2009年 08月 29日
ウォールストリートの報酬規制は実現するか |
金融危機を受けて高まった、大手金融機関の幹部に対する巨額報酬に対する批判を背景とした、政府による規制の必要性についての議論が、9月にアメリカで開催されるG-20において、主要な議題の一つとなる可能性が強まって来たようです。現時点で現場では、規制導入を心配する声はあまり聞かれませんが、仮に厳しい規制が実現した場合、ウォールストリートに大きな影響を与える可能性がある気がします。
8月26日のWSJ「Bonuses Become a Wedge Issue in the G-20(金融機関のボーナス規制、G-20で議論か)」によると、金融機関の報酬規制導入に積極的な欧州から、実現のためには国際協調が欠かせないと、G-20の活用を主張する意見が高まっているようです。その話が急浮上してきた裏には、8月中旬に、報酬規制の導入に最も積極的だとされていた英国のFSA(金融監督庁)が下した規制導入に対する対応が、関係しているのかもしれません。
8月11日のFT「FSA steps back from pay rules for banks(FSA金融機関の報酬規制を取り下げ)」によると、FSAは、イギリスの金融業界の国際競争力が失われることを懸念して、報酬規制の導入に躊躇する態度を見せているようです。

英国は早くから国際金融センターを目指し、「ウィンブルドン現象」(場所は英国だがプレイヤーは外国人ばかり)という言葉まで生み出していましたが、足元では高額所得者の増税を検討したり、外国人に課税したりすることで、その地位の維持継続を危ぶむ声もあります。
8月25日のBloombergの記事「Elle Macpherson Can’t Counter London Gloom as Americans Flee(邦題:止まらないロンドン脱出の米国人の波-税率引き上げと手当減額を嫌気)」では、イギリスが年収15万ポンド(約2300万円)超の個人に50%の税率を適用することを検討していることや、在英期間が7年を超えた外国人に、海外所得に対する課税免除の特別措置を維持する対価として、年3万ポンド(約450万円)の支払いを求めたことなどにより、アメリカ人の帰国が進んでいる、と書いてありました。
話は戻りますが、イギリスのFSAは引続き報酬制限には前向きで、金融機関の経営陣に対して、従業員への報酬を金融機関が取っているリスクに応じたものにするよう働きかけを強めていく方針に、変わりはないようです。FTの取材に応えたFSA長官のHector Sants氏は、株主や債権者から従業員への利益移転が行われないようにすることを求めていく、と言った趣旨のコメントをしたそうです。
それでも09年3月時点では、FSAは、「ボーナスの3分の2は支払いを翌年以降に繰り越し、報酬のベースを個人のパフォーマンスより会社全体のパフォーマンスにすることを要求する」といった計画を持っていたそうで、それから比べると大幅なステップバックになった、とFTでは報じていました。アメリカのオバマ政権も、一時盛り上がった金融機関の報酬規制に後ろ向きになっている感があり、イギリスだけ規制を強化しても意味がなく、国際競争力が失われることは間違いない、とFSAは判断をしたのかもしれません。

大陸ヨーロッパの一番の急先鋒はフランスであり、8月26日のBloombergの記事「Sarkozy Threat to Shun Banks on Pay Draws U.S. Alarm(邦題:仏大統領の発言は「まるで脅迫」、金融機関の報酬制限で-米に警戒感)」によると、サルコジ大統領は、自身の推す「ボーナスの3分の2の支払いを3年間繰り延べる」ことを盛り込んだ報酬制限を採用しない金融機関に対して、フランス政府は仕事の発注はしない、と表明したそうです。
先述のWSJの記事によると、フランスは、イギリスの態度後退についても厳しく批判をしているそうで、「(規制でなく)ガイドラインを設けるだけでは、業界がいいように内容を変えてしまう」と訴え、アメリカやイギリスにおける金融業界からの強いロビー活動を批判した上で、「ルールに基づいて行動する気がないのであれば、ルールが存在する意味がない」と主張しているそうです。
ドイツはフランスと協調姿勢を保っているものの、メルケル首相はサルコジ大統領ほどは、立場を明確にしていないようです。アングロサクソン型金融経済への対抗、という政治的目的もあってか、ドイツはG-20において、フランスと同様に規制導入を主張すると言われています。ただドイツでは、9月27日に総選挙があるそうで、メルケル首相は国際協調と国内選挙の両睨みでの行動を迫られるのかもしれません。
WSJでは、ロシア、オーストラリア、カナダなどの政府の対応についても触れていましたが、国際金融の枠組みは、事実上、欧米の主要国で決められていることもあり、それ以外の国は日本も含め、全般的にG-20では「模様眺め」となるのかもしれません。またG-20は、あまりに参加国が多すぎて、各国の発言時間は極めて限られており、そこで何かが決まる可能性は極めて低いと見る向きもあるようです。
各国とも、政府支援を受けた企業の報酬制限にはアグリーしているようですが、アメリカではJP MorganやGoldman Sachsといった最大手が、既に政府支援を変換しており、あまり意味のある議論ではない気がします。G-20で国際協調が得られないと、結局主要国間の個別交渉が、業界の先行きを決定付けていくことになるのかもしれません。
一番初めに金融機関の報酬規制について検討を始めたのは、スイスであったと記憶しています。当時スイスでは、同国の最大手金融機関であるUBSの抱える推定損失額が、国家予算を超えると言われていたことから、文字通り「国家存亡の危機」と言った緊張感を持って、報酬制限が話し合われていたと、スイス人の友人が言っていたのを記憶しています。
最近各国の首脳から聞かれる規制の仕組みは、その時からスイスで検討されていたものに、近い気がします。内容は、個人が短期で過剰リスクを取ることを抑制するために、ボーナスを会社の成績ベースとし、また複数年に渡って支払うこととする、といったものだったと思います。その話は以前のエントリー(「投資銀行はどうすれば変わるか」)でも触れましたが、欧州各国が主張する通り、世界共通の規制枠組みでなければ、競走上、実質無意味になってしまう気がします。
このような一連の規制強化には、ウォールストリートから強い反発の声も聞かれますが、ヘッジファンド業界の巨匠で民主活動家としても知られるGeorge Soros氏は、その著作の中で、「規制当局が『可謬的』であるからと言って、規制を緩和して市場機能に任せるべきだという市場原理主義者の議論は、市場が可謬的だから市場を全廃すべきだという共産主義者の主張と同じだ」と主張しています。
また同氏は、自身の中心的考えである「再帰性」(物事はお互いに影響し合って変化していくので、完璧に将来を予知することは出来ない)の考え方を用いて、「市場参加者と規制当局は、それぞれが不完全な存在として認め合った上で、相互作用を行うことで危機を乗り切っていくことが重要である」と言った主張もしています。
このブログでも、今後の業界展望は「規制の枠組み次第」だと、度々書いて来ました。ウォールストリートの最大のドライバーが「報酬」であることが否定できない以上、この議論の先行きが業界の将来に大きなインパクトを与える可能性は強く、業界からの反発は強まる一方である気がします。金融経済がグローバル化し、プレイルールが主要国によって決定されている今日、国際協調の難しさを鑑みると、状況はウォールストリートにとって有利であると言えるかもしれません。G-20の議論の顛末には、注目したいと思います。
(余談)
ウォールストリートの先行きのみならず、2008年の後半以降、世界の株式市場の動向も、すっかり「政府次第」になっていると感じます。ヘッジファンド業界でも、経済や企業のファンダメンタルズに基づく投資判断をするファンドは、「政府の危機対応」という通常では存在しない不確実性を考慮せざるを得ない状況に置かれており、そのような状況に対する各ファンドの態度の違いは興味深いです。
8月26日のWSJ「Bonuses Become a Wedge Issue in the G-20(金融機関のボーナス規制、G-20で議論か)」によると、金融機関の報酬規制導入に積極的な欧州から、実現のためには国際協調が欠かせないと、G-20の活用を主張する意見が高まっているようです。その話が急浮上してきた裏には、8月中旬に、報酬規制の導入に最も積極的だとされていた英国のFSA(金融監督庁)が下した規制導入に対する対応が、関係しているのかもしれません。
8月11日のFT「FSA steps back from pay rules for banks(FSA金融機関の報酬規制を取り下げ)」によると、FSAは、イギリスの金融業界の国際競争力が失われることを懸念して、報酬規制の導入に躊躇する態度を見せているようです。

英国は早くから国際金融センターを目指し、「ウィンブルドン現象」(場所は英国だがプレイヤーは外国人ばかり)という言葉まで生み出していましたが、足元では高額所得者の増税を検討したり、外国人に課税したりすることで、その地位の維持継続を危ぶむ声もあります。
8月25日のBloombergの記事「Elle Macpherson Can’t Counter London Gloom as Americans Flee(邦題:止まらないロンドン脱出の米国人の波-税率引き上げと手当減額を嫌気)」では、イギリスが年収15万ポンド(約2300万円)超の個人に50%の税率を適用することを検討していることや、在英期間が7年を超えた外国人に、海外所得に対する課税免除の特別措置を維持する対価として、年3万ポンド(約450万円)の支払いを求めたことなどにより、アメリカ人の帰国が進んでいる、と書いてありました。
話は戻りますが、イギリスのFSAは引続き報酬制限には前向きで、金融機関の経営陣に対して、従業員への報酬を金融機関が取っているリスクに応じたものにするよう働きかけを強めていく方針に、変わりはないようです。FTの取材に応えたFSA長官のHector Sants氏は、株主や債権者から従業員への利益移転が行われないようにすることを求めていく、と言った趣旨のコメントをしたそうです。
それでも09年3月時点では、FSAは、「ボーナスの3分の2は支払いを翌年以降に繰り越し、報酬のベースを個人のパフォーマンスより会社全体のパフォーマンスにすることを要求する」といった計画を持っていたそうで、それから比べると大幅なステップバックになった、とFTでは報じていました。アメリカのオバマ政権も、一時盛り上がった金融機関の報酬規制に後ろ向きになっている感があり、イギリスだけ規制を強化しても意味がなく、国際競争力が失われることは間違いない、とFSAは判断をしたのかもしれません。

大陸ヨーロッパの一番の急先鋒はフランスであり、8月26日のBloombergの記事「Sarkozy Threat to Shun Banks on Pay Draws U.S. Alarm(邦題:仏大統領の発言は「まるで脅迫」、金融機関の報酬制限で-米に警戒感)」によると、サルコジ大統領は、自身の推す「ボーナスの3分の2の支払いを3年間繰り延べる」ことを盛り込んだ報酬制限を採用しない金融機関に対して、フランス政府は仕事の発注はしない、と表明したそうです。
先述のWSJの記事によると、フランスは、イギリスの態度後退についても厳しく批判をしているそうで、「(規制でなく)ガイドラインを設けるだけでは、業界がいいように内容を変えてしまう」と訴え、アメリカやイギリスにおける金融業界からの強いロビー活動を批判した上で、「ルールに基づいて行動する気がないのであれば、ルールが存在する意味がない」と主張しているそうです。
ドイツはフランスと協調姿勢を保っているものの、メルケル首相はサルコジ大統領ほどは、立場を明確にしていないようです。アングロサクソン型金融経済への対抗、という政治的目的もあってか、ドイツはG-20において、フランスと同様に規制導入を主張すると言われています。ただドイツでは、9月27日に総選挙があるそうで、メルケル首相は国際協調と国内選挙の両睨みでの行動を迫られるのかもしれません。
WSJでは、ロシア、オーストラリア、カナダなどの政府の対応についても触れていましたが、国際金融の枠組みは、事実上、欧米の主要国で決められていることもあり、それ以外の国は日本も含め、全般的にG-20では「模様眺め」となるのかもしれません。またG-20は、あまりに参加国が多すぎて、各国の発言時間は極めて限られており、そこで何かが決まる可能性は極めて低いと見る向きもあるようです。
各国とも、政府支援を受けた企業の報酬制限にはアグリーしているようですが、アメリカではJP MorganやGoldman Sachsといった最大手が、既に政府支援を変換しており、あまり意味のある議論ではない気がします。G-20で国際協調が得られないと、結局主要国間の個別交渉が、業界の先行きを決定付けていくことになるのかもしれません。
一番初めに金融機関の報酬規制について検討を始めたのは、スイスであったと記憶しています。当時スイスでは、同国の最大手金融機関であるUBSの抱える推定損失額が、国家予算を超えると言われていたことから、文字通り「国家存亡の危機」と言った緊張感を持って、報酬制限が話し合われていたと、スイス人の友人が言っていたのを記憶しています。
最近各国の首脳から聞かれる規制の仕組みは、その時からスイスで検討されていたものに、近い気がします。内容は、個人が短期で過剰リスクを取ることを抑制するために、ボーナスを会社の成績ベースとし、また複数年に渡って支払うこととする、といったものだったと思います。その話は以前のエントリー(「投資銀行はどうすれば変わるか」)でも触れましたが、欧州各国が主張する通り、世界共通の規制枠組みでなければ、競走上、実質無意味になってしまう気がします。
このような一連の規制強化には、ウォールストリートから強い反発の声も聞かれますが、ヘッジファンド業界の巨匠で民主活動家としても知られるGeorge Soros氏は、その著作の中で、「規制当局が『可謬的』であるからと言って、規制を緩和して市場機能に任せるべきだという市場原理主義者の議論は、市場が可謬的だから市場を全廃すべきだという共産主義者の主張と同じだ」と主張しています。また同氏は、自身の中心的考えである「再帰性」(物事はお互いに影響し合って変化していくので、完璧に将来を予知することは出来ない)の考え方を用いて、「市場参加者と規制当局は、それぞれが不完全な存在として認め合った上で、相互作用を行うことで危機を乗り切っていくことが重要である」と言った主張もしています。
このブログでも、今後の業界展望は「規制の枠組み次第」だと、度々書いて来ました。ウォールストリートの最大のドライバーが「報酬」であることが否定できない以上、この議論の先行きが業界の将来に大きなインパクトを与える可能性は強く、業界からの反発は強まる一方である気がします。金融経済がグローバル化し、プレイルールが主要国によって決定されている今日、国際協調の難しさを鑑みると、状況はウォールストリートにとって有利であると言えるかもしれません。G-20の議論の顛末には、注目したいと思います。
(余談)
ウォールストリートの先行きのみならず、2008年の後半以降、世界の株式市場の動向も、すっかり「政府次第」になっていると感じます。ヘッジファンド業界でも、経済や企業のファンダメンタルズに基づく投資判断をするファンドは、「政府の危機対応」という通常では存在しない不確実性を考慮せざるを得ない状況に置かれており、そのような状況に対する各ファンドの態度の違いは興味深いです。
by harry_g
| 2009-08-29 11:51
| 投資銀行


