2010年 03月 31日
「Volcker Rule」の行方 |
大手銀行に自己ポジションのトレーディング業務やヘッジファンド・PEファンドのスポンサーをすることを禁じる「Volcker Rule」について、二ヶ月ほどまえにいくつかのエントリーを書きました。
このルールは、額面どおりに実現すれば、大恐慌後に証券と銀行を分離し、当時金融財閥として君臨していたJP Morganから証券部門のMorgan Stanleyをスピンオフさせた、かの有名な「グラス・スティーガル法」に並ぶか、それ以上のインパクトがあるとして、ウォールストリートでは色々な方面から、注目が集まっています。
法案の対象になる大手銀行の中には、元大手証券のGoldman SachsやMorgan Stanleyも含まれており、これら企業にとって自己トレーディングは、きわめて重要な収益源です。仮に銀行業務を営むことで、それらの業務が出来ないとなれば、これらの会社は銀行である立場を捨てるなどの行動に、出るかもしれません。(政府が許すか分かりませんが。)
また、大手証券のMerrill Lynchを救済合併したBofAや、元々ホールセールに強く、2007年にBear Stearnsを救済買収したJP Morgan、2008年に破綻したLehman Brothersの米国部門を吸収した英銀Barclaysなども、証券部門の稼ぎ頭である自己トレーディングが出来なくなるのは、大きな痛手になることが想像され、ウォールストリートは同法案には強く反対しています。
バイサイドであるヘッジファンドやPE業界では、投資銀行や大手銀行が、巨大なバランスシートや情報収集力を利用して、自分たちの競合として君臨することを、喜ばしく思っていない人が沢山います。特に自己トレーディングについては、顧客の売買情報が少しでも見えれば大きな利点となり得るため、証券会社の自己トレーディング部門に対しては、厳しい見方をする人も、かなりいるように思います。
そんな理由からかバイサイドには、Volcker Ruleを「当然だ」として支持している人も、かなりいるように見受けられます。しかしHFやPE業界の最大手の一角であるJP MorganやGoldmanが、自らの自己投資部門を分離したり、そこから多くの人が独立したりすることになれば、2008年のダメージから復活しきれておらず、資金調達が必要な独立系のファンドにとっては、投資家確保で熾烈な競争が発生することが予想され、必ずしも喜ばしい状況とは言えない気がします。
果敢にリスクを取る投資家であるHFやPEファンドのマネージャーは、自らに自信があって強気発言をしているのかもしれませんが、実際「Volcker Rule」が額面通り法律となった場合、オルタナティブ投資業界に与えるインパクトは、小さくない気がします。
そんな法案について、最近いくつかの記事が目に留まったので、取り上げてみたいと思います。
まずはじめに、同法案を提案した元FRB総裁のPaul Volcker氏本人は、同法案の成立を楽観視しているようで、3月30日のBloombergには、「Volcker “Optimistic” on Passage of Regulatory Overhaul Bill(Volcker氏、金融規制改革法案の通過を『楽観視』)」という記事が載っていました。
それによると同氏は、ホワイトハウスが、消費者を保護する機関の設置、ヘッジファンドやデリバティブの監視強化、大手金融機関が破綻した際にスムーズに解体するプロセスの準備、連銀(Fed)が必要に応じて金融機関を解体する権利を有すること、そして銀行による自己トレーディングの禁止という骨子の法案の実現を、「1ヶ月前よりも楽観視」しているそうです。
ただウォールストリートに与えるインパクトが尋常ではなくなる可能性がある法案だけに、アメリカの上下院がすんなり法案をまとめられるかは、不透明である気がします。JP Morganなどは、自社を除く大手8社が来期に被る損失を$11bn(約1兆円)と推計しており、それが本当であるならば、業界からの圧力の強さもまた、尋常ではないことが想像されます。
そんな中、3月29日にFOXBusinessが報じた「'Volcker Rule' Supporters Step Up Their Fight(Volcker Ruleの支持者、業界圧力と戦う)」によると、議会通過を待つ間に厳しい圧力団体からのプレッシャーに晒されている法案を守るために、法案支持者は発言を強めているそうです。
連邦準備制度の一部であるカンザスシティ連銀のThomas Hoenig総裁はインタビューの中で、「リスクの高い事業は(銀行から)隔離しなければならない」と主張し、「自己ポジションのトレーダーが銀行の内部に隠れ、100億円のボーナスを受け取りながら、この国の支払いシステムを危険に晒しているような状況には、終止符を打たなければならない」として、自己トレーディングについて「銀行や従業員はアップサイドだけを享受して、ダウンサイドは納税者に押し付けている」と厳しく批判したそうです。
法案は上院で4月中旬にも審議される予定だそうですが、最近ワシントンの議員の間では、法案のコンセプトには同意するが、規制を実行するのはきわめて複雑かつ困難だと、文言のトーンダウンを求める傾向があるそうです。それに対してHoenig氏のようなサポーターは、そのような傾向は業界団体に付け入る隙を与え、納税者をリスクに晒すだけだと厳しく指摘しているそうです。
と同時にFOXの記事では、「Volcker Rule」は単に銀行にとって重要な収益源を失う恐れがあるというだけではなく、そもそも金融危機を引き起こしたのは住宅ローン証券に対する投資の失敗であって、自己トレーディングは関係ない、という意見が強くあることも、取り上げられていました。
それどころか、Goldman Sachsが2008年の損失を抑制できた理由は、同社の自己トレーディング部門が、住宅ローン証券の空売りをしていた為だという記事が、当時WSJか何かに載っていた気がします。(確か「Goldmanを救った男たち」とかいうタイトルだったと思うのですが、そこで名前が挙がっていた一人が、私が業界に入った際の、同じ部署の同期であったのには驚きました。)
ウォールストリートの大物CEOで、元豪腕債券トレーダーとして鳴らしたことで知られる、Morgan StanleyのJohn Mack氏も、FOXのインタビューに対して「リスクマネジメントは、それぞれの事業に対して、適切な資本を積むことで対処されるべきだ」と述べ、「自己トレーディングのようにリスクが高いと思われる事業には、それだけの資本を用いればよい」と、「Volcker Rule」に反対しているそうです。
しかしカンザス連銀のHoenig氏は、Mack氏が主張するように、自己トレーディング部門を別会社に分離して、少々多めに資本を積んだところで、結局大手金融機関が背後にいる限りは、破綻すれば政府が親会社を救済するだろうと思われてしまうため、法案は骨抜きになると警告しているそうです。
また、銀行と証券を分離した「グラス・スティーガル法」は、クリントン政権下の1999年に廃止され、銀行と証券の統合が一気に進んだわけですが、Hoenig氏はその結果として、「大手20社の金融機関が管理するアメリカの資金額は、35%から70%に跳ね上がった」とし、同法案の廃止は「政府が救済してくれると分かっている最大手金融機関を優遇しただけの結果に終わった」と述べているそうです。
金融業界全般へのインパクトや、規制実行の複雑さを考えると、「Volcker Rule」が額面通りに議会を通過して法律になる可能性があるのか、正直疑問です。しかしアメリカでも、金融機関はきわめて厳しい目の下に晒されていることは事実であり、世論の後押しを受ける議員としても、あからさまな業界寄りの立場は、取りにくいかもしれません。4月中には進展がありそうなので、注目しておきたいと思います。
このルールは、額面どおりに実現すれば、大恐慌後に証券と銀行を分離し、当時金融財閥として君臨していたJP Morganから証券部門のMorgan Stanleyをスピンオフさせた、かの有名な「グラス・スティーガル法」に並ぶか、それ以上のインパクトがあるとして、ウォールストリートでは色々な方面から、注目が集まっています。
法案の対象になる大手銀行の中には、元大手証券のGoldman SachsやMorgan Stanleyも含まれており、これら企業にとって自己トレーディングは、きわめて重要な収益源です。仮に銀行業務を営むことで、それらの業務が出来ないとなれば、これらの会社は銀行である立場を捨てるなどの行動に、出るかもしれません。(政府が許すか分かりませんが。)
また、大手証券のMerrill Lynchを救済合併したBofAや、元々ホールセールに強く、2007年にBear Stearnsを救済買収したJP Morgan、2008年に破綻したLehman Brothersの米国部門を吸収した英銀Barclaysなども、証券部門の稼ぎ頭である自己トレーディングが出来なくなるのは、大きな痛手になることが想像され、ウォールストリートは同法案には強く反対しています。
バイサイドであるヘッジファンドやPE業界では、投資銀行や大手銀行が、巨大なバランスシートや情報収集力を利用して、自分たちの競合として君臨することを、喜ばしく思っていない人が沢山います。特に自己トレーディングについては、顧客の売買情報が少しでも見えれば大きな利点となり得るため、証券会社の自己トレーディング部門に対しては、厳しい見方をする人も、かなりいるように思います。
そんな理由からかバイサイドには、Volcker Ruleを「当然だ」として支持している人も、かなりいるように見受けられます。しかしHFやPE業界の最大手の一角であるJP MorganやGoldmanが、自らの自己投資部門を分離したり、そこから多くの人が独立したりすることになれば、2008年のダメージから復活しきれておらず、資金調達が必要な独立系のファンドにとっては、投資家確保で熾烈な競争が発生することが予想され、必ずしも喜ばしい状況とは言えない気がします。
果敢にリスクを取る投資家であるHFやPEファンドのマネージャーは、自らに自信があって強気発言をしているのかもしれませんが、実際「Volcker Rule」が額面通り法律となった場合、オルタナティブ投資業界に与えるインパクトは、小さくない気がします。
そんな法案について、最近いくつかの記事が目に留まったので、取り上げてみたいと思います。
まずはじめに、同法案を提案した元FRB総裁のPaul Volcker氏本人は、同法案の成立を楽観視しているようで、3月30日のBloombergには、「Volcker “Optimistic” on Passage of Regulatory Overhaul Bill(Volcker氏、金融規制改革法案の通過を『楽観視』)」という記事が載っていました。
それによると同氏は、ホワイトハウスが、消費者を保護する機関の設置、ヘッジファンドやデリバティブの監視強化、大手金融機関が破綻した際にスムーズに解体するプロセスの準備、連銀(Fed)が必要に応じて金融機関を解体する権利を有すること、そして銀行による自己トレーディングの禁止という骨子の法案の実現を、「1ヶ月前よりも楽観視」しているそうです。
ただウォールストリートに与えるインパクトが尋常ではなくなる可能性がある法案だけに、アメリカの上下院がすんなり法案をまとめられるかは、不透明である気がします。JP Morganなどは、自社を除く大手8社が来期に被る損失を$11bn(約1兆円)と推計しており、それが本当であるならば、業界からの圧力の強さもまた、尋常ではないことが想像されます。
そんな中、3月29日にFOXBusinessが報じた「'Volcker Rule' Supporters Step Up Their Fight(Volcker Ruleの支持者、業界圧力と戦う)」によると、議会通過を待つ間に厳しい圧力団体からのプレッシャーに晒されている法案を守るために、法案支持者は発言を強めているそうです。
連邦準備制度の一部であるカンザスシティ連銀のThomas Hoenig総裁はインタビューの中で、「リスクの高い事業は(銀行から)隔離しなければならない」と主張し、「自己ポジションのトレーダーが銀行の内部に隠れ、100億円のボーナスを受け取りながら、この国の支払いシステムを危険に晒しているような状況には、終止符を打たなければならない」として、自己トレーディングについて「銀行や従業員はアップサイドだけを享受して、ダウンサイドは納税者に押し付けている」と厳しく批判したそうです。
法案は上院で4月中旬にも審議される予定だそうですが、最近ワシントンの議員の間では、法案のコンセプトには同意するが、規制を実行するのはきわめて複雑かつ困難だと、文言のトーンダウンを求める傾向があるそうです。それに対してHoenig氏のようなサポーターは、そのような傾向は業界団体に付け入る隙を与え、納税者をリスクに晒すだけだと厳しく指摘しているそうです。
と同時にFOXの記事では、「Volcker Rule」は単に銀行にとって重要な収益源を失う恐れがあるというだけではなく、そもそも金融危機を引き起こしたのは住宅ローン証券に対する投資の失敗であって、自己トレーディングは関係ない、という意見が強くあることも、取り上げられていました。
それどころか、Goldman Sachsが2008年の損失を抑制できた理由は、同社の自己トレーディング部門が、住宅ローン証券の空売りをしていた為だという記事が、当時WSJか何かに載っていた気がします。(確か「Goldmanを救った男たち」とかいうタイトルだったと思うのですが、そこで名前が挙がっていた一人が、私が業界に入った際の、同じ部署の同期であったのには驚きました。)
ウォールストリートの大物CEOで、元豪腕債券トレーダーとして鳴らしたことで知られる、Morgan StanleyのJohn Mack氏も、FOXのインタビューに対して「リスクマネジメントは、それぞれの事業に対して、適切な資本を積むことで対処されるべきだ」と述べ、「自己トレーディングのようにリスクが高いと思われる事業には、それだけの資本を用いればよい」と、「Volcker Rule」に反対しているそうです。
しかしカンザス連銀のHoenig氏は、Mack氏が主張するように、自己トレーディング部門を別会社に分離して、少々多めに資本を積んだところで、結局大手金融機関が背後にいる限りは、破綻すれば政府が親会社を救済するだろうと思われてしまうため、法案は骨抜きになると警告しているそうです。
また、銀行と証券を分離した「グラス・スティーガル法」は、クリントン政権下の1999年に廃止され、銀行と証券の統合が一気に進んだわけですが、Hoenig氏はその結果として、「大手20社の金融機関が管理するアメリカの資金額は、35%から70%に跳ね上がった」とし、同法案の廃止は「政府が救済してくれると分かっている最大手金融機関を優遇しただけの結果に終わった」と述べているそうです。
金融業界全般へのインパクトや、規制実行の複雑さを考えると、「Volcker Rule」が額面通りに議会を通過して法律になる可能性があるのか、正直疑問です。しかしアメリカでも、金融機関はきわめて厳しい目の下に晒されていることは事実であり、世論の後押しを受ける議員としても、あからさまな業界寄りの立場は、取りにくいかもしれません。4月中には進展がありそうなので、注目しておきたいと思います。
by harry_g
| 2010-03-31 13:28
| 投資銀行