カテゴリ:海外から見た日本・アジア |
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2011年 08月 04日
先日、某大手の米系資産運用会社の日本支社でセールス職をしている友人から、「今更ながら問いたいのだが、日本株が外国人投資家に評価されない理由は何か」という質問を受けました。
確かに日本株は、世界の株式市場の中でアンダーウェイト(株式市場の時価総額の割合に見合っただけの投資をされていない状況)が続いているようです。この話は2007年10月にも、「アンダーウェイト・ジャパン?」というエントリーで触れたことがあります。(その翌週に日本株強気論にも触れました。) 2007年10月といえば、東証株価指数TOPIXは1600ポイントと、11年7月末現在の860ポイントの倍近い水準がありました。当時は、小泉改革や円安の進行、世界的クレジットバブル等のおかげで、TOPIXは05年の初めから60%近く値上がりしていた時代です。それでも当時から、日本株がアンダーウェイトされていたというのは、興味深い話です。 2007年当時の理由 2007年に書いたエントリーを読み直してみると、日本株がアンダーウェイトになっている理由として挙げた点は、以下の4つでした。 1)株価の割高感:東証株価指数TOPIXのPER(株価収益率)が、アメリカを代表する株式指数であるS&P 500を上回っており、株価が割高である 2)グローバル“相対”投資の拡大:国別ファンドが減少し、国際比較で魅力的な市場に投資するスタイルが増えている 3)企業改善への失望感:小泉政権後、日本企業は再成長を目指すのではなく、一安心して足踏みをしてしまっている感じがある 4)株主軽視(外国人・ファンド敵視):外国人株主による提案が株主総会で否決されたり、TCIなどのアクティビストが、徹底的に敵視されている これだけを読むと、要は日本がアメリカ型の株主資本主義制度を導入していないのが悪いのだ、と見えるかもしれません。外国人投資家からすると、当然の感想なのかもしれませんが、東インド会社時代から続いていると言う英米流の株主絶対主義が、唯一絶対の企業統治方法であるとは限りませんし、そもそも社会制度は、各国が好きに決めれば良いように思います。 ![]() とは言え、グローバル化した経済の中に日本も取り込まれている以上、好き嫌いにかかわらず、完全に独自性を追求するのは、困難である気がします。そう考えると、世界の潮流から学ぶべきところは学ぶという柔軟な姿勢も、大切であるように思いますので、引続き「外国人に日本株が低評価な理由」というテーマについて、書いてみたいと思います。 2011年の日本株評価 2007年当時と比較して、2011年現在では、日本株への評価はどうなっているのでしょうか。 手元に具体的データがないのですが、友人の問にもある通り、引続き「アンダーウェイト」という低評価が続いていることは、間違いないように思います。2010年後半に、世界経済の回復期待から、一時状況が改善したのですが、震災に加えて世界経済の不透明感が広がっている足元では、2007年当事よりも一層評価と関心が下がっているように、肌感覚では感じられます。 下記のグラフにあるように、日本企業は、リーマンショック後に、不断のコスト削減努力を続けてきました。その結果、為替が当時の1ドル120円近い水準から80円前後への水準へと、大幅な向かい風になっているにも関わらず、TOPIX構成銘柄のROEは、ピーク時の12%には及ばないものの、8%という相当のレベルまで回復してきていることが見てとれます。しかしROEに連動しているはずの株価評価指標であるPBRは、低位低迷を続けており、日本株は不当に割安に放置されているように見えます。 ![]() アメリカ人投資家の声 私の友人は、彼の知人のアメリカ人投資家に対しても、「なぜ日本株の評価が低いのか」という同じ問いかけをしたそうです。その時の前提として、「マクロ経済の逆風という問題には触れないで」という条件があったそうなのですが、実際にその問いかけへの返信メールを見せてくれました。その内容を抄訳すると、以下のような感じです。 1)株主軽視 株主を優先する考えを持っておらず、従業員、顧客、コミュニティなど、その他のステークホルダーを過剰に重視している。その結果、多くの企業が現金を貯め込んで、それを何にも使わずに無駄にしている(配当も払わず、M&Aもせず、設備投資もしない)。従業員削減につながるリストラにも、コミュニティに打撃を与える可能性があるために後ろ向きであるし、利益率を改善しすぎると、稼ぎすぎで顧客に失礼だと考えているフシがある。 欧米では、アクティビズムや、最悪の場合にはLBOなどの乗っ取りも起こりえるため、経営陣は常にプレッシャーにさらされている。また、株主や投資家は、社長レベルの経営陣に、簡単にアクセスして、その経営姿勢を問いただすことが出来る。 2)経営陣へのアクセスが困難 投資家はIR(投資家対応)部門へのアクセスは容易だが、CEO、COO、CFOなどの経営陣と話をするのが困難である。 3)ディスクロージャーが悪い 英語版の開示資料が、日本語版資料と同時に発表されないことがあり、外国人投資家として、不利益を得ているように感じる。例えば欧州では、両方同時に開示される。セグメント情報で売上総利益とグロスマージン開示がないことも、変動費ベースでのコスト分析を困難にしている。日本企業の固定費(SG&A)が高いのは周知の事実である。一部企業では、連結ベースでの開示が限定的であるところもある。 以上 これらの意見には、同意する部分もありますし、いくつか反論したくなる部分もあります。 同意する部分としては、「株主からのプレッシャー」という点であり、米英に限らず日本以外の国地域の多くでは、株価を重視している、または、せざるを得ない経営者が、比較的多い気がします。その結果、M&Aやバイアウトも自然と浸透していて、経営者はそれを意識せざるを得ない雰囲気があります。日本には、そのようなプレッシャーは、ほとんど存在しないように見えます。 しかし、日本企業の経営陣へのアクセスが悪いのはその通りですが、日本企業の統治形態が必ずしもトップダウンではないことから、CEOに会ったからと言って、全てが分かるわけは無い様に思います。逆に経営者の個性が強い企業は、積極的にCEOやCFOが世界的な投資家ロードショーをしているように思います。またディスクロージャーについても、私は色々な国の企業を見て来ましたが、日本のセグメント開示は、(確かに売上総利益開示がないのは不便ですが)かなり良い方であるように感じます。 「企業が儲けすぎを忌避する」などの点については、先に挙げた「菊と刀」の中でベネディクトが指摘している通り、日本が「貸し借りに基づく義理の世界」で成り立っていると考えられる以上、ある意味では仕方が無い気がします。もちろん、海外投資家には、それは自分達にとって不利益な風習であると看做されてしまうことも、また理解できる点ですが。 世界比較での投資 外国人投資家による日本株評価が低い理由には、大前提として、2007年のエントリーでも挙げた、「世界比較での投資スタイルが拡大している」という点があるように思います。これは非常に重要なポイントであり、日本は過去になく世界と直接比較されている、と言えるかもしれません。それが日本の特殊性を声高に主張するのが困難になっている背景にあるように見えます。 その前提の上に立って、今日、こちらで色々な機関投資家やファンドの友人達と話していて感じる、日本株低評価の理由は、以下の3点です。 1)ROEや利益率が全般的に低い 以下に、過去10年の、TOPIX(日本)、S&P 500(米国)、Hang Seng Composite(中国・香港)、KOSPI(韓国)の各主要株式指標に含まれている企業のROEと営業利益率(OPM)の比較チャートを載せます。これを見ると、日本企業のROEが0-10%で行き来している(現在8%)のに対して、米国では20%前後(現在25%)、中国(香港上場企業のみ)では15-20%(現在19%)、韓国でも15%前後(現在17%)であることが、見て取れるかと思います。 ROEの比較 ![]() 営業利益率(OPM)についても、米国企業が18-19%で高位安定しているのに対して、日本企業は5-15%程度で大きく上下しているのが分かるかと思います。これには産業構造の違いも影響しており、個別企業別で見ると、TOPIXの約4割を占める輸出関連銘柄においては、為替の影響もあって、この触れ幅がより大きくなりがちです。マージントレンドは他国よりも改善方向なのに、それが評価されない理由は、その辺りにあるのかもしれません。 OPMの比較 ![]() こうした利益率のデータには、言うまでもなく、国による会計制度の違いなど色々な背景があり、単純比較は困難です。しかし「グローバル比較投資」の時代においては、投資家は単純化してモノを考えざるを得ない部分があり、そうするとやはり、日本のROEや利益率の低さが目に留まります。 アメリカで典型的に優良長期投資家と言われる人達は、ROEやROIC(投下資本利益率)のような、企業が資本に対してリターンを生んでいるかという指標に注目する傾向があります。そうした観点から考えると、例えば貯め込まれたキャッシュのリターンは非常に低いものですし、営業利益率も遅々として改善しない、為替影響の最小化をする努力が遅れているなど、日本企業の経営は、まだお粗末と映ってしまいます。 ちなみに、この現金を貯め込む理由については、かつて某大手ゼネコンの経営者が、バブル後の厳しい貸し剥がしによる銀行への不信感と、設備投資をしようにも投資機会が少ないことが大きい、と指摘していました。中国でも同様に、キャッシュを貯め込む傾向が見られますが、それは借りると高い(金利は15%近いそうです)上、投資機会が沢山あるので、迅速に行動できるようにするためだそうです。 どちらも経営者の視点にに立つと、真っ当な現金貯め込みの理由に見えますが、こういうアジアでは当たり前の話も、株式市場のみならず、クレジット市場も高度に発達しているアメリカの投資家から見ると、なかなか理解できないようです。そして「よく分からないし、成長もないから、日本は見なくて良いや」となって、それが低評価やアンダーウェイトにつながっている、と言うわけです。 2)成長率が低いか非常にシクリカル 常識的な話になってしまいますが、株式投資の魅力は、「インフレ率を上回るリターンが期待できること」です。つまり経済が成長を続ける前提で、株価も上がり続けることが前提になっている、と言えるかもしれません。 しかし日本は、1997年頃から始まったと言われる労働人口の減少に加えて、円高による産業空洞化の影響もあってか、とくに内需関連(TOPIXの約6割を占める)については、今後長年に渡って、徐々に縮小していく可能性が高いと見られています。もちろん中には勝ち組企業もありますし、中国に進出するなどして頑張っている企業もあるのですが、単純化された「グローバル比較」の中で見れば、やはり「なんでわざわざ衰退する国に資本を配分する必要があるのか」となってしまうわけです。 更に厄介なのは、日本経済を牽引しているのが内需関連ではなく、輸出関連産業(自動車、機械、電機など)であることです。その結果、日本経済は、欧米や中国の経済という、いわゆる外需次第で、大きく上がったり下がったりする体質になってしまっています。TOPIXの大型代表銘柄の利益率も、日本経済全体と同様にシクリカルであることが多く、これが株式投資の主流である長期安定投資やバリュー投資を困難にしています。 以下に、1970年から2011年までの主要国の株価チャートを列挙してみました。これで見ると、日本の特殊性(市場の方向性と、サイクルによるアップダウン)が、クリアに見て取れるのではと思います。 TOPIX(日本) ![]() S&P 500(アメリカ) ![]() FTSE 100(イギリス) ![]() DAX(ドイツ) ![]() Hang Seng(香港・中国) ![]() KOSPI(韓国) ![]() 3)バリュエーションに割安感が無い 日本企業の株価は、利益率も成長率も低いのに、バリュエーション(株価評価)は決して割安とは言い切れないと考えられています。以下の国際比較を見てみると、そのことが分かるのではないかと思います。(右から二列目に、今年度利益予想ベースでのPER一覧があります。) ![]() これを見ると、成長率も利益率も高い中国市場でも、今期予想利益ベースのPERが、香港ハンセン指数で12倍、上海で13倍となっているのに対して、日経平均は17倍です。アメリカS&P 500は14倍、欧州の主要株式指数は10-11倍という水準です。 PERの逆数である「益利回り」と各国のリスクフリーレート(国債の利回り)を比べれば、日本のPERが高い(益利回りが低い)ことは正当化できると、理論的には感じられます。また日本には、国内投資を強く嗜好する資金が多額にあるため、PERが高くなってしまうことは、仕方が無い気がします。それでも単純国際比較の時代には、外国人投資家は「なんで成長もせず、効率も悪く、株主を軽視する日本株を、割高で買わなければいけないのか?」となってしまいます。 参考までに、日本、アメリカ、中国、韓国の、PERの歴史的推移についても、チャートを載せておきます。日本はかつてのような、異様なプレミアムではなくなっているのですが、それでも絶対水準で安いとは言えない気がします。 ![]() また、日本企業の利益率のシクリカル性から、変動幅の大きい利益額に振り回されるPERより、バランスシートベースのPBRで日本株を評価するべきだという議論も当然あると思います。しかし、ROEが資本コストを下回る企業が多かったり、過剰設備を抱えてバランスシート上の資産の簿価が嵩上げされていると思われる企業が多い中、PBRが1倍を割っていても割安感が感じられないという議論は、残念ながら真っ当である気がします。 以下に、PBRの国際比較も載せておきます。先に挙げたROE比較と合わせてみると、より有用かと思います。 ![]() 4)経営者が英語が話せずコミュニケーションが困難 そして最後の理由として、外国人投資家にとっての、日本企業とのコミュニケーションの難しさを、挙げたいと思います。 冷戦終結後に唯一の超大国となったアメリカは、インターネットの普及やWTOの拡大などもあって、グローバル化という名の下で、世界経済のアメリカ化を進めているように見えます。中でも情報産業である金融業界については、その傾向が極めて顕著であり、英語は完全な世界共通語になっています。そんな中、企業の経営陣が英語をスムーズに話せないというのは、日本株にとっては、大きなハンディとなっている気がします。 上で取り上げたアメリカ人投資家は、この点を指摘していたわけですが、こうした意見は、そもそも経済成長率が低く(またはマイナスで)、企業文化が株主フレンドリーではない日本にとっては、かなり厳しい話です。 英語の問題は、「東京をアジアの金融センターに」という話にもマイナスです。競合都市が、英語が通じる専門職の人材が多く存在し、更にはBRICsにも近くて規制も税金も低い、香港やシンガポールであることを考えると、これは当然な話なのですが、日本が切実に必要としている内需活性化という観点からは、残念な話です。 ![]() まとめ 今回は色々な株価関連のデータを使って、日本株が外国人投資家から評価されない理由について書いてみました。 特殊なコーポレートガバナンス、株価の割高感など、色々な原因が考えられますが、やはり最大の問題は、マクロ経済構造である気がします。中国株や韓国株を見ても、ガバナンスの問題は大きいですし、ディスクロージャーも日本に劣る場合が多い気がします。それでも目覚しい経済成長を遂げていれば、注目する人は必然的に増えますし、少々の問題は看過されがちです。 ちなみに、この話は「日本悲観論」や「欧米賛美」のような感情論ではなく、海外から見た日本市場の現実を、ストレートに伝えようと努めて書いたつもりです。外国人投資家も、なかなか日本人や日本株関係者に対して、面と向かってこういう話はしにくいでしょうが、いつも書いている通り、アメリカにいると、日本市場への関心は、ほとんどゼロに近いレベルまで下がっているように感じます。 しかし、外国人投資家からの日本株の評価がいくら下がろうとも、東京株式市場は、今でもアジア最大の取引流動性を誇ります。上海市場は東京より流動性が高いですが、外国人投資家が容易に投資できませんし、先物や貸し株市場も未整備なので、比較対象として不適切であると思います。そう考えると東京市場は今でも、香港の1.5倍程度、韓国の3倍程度の流動性を維持しています。 よって、日本株専門の投資家やファンドは、アメリカ人投資家が好むような長期保有が難しくても、サイクルを利用して比較的短期で投資をしたり、投資銘柄数を絞ったり、バリュー投資の手法でも買い時を慎重に見極めたりすることで、儲けるチャンスは幾らでもある気がします。日本株を扱う証券会社も、地域によって盛り上がりの差はあるでしょうが、市場の流動性が低下しない限りは、売買手数料は安泰であるように思います。 それでも、グローバル比較投資のトレンドが今後逆行する可能性は、あまり無いように思います。現時点で、株式投資を行っている資金の大半(9割近く)が欧米にあること、また東証の売買高も外国人が占める割合が半数前後に及び、株式保有率も4割に迫っていることを考えると、やはり現在のような低評価は改善した方が、日本の金融関係者のみならず、日本株で年金が運用されている日本人全般にとって、ポジティブである気がします。 データ出典:Bloomberg、2011年7月22日時点
2011年 06月 29日
ウォールストリートにとって、今までアジアのビジネス区分は、「Japan(日本)」と「Asia Ex-Japan(日本以外のアジア)」となっているのが通常でした。世界第二位の経済大国で、独特の文化に加えて言語の壁もある日本は、その他のアジアと区別されて当然、という雰囲気が、業界内にあったと思います。
![]() それが最近では、特に投資リターンを追及するバイサイド(機関投資家)の側では、「China(中国)」と「Asia Ex-China(中国以外のアジア、含日本)という区分が、かなり増えて来ているように感じます。かつての日本とアジアの立場の違いを知っている日本の金融関係者にとっては、かなり衝撃的な変化ではないかと思いますが、残念ながら、そうした時代は、既に過去のものになってしまったのかもしれません。 そのトレンドを裏付けるように、かつて「アジアの中の西洋」として重宝されていた香港は、日本以外のアジアの中心という立場から、中国はもちろんのこと、アジアの一部となった日本も含めた、アジア全体の金融センターという立場を、一層強めている気がします。 それだけ欧米から投資先として注目が高まっている中国ですが、最近では、それに伴うリスクについても、大いに注目が高まっているとように感じます。今回はそんな話について、少々書いてみたいと思います。 中国市場躍進の背景 ウォールストリートが、アジアを「中国とそれ以外」に区分するようになりつつある背景には、言うまでもなく、過去10年の中国経済の大躍進と、それに伴う株式市場の急拡大があります。 それに加えて、小泉改革以降の日本の政治的混乱や、労働人口減少による内需停滞を受けて、投資先としての日本の魅力が急速に落ちていることも、また事実としてある気がします。これらは、以前のブログ「Japan as No.3」などでも書いた通りです。 ![]() もちろん、中国経済がバラ色かと言うと、同国の政府も公に認めている通り、決してそんなことはありません。中国経済の成長は、それを沿海部と内陸部、都市部と農村部というような比較で見てみたり、名目GDP成長率、企業利益成長率、家計所得成長率のように分類してみてみると、とても歪んだものであることが分かります。 また、何も無い所に色々建設していく際には、高度成長が比較的容易に達成できますが、既に同国は、一人当たりのGDPで見ても、特に沿海部や都市部については、グリーンフィールドとは言えないところまで成長しています。 そして西洋では頻繁に指摘されることですが、同国は政治システムが、欧米や日本と大きく違います。日本もかつて「見えない文化の壁」が非関税障壁のように立ちふさがっていると、アメリカから大いに批判されて来ました。しかし中国は、経済システムは1978年以降は資本主義化したものの、ガバナンスについての考え方は、古い言い方をすると、「西側諸国」のそれとは大分違うと言える気がします。 そうしたことを勘案すると、これからも中国がアジアの中心として、西洋からの投資を惹きつけ続けるかどうかについては、紆余曲折があると考えた方が無難かもしれません。そして、そんな懸念を裏付けるようなニュースが、2011年に入って、同国から立て続けに聞かれるようになっています。 経済全体の問題 最初は今までも何度か触れたことがありますが、マクロ経済の話です。より具体的に言えば、加速するインフレーションと、それをクールダウンさせるための金融引締めが景気に与え得る、ネガティブインパクトの問題です。 中国は管理通貨制であるため、経常黒字を通じて海外から人民元高の圧力を受けると、それと同じだけの人民元を印刷して、ドルを中心とした外貨に買い向かわなければなりません。その結果、国内にはお金が溢れ、不動産バブルのような資産インフレ(通貨価値の下落)を生み出して、深刻な社会問題化していると言われます。 北京の中央政府は、そうした問題に対処するために、様々な形で金融引き締めを行っていますが、今でも金利は逆ザヤ状態で、銀行預金から受け取る利息よりも物価上昇率が高いことを知っている国民は、お金を不動産などの現物資産にプールしようとし、資産インフレに歯止めをかけるのは、制度的に困難を極めているように見受けられます。 ![]() と同時に、金融引き締め政策は、確実に中小企業などの資金繰りを苦しめているようで、一部の公共事業の削減や、住宅建設の減速などとあいまって、インフレと景気減速が同時に進行するような事態が、徐々に表面化しているといわれています。過剰設備など、急ぎすぎた成長のツケも方々に見られるようになり、それがすぐに収束するとも思えない状況です。 そうした懸念を受けてか、香港のハンセン指数は、年初来で4%値下がりしており、これは震災の影響を被った日本のマイナス6%にも迫る数字です。(中国国内の上海市場の下落率は2%に留まっていますが、上海は昨年も13%下落しており、香港が6%程度上昇したのとは対照的です。) 株価倍率で見ても、ハンセンのP/Eは今期予想利益の12倍と、S&P 500の13倍を下回っており、それだけ投資家がリスクに敏感になっていることを表していると言えるかもしれません。 ガバナンスへの懐疑心 マクロ経済の不透明感による中国市場への関心の停滞に、更に追い討ちをかけたのは、立て続けに明らかになった、中国企業による粉飾決算疑惑の問題です。 中国では、上海市場が基本的に国内投資家のみにしか開放されていないこともあり、世界から資金調達が出来るようないわゆる優良企業は、大抵が香港の株式市場に上場するか、最近では、アメリカ・カナダなど、欧米の株式市場に株式を上場させています。 その結果、ハンセン指数の時価総額の構成要素を見ると、金融業界だけで時価総額の6割(大半が大手国営銀行や不動産会社)、さらに石油等の資源会社大手と通信会社を加えると、8割にも及ぶという、マクロ経済の影響を正面から受けやすい企業が中心の、少々歪んだ構成になっています。 また、中国の企業には、大まかに言って、SOE(State Owned Enterprises=政府系企業)と民間企業があります。前者は日本で言うところの電電公社や郵貯銀行のような存在と言えばよいかもしれませんが、経営スタイルは保守的・官僚的であり、経営トップは政治家であると言われます。 対して後者の民間企業は、起業家精神旺盛な実業家がオーナーであることが多く、積極的な経営をすることが一般的に多いように感じます。 政治制度の違いから、一見すると、政府系企業の方にコーポレートガバナンスリスクが高いように感じるかもしれませんが(実際、通信業界などは、競合しているトップ3社で社長がローテーションしたりします)、2011年に入って、民間企業のコーポレートガバナンス問題が、大々的に注目を集める事態がいくつか発生しました。 米系ファンドも犠牲に? まず最初は、今年の2月に発覚した、2009年上場のChina Forestry(チャイナ・フォレストリー)の粉飾決算等の疑惑です。2月9日のWSJのブログ記事にあるように、監査法人であるKPMGが2010年度の決算に疑問を呈した後、同社のCEOが株式を売却していたことが発覚し、同社の株価は2割以上急落した後、売買停止となりました。 この事件が大きな注目を集めたのは、同社が、プライベートエクイティファンド最大手の一つであるCarlyle Groupが、大株主となっていたためです。Carlyleと言えば、中国に特化した人民元建てのファンドを設立する動きを見せるなど、欧米バイアウトファンドの中でも「中国通」と言ったイメージがあったファンドです。同社の政府とのコネクションの強さも、広く知られるところかと思います。それほどの一流ファンドでも避けられなかった、コーポレートガバナンスの問題の根深さに、欧米投資家の中国株への懐疑心は、一気に高まったと言える気がします。 そしてより最近では、5月にアメリカに上場しているソフトウェア会社Longtop Financial(ロングトップ・フィナンシャル)に、粉飾決算の疑いが噴出しました。5月26日のNY Timesの記事によると、この問題は、ロングトップの監査法人を6年連続で勤めていたDeloitte Touche Tohmatsuからのレターで発覚し、1ヵ月半で株価が4割下落したところで、同社の株は売買停止になりました。 同社は、Deutsche BankとGoldman Sachsという欧米の大手投資銀行二社が2007年に上場主幹事を勤め、2009年にはDBとMorgan Stanleyが主幹事となって追加株式資本調達を行っていました。売買停止前の時価総額も$1bn(約800億円)に上り、一見普通の中堅優良企業のように見えます。大手監査法人や投資銀行と取引があり、大株主に米国の名だたる投資信託やヘッジファンドが入っていた同社の粉飾決算の問題は、大変注目を集めました。 それに追い討ちをかけるように、6月に入って、1994年設立の民間企業で、中国で林業を営むカナダ上場のSino-Forest(サイノ・フォレスト)に粉飾決算の疑いがある、との噂が広まりました。同社の大株主は、2008年のリーマン危機で大きな儲けをあげ一躍有名になった、世界最大級のヘッジファンドPaulson & Coで、そんなプロのヘッジファンドでも中国の問題は見抜けないのかと、恐怖心を一層煽る結果になったと言える気がします。 ![]() もちろん、LongtopやSino-Forestの投資家がいかに大手の投資信託やヘッジファンドであったとは言え、リサーチを行う際の情報量や、その分析に費やせる時間には、限りがあります。投資の現場では、リスクが皆無という投資先は基本的に存在しませんので、常に「リスク対リワード」を検討した、効率的判断を行うことが求められます。 よって、一部の報道で見られたように、それらのファンドの投資調査を「手抜き」と非難するのは、少々アンフェアである気がしますが、とは言え金銭的にはかなりの打撃になってしまったことは、間違いない気がします。そうなってくると、ウォールストリートにはありがちですが、「そんな良く分からない海外の市場に投資しなくても良いのではないか」という空気が蔓延してきます。先に述べたハンセン指数の低い株価倍率は、そんなことも反映しているのかもしれません。 Muddy Waters Research 上記のSino-Forestについてもう少し書くと、この話を一層ドラマチックにしているのは、粉飾決算の疑いがある企業の株式を空売りし、その後に自分達の調査結果を公表するという手法を取っている、Muddy Waters Researchという企業の存在です。 大手ヘッジファンドPaulsonに打撃を与えたSino-Forest株の下落のきっかけも、6月初頭に同社が発表したリサーチが原因であり、6月末現在でも、同社がリサーチをしている、と噂が流れるだけで、少しでもコーポレートガバナンスに疑いがもたれていた企業については、株式が大きく下落する事態に至っています。 何となく株価操作のような、危険な匂いのする話ですが、Muddy WatersのCarson Block氏は、6月7日のBloombergの記事などにおいて、同社の投資判断はインサイダー情報に基づいたものでは一切なく、また、かつてから度々批判の対象とされている、ウォールストリートの投資銀行部門と調査部門の関係のような利害相反も存在しないため、何の違法行為でもない、と強気です。 リーマン危機の前にも、同社の会計内容に公然と疑問を呈したGreenlight Capitalという有力ヘッジファンドの話を書きましたが(「Lehman対ヘッジファンド」2009年6月8日)、その再来のように感じられなくもない話であり、同社が言うように、一般情報に基づいて独自のリサーチをし、企業の不正を暴いたのであれば、むしろ賞賛されるべきかもしれません。しかし、リサーチをしているという噂だけで株価が動く事態に至っては、今後、米国や香港の金融当局が目を光らせることになるかもしれません。 Reverse Merger 実はMuddy Watersは、どこからともなく沸いて出てきたわけではありません。去年くらいから、主にアメリカにおいて、Reverse Mergerという手法を用いて「裏口上場」をした中国企業の決算内容が疑わしいという話が、ウォールストリートで囁かれるようになっており、そうした問題企業を見つけることは、密かなテーマになりつつあったように思います。 Reverse Mergerとは、上場済みの会社に未上場会社を買収させる形態をとって、適正な上場審査を受けずに上場ステータスを手に入れる手法です。それだけ市場の目が会計内容に光りにくくなりますが、中小企業がお金と手間を省いて上場する手段として、様々な批判がありつつも、アメリカでは以前から存在する手法でした。 しかし、その手法を用いて上場した中国企業には、極めて問題が多いようで、6月27日のCNBCの記事によると、2011年に入ってからだけでも20以上の中国からのReverse Merger企業が、会計事務所の変更や、会計報告の修正を行っているそうです。中には経営者による横領などが発覚した企業もあり、10以上の企業の株式が、売買停止になっているそうです。 ![]() もちろん、Reverse Mergerが全て怪しいという訳ではなく、更に言えば、中国の民間企業のガバナンスが全て悪い、というわけでも当然ありません。よって、恐怖や感情に駆られた投資家によるパニック売りの横には、それを空売りのチャンスとみる投機筋がいるのと同時に、企業のファンダメンタルズに照らして株価は大幅に割安と判断し、買い向かっている投資家もいるようです。 これは上場株式の投資家に限った話ではなく、6月21日のBusiness Weekの記事によると、2011年に入ってから6月までに、少なくとも6つのアメリカ上場中国企業のバイアウトが発表されており、合計投資額は$1.96bn(約1600億円)にも上るそうです。まさに「生き馬の目を抜く競争」とでも言えそうな話ですが、ファンダメンタルズとテクニカル(心理)要因が混在する金融市場の特性、と言えるかもしれません。 チャイナ・リスクと日本 上で見てきたように、中国には、かつて日本の「ケイレツ」や韓国の「チェボル(財閥)」による株式持合いが問題になったように、独特のガバナンスの問題があることは否めません。それでも今後ウォールストリートのアジア区分が、「中国」と「中国以外のアジア」と言った方向に変わっていくことは、間違いない気がします。 翻って日本を見てみると、日本企業はリーマン危機後の果敢なリストラ努力によって、円高にも関わらず、2007年のピーク時の7割近くまで、その利益率を回復させています。にも関わらず、株式市場は、相変わらずの欧米投資家からの関心の低さに加えて、国内投資家が日本株から途上国株に資金を移していることもあってか、歴史的な低価格に留まっています。 株式の取引高だけを見ると、東京は今でも香港の1.7倍ほどの規模がありますが、上海市場は、既に東京の取引高を2割ほど上回っています。今後上海が、徐々に外国人や外国企業に開放されていくことが予想されるため、日中のGDP逆転や内需成長期待の決定的違いも含めると、日本が「Japan vs. Asia Ex-Japan」という立場を取り戻すのは、もはや難しいかもしれません。 ![]() と同時に、ウォールストリートや世界の投資家からは、今後「チャイナ・リスク」についての注目が、一層高まることが予想されます。かつてはマクロ的な話や政治的な話が中心でしたが、今後はコーポレートガバナンスにも一層の圧力がかかり、グローバルスタンダードを満たせない企業には、市場から退場圧力がかかることも予想されます。これは中国の一部の経営者や株主にとっては迷惑かもしれませんが、世界にとっては望ましい変化である気がします。 最近アメリカの景気は、QE2の終了による腰折れが深刻に懸念されており、リーマン危機後に進展している家計のデレバレッジングも、バブル以前のレベルに到達するには、まだ数年を要するように見えます。欧州も、ギリシャ問題の再燃を受けて、不安定な状況が続いているようですし、日本も原発問題の長期化が、景気見通しを大きく悪化させている気がします。 そのように考えると、いかに中国にリスクがあるとは言え、潜在的な成長ポテンシャルや世界経済に与えるインパクトも大きいため、今後も同国への注目は、引続きある程度は高止まりするように思います。そんな中国と今後どう向き合って行くかは、隣国である日本は言うに及ばず、世界に投げかけられた長期的な課題と言えるかもしれません。
2011年 03月 27日
3月11日(金)に発生した東日本大震災は、津波被害の広がりや福島の原子力発電所事故の首都圏への影響拡大など、未曾有の危機に発展しています。被災者や関係者の皆様には、心よりお見舞いを申し上げます。
ニューヨークでも、在米邦人や著名人がリーダーシップを取って、数多くの被災者救済のチャリティイベントが連日のように開催されています。911を経験したニューヨークでは、事件直後に市長(当時)のジュリアーニ氏が、「一刻も早く立ち直るために、みんなで映画やミュージカルを見に行こう」と明るく振舞ったというエピソードがありますが、こちらからの援助が一刻も早く被災者関係者のもとに届き、当地が日常生活を取り戻されることを、願って止みません。 (在外邦人の方は、寄付をする際、万が一にもお金が日本以外に回されるリスクを避ける為に、国際機関や現地のNPOではなく、直接日本にある団体か、または現地の日本関連団体を選ぶことを、お勧めします。) ![]() このような大変な困難と混乱の折でも、日本を含む世界中の金融市場は、人々の日々の経済活動と同様に、通常通りに動いています。そして欧米では、経済大国である日本の未曾有の震災や、原発事故、計画停電などによる、世界経済の影響を懸念する声が、多く聞かれます。事の重大さは、G8が震災後の週明けに、急速な円高リスクに対処するために、異例の円売り協調介入を行ったことなどからも、見てとれる気がします。 当ブログでは、欧米の金融業界の動向や関心事について取り上げていますので、今回は「震災の世界経済に与えるインパクト」と、より長期的かつ前向きな議論に繋がる可能性のある「日本のリーダーシップ」という二点について、書いてみたいと思います。 災害の経済インパクト 震災が世界経済に与える潜在的影響については、震災直後より日本の証券会社や東京に拠点を持つ欧米の投資銀行などが、様々なリサーチレポートによって詳細に分析をしています。そんな中、3月25日にWSJが「Japan: The Business Aftershocks(日本:企業活動への影響)」と言う記事によって、かなり細かい業界別の影響の分析を載せていたので、この記事の内容を参照して少々書いてみたいと思います。 この記事は冒頭で、「今回の震災を受けて世界中の企業が、この島国に如何に大きく依存しているかを思い知る結果となった」と書いており、日本は世界GDPの9%を占めること、アジアに進出する欧米企業にとって貴重な最初の進出先であること、そして世界中の製造業のサプライチェーンに占める重要性について、ハイライトしていました。 ![]() 例として挙げられていたのは、コンピュータやデジタル家電の心臓とも言える半導体の材料となる、シリコンウエハーの製造における日本の世界シェアが、6割に達すること、それが震災による工場停止によって、世界供給量の25%が停止してしまったこと、そして半導体を載せるプリント基板の原材料である化学物質については日本が世界シェアの9割を持っていること、などがあります。 また自動車産業においても、震源に近い茨城県に本拠を置く産業電機大手の日立製作所が、自動車エンジンへの空気流入量を計測するセンサーにおいて世界シェアの6割を持っていることが挙げられていました。自動車はそもそも、サプライチェーンが最も長い産業の一つと言われ、日本国内のサプライチェーン停滞・断絶の影響は、既に米国のGMや欧州のPeugeot-Citroenにも及んでいます。 多くの産業が部品や材料についてある程度の在庫を持っており、それで何とか対処をしているようですが、WSJの記事では、最終的には、日本経済がどの程度すばやく復興できるかどうかが、世界中の製造業者に与えるインパクトの大きさを決定するだろう、と指摘していました。 製造業以外にも、日本国内でサービス業を展開している外資系企業は、金融業から小売業や服飾品まで、多くの企業がその対応に追われているようです。1995年の阪神大震災の際には、消費者心理が完全に回復するのに、半年を要したと言われています。しかし当地への電力供給は一週間で回復したとも言われており、原発事故の影響による首都圏停電など、インパクトが広範かつ長期に残りそうな今回は、消費へのネガティブインパクトは、当時よりもさらに長く続いてしまうかもしれません。 例えばWSJのグラフでは、Tiffanyが全世界の売上の2割近くを日本に依存している、などといったデータを提示していました。他にもIT産業の大手企業がいくつも挙げられており、これには欧州企業は入っていませんが、欧州企業でも日本の消費に大きく依存しているところがいくつもあるであろうことは、想像に難くありません。 しかし、このような厳しい復興の道のりが予想される中でも、欧米の主要メディアや金融機関で、日本経済の復活を信じていないところは、一つもないように思います。 原発事故の影響については、当初欧米の主要メディアの報道が過熱気味で、結果、在京の外国人の友人の多くが、一時的に海外に避難する事態に至りました。しかしそういう人たちですら、自分の大好きな日本の早期正常化を信じ、忸怩たる思いで日本を離れた人が多かったように思います。(情報が入りにくい外国で、大きな原発事故が起こった際に、在留邦人が取るであろう行動を想像すれば、そもそもそういう人たちを責めることは出来ない気がします。) そもそも欧米メディアが、原発事故の深刻さを誇張して報道しているように見えた原因のひとつに、彼らがその後も厳しく指摘していたところの、東京電力や一部日本政府の情報開示姿勢の問題があった気がします。特に東電については、昔から問題隠匿体質であったなどと、名指しの相当厳しい批判記事も散見されました。 と同時に、被害拡大を食い止めるべく命がけで奮闘する、現場の従業員への大いなる賞賛を始めたのも、欧米メディアであったように思います。そう考えると、彼らが指摘したいのは、日本の技術力や勤勉さ(現場)の問題ではなく、上に立つリーダーの危機管理能力の欠如であると言えるかもしれません。 リーダー不在? 混迷を続ける政治は言うに及ばず、日本企業の経営者は、海外企業と比較すると、いわゆるリーダーシップを発揮するタイプの人が少ないように思います。これは政治家や経営者の能力云々の問題ではなく(もちろんそれもあるかもしれませんが)、完全に制度疲労を起こしている日本の政治制度や、日本独特のコーポレートガバナンスの仕組みそのものの問題点であるのかもしれません。 そんな事を考えていたら、今週末の3月16日号の英Economistに、「Japan’s disaster – A crisis of leadership, too(日本の大災害-リーダーシップ欠如の危機でもある)」という記事が載っていました。その記事の導入はずばり、今回の同時多発的災害に際して、日本に深く根ざす「リーダー不在」の問題があからさまになった、というものです。 ![]() この記事でも最初の部分では、他の多くの欧米メディアと同じように、日本人の「がまん」の精神と、それによって歴史上いくつもの大災害を乗り越えてきた事実を賞賛しています。しかしそうした日本国民の多くが、こんなに秩序立ち且つ裕福である国家のリーダー達が、なぜ津波被害者の救済や原発事故の抑え込みにそんなに時間がかかるのかに疑問を持ち始めている、と指摘していました。 ただしEconomistは、一方的に民主党政権を批判することはせず、1995年の阪神大震災の際には、自民党政権の対応はより後手であり、緊急災害対策本部の立ち上げは隣国の韓国に遅れを取り、「無能な人材」が国を統治していることを悟った国民の怒りによって自民党の地位は失墜した、と書いています。 しかし、今回の震災で改めて政治と原子力発電業界の癒着が浮き彫りになり、当局者達が話をにごしたり、情報開示を遅らせたり、楽観的過ぎる見通しを示したりするに至っては、日本は政権交代よりもさらに大きな制度改革が必要であることが明らかになった、と指摘しています。 同時にEconomistでは、震災被害者の救済の遅れについても、政府は原発事故に手一杯になってしっかり対応していない、政治家が現地に乗り込んで直接手を下したり、メディアが現場取材を断行したりという動きも非常に遅く、企業や被災者が何とか持ちこたえようとする一方で、官僚は古びたルールや形式的手続きに捉われていると、厳しく批判しています。 先日も、ニューヨークのマスコミ関係の知人と話をする機会があったのですが、彼も「日本政府は震災後にすぐに非常事態を宣言すべきだったのに、何故それをしなかったのか」と、とても不思議そうでした。全く同じことがEconomistでも指摘されており、震災から二週間たった今でも、誰がどの問題に対応する責任者なのか、今だに不明確である、と指摘されていました。 この記事の結論は、「がまん」の精神は逆境を乗り越える為には大いなる資産となるが、社会に変革をもたらすには大きな妨げになる。日本国民は、自分達を長らく失望させてきた現行のシステムに対して、正当な怒りをぶつける時である、というものです。 今回の災害によって、日本の世論が、システムを大きく変えるほどの高まりを見せるかは、不透明な気がします。しかし個人的には、Economistが言うところの「顔の見えない首相を生み出し続ける」政治制度の大幅な改革や、危機管理力あるリーダー育成の原点ともいえる教育制度改革などに向かってくれることを、期待したいと思います。 株式市場の反応 最後に余談ですが、震災直後の数日間、日本の株式市場は大暴落し、その後に急回復しました。ここで誰が売って誰が買っていたのか、ということですが、売り手の中心は日本の機関投資家、買い手の中心はアメリカの長期の機関投資家と日本の個人投資家の一部、であったそうです。 日本の機関投資家については、余震や停電の続く東京で、日々問題が拡大する原発事故のニュースを目の当たりにしながら、平常心で投資を行うことの困難さは、想像に難くありません。しかも昨年くらいから、資産を国内株から海外株(特に途上国)にシフトさせる行動を取っているそうで、その流れから今回は売りが加速したのではないかと、ある証券会社の人が話していました。 アメリカにおいては、一時売り買いの倍率が1:8などと、圧倒的な買い超過になっていたそうです。それに対して欧州の投資家は、主に様子見であったそうで、特に大陸系は、ギリシャ危機後にリスクを取れなくなっていることが大きく影響しているそうです。 アメリカの投資家は、Warren Buffett氏に代表されるように、企業のファンダメンタルズに注目した長期投資戦略をとるところが大半です。今回は、日本企業の収益性の回復度合いと、株価評価の乖離に注目して、短期的な暴落をチャンスと判断して、買いを進めたのかもしれません。 しかし、今後の原発事故の状況や、長引く恐れのある計画停電によって、日本経済や企業活動にどれ程の影響が出るのかは、現時点で予想することは困難です。また、日本経済のけん引役ともいえる欧米の景気回復が、中東の政情不安によって暗雲が垂れ込めてきているリスクも踏まえた上で、考える必要があるかもしれません。 実際、欧米メディアやウォールストリートの注目の中心は、既に日本の震災から、リビヤでの内戦に移っているように思います。東北地方の被災地が、今後何年もの間、救援を必要とするであろうことを考えると、海外からの震災に対する関心が薄れることのないよう、政府やメディア、在外邦人等が努力し続けることを期待したいと思います。
2010年 08月 26日
前回、WSJ、FT、日経新聞の記事をベースに、日本と中国のGDPが逆転し、日本経済は世界第三位に順位を下げることが確実となった、というエントリーを書きましたが、同じ週の金曜日に出たThe Economist誌の8月21日号にも、「Japan as Number Three – Watching China Whizz By (三位転落の日本、中国の跳躍を尻目に)」と言う記事が掲載されていました。
![]() この記事の中でEconomistは、日本の問題点について具体的に指摘しているので、前回に引続き気分の良い話ではありませんが、欧米の金融界の声を紹介するという観点から、抄訳を中心に簡単に紹介してみたいと思います。 まず、記事の冒頭で Economistは、「わずか5年前まで、中国のGDPは日本の半分に過ぎなかった」と指摘しています。そして、「人口が10倍の中国に、日本が経済規模でいずれ抜かれるのは、宿命であったとは言え、そのスピードは驚くべきものがある。わずか20年前には、世界一の座も狙えると言われていた日本が、世界第三位に転落したと言うのは、心の暗くなるような一大事である」と書いています。 そんな同誌が指摘する日本の問題点は、以下の通りです。 1.日本の「ボス」達は改革を拒んでいる 日本の政財界のトップは「現実の権力シフトを受け入れることを恐れているか、古くて慣れ親しんだモデルにしがみついている」。 ・・・この指摘は、一橋大学教授の見解を引用する形で紹介されていましたが、先日のエントリーに頂いたコメントにもあった、「戦後に高度成長を実現した世代が、今では逆に、経済改革の妨げとなっている」というご指摘と、同じ話かと思います。そうした世代が引退するまで改革は出来ないのか、また(悠長な話ではありますが)その世代の引退後であれば、本当に改革が実行できるのかは、共に注目すべき点だと思います。 2.日本のシステムはゾンビ企業を存続させ、産業の新陳代謝を阻んでいる 国が様々な組織(産業再生機構など)を設けることで、倒産して然るべき企業群が救済されている。その中には、時代遅れの携帯通信技術に投資して立ち行かなくなった会社まで含まれ、そういう会社に多額の税金がつぎ込まれているる。日本の企業倒産率はアメリカの半分であり、新興企業が立ち上がる率はアメリカの3分の1以下である。ベンチャーキャピタリストは希少で、官僚的な信用配分は企業の「野心的行動」を阻害し、「ゾンビ企業」を育てている。 ・・・このEconomistの議論の背景にあるのは、外国人投資家が日本株に投資をする際の最大の障害となっている、日本の「資本効率の軽視」だと言える気がします。従業員の雇用継続を最重視する、企業存続のために現金を貯め込む、といった企業行動は、日本側から見るとごく自然な事かもしれませんが、外国から見ると、とても不可解に映ります。 実際、企業が保身にこだわるがために、収益性を悪化させて体力が消耗したり、外国企業との競争力が低下したりという事態を招いては、元も子もないように思います。そのような状況を政府も一緒になって生み出している、というのが、Economistの指摘なのではと思います。 3.「年功序列」が実力主義を阻んでいる 日本では、人材資源を最大活用するシステムが、うまく機能しない。と言うのは、「年上を敬う」文化は、すなわち「優秀な」人材ではなく「年配の」人間に、優先的に出世の道を開くことになるからである。社長はいつまでも退社せず、会長や相談役として会社に留まるので、若い新社長は、前代の犯した過ちを正すことを躊躇してしまう。その結果、かつて「現代の侍」と言われたサラリーマンは、「草食動物」などといわれるようになっている。 ・・・この話から3つ続けて、日本が人材資源を活用できていないという点を、Economistでは日本の問題として挙げていました。まず年功序列の弊害例として、03年と10年を比較すると、起業家になりたいという新入社員は半分の14%に低下する一方で、生涯雇用を希望する人の率は倍近くの57%になっている、と指摘しています。 また外国に出たがる人も減っており、外務官僚までもが、国内に留まることを希望している、という話も取り上げられていました。 4.「草食系」男子は、上の世代より更にグローバル化に対応していない 2000年以来、アメリカで勉強する中国人とインド人の数は倍増しているが、日本人学生の数は1/3低下し、アジア諸国からの留学生合計の、ほんの一部にまで落ち込んでいる。日本の中等教育では、英語が何年にも渡って必修とされているにも拘らず、日本人学生の英語力テストのスコアは、先進国内で最低である。 ・・・先のエントリーでも触れましたが、Economistも「英語が絶対的に重要と言うつもりはないが、日本は輸出依存型経済であり、その生命線が外国との関係にある」にも拘らずの、国民の英語力の無さは、大いに問題である、と書いていました。これは純粋な「言語能力」ではなく、国際的な場での交渉やコミュニケーション力と言う意味で、その重要度は90年代のグローバル化の時代以降、飛躍的に増した気がします。 そして2010年以降の世界を考えると、日本企業は製造拠点や最終製品販売市場として、ますます中国やアジアへの依存度を高めていくことが予想されます。そのような時代には、英語によるコミュニケーション力に加えて、中国語等アジア言語でのコミュニケーション力も、求められるようになるかもしれません。それを睨んだ先進的メーカーが、管理職に対して、英語プラスもう一つの言語取得を義務付けた、と言うニュースは、象徴的であるように思います。 5.日本は潜在労働力の半分を未活用である 日本企業の管理職に女性が占める割合は、わずか8%であり、この数字は米国の40%、中国の20%と比べると、極めて低い。取締役会のメンバーを勤める女性の数は、クウェートよりも少ないといった始末である。女性の平均給料も、男性と比べると6-7割程度である。 ・・・よく北欧の福祉国家は国民が幸せである、という統計を見かけますが、似たような福祉国家へのニーズがあり、且つ少子化に苦しむ日本では、女性の社会参加のサポートは、税制改革と合せて、必須のような気がします。北欧の国では、夫婦共働きが事実上強制に近いそうですが、そうでもないと、高い税金を払って、福祉支出が支えられないと言うことなんだと思います。 また記事の中では、某コングロマリット企業の経営者の「採用基準に達している求職者の7割は女性なのだが、実際に採用される女性は1割程度である。その理由は、就職後に工場や炭鉱などに出向いて『女性らしからぬ仕事』をすることになるかもしれないからである」という発言や、某大手飲料メーカーが、女性管理職の数を2015年までに倍増させると言うが、その時点での目標となっている割合は6%である、と言った事を、半ば嘲笑的に紹介していました。 6.日本の問題は複合的で、政治や行政は適切に対応できない 2010年6月に経済産業省は、「日本の成長戦略」なるものを提示し、政府支援を受けるに相応しい産業を多数挙げていた。しかし、この計画策定に携わった官僚の多くが、7月の定例異動によってたらい回し的に担当を外れてしまったようなので、この戦略がどれくらい実行に移されるかは、知る由もない。 ・・・確かに、先日のエントリーで書いた、ニューヨークで投資家向け説明会を開催してくれた経済産業省の方は、帰国後に全く別の部署に異動されたようでした。戦後通産省が大きな役割を果たしていた頃から、こういう慣行があったのか知りませんが、経産省に限らず霞ヶ関の存在感が薄れている原因は、バブル処理に手間取る中で、色々な制度疲労も表面化し、国民の信頼が失墜してしまった為なのかもしれません。 民主党政権も、「脱・官僚」のスローガンが、手段ではなく目的化してしまっているように感じますが、国益を真剣に考えている人も多くいるであろう高級官僚を、政治家からマスコミから、国民を挙げて貶めることに何のメリットがあるのか、非常に不可解です。官僚も手を下さず、政治家にも政策立案能力がなく、そして財界は過去の栄光から脱せないでいるとなると、日本にビジョンが欠如しているのも、仕方が無いのかもしれません。 7.国内メディアは日本経済の三位転落の重要度を軽視している 日本のマスコミは、日本経済が中国に逆転された事実について、大して重要な事ではない、といったトーンで報じている。逆に、心配性の人は、人口のずっと少ない韓国も、そのうち日本を超えてしまうのではないかと危惧している。日本は今後、銅メダルを守る戦いを、どのくらい続ける意志があるのだろうか? 日本びいきの人は、日本は過去にも大きな危機が発生すると、奮起して危機を乗り切って来た、と指摘する。しかし日本を経済大国に押し上げた20世紀的な手段、例えば、手軽に手に入る資本、巨大企業群、暗記型教育、高級官僚による管理、男性サラリーマンの生涯就職などは、どれも21世紀にそぐわない。根本的改革が出来なければ、すぐに日本は、第四位、第五位に、転落してしまうだろう。 ・・・日本の経済メディアを見ている限りだと、それなりに危機感を煽るような報道が増えているように思いますが、そうでも無いのでしょうか。もしくは外国から見ると、そのレベルやスピードが不十分、もしくは内容が既得権益寄り過ぎる、と映るのかもしれません。 以上、Economistの一つの記事について、かなり細かく書いてみましたが、欧米で影響力があると言われるメディアから、このような厳しい評価を受けていると言う事実は、知っておく価値がある気がします。この記事の結論は、要するに、「日本の敵は日本」、つまり、21世紀に日本の改革を妨げているのは、20世紀の古い日本である、と言うことかもしれません。 もちろん、最終的に国をどうして行くかは、日本国民自身の選択であり、外国からとやかく言われることではないと思います。しかし、躍進目覚しい中国に、経済大国としての色々な責任を求めていくためには、自らも経済大国としての自覚を持って、世界経済に対して積極的に責任を果たしていくべきではないかと感じます。
2010年 08月 22日
8月に入って世界中のメディアが、中国のGDPが四半期ベースでとうとう日本を追い越した、このまま行くと、通年でも中国は世界第二位の経済大国となり、日本は60年代以来始めて、世界第三位に転落する見込みである、という記事を載せていました。
8月17日のWSJは、「Japan as Number Three」という記事を、80年代に注目を集めたハーバードのEzra Vogel氏の書籍「Japan as Number One」と掛けて掲載し、冒頭では「若い読者には信じられないだろうが、20年前にはアメリカのエスタブリッシュメントは、日本が米国を追い抜いて世界一の経済大国になるだろうと本気で考えていた」と、日本経済の衰退と中国の躍進を、象徴的に捉えるような言い回しを使っていました。 ![]() WSJの記事の中でも、国民一人辺りのGDPでは、(人口が中国の10分の1である日本は)今でも中国を大きく引き離しており、生活水準も日本の方が、比較にならない程高い。しかし、1990年から2009年にかけて、中国が平均年率10%程度で成長を続けて来たのに対して、日本の成長率が2%以下で推移してきた事が、今回の歴史的順位変更をもたらしたと、今後の見通しも含む「経済成長率」の違いを強調して、懸念を示しているように感じました。 またWSJでは、バブル崩壊以来、史上最長のケインジアン経済政策(政府支出の拡大による景気の下支え)を実行することで、政府負債のGDP比率は200%届く勢いであるのに、その巨額の政府支出は、経済改革や、経済成長を促す方向には、ほとんど使われて来なかった。その結果、日本経済の停滞は20年も続き、これは日本国民のみならず、経済大国日本の成長メリットを享受できない世界全体にとって、大変不幸なことである、と書いていました。この最後の「世界全体にとって」というコメントは、日本に対して、経済大国としての責任の自覚と、その地位に相応しい世界経済への積極的貢献を、促しているものなのかもしれません。 「大国の責任」と言えば、日経新聞(オンライン版)が8月21日に「日本超えを喜ばない中国 『大国』の責任どこまで」という記事を載せていましたが、そこで使われていた名目GDPの絶対額の推移のグラフは、日中の経済成長のスピード差を、明快に示している気がします。と同時に、このグラフは、リーマンショック後の円高で、日本経済が成長しているように見えるという、GDPを「ドル建て」で評価することの問題点も、端的に示しています。 上記のFTの記事も指摘している通り、日本が西ドイツを抜いて、世界第二位の経済大国になった1968年当時、ドル円レートが360円に固定されていたのが、1985年のプラザ合意に至ってその3倍に価値が上がったことは、広く知られている所です。人民元が今日同様に過小評価されていると考えると、実質的な中国のドル建GDPはとっくに日本を遥かに上回るレベルであり、むしろ一番上のチャートが示しているように、「アメリカに追いつくのはいつか」という議論の方が、適切であるのかもしれません。 もちろん、中国が世界第二の経済大国になったと言っても、世界中の経済メディアが指摘する通り、68年当時の日本と現在の中国との間には、都市化や公害問題と言った共通点と同時に、日本が世界に通用する企業群を既に生み出し、貧困問題も解消しつつあったのに対して、中国は今でも低い労働コストに依存した「世界の下請け」を続け、また国内に深刻な貧富の差を抱えるなどと言った、大きな違いが存在します。 特に「世界に通用するブランドを持たない」という点については、中国のエリート若者層の間では、「今でも民主主義を確立していない」という点と並んで大きく問題視され、自戒の念を持って議論されているようです。中国メーカーのR&Dコストは、日本や韓国と比較するとまだまだ低いようで、中国から明日のTOYOTAやSAMSUNGが生まれる日は、まだ先なのかもしれません。 しかし、中国の「経済規模」と、その「変化のベクトル」が、いかに世界に大きなインパクトを与えているということは、世界中から人と情報が集まるニューヨーク、ウォールストリートでは、極めてはっきりと感じられます。特に、リーマン危機を上手に乗り切った中国が、日本を上回る米国債の最大の保有国となっていることや、人民元が過小評価されていると考える向きの多い欧米では、中国の経済成長のインパクトは額面以上であると考えられている事もあってか、日本と比較した中国への注目度の高さは大変なものです。 ![]() 株式投資の世界でも同様で、残念ながらアメリカ人投資家の日本株に対する評価は、「批判的」から「無関心」に、既に移ってしまったと言っても過言ではない気がします。アジアの中では、日本が今でも最も発達した株式市場を有していることもあり、日本は完全に「無視される」とまでは至っていません。しかし証券会社でも、日本とアジアに分かれていたセールスチームは徐々に統合されて、アジア側の人間がトップに立つことが多いように見受けられます。 また、大手金融機関のアジア地域のRegional Headquarters(地域本社)に選ばれるのも、東京ではなく、英語が通じ、中国本土に隣接し、また様々な税金優遇策も存在する香港です。最近では、投資信託大手Fidelityの著名ファンドマネージャーAnthony Bolton氏が、香港に移ってで中国株投資を始めたり、欧米の大手ヘッジファンドが香港にオフィスを開設したりと、その傾向は、最近ますます顕著になりつつある気がします。 (もちろん欧米ファンドは、ホットな時に、常に一歩送れて現地オフィスを開設する傾向があるので、現在のトレンドは、中国の一時的ピークアウト感を示しているのかもしれませんが。) ![]() 金融業界以外でも、アメリカの一流と呼ばれる大学では、日本人の学生数は減少の一途を辿る一方、中国本土出身の学生が、MBAやロースクールで、どんどん存在感を増しているそうです。日本では留学熱もすっかり冷めているそうですが、世界的な人脈形成の場であると言えるアメリカの大学や大学院での、日本の相対的な存在感の低下は、長期的には国益にもマイナスかも知れません。 もちろん、WSJにもありましたが、日本の奇跡の経済成長の原動力が、戦後の復興と豊かさに対する国民の強い意志と欲望であったことは明白です。今日、同じように貪欲で前向きな中国と、既に高い経済成長と豊かで安定した生活を実現した日本の成長率を単純比較することは、少々アンフェアであり、また日本と中国が欧米から学ぶべき事の量の差を考えると、留学生数の差の比較も、そこまで意味がないことかもしれません。 とは言え、日本の相対的国際地位の低下は、恐らく日本で感じられているよりも遥かに深刻であり、その事を日々肌で感じることの出来る在米・在欧邦人の多くが、日本の経済力の低下に、以前から強い懸念を示して来ました。しかし英語で伝わる外からの情報が入りにくい日本では、かなり最近まで、「そんな危機感を感じる状態にない」という声が多勢であったように思います。 しかし最近は、日本にいる友人・知人たちからも、「日本社会に閉塞感が漂っている」という話をよく聞くようになりました。国民の多くが基本的に豊かで安定した生活を送っているはずの日本でも、さすがに長期間に渡る経済停滞がじわじわと国民生活に影響を及ぼして、それが閉塞感につながっているのかもしれません。 最近、日経新聞(オンライン版)が、特集コラム『日本、世界での存在感低下 ジワリ衰退 危機感薄く この20年-長期停滞から何を学ぶ』を掲載し、書き出しで「この20年、日本は『緩慢なる衰退』を続けている。(中略)世界経済の歴史的転換のなかで日本は『失われた20年』から脱却できるか。戦後最大の岐路を迎えている」と指摘していました。こうした記事は、国民の感じている閉塞感を映し出しているのかもしれません。 また、この日経コラムの中で取り上げられていた、福井元日銀総裁の以下のコメントは、当ブログの年初のエントリーでも触れたように、日本経済衰退の原因の核心を突いているように思いました。 >(90年代に)「世界全体の潮流変化が始まったときに、日本は戦後の成功物語の頂点を極めようとしていた。中国の改革・開放からベルリンの壁崩壊、その後の今日にいたるグローバリゼーションへの潮流変化に即応して各国は改革を競ったが、日本は自らをどう改革するか、容易にそういう考え方に到達しなかった」 何故当初、「失われた10年」が起こったかは、ここでは触れません。(日経新聞が詳しく取り上げている通りです。)しかし2010年以降の世界を考える際には、日本が90年代に「グローバル化」に何故乗り遅れたかを分析し、それに対する対策を謙虚に考えることは、極めて重要な気がします。 ![]() そして、2010年以降の世界は、1990年からの「米国一極集中」の度合いは弱まり、中国やブラジル、インドと言った「途上国大国」が、どんどん存在感を増してくる世界となって行くかもしれません。そのような時代に日本が国際地位の低下に歯止めをかけたいとなると、戦後復興期ともグローバル化(アメリカ化)の時代とも違った、新たな現実に対応した国家ビジョンが、必要となる気がします。 もちろん日本には、ミクロレベルでは、欧米投資家が見落としているような企業が、まだまだ沢山ある気がします。そうした企業の中には、時代の趨勢を敏感に感じ取り、社内共通語を英語にして国際コミュニケーション力の強化に日常から努めたり、部長クラスへの昇進に、英語+第二外国語(中国語、タイ語など)の習得を条件とするなど、積極的に前向きな自己変革をしているように見受けられます。 一方、残念なことに、技術力の優位性にあぐらをかき、どうすれば世界でモノが売れるか、どうすればより大きな利益を得ることが出来るかという点を相変わらず軽視している企業も、まだまだ多いように思います。こうした企業は、かつて日本企業がアメリカのメーカーを駆逐して行ったように、今後韓国企業や台湾企業、そして最終的には中国本土の企業との、一層厳しい競争を強いられることになるように思います。 マクロレベルでの国家のビジョンについては、先日、日本の経済産業省が、ニューヨークの投資家向けに開催した日本の成長プランの説明会に参加して、話を聞く機会がありました。日本が魅力ある投資先となり得るか、偏見無く話を聞いたつもりですが、同省の現状分析と問題意識は素晴らしいと思う一方で、成長プランは引続き技術偏重で、また非効率な業界構造については「民間主導の解決を望む」と言った、消極的なものとの印象を受けました。 理由はともかく、諸外国が政府主導の産業再編や経済外交を公然と行う時代に、日本だけが改革を遅らせ、また業界再編への関与でも、政府や財界が消極的態度を続けていては、2020年に「何故『失われた30年』が起こったか」を、分析する羽目になるかもしれません。 世界第二位の地位を40年以上守るなど大きな潜在力を持ちつつも、20年の停滞を経てその地位を失いつつある日本と、様々な国内問題を抱えながらも、世界の中で圧倒的存在感を示すに至りつつある中国について、欧米メディアやウォールストリートがどう取り上げ、どう対応していくかは、今後も注目したいと思います。
2010年 01月 01日
2009年は、ウォールストリートにとって「金融危機処理」の年であり、このブログでも、関連した話題を多く取り上げました。しかし世界全体に目を向けてみると、昨今欧米で広がっている別の大きなテーマに、「中国への関心の高まりと、日本への無関心の広がり」があります。
このトレンドは、恐らく日本で報道されているレベルを遥かに上回るものであり、ニューヨークでは、文字通り一般家庭にまで、中国への関心が広がっているように思います。これを、バブル前の日本への関心と同様だと考える向きもあるでしょうが、2010年に上海万博を控えた中国政府は、成長持続とバブル抑制の政策を次々と打ち出しており、足元の好調トレンドは、すぐには変わりそうもありません。 そんな中国に関する話は、欧米のメディアにかなり氾濫していますし、2010年は日本にとって、バブル崩壊後20年という節目の年でもあります。と言うわけで今回は、年末年始休暇を利用して、日本への無関心がなぜ広がっているかについて、少々書いてみたいと思います。 ![]() 日本への関心度の低下を如実に示しているのは、株式市場の動向です。株式投資に関わっている人であればご存知の通り、2009年の外国人投資家による日本株のウェイト(保有レベル)は、歴史的ともいえる低水準にまで下がっています。 投資家のウェイトは頻繁に変わるものなので、これだけでどうこう言うのは難しいですが、欧米の投資銀行でも、今まで日本株はアジア株と独立したチームであったのが、最近はアジア株の中に統合されつつあるという話を、以前にも書いたと思います。東証は売買高で既に上海市場に抜かれていますが、これで更に、欧米の投資銀行の日本へのコミットメントレベルが本格的に下がり出すようだと、大きなトレンドの変化と言えるかもしれません。 日本株への関心が下がっている理由は色々ありますが、グローバルファンドからよく聞かれる理由には、以下のようなものがあります。 1.円高進行と輸出先(欧米)経済の落ち込みにより、主力企業の利益が大幅に落ち込んで、P/E(株価収益率)で見ると株価が諸外国に比べて割高に見える 2.企業のバランスシートは比較的健全で、P/B(株価純資産倍率)では株価は一見割安に見えるが、日本企業はバランスシートを有効活用せずROEも低いので、妥当である 3.日本企業は世界でも独特の(収益最大化を一義としない)企業文化を持っており、今後もその傾向に変化が起こるようには見えないため、「投資先」として魅力的でない 4.バブル後20年経っても不景気から抜け出せず、国内経済はますます停滞して、現実的成長ビジョン策定における政治のリーダーシップも見えない 5.同じアジアでも中・韓の躍進は目覚しく、積極的に日本を買う理由が見当たらない 確かに円高や欧米の消費低迷は輸出依存の日本経済には打撃であり、それは国内労働市場への悪影響を通じて、内需にも深刻な影響を与えています。また、従業員と技術開発を重視した独特の企業文化は、企業全体として競争力を維持できていない現状においては、個別企業の利益成長はもちろんのこと、経済全体の成長の重しにも、なってしまっている気がします。 政治面では、長らく続いた自民党政治の制度疲労を修正すべく、民主党政権が誕生しましたが、そうした後ろ向きの改革(無駄削減)では実績をあげている反面、10年の参議院選挙をにらんでか、経済成長や企業、財政規律を軽視したバラマキ的な政策が、多いように見受けられます。 それに対して中国や韓国は、国家としてかなり明確な成長ビジョンを打ち出しており、それを五カ年計画のような形で発表したり、産業界の再編に介入したりして実践しています。そのおかげもあってか、経済成長のメンタリティは国民にも広くシェアされているようで、昨今の為替安にも助けられて、両国経済は今のところ順調な発展を遂げているように見えます。 このような情勢下において、日本経済の「相対的な地位の低下」は、恐らく国内で思われているより遥かに深刻なものになっているのですが、日本では生活実感としてこの問題が感じられないせいか、日本から来る人に対してこの話をアメリカ在住の友人と一緒にすると、大抵とても驚かれます。 しかし、そのようなトレンドを象徴する記事が、11月にEconomist誌に、掲載されていました。目次に載っていた記事のタイトルは「Japan As Number One(世界一の日本)」で、おっと思ってページをめくってみたのですが、副題は「Land of The Setting Sun(日沈む国)」でした。内容は、ハーバード大のEzra Vogelが「Japan As Number One」という物議を醸した書物を出版した頃は、日本は不況にあえぐアメリカにとって多くを学ぶべき存在であったが、資産バブル崩壊後は、護送船団に慣れた企業は自己変革が柔軟にできず、当局の不良債権処理の遅れも重なって、経済がすっかり停滞してしまった、という話です。 そうした指摘は的を射ているので仕方が無いですが、残念だったのは、この記事の結論が、「では日本はどうすればいいか」ではなく、「あれだけ好調だった日本も失敗したのだから、『中国』は、今の経済成長に安穏としていてはいけない」というものであったことです。このような結論で締めくくり、日本を「日沈む国」と呼んでいるこの記事は、世界の関心が今どこにあるか(ないか)を、如実に表している気がしました。 もちろん、Economistに何を書かれようとも、中国経済の好調さも日本経済の低迷も、このまま延々と続く保証は「全く」ないと思います。それぞれ強みと問題点を抱えていますし、世界の経済情勢も常に変化していますので、2010年の終わりには、現在と全く逆転した状況になっているかもしれません。 しかし、日本がかつて明確な国家戦略(と強い国民意志)を持ち、米国を製造業で追い抜かしたように、韓国や中国が日本を絶対に追い抜かせないと考えるのは、間違いかもしれません。よって日本には、80年代にアメリカがそうであったように、自らの問題点を謙虚かつ徹底的に検証して、外国の良いところは積極的に取り入れるような柔軟な姿勢が、必要であるように思います。 日本経済の問題点 もう少し踏み込んで、日本経済の問題点は何かということまで考えてみたいと思いますが、それは簡単に言えば「環境変化への未適応」と「ビジョンと柔軟性の欠如」である気がします。 ここで言う環境とは、世界情勢、または世界経済秩序とも言えるかもしれませんが、バブル後の日本は、その変化にうまく適応できていないように見える、という意味です。また後者は、現状への対応が出来ていない上に、将来性を示すビジョンも、またその為に外国の良きを認める柔軟性も、なくなっているように思うという事です。 近代日本は開国以来、「文明開化」「富国強兵」「戦後復興」「所得倍増」と言ったように、比較的分かりやすいビジョンを持ち、独自の文化を維持しつつも、欧米列強から良い事は学び、あわよくば欧米を追い抜かしてやろうと言った姿勢があったとされます。これらは単なる精神論や感情論ではなく、時代に応じて考えられた国家戦略であり、その為の人材育成も、欧米留学などを通じて積極的に行われていたと思います。 ![]() また、世界情勢の変化への対応という点については、欧米列強が植民地化を推し進めた帝国主義時代には、その趨勢を敏感に感じ取って開国と近代化に踏み切り、欧米の軍事力を導入して「武力」で対峙するという道を選択しました。また戦後の冷戦時代には、圧倒的強国となったアメリカに軍事的には依存することで、経済復興と国民生活の改善に集中して、「経済戦争に勝利した」と言われるほどの、奇跡の高度成長を実現したと思います。 しかし1980年代の後半に、世界秩序が「冷戦終結」と「経済のグローバル化」という大きな変化を遂げた際、ちょうどバブル経済の熱狂と、その崩壊による混乱の真っ只中にいた日本は、外的環境の変化に適応する変革を行う機会を逸したように見えます。政治は政界再編を繰り返して混乱し、行政はマスコミや国民から徹底した突き上げを受けて威信を喪失し、経済界も概ね80年代までの流れを継続して、今日に至ってしまっているように思えます。 90年以降のグローバル経済のキーワードは、簡単に言えば、「国際ルール」「国際分業」「情報化(英語化)」であると思います。これらを推進するのは国際政治力であるため、超大国となったアメリカが最も有利な立場に立ち、それに対してEUが結束して対応していると言った、二極化のような状況になっているように見受けられます。 国際ルールには、貿易や金融取引に関わるものが多くありますが、中でも88年制定のBIS規制(自己資本比率規制)は、BSを膨らませて世界の時価総額の上位を独占していた邦銀にとって、大きな打撃になったと思います。また、国際分業による労働コストの低下は、製造業に依存する日本の労働市場には厳しいものですし、インターネットに代表されるIT技術は、軍需技術の転用であることが多いことから、日本は不利と言えるかもしれません。 このように考えると、昨今の景気低迷は一時的なことではなく、表面的な対応(リストラや官僚組織の無駄の排除)では、解決できない気がします。 日本経済は復活するか このように、1990年前後を境にして、世界の政治経済秩序が大きく変化したという認識に立つと、日本がそれに本格的に適応し、経済成長を復活させようと思ったら、それこそ明治維新や戦後復興並みの意気込みで、変革を行う必要があるのかもしれません。 国民全般が比較的裕福な日本では「現状維持でよい」という意見もあるようですが、世界の経済が成長している以上、最近の対中関係で明らかなように、現状維持は「相対的衰退」を意味します。また、莫大な借金を抱える日本において、経済成長(=税収拡大)を諦めることは、即信用低下を引き起こす恐れがあり、致命的行為であると思います。 では具体的に何をすべきかと言うと、極めてべたな話ではありますが、力強い経済成長を実現させるための、国際競争力ある産業の育成、企業体力の強化(規模の拡大)、そして英語教育の徹底などではないかと思います。 日本の基幹産業である製造業は、相変わらず素晴らしいクオリティの製品を作っていますが、市場も製造現場も国際化し、技術もデジタル化によって匠の技術が生かしにくくなった今、強い事業を徹底して強化しつつ規模を拡大してコストを削減し、世界市場で売れるモノを造り出すことが欠かせないように思います。このような改革には、個別企業の努力のみならず、中国や韓国のように、政財界の強いリーダーシップが求められるかもしれません。 また、サービス業の中核を成すと言える金融業界も、本格的に国際競争力を得るためには、ドイツ、スイス、フランスの金融機関が行っているように、英語による経営の徹底と、積極的な海外進出が、必須なように思います。(それを自社だけで行うことが困難であれば、M&Aを積極的に活用すればよいと思います。)「金融ビッグバン」や銀行再編は、競争力強化に有用ではあったものの、国際競争力をつけるというまでには至っていないように思います。また、民業圧迫を解消する目的の「郵政民営化」も、政策ビジョンが国民に対して不明確であったためか、現政権下では逆進してしまって、欧米では「日本は改革の意思を持たない」と、失望の声が上がっています。 英語教育の強化については、反対の声もあるようですが、日本独自の文化や国語の維持と、実用性に応じた外国語教育の強化が全く矛盾しないことは、日本が過去から、漢文やオランダ語を取り入れて海外から多くを学んで来た事からも、明らかな気がします。(残念ながら、そもそも感情論でどうにかなるほど、世の中も日本が置かれている現状も、甘くないように思います。) 日本経済は、上記のような産業競争力の問題以外にも、政府負債の肥大化や、国内労働市場の空洞化、高齢化の進展(労働人口の減少)など、色々な問題を抱えています。そんな中メディアでは、格差問題や厳しい労働環境など、生活に直結しそうな話が中心的に取り上げられているようですが、そうした各論や、後ろ向きの悲観論では、全体的な打開策は見出せない気がします。 むしろ、日本が置かれている状況と抱える問題が、上記のようにかなり特定化されていると考えれば、今の厳しい状況は、絶好の変革のチャンスと捉えることができるかもしれません。グローバル経済は、日本にとっては厳しい環境であるかもしれませんが、そうは言っても過去の帝国主義時代のように、国家の存亡を賭けて綱渡り外交を強いられるというほどではないと思います。 現在の日本で変革を国民がどれくらい必要と感じ、またその実践にどれくらい時間がかかるかは分かりませんが、根本的な国力を考えれば、全然不可能ではないように思います。政財界が成長ビジョンや世界情勢に応じた柔軟な戦略策定でリーダーシップを発揮し、また若い人材がどんどん海外に出て様々なノウハウを吸収することなどで、いずれまた日本が欧米メディアに「Land of the Rising Sun(日出ずる国)」と書かれるような国に復活することを、期待したいと思います。 ![]()
2007年 10月 31日
先日のブログ「アンダーウェイト・ジャパン」には色々なご意見を頂きましたが、念のため確認しておくと、私は「日本をアンダーウェイトにすべきだ」と言っているわけではありません。最近株価が軟調な理由の一つが、「外国人投資家が日本株への投資比率を引き下げているのが原因だ」と言われていたようなので、何故そのような判断がされたのかについて、書いてみた次第です。
そこで見たように、資本効率を改善させることで経済や株価が活力を取り戻せば、給与水準も税収も年金も増えて、日本のためになる気はします。とは言え何でもアメリカ的に改革すればよい訳ではないと思いますし、程度や善悪の判断は、外国人に言われるまでもなく日本自身がすれば良いことだと思います。 ともかく公平性を期するために、「日本株をオーバーウェイトにするべきだ」という人たちの議論も、簡単にご紹介したいと思います。 ![]() 1.株価の割安感 最初に必ず出てくるのは、株価バリュエーションの下落という話です。株価に限らず万物に「適正価格」があると考える多くの投資家にとって、これは至極当然な議論と言える気がします。 具体的数字を見てみると、日本復活への期待が高まった2005年頃から「割高だ」と指摘されてきた日本の株価も、最近ではTOPIXのPERが18倍と、アメリカのS&P 500の15倍と比較して+20%前後という水準まで下落しています。日本株が買いだという人の議論は、ここまで下がれば金利環境や企業利益の成長性を考えても、十分に買える水準なのではという話です。 ひとつ注意が必要なのは、市場PERは今期の「予想」利益に基づいて計算されており、そもそもその予想利益が保守的過ぎると思う強気派の人にとっては、PERは18倍ではなく、既に16倍にも15倍にも見えているかもしれないということです。逆に予想利益が高すぎる、つまりアメリカ景気の減速なり円高なりの影響で今後日本企業の業績は悪化すると考えている人にとっては、分母である利益が小さく見えているはずのため、18倍ではなく20倍にも22倍にも見えているかもしれません。 このような企業業績の「方向感」についてマクロから考えるのはかなり困難であり、メーカーのような輸出産業にとっては、アメリカ景気が後退すれば直接的に利益押し下げ要因になるでしょうが、国内だけで事業をしている業界にとっては、海外の景気はあまり関係ないかもしれません。ともかく株価の割高・割安の判断には将来利益が反映され、加えて期待感でマルチプル(倍率)自体も上下すると言うことは、理解しておく必要があると思います。 2.M&Aの増加 日本企業が外国企業を買収するという話はあまり聞かないかもしれませんが、国内では大手銀行の再編に始まって、メーカーにしろ小売・デパートにしろ、M&Aを用いた産業再編が着実に進んでいるように見えます。日本株強気派から聞かれる話は、その傾向はリストラ期に起こった一時的なものではなく、今後もその勢いは衰えることはない、ということです。 実際にM&Aが社会的タブーではなくなって、自由に企業再編が行われるようになると、経営者にとって自らの企業の値段となる「株価」の重要性が増し、資本効率の向上により意識が向くようになるかもしれません。 アメリカでは、事業拡大のための設備投資と企業買収は、成長のための資金使途としてほぼ同列のように語られます。合併や売却によって事業の効率化が進んだり、今まで企業内で眠っていた、数%の金利しか生んでいない現金資金が何かに投資されて働き出せば、景気に多くのプラスのインパクトが期待出来ると思います。 ちなみに「事業の効率化=リストラ=人員削減」と考えられがちですが、これは違うと思います。もちろん人員削減は確実なコスト削減方法であり、赤字経営に苦しんでいるような会社には止むを得ない場合もあるかもしれませんが、日本に限らず従業員の削減は「最終手段」だと思います。 そのような危機的状況に追い込まれる前に、経営改善を行う事の重要性は言うまでもありませんが、M&Aがもたらしてくれるシナジーには、生産設備の統廃合や、ばらばらでは競争力がない事業を一つに束ねることで競争力を獲得する、一社では負担できないR&D費用を合併することで共同で負担するなどなど、様々なものがあると思います。 3.中国からの恩恵 中国は引続きGDP10%以上の成長力を維持していますが、これは日本企業にとって大きなチャンスになるという話も、日本株をサポートする議論の主要な要素になっているようです。 既に現状で、鉄鋼、船舶、建設機械、産業機械など設備投資関連の多くの日本企業が、中国の経済成長の恩恵を受けていると聞きます。今後中国の内需が拡大して来たた際には、日本の消費財メーカーやサービス産業なども、日本国内の市場縮小を相殺して余り得るチャンスを手にするかもしれません。 ただし国民一人辺りのGDPが日本の30分の1以下であることを考えると、大型テレビや自動車など高価な消費財を扱うメーカーにとっては、少なくとも今後しばらくの間は、北米と欧州が売上のほとんどを占める状況が続くことは、間違いないかもしれません。 4.企業経営に改善の余地が大きい 日本株強気派から究極的に聞かれるのは、「企業の経営が非効率であるのは間違いないので、裏を返せば大きな改善の余地がある」という話です。奇跡の戦後復興を遂げた日本から、トヨタに代表されるような世界に君臨するメーカーが多数生まれ、その製造現場から生まれた「KAIZEN(改善)」と言う言葉が、そのまま英語になるほど高く評価されているのは、よく知られた話です。 今後企業「本社」でも同じようなメンタリティで資本効率のカイゼンが進めば、高度成長の再来とまではいかないまでも、経済や株価の成長を実現させるポテンシャルがあることは、間違いない気がします。 それが実現するかどうはは、ひとえに日本国民の「モチベーション」に懸かっていると言えるかもしれません。 戦後復興期には、日本国民の間に「アメリカのように豊かになりたい、マイホームをもって、三種の神器を手に入れたい」という強いモチベーションがあり、それが奇跡の経済成長をもたらしたと聞きます。そのようなモチベーションを今日期待することは困難でしょうから、別の角度からのアプローチが必要なのかもしれません。 この点についてアメリカでは、国民の間に将来年金を受け取るためには株価の改善が必要であり、企業セクターに利益成長を続けてもらわないと困るという理解が、かなり浸透している気がします。またそれが経営者の報酬体系にも反映されていることも、株価の継続的な改善に、直接的なモチベーションとして大きな効果を与えている気がします。 また保守的と考えられがちな欧州なども、アメリカに負けてたまるかと同様の経済改革を進めていることは、興味深いところです。好む好まざるにかかわらず、世界経済がグローバル化してお金の流れがボーダーレスになっている中で、「資本の論理」にはそれなりの普遍性が見出されているということなのかもしれません。 ただ資本の論理をあまり追求すると、社会の格差が拡大するではないかという懸念もあると思います。ただそれも程度の問題であり、ある程度の競争が社会や企業に活力を与えるのは間違いない気がします。そんな意識が浸透して経済がまた活力を取り戻せば、給与も年金も増える上、税収も増えて社会福祉も地方経済も充実させることが出来るかもしれません。 ともかく世界第二位の経済大国である日本の経済が、今後どちらに向かっていくかは、世界中の投資家が注目しているところです。どのようなきっかけであるにしろ、人々の将来不安を払拭し、生活者が実感できるような日本経済の真の復活を、期待したいと思います。
2007年 10月 28日
2007年に入ってから日本の株価は低迷気味ですが、その理由としてよく聞かれるのが、「外国人投資家が日本株をアンダーウェイトにしている」ということです。「アンダーウェイト」とは、グローバルな株式市場のインデックス(株価指数)に組み込まれる、国別の資産配分の割合(ウェイト)に対して、特定の国への投資割合を少なめにするという意味です。
例えば、北米の投資家が外国株投資をする際によく参照する、MSCI EAFEというインデックスがあります。その日本株の構成ウェイトが20%だとすると、投資家はその数値をベンチマークとして、運用資産の中で20%前後を日本株投資に使うと想定されます。それに対して多くの投資家が、日本株に対してそれ以下の割合でしか投資していない状態をアンダーウェイトと言い、要は「外国人投資家が日本に関して悲観的な状況」と言えると思います。 ![]() この間に日本株は急速に値を戻し、東証上場全銘柄の値動きを示すTOPIX(東証株価指数)は、2003年4月につけた770ポイントを底として、一時は1,800ポイントレベルまで回復しました。おかげで低迷していた日本企業の年金基金の運用リターンは大幅に改善し、日本全体が安心感と、ちょっとした株式投資熱に包まれたのは、記憶に新しいところです。 そのような言わば「脱リストラ相場」は 2005年に一服し、日本に再注目した外国人投資家の間では、「世界二位の経済大国である日本は、ここからどのように再成長路線を描き、また企業は如何にして株主利益を高めてくれるか」との期待が高まりました。しかしその後に株価が低迷していることは、残念ながら日本の状況が世界の投資家を満足させるものではないということを示している気がします。 この話は今後日本の株価がどうなるかという単純な話を超えて、日本経済の今後や世界の中での位置づけについて、インプリケーションを持っている気がします。そんな話を、なぜ日本株がアンダーウェイトされているのかという切り口から、少々考えてみたいと思います。 1.株価の割高感 日本株がアンダーウェイトにされている理由として最初に考えられるのは、株価が割高になったと考える投資家が増えたということだと思います。脱リストラ相場の中で株価は大幅に上昇し、結果として他国と比較した相対的魅力が薄れたという話は、よく聞かれる話です。 日本株が「割高」かどうかの判断によく使われるのは、代表的な株価評価の方法であるPER(株価÷一株利益)です。「日本のTOPIXの平均PERが、アメリカのS&P 500(アメリカを代表する株価指数)のPERに比べて、高いか低いか」という議論、要は企業の予想利益額に対して、株価は何倍の価格がついているかという議論が、投資家の間ではよくなされます。 しかしそのような比較において日本株のPERが割高に見えたとしても、日本の方がアメリカより金利が低く、投資家はより大きなリスクを取れるのだから(割高の株価も許容出来るのだから)、PERが割高でも自然なのではないかという反論が良く聞かれます。 確かにPERの逆数(一株利益÷株価)である「益利回り」は、とある株を1000円で買ったら、一年で幾らの利益が得られるのかを示す「金利」のようなものとも言えるかもしれません。PER20倍の株の益利回りは5%ですが、これは株式の価格変動リスクを考えても、日本の金利水準に比べれば魅力的(よって割高ではない)と考える人もいるかもしれません。 しかし聞く所によると、最近はそういう見方をする投資家は少数派であり、国別に経済の先行きやリスクを考慮した上で、長期の利益割引モデルのような考え方をする人が増えているそうです。こういった株価評価(バリュエーション)の方法は「流行り廃り」があるので何とも言えませんが、投資家の株価判断には大きな影響を与えていると思います。 ちなみにサブプライム問題後の株価下落を受けて、日本株のPERは低下して来ています。ただPERの計算に使われる「利益」は、過去の実際利益ではなく、Bloombergなどが集計する証券会社のアナリストの予想数値です。よって今後その予想利益が何らかの理由で押し下げられるようだと、PERは引き続き割高だと言うことになるかもしれません。 2.グローバル“相対”投資の拡大 日本株が割高だという議論に対し、欧州の投資家の多くは国別に資産を分割して運用している(カントリーファンド)のだから、外国市場との比較は意味がないという議論もあります。確かにかつては、アメリカの投資家はグローバルに産業別に、ヨーロッパの投資家は国別に投資判断をする、と言われていた気がします。しかし聞くところによると、最近は欧州の投資家の多くも投資決定に国際比較を頻繁に利用するようになっているそうで、その傾向は確実に強まっているそうです。 そうすると単純な話ですが、「アメリカでは、それなりの利益成長も見込めて、経営者も株主のことを真剣に考えてくれる企業の株がPER15倍で買えるのに、日本では、国内経済も期待したほど成長せず、株主利益も相変わらず軽視されているようなので、プレミアムを払う理由はない」という議論になるわけです。 実際某投資ファンドの知人の中には、「日本は物事が前に進まず、関わるだけ時間の無駄だ」と断言している人もいますし、最近は欧米の大手投資銀行も、本社から優秀な人材を香港・中国に次々と送り込み、ビジネスチャンスの拡大を虎視眈々と狙っているようです。 こんな風に世界の投資家の間で「ジャパン・パッシング」とも言える状況があるのは寂しい話ですが、こと株式投資に関しては、資金の多くが年金基金であることもあり、長期的に利益成長が見込める市場により多くの資産を配分したいと考える人が増えるのは、自然なことなのかもしれません。 3.企業の経営改善への失望感 株価は投資家の期待感を多いに反映するわけですが、リストラ段階を脱した後の日本の政治や企業の行動が、「さあまた経済成長を目指すぞ、利益の成長に取り組むぞ」という前向きなものではなく、「これで一安心だ、次の不況に備えて現金を貯めておこう」と言うものであるとも、投資家の失望を買っている原因のようです。 中には福田政権と最近の政治家の後ろ向きな発言を懸念する向きもあるようですが、政治の問題はさておいても、日本企業がすっかりリストラ努力を忘れてしまったように見えることが、外国人投資家をがっかりさせているのは間違いない気がします。 しかし今見られるような企業行動は、日本企業側から見ると、至極当然の行動と言えるかもしれません。そもそも会社は株主のものと言うより従業員のものだという考えが強く、経営者も株主利益の最大化を行うことに何のインセンティブもなく(むしろあまりドラスティックなことをすると社会から敵視されかねず)、さらには直接金融がなかなか浸透しない中、いつまでも銀行頼みで横並び倒産するのはごめんだと経営者が考えるのは、自然なことな気がします。 ただこの点は日本でほとんど議論されないようですが、株式会社が社会の中で期待されている役割は従業員の雇用維持に限ったものではなく、株主から預かった大切な資金を「事業に投資」して、株主(年金受給者)のために長期継続的にリターンを生み出すことだと言っても、大きく間違っていない気がします。 確かに株主は、従業員と違って経営者にとっては顔の見えない存在かもしれませんし、会社と心中するような存在ではないかもしれません。しかしその株主が運用する資金の大半が年金の原資になっていると考えれば、株主による利益最大化の要求を「金儲け主義」などと一方的に批判するのも、どうかという気がします。 このような議論に対して企業側からよく出る反論として、「投資家は短視眼的すぎる、経営者は10年後をにらんで行動しているのだ」と言うことがあります。確かにアメリカでも、四半期決算が発表されるようになってから、経営者は短期的利益に必要以上にこだわっていると批判されることもあります。 しかしこのような議論の大半は、残念ながら経営改善の努力不足の言い訳であることが多い気がします。長期的ゴールは短期的経営改善の積み重ねによっても達成可能でしょうし、長期的ゴールが株主利益の最大化であるとの確信が持てるまでは、経営者が従業員を監督評価するように、株主が経営者をある程度短期的な区切りで評価するのは、さほどおかしい事ではないではない気がします。 ただ現実問題として、日本では経営者の利害が株主の利害と一致しておらず、労働市場の流動性も低いということはあると思います。よってアメリカのように、経営成績が悪い時はドラスティックなリストラをして、1、2年後に業績改善を目指すという行動は、日本では非現実的かもしれません。 それでも純粋な資金運用者である外国人投資家は、理詰めでリターン改善の要求を突きつけて来るわけで、日本の経営者に言わせれば、「言いたい事は理解出来るのだが、そうも簡単には行かないんだよ」というところかもしれません。 4.株主軽視(外国人・ファンド敵視) 今年の株主総会で外国人投資家による株主提案が全て否決されたことや、株式の持ち合い・買収防衛策の導入が進んでいること、スティールパートナーズやTCIと言ったアクティビストファンドが徹底的に敵視されていることなども、外国人投資家を失望させた大きな原因になっていると思います。 9月15日の日経新聞に、「日本株どうみるー外国人投資家に聞く(下)」という記事が載っていましたが、この中で英国最大の年金資金運用会社であるハーミーズの運用担当者が、「村上ファンドの動きなどをみて株主重視へカジを切ると感じたが、違った。(中略)株主還元への意識は低く、株主利益を損ねるかもしれない買収防衛策が導入されている。不満だ」とコメントしていました。同社がその後に日本株をアンダーウェイトにしているかどうかは分かりませんが、このようなコメントは、まさに外国人投資家の意識が、2005年頃までの「期待感」から「失望感」に変わった状況を、良く示している気がします。 また同氏はこの記事の中で、「不思議なのは年金などの日本の機関投資家が企業に何も言わないこと。なぜ年金受給者など一般の個人の利益のために、機関投資家が経営者を突き上げないのか」ともコメントしていました。これこそが「事の本質」であり、株式投資に当たる際の典型的な外国人投資家のメンタリティと言えると思います。 ただこのような議論に対しても、日本国内では立派な反論があると思います。最初に思いつくのは上でも書いた「現金を溜め込みたい」という経営者の意識であり、政治や経済政策が方向感を失っている中で、経営者が守りに入るのは仕方が無いのかもしれません。 しかし、某フレンドリーアクティビストの投資家が指摘するように、経済発展に必要な「人的資源」と「土地資源」に限りのある日本において、企業が「資本効率」の改善を図らないことは、長期的な日本経済の展望に大きなマイナス要因かもしれません。 もう一つの説明は、外国人の日本株保有比率は3割弱に過ぎず、7割強の日本の投資家には違った行動原理があると言うことです。株式保有先企業とビジネス上のつながりのある金融機関や事業会社にとってみれば、経営者に反対して「短期的に」当該企業や社会から敵視されるのは、「長期的に」保有する株式の価値が低迷することよりも、大きなリスクだと言うわけです。 このガバナンス論と関連して、日本ではM&AやLBOによる株価の適正化が行われないと言った不満も、よく聞かれる気がします。また買収防衛策についても、徹底した株価の上昇を目指している企業が本当の意味での企業価値を守るために導入されるべきものであり、単なる保身の防衛策はもってのほかだと言う声も、かなり多い気がします。 しかし企業が事実上「社員の運命共同体」である日本においては、株主利益のために企業を売買するというコンセプトは、社会的にも心理的にも簡単に受け入れられるものではないと思います。特に買い手が聞いた事もない外国のファンドなどであれば、その抵抗感は尚更であろうことは、想像に難くありません。 ただプライベートエクイティファンドやヘッジファンドを含む外国人投資家の先にあるのも誰かの年金であり、その行動を「秩序破壊者」や「ハゲタカ」と言って一律に敵視するのはどうかとは思います。このような国民の意識はメディアの姿勢によって大きな影響を受けるでしょうから、保守主義的傾向がいつまで続くかも、外国人投資家が注目するところかもしれません。(日経新聞が上記ように外国人投資家にスポットライトを当てることは、非常に意義深いと思います。) 今後の状況 このように日本には色々な特殊要因があるわけですが、証券関係者の話によると、日本のコーポレートガバナンスはここ5年くらいで大幅に改善しており、経営者はより真剣に株主のことを考えるようになったし、M&Aも全くタブーではなくなっているそうです。 実際最近は、M&Aの案件数も大幅に増加しているようですし、経営者も積極的に海外IRに出かけるなど、状況は着実に改善している気がします。(以前にも書いたことがありますが、このような状況をもたらすために外資投資銀行が果たした役割は、極めて大きいと思います。)そういう意味で、日本は確実に変わって来ていると言える気がします。 また極端な話、「日本には日本のやり方があるんだから、外国人受けする改革をしてまで資金流入を目指さなくてもよい」と言う意見が国民のコンセンサスであれば、それも一つの選択肢だと思います。最近までの政治家やメディアの報道姿勢を見ていると、どちらかと言うとこの路線の方が強いように思えます。 ただ高齢化が進展する社会において、資本効率の改善が図れずに株価や経済が長期低迷することは、税金負担増や将来不安の拡大という形で、最終的には国民生活に重くのしかかって来るかもしれません。 また今日の情報化社会においては、個人投資家も外国人投資家と同様の情報にアクセスし、世界中に分散投資をすることが出来ます。今まで郵貯や銀行預金を通じて国の借金をファンディングして来た個人資産が、外貨建て投信などの形で海外に本格的に流出し始めた時、問題は加速的に深刻化するかもしれません。 資金がグローバルに移動する今日の世界は、投資家が地球上のどこに資金を投資しようか、常に考えている状態と言えるかもしれません。2005年頃まで日本も資本流入の恩恵を受けたわけですが、投資先の選定についてグローバルな相対評価が行われる中で、日本の構造改革の内容とスピードがどのように評価されていくかは、注目に値すると思います。 ![]() < 前のページ次のページ >
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