リーマン危機の発生した2008年から、その余波に世界経済が苦しんでいた2011年頃にかけて、世界は高成長を続ける中国経済に、熱い視線を注いでいました。その頃には当ブログでも、ニューヨークの金融街において、日本への関心がいかに低下しているかという話を、度々紹介して来ました。しかし2013年に入って、投資家の関心は、数年前と様変わりしているように感じられます。
5月中旬からの大幅な調整を受けた後であっても、6月中旬の現時点でTOPIX(東証株価指数)は、年初来23%上昇しています。その反面、香港のハンセン指数はマイナス7%、上海株式指数もマイナス5%となるなど、パフォーマンスは対象的です。(経済危機発生前の2007年初からの比較だと、TOPIXはまだ5割弱マイナスなのに対して、ハンセン指数は1割弱上昇していますが。)
2013年5月のThe Economistでは、中国と日本に対する欧米からの最近の見方について、隔週で、カバー記事で取り上げていました。月初の中国に関する記事は、「チャイニーズ・ドリーム」についての話であり、中旬の日本についての話は、「日本の希望(と過剰なナショナリズムへの警鐘)」と言ったような内容でした。
それらの記事にも触れながら、最近の海外投資家の中国と日本への見方と、最後に若干、株主資本主義の評価と価値について、感じるところを書いてみたいと思います。
中国の停滞感と日本の高揚感
中国について結論から言ってしまうと、株式市場のパフォーマンスからも見てとれる通り、最近はかなり悲観的な見方が広がっているように感じられます。
ヨーロッパ経済の弱体化や、過熱感の出ていた不動産市場への引締め策により、マクロ経済に明確な減速感が出ていることがその主な理由であることは、言うまでもありません。しかしそれに加えて、企業会計やコーポレートガバナンス、しまいには政府発表のデータへの不信も重なって、海外からの中国市場に向けた関心は、昨今大幅に薄れているように感じられます。
その事が如実に現れているのが、株式市場の売買高であり、東京証券取引所の売買高が2013年に入って前年比で倍近くに伸びているのに対して、香港市場の売買高は、2007年後半から2009年前半のピーク時と比較すると、4割近く減っているようです。
アメリカの投資ファンドで、中国株担当のアナリストをしていた友人は、最近「グローバルセクターファンド」(特定の国地域ではなく、特定の産業に全世界ベースで投資するファンド)に転職しました。2009年には「Hot Commodity(大人気の人材)」だった自分に、最近はいかに誰も関心を払わないか、そうやって途上国(彼女の場合は中国)の専門家になることが、キャリアにとっていかにリスキーであるかを、とうとうと話してくれたのが印象的でした。
また、中国経済の今後に対する見方も、海外投資家よりも中国現地のシンクタンクなどの方が、更に悲観的であると、先月北京を訪れていた投資家の友人が教えてくれました。ここ香港で中国株を専門に投資している友人達も、「割安株がこれだけあっても、誰も気にしない」と嘆いています。少し前には誰もが行きたがった北京にも、最近は大気汚染の悪化もあって、誰も行きたがらないといいます。
逆に、アベノミクスによって復活を遂げつつあるように見える日本に対しては、注目が「多少戻りつつある」ようです。ただこれは、積極的に日本の復活を評価するというよりは、大幅な株価上昇を受けて、世界の株式市場でそれなりの規模を占める日本に「投資していないリスク」が意識されるようになった為、と言えるかもしれません。
実際、世界の長期の投資資金は、そこまで迅速には動かないようです。5月中旬に、欧州系投資銀行でアジア太平洋地域の株式部門を統括している知人と話す機会がありましたが、彼の話によると、欧州の資金の多くが「アベノミクスラリーに乗り遅れている」のだそうです。
P/E(株価収益率)で見ても、TOPIXのそれは今期予想ベースで13倍(日経平均は16倍)で、S&P 500の15倍、NASDAQの18倍を下回っており、日本に対する期待がそこまで高くない事を裏付けています。しかしハンセン指数のP/Eは10倍、ハンセン中国株指数のP/Eは7倍となるなど、その期待値の低さ(もしくは収益の一層の下振れ予想)が明確に見て取れます。
「チャイニーズ・ドリーム」
このように減速感が強まる経済環境の中で、政権を担いうけた習近平(Xi Jinping、习近平)国家主席が、スピーチなどで好んで使うと言われる「チャイニーズ・ドリーム」とは、どのようなものなのでしょうか?
Economist誌によると、これは「アメリカン・ドリーム」のような、ミドルクラスの物質的豊かさに留まるものではなく、中国人民の「希望を実現する」ような話であるそうです。しかし習氏は、その言葉を積極的に活用する反面、その内容については、意図的に曖昧にしているように見えると、同誌では報じていました。
色々と言葉の裏を読んでみると、それは「富国強兵による党支配の磐石化」といったものであるように思われます。中国共産党は、常にその政権基盤の保護強化を至上命題にして来たことを考えると、これは特に目新しい話ではない気がします。
しかし「経済発展(改革開放、先富論)」や「貧富の差の解消」といった経済問題だけではなく、軍の掌握による権力基盤の強化にも力を注いでいる所は、過去の政権とは少々違うのかもしれません。
翻って日本はどうかと言うと、Economist誌は、表紙の挿入画に戦闘機と共にスーパーマンの格好で飛翔する安倍首相を載せ、「安倍総理は、経済の国際化を推進するといった人格と、保守的で過剰な愛国者という人格の、二つの人格を内包している」と評していました。
「世界三番目の規模である日本経済の復活は、世界(欧米)経済にとって大きなプラスであり、また自己防衛力を高めることは、軍事的野心を表面化させている中国への牽制という意味で有用である。しかし、過去の過ちを否定するような態度は、国際関係を悪化させるだけである。」・・・そのようなメッセージが強く伝わってくる内容になっていた気がします。
このように、世界の第二、第三の経済大国である中国と日本が、同じ時期に「経済力強化」と「軍事力の増強」を目指しているように見えるのは、興味深いことです。そのような現状を欧米から眺め見ると、足元の懐事情(経済情勢)が苦しい中で、東アジアで紛争が引き起こされることによって、世界経済を停滞させることだけは止めて欲しい、というところなのかもしれません。ともかく政治によって民間の経済活動の足が引っ張られるのは残念な話です。
中国経済の最近
中国では今年の前半に政権交代が行われたわけですが、その前後に経済活動が不安定になるというのは、よくある話です。設備投資などは、経営者の景況感に大きく影響されるため、多くの人が「新政権がどのような政策を打ち出してくるか、まずは模様眺め」をしていることは、想像に難くありませんし、実際に建設機械会社などの現場から、そのような声も聞かれてきました。
しかし新政権になって以来、頻繁に聞かれるのは、積極的に投資を増やした、もしくは景気拡大に向けて新政権が積極的に動いている、という話ではなく、役人の汚職に対する取締りが本格的に強化されている、ということです。当初これは、政治闘争の一貫ではと軽く見られていたのですが、どうやら、より踏み込んだものであるようです。
その結果、固定資産投資(FAI)に変わる経済ドライバーとして期待されていた、個人の消費活動に、マイナスの影響を及ぼすようだと、中国経済はますます苦しい局面を迎えることになるかもしれません。
また、実態経済の成長スピードと比較して、シャドーバンキングと呼ばれる民間金融の伸び率が加速気味であったことも、エコノミスト達の不信感をあおっているようです。そうした信用拡大によって、一時的に不動産市況が回復したとしても、それがバブルの温床になってしまっては、元も子もないためです。
5月には、輸出統計の数字が実態とかけ離れていておかしいなどと、政府統計を疑う声も公然と上がるようになり、いよいよ不信感が高まっていると感じます。ここ二年くらいの間で、中国企業の財務会計に対して疑いの目が度々向けられたことは記憶に新しい所ですが、このようなガバナンスへの信頼欠如は、投資先としての魅力を減退させる大きな要因になってしまう気がします。
それでも実体経済面では、GMやVWなどの欧米の大手自動車メーカーが、自動車普及率が1割程度に止まる中国市場の潜在成長力に注目し、1兆円以上を投じて現地生産能力を大幅に拡張する予定、というニュースが報じられるなど、中長期的には期待が持てそうな話が、今でも多く聞かれます。毎日香港や深圳の港に行き来する多数の船を眺めていると、中国経済の規模を実感できます。
また、年内には大幅な景気刺激策が発表されるのではないか、欧米の景気回復が中国経済にも好影響を及ぼすのではないかなど、強き派の意見も全くないわけではありません。株式市場についても、皆が弱気になって株価が割安の時こそ絶好の買い時だ、と主張する人もいます。
しかし中国の構造的問題の根深さを考えると、安定的な経済成長を求める動きは、試行錯誤しながら、今後しばらく続くのかもしれません。今政権中に、労働人口の減少に直面すると言われている中国だけに、汚職や経済構造の改革は、ある意味では日本と同様に待ったなしと言える気がします。
日本経済の評価
アベノミクス効果によって、全てが明るいように思われる日本ですが、実際の投資家の見方は、そこまで楽観的ではない気がします。このエントリーは、株価が一方的な上昇を続けていた5月中旬に書きかけたものなのですが、その後の株価の大幅な調整は、このような不安定な投資家の見方を裏付けているのかもしれません。
これは何も、特別な話を言っているのではありません。例えば政府が促進したいと言っている設備投資に関しては、日本メーカーであっても、国内需要の先細りを見越して、海外投資の継続を続ける方針が、メディアなどでも度々伝えられるなどしています。アベノミクスは、所得増大による内需拡大を目指しているのかもしれませんが、よほど大きな社会改革を断行しない限り、ハードルはかなり高いと考えるのが現実的な気がします。
多少明るい兆しとして、今まで日本株を見ていなかった欧米の投資家が、一斉に日本株に注目し始めると言った動きは、確かに出て来ているようです。ニューヨークのアジア株デスクも、にわかに日本株デスクと化していると聞きます。しかしこの事が、すなわち日本への低評価が高評価に変わった、という事ではない気がします。
と言うのも、労働人口の減少や、全般的なコストの高さ、規制の多さや煩雑さなど、過去から続いている問題への解決策は、まだ明確に示されていないように思える為です。Economistの中でも、GDPの240%に及ぶ巨額の国債の問題は、消費増税など小手先の手段では解決できず、経済成長が不可欠、と指摘されていました。
幸いなことに、日本経済は、まだ希望を失うような段階には至っていない気がします。その理由としては、政治が本気になれば簡単に改善できそうな問題が多数存在すること、あまり目立たない企業の中に国際的競争力を持った企業た多数存在すること、そしてサービスクオリティの高さが外国人にとって憧れであり続けていること、などが挙げられます。
もちろん、現在競争力を維持している企業も、過去の栄光やしがらみに捕われ、新興ライバルを軽視して、新陳代謝を止めてしまえば、凋落してしまうことは間違いないと思います。ここ1、2年で注目を集めている電機メーカー没落の問題も、株式市場では2005年頃から頻繁に指摘されていただけに、株主の声が素直に聞き入れられなかったことは、とても残念に思えます。
そうした観点から、最後に株主資本主義の価値について、少々触れてみたいと思います。
株主資本主義の再考
アベノミクスでは、経済政策と経済成長にスポットライトが当っているようですが、コーポレートガバナンスのあり方についても、踏み込んで議論をして欲しいものです。と言うのは、株価の継続的な上昇による資産効果は、経済成長と同様に、日本に大いなるメリットをもたらすと思われる為です。
2011年7月に「
グローバル比較投資時代の日本株」と言うエントリーの中で、TOPIXが1600ポイントをつけていた2007年でも、日本株は世界の投資家からアンダーウェイトの状態であった(時価総額に見合った割合で投資されていなかった)理由について触れました。その中に、「株主軽視」への批判の声が多くあったことは、再掲に値すると思います。
当ブログでは以前から、「英米型の株主資本主義が完璧」だとは、一切主張していません。経済活動や企業経営が人間の営みである以上、何かが絶対的に正しい、または間違っている、ということは無いと思いますし、日本に合うシステムは、日本人が選択すればよいと思います。
ただ、企業経営のチェック機能として、外部の存在である株主の声により真剣に注意を払ったり、また株主価値の最大化について、より真剣に考えて経営を行うことは、日本企業が重視する「ステークホルダー」、つまり従業員、取引先、顧客等の幸福の最大化にとっても、実は一番の近道となるように思います。
実際、「雇用を守る為だから」と、非効率経営を続けた結果、船自体が沈没の憂き目に遭ってしまっては、どうしようもありません。
日本の電機メーカーが、大幅な赤字を垂れ流しながらも、テレビ事業を止めることが出来ないのは、その売上の大きさが何万人という雇用を支えているからだと言われます。雇用を守る姿勢は賞賛すべきものですが、売上規模が巨大であることによって、横柄な経営をしてしまったり、そこからの赤字によって企業全体が傾いてしまっては、まさに本末転倒です。
また、日本株の最大の投資家は「日本人」であり、多くの人の年金資産や生命保険であることも、忘れるべきではないと思います。その意味でも、企業が売上やエゴではなく「利益」を拡大していくような経営を行うことで、株価の長期的な上昇を目指すことは、社会責任の一つであると言えるかもしれません。
当ブログでは、2006年から2008年にかけて、「
アクティビスト」と言われる投資家についても取り上げました。これは「外部」の存在である株主が、経営者に直接要求を突きつける投資手法ですが、かなり難しい投資スタイルであるという話も、その当時に書いたと思います。
最近ではNew Yorkに本拠を置くヘッジファンド、Third PointのDaniel Loeb氏が、ソニーに対して株主提案を行ったというニュースが伝わりました。同氏はどちらかと言うと、マクロ的観点から投資をする事が多いように理解しているのと、提案内容も決して目新しいものではありませんでしたが、その日のソニーの株価は素直に大幅高となり、経営効率改善への期待値の高さが、ある程度示された形となりました。
株主アクティビズムは、何もヘッジファンドや「乗っ取り屋」に限った話ではありません。2007年7月に書いた「
株主アクティビズムの高まり」というエントリーでは、巨大な株式投資家として知られるカリフォルニア州年金基金(CalPERs)が、企業経営への関与強化を進めているという話を書きました。
アクティビスト投資家の手法については、議論の分かれる所でしょうし、短期的な株価上昇のみを目指した極端な企業改革は、必ずしもステークホルダーや社会全体の利益に繋がるとはいえないかもしれません。しかし、そうした「白黒論」に走ってしまっては、この手の議論は議論になりません。
日本社会の特性を考慮しても、株主資本主義から学び、利益を得られる部分は、多く存在する気がします。アベノミクスが本格的に日本経済や日本の国際的地位の再浮上を目指すのであれば、コーポレートガバナンスの改善や、株主経営の推進についても、ぜひ取り組んでもらいたいものです。