑戦しようと思っている人や、夢を実現させたいと密かに思っている人、また、何かに挑戦することを恐れている人や、何かに失敗して落胆している人などに対して、かなり具体的な心と行動の指針を提案していて、純粋な読み物としても、とても興味深い内容です。
現代の日本社会は、英Economistもいつか指摘していたように、「草食系」と言われる人間が増えていたり、日経新聞電子版でも、「出世は望まない」「現状維持を善しとする」「留学者数が減少している」など、若者世代に蔓延する後ろ向きの風潮について警鐘をならす記事を、数多く見かけます。
しかし、高齢化や財政悪化、国際地位の低下と言った目の前の問題に立ち向かいながら、経済を再活性化させ、国民生活を継続的に向上させて、最終的に社会・文化の発展を実現していくためには、個々人がそうした意識を持ち、それぞれの得意分野において最大限の努力をし、それが社会全体にポジティブなフィードバックを与える状況を作りだすことが、必要であるのかもしれません。
2010年は、21世紀の最初の10年の、締めくくりの年でした。次の10年が、日本にとって「復活の10年」となることを、海の向こうから期待したいと思います。
『絶対ブレない「軸」のつくり方』
南壮一郎著(ダイヤモンド社)