2010年 11月 26日
「ファイナンシャル・ステロイド」? |
2009年11月に「歴史的『インサイダー取引』事件」というエントリーを書きました。3500億円の資金を運用する大手ヘッジファンドGalleonの創業者を始めとして、IBMやIntelと言った実業界の幹部や、大手コンサルティング会社McKinseyのディレクターなどまでが逮捕されると言う事件は、文字通りウォールストリートを震撼させました。
それから約1年が経ち、80年代のインサイダー事件を模して大ヒットした映画「Wall Street」の続編「Wall Street - Money Never Sleeps」は、インサイダー取引を行うGekko氏ではなく、リーマン危機後に批判の矢面に立たされたGoldman Sachsと思われる投資銀行を新たな悪役とした映画として、公開されました。
(映画の中では、Goldmanの新本社ビルや、Madoff氏がオフィスを構えていたビルなどが、さりげなく、しかし頻繁に映し出されています。)
しかし、現実の2010年の世界では、米国証券取引委員会(SEC)は、2008年から3年がかりで進めて来たというインサイダー取引捜査を、再び加速させているようです。
11月の中ごろ、創業以来優れたリターンを出し続けて来た事で知られ、トレーディング系株式ヘッジファンド最大手と言えるSAC Capitalの出身者が設立したヘッジファンド二社に対し、SECがインサイダー取引関連捜査をしている、という報道がなされました。
実際には、「インサイダー取引捜査に関連して、広く情報提供を求めた」というのが正しかったのですが、それから数日を待たずに、著名ヘッジファンドマネージャーSteven A. Cohen氏率いるSAC Capital自体や、投資信託運用会社大手でコロラド州に本拠を置くJanus、更にはボストンのWellingtonなどにも、SECから情報提供の要請があったことが伝わり、ウォールストリートに衝撃が走りました。
と言うのは、ヘッジファンドは何かと誤解を受けやすく、投資銀行と並んで、批判や捜査のターゲットになりやすい存在ですが、伝統的な投信会社まで捜査の手が及んでいるところに、SECの本気度が見て取れたからかもしれません。バイサイドの知り合いは、「(以前にも問題を起こしたことのある)Janusはまだしも、保守的で知られるWellingtonまで?」と驚きの声を上げていました。
11月17日には、運用会社のアナリストと、実業界の様々なレベルの人たちとの情報交換を手助けする、シリコンバレーに本拠を置くコンサルティング会社Primary Global Research社の幹部、Don Chu氏が、あるヘッジファンドに対してIT業界に関する不当な情報提供を行ったという理由で、逮捕されるに至りました。
情報の提供を受けた人物は、昨年10月のGalleonに絡むインサイダー事件で、有罪判決を受けた一人であり、現在では連邦政府の捜査に協力していると、Bloombergの11月24日の記事「Arrest in Insider Trading Inquiry(インサイダー取引捜査で逮捕者)」に書いてありました。
その人物は以前にSAC Capitalで勤務しており、その後に、SAC出身者が設立した別のヘッジファンドでの勤務経験もあるそうで、こうしたことがSACと関連ヘッジファンドへの情報提供要求に、繋がったのかもしれません。現時点ではSACやその他の情報提供を求められたファンドに対しては、何の追求も行われていないと、上記記事には書いてありました。
インサイダー取引とは、企業の発行する株式や債券を、公になっていない「重要な内部情報(Material Non-public Information)」を知り得た者が、売買することを言います。昨年10月に創業者逮捕にまで至ったGalleonのケースでは、SECは「情報のためにお金を払うという行為は、業界の慣行になっていた」と厳しく批判しており、昨今の運用会社やコンサルティング会社への調査は、まさにそうした流れの延長にある、と言える気がします。
11月27日号のEconomistは、「Outside the law(法律の外側で)」という記事の中で、インサイダー取引の根絶を目指すニューヨーク地区連邦検事のPreet Bharara氏が、確実な儲けをもたらすインサイダー取引は「performance enhancing drug(筋肉増強剤)」のようであり、「financial steroids(金融界のステロイド)」を使っていることが判明した運用会社は追及されるであろうと述べた、と書いていました。
ヘッジファンド業界への冷や水
2008年のリーマン危機の後に、大きな資金流出を被ったヘッジファンド業界は、まだその深い穴から完全に脱出したとは言えない状況にあります。2009年は、業界への資金の純流入の観点から見ると、昨今では最悪の年となりました。
2010年は、4月ごろまでは、株式市場の回復とアメリカの景気回復期待によって、2009年より遥かによい雰囲気が漂っていました。Pension & Investments誌の記事も、「2009年は業界にとって最悪の年であったが、2010年は最高の年の一つになるかもしれない」と書き出しで述べています。
しかし、5月に欧州でギリシャ危機が発生し、また米国で主要株式指標が、システムエラーによって一時的とは言え暴落する事態を受けて、リスク資産への投資意欲は、大幅に減退してしまったように感じます。夏にかけては市場は軟調に推移し、アメリカの景気回復期待も徐々に減退して、11月の中間選挙において政権政党である米民主党の大敗が予想されるようになると、不確実性の高まりと共に、市場の冷え込みは加速しました。
2010年9月末時点の段階で、業界に投資された資金の9割以上が、$3bn(約2500億円)以上を運用する大手ヘッジファンドに集中していたとされ、投資家がリスク回避的になっている実態を、強く物語っています。
年央ごろから、Goldman SachsやJP Morganに代表される大手投資銀行が、社内ヘッジファンドとも言えるプロップデスク(自己売買部門)を解体し、人材が社外に流出するというニュースが流れると、新規ファンド設立期待で、にわかに業界は活気付きました。しかし、今回インサイダー疑惑で情報提供を求められたヘッジファンドが全て、プロップデスクが得意とするトレーディング戦略を用いているファンドであることが、業界にとって大きな冷や水になることは、間違いない気がします。
どこまで取り締まるか
米SECは、Bernie Madoff氏による空前の詐欺事件が発覚した2008年から、監督体制を大幅に強化していると言われます。また、今年成立した金融業界改革法には、今までブラックボックスと批判されることの多かったヘッジファンドの内情を透明化するために、$150m(約120億円)以上を運用するヘッジファンドに対して、SECへの登録を義務付けることになっています。$150mの運用額は業界では小規模と言えるので、要求の厳しさが見てとれます。
しかし、前述のEconomistの記事は、運用会社によっては取引の数が膨大で、かつスピードも極めて速いことから、どの取引がインサイダー取引に当たるかを証明するのは簡単なことではない、と指摘しています。また、上でも書きましたが、まじめな投資調査によって集めた情報の、どこまでを「重要な非公開情報」と看做すかについても、曖昧さが残ります。
計画されているM&Aや資金調達についての情報であれば、間違いなく「重要な・・・」に当たるでしょうから、Galleonのように、そうしたイベントに関する情報を取引のネタとする、リスクアービトラージ戦略のヘッジファンドが、インサイダー取引調査の対象になりやすいのは、理解できる気がします。
しかし、企業のファンダメンタルズについて分析した投資リサーチは、証券会社も大々的に提供していますので、その中で、商品の売れ行きや顧客数などについてのデータを載せたらどうなるのか、また、工場見学に行った結果、その会社の作業効率についての見解を述べた場合はどうかなど、グレーは部分は永遠に取り除けない気がします。
現時点では、情報提供を求められている運用会社のどこも、告発されているわけではありませんので、SECがどのような行為の摘発を行おうとしているのかは、今後徐々に、明らかにされていくことと思います。不法行為が厳しく取り締まられるべきであるのは、言うまでもありませんが、運用業界はしばらくの間、不安に満ちた時間を過ごすことになるのかもしれません。
それから約1年が経ち、80年代のインサイダー事件を模して大ヒットした映画「Wall Street」の続編「Wall Street - Money Never Sleeps」は、インサイダー取引を行うGekko氏ではなく、リーマン危機後に批判の矢面に立たされたGoldman Sachsと思われる投資銀行を新たな悪役とした映画として、公開されました。
(映画の中では、Goldmanの新本社ビルや、Madoff氏がオフィスを構えていたビルなどが、さりげなく、しかし頻繁に映し出されています。)
しかし、現実の2010年の世界では、米国証券取引委員会(SEC)は、2008年から3年がかりで進めて来たというインサイダー取引捜査を、再び加速させているようです。
11月の中ごろ、創業以来優れたリターンを出し続けて来た事で知られ、トレーディング系株式ヘッジファンド最大手と言えるSAC Capitalの出身者が設立したヘッジファンド二社に対し、SECがインサイダー取引関連捜査をしている、という報道がなされました。
実際には、「インサイダー取引捜査に関連して、広く情報提供を求めた」というのが正しかったのですが、それから数日を待たずに、著名ヘッジファンドマネージャーSteven A. Cohen氏率いるSAC Capital自体や、投資信託運用会社大手でコロラド州に本拠を置くJanus、更にはボストンのWellingtonなどにも、SECから情報提供の要請があったことが伝わり、ウォールストリートに衝撃が走りました。
と言うのは、ヘッジファンドは何かと誤解を受けやすく、投資銀行と並んで、批判や捜査のターゲットになりやすい存在ですが、伝統的な投信会社まで捜査の手が及んでいるところに、SECの本気度が見て取れたからかもしれません。バイサイドの知り合いは、「(以前にも問題を起こしたことのある)Janusはまだしも、保守的で知られるWellingtonまで?」と驚きの声を上げていました。
11月17日には、運用会社のアナリストと、実業界の様々なレベルの人たちとの情報交換を手助けする、シリコンバレーに本拠を置くコンサルティング会社Primary Global Research社の幹部、Don Chu氏が、あるヘッジファンドに対してIT業界に関する不当な情報提供を行ったという理由で、逮捕されるに至りました。
情報の提供を受けた人物は、昨年10月のGalleonに絡むインサイダー事件で、有罪判決を受けた一人であり、現在では連邦政府の捜査に協力していると、Bloombergの11月24日の記事「Arrest in Insider Trading Inquiry(インサイダー取引捜査で逮捕者)」に書いてありました。
その人物は以前にSAC Capitalで勤務しており、その後に、SAC出身者が設立した別のヘッジファンドでの勤務経験もあるそうで、こうしたことがSACと関連ヘッジファンドへの情報提供要求に、繋がったのかもしれません。現時点ではSACやその他の情報提供を求められたファンドに対しては、何の追求も行われていないと、上記記事には書いてありました。
インサイダー取引とは、企業の発行する株式や債券を、公になっていない「重要な内部情報(Material Non-public Information)」を知り得た者が、売買することを言います。昨年10月に創業者逮捕にまで至ったGalleonのケースでは、SECは「情報のためにお金を払うという行為は、業界の慣行になっていた」と厳しく批判しており、昨今の運用会社やコンサルティング会社への調査は、まさにそうした流れの延長にある、と言える気がします。
11月27日号のEconomistは、「Outside the law(法律の外側で)」という記事の中で、インサイダー取引の根絶を目指すニューヨーク地区連邦検事のPreet Bharara氏が、確実な儲けをもたらすインサイダー取引は「performance enhancing drug(筋肉増強剤)」のようであり、「financial steroids(金融界のステロイド)」を使っていることが判明した運用会社は追及されるであろうと述べた、と書いていました。
ヘッジファンド業界への冷や水
2008年のリーマン危機の後に、大きな資金流出を被ったヘッジファンド業界は、まだその深い穴から完全に脱出したとは言えない状況にあります。2009年は、業界への資金の純流入の観点から見ると、昨今では最悪の年となりました。
2010年は、4月ごろまでは、株式市場の回復とアメリカの景気回復期待によって、2009年より遥かによい雰囲気が漂っていました。Pension & Investments誌の記事も、「2009年は業界にとって最悪の年であったが、2010年は最高の年の一つになるかもしれない」と書き出しで述べています。
しかし、5月に欧州でギリシャ危機が発生し、また米国で主要株式指標が、システムエラーによって一時的とは言え暴落する事態を受けて、リスク資産への投資意欲は、大幅に減退してしまったように感じます。夏にかけては市場は軟調に推移し、アメリカの景気回復期待も徐々に減退して、11月の中間選挙において政権政党である米民主党の大敗が予想されるようになると、不確実性の高まりと共に、市場の冷え込みは加速しました。
2010年9月末時点の段階で、業界に投資された資金の9割以上が、$3bn(約2500億円)以上を運用する大手ヘッジファンドに集中していたとされ、投資家がリスク回避的になっている実態を、強く物語っています。
年央ごろから、Goldman SachsやJP Morganに代表される大手投資銀行が、社内ヘッジファンドとも言えるプロップデスク(自己売買部門)を解体し、人材が社外に流出するというニュースが流れると、新規ファンド設立期待で、にわかに業界は活気付きました。しかし、今回インサイダー疑惑で情報提供を求められたヘッジファンドが全て、プロップデスクが得意とするトレーディング戦略を用いているファンドであることが、業界にとって大きな冷や水になることは、間違いない気がします。
どこまで取り締まるか
米SECは、Bernie Madoff氏による空前の詐欺事件が発覚した2008年から、監督体制を大幅に強化していると言われます。また、今年成立した金融業界改革法には、今までブラックボックスと批判されることの多かったヘッジファンドの内情を透明化するために、$150m(約120億円)以上を運用するヘッジファンドに対して、SECへの登録を義務付けることになっています。$150mの運用額は業界では小規模と言えるので、要求の厳しさが見てとれます。
しかし、前述のEconomistの記事は、運用会社によっては取引の数が膨大で、かつスピードも極めて速いことから、どの取引がインサイダー取引に当たるかを証明するのは簡単なことではない、と指摘しています。また、上でも書きましたが、まじめな投資調査によって集めた情報の、どこまでを「重要な非公開情報」と看做すかについても、曖昧さが残ります。
計画されているM&Aや資金調達についての情報であれば、間違いなく「重要な・・・」に当たるでしょうから、Galleonのように、そうしたイベントに関する情報を取引のネタとする、リスクアービトラージ戦略のヘッジファンドが、インサイダー取引調査の対象になりやすいのは、理解できる気がします。
しかし、企業のファンダメンタルズについて分析した投資リサーチは、証券会社も大々的に提供していますので、その中で、商品の売れ行きや顧客数などについてのデータを載せたらどうなるのか、また、工場見学に行った結果、その会社の作業効率についての見解を述べた場合はどうかなど、グレーは部分は永遠に取り除けない気がします。
現時点では、情報提供を求められている運用会社のどこも、告発されているわけではありませんので、SECがどのような行為の摘発を行おうとしているのかは、今後徐々に、明らかにされていくことと思います。不法行為が厳しく取り締まられるべきであるのは、言うまでもありませんが、運用業界はしばらくの間、不安に満ちた時間を過ごすことになるのかもしれません。
by harry_g
| 2010-11-26 12:49
| ヘッジファンド・株式投資