KKRのウォールストリート侵攻? |
アメリカでは、景気見通しは引続き不透明感が強いものの、少なくとも底打ち感が出ていることと、去年からサイドラインにいたお金が市場に再流入していることなどから、株式市場はかなり上昇して来ました。IPOなどの資金調達案件の数も増えて来ており、ウォールストリートの活気は徐々に戻りつつあるようです。
そんな中で、8月10日のFTに、「Alarms on Wall St as KKR edges in(KKRの業界進出でウォールストリートに警鐘)」という話が載っていました。これによると、LBOファンド最大手の一つであるKKRが、バイアウトブーム最中の2007年に立ち上げたKKR Capital Marketsという会社が、投資銀行の主力業務である資金調達やアドバイザリーに進出して、業界幹部を苛つかせているようです。
ウォールストリートは、自らのバランスシートを使ってブリッヂローン(繋ぎ融資)を行ったり、買収ターゲットの選定(M&Aアドバイザリー)を行ったりすることもあり、それらは大きな収入源になっていました。また数年後に投資からエグジットする際には、IPOやM&Aの幹事・アドバイザーを勤めることで、更にフィーを稼ぐことが出来ます。
これをファンド側から見てみると、LBOの入口と出口という重要なステップにおいて、ウォールストリートに大きく依存することになります。そこで支払われるフィーの額もかなりのものであり、市況が厳しい時には、リターンの圧迫要因になっているものと思われます。また、昨年の金融危機のように、ウォールストリートが機能不全に陥るようなことがあれば、LBOファンドは事業継続が難しくなってしまいます。
KKR Capital Marketsは、そうした事を念頭に置いて設立された会社であり、デットの資金調達、M&Aアドバイザリー、IPOなどを行う機能を備えた、KKRファンド専業の投資銀行と言えるかもしれません。
そのKKR Capital Marketsが、KKR本体とテック系PEファンド大手のSilver Lake Partnersが保有していた半導体メーカー、Avago Technology(AVGO)のIPOを8月上旬に行った際、引受手数料の取り決めにおいて、引受主幹事の証券各社との間で摩擦を起こした、とFTの記事は報じています。
Bloombergのデータによると、この案件は、ジョイント・リード・マネージャー(共同主幹事)が、Barclays(元Lehman)とDeutscheを筆頭に、CitigroupとMorgan Stanleyを加えた合計4社で、コマネージャー(共同幹事)として、KKR CM、Goldman、UBSなどを含む7社の金融機関が参加したようです。
引受手数料は、売り手である企業によって決定されますが、AvagoのケースはプライベートエクイティのポートフォリオカンパニーIPOであったこともあり、KKRとSilver Lakeに決定権があったものと思われます。その結果なのか、FTによると、IPOのサイズが$400m(約390億円)から、$500m(約490億円)、$648m(約630億円)と徐々に拡大されるにつれて、KKR CMの取り分が、3%、6%、9%と上昇したそうです。
通常IPOのフィーは7%前後であり、9%という数字も、案件の難しさ次第では、さほどおかしな数字ではない気がします。しかし問題は、KKR CMがより多くのフィーを取ることで、他の幹事会社の取り分が減ってしまったことであったようです。先述のBloombergのデータを見ると、確かにコマネの中でKKRだけが、他社を引き離したフィーを獲得したようです。
KKR Capital Marketsを率いるのは、Citigroup(元Salomon Brothers)のエクイティキャピタルマーケッツの幹部であったCraig Farr氏で、株式関連の案件以外にも、デット資金の調達や買収ターゲットの選定なども、積極的に行っているようです。2006年と2007年に、KKRがクラブディールでなく単独ディールを志向した際には、KKRの投資家にアプローチして、Dollar General、First Data、TXUという買収案件の共同投資家として、$8bn(約7900億円)を調達したりもしたそうです。
こうした形で、かつてクライアントであったプライベートエクイティファンドが、投資銀行の領域に入ってくることに、危機感を覚える気持ちは理解できます。しかしKKRからすれば、コストやリスクを削減して投資家利益を最大化するために、資金調達機能などを自らに取り込もうとするのは、合理的な判断である気がします。
今のところKKR CMは、あくまでKKR本体向けの事業だけを行っているようなので、本格的に投資銀行と「競合」しているとは言えないと思います。そもそも投資銀行は、自らのバランスシートにレバレッジを掛けて、プライベートエクイティやヘッジファンド投資を積極的に進めて来ました。これはまさに、顧客の領域に入り込んで顧客と競合する状況を作り出す行為であったと思います。
実際2005年に、KKRの創設者であるHenry Kravis氏が、GoldmanやLehmanがプライベートエクイティ投資を拡張することについて苦言を呈していたのを覚えています。FTの記事によると、カナダの年金ファンドなどにもKKRと同様の動きがあるそうで、今後大手投資ファンドは、徐々に投資銀行の機能を内部に取り込んで行くのかもしれません。
ヘッジファンド業界でも、大手Citadelが、ショートセール(空売り)を支えるストックレンディング(貸し株)機能を、社内で抱えています。昨年Lehmanが破綻した際、同社がプライムブローカーとして預かっていたHF顧客資産の多くが凍結され、多くのファンドが損失計上を余儀なくされたことを考えると、これは極めて賢明な判断なのかもしれません。
今年に入ってウォールストリートの業績回復は目覚ましく、多くの会社がトレーディングによって大きな収益を上げています。これをもってウォールストリートが復活した、と見る向きもあるようですが、これは単に市場センシティブな証券業界の通常のサイクルであり、リーマン危機後に聞かれた「ウォールストリート終焉説」が、単に極端過ぎただけである気がします。
業界の将来がどうなるかは、引続き、今後決定されていく規制の枠組み次第だと思います。それによって、過大なレバレッジや自己取引が厳しく規制されるようだと、投資銀行は過去の勢いを取り戻すのに、しばらく時間を要してしまうかもしれません。