Stock vs. Cash |
最近LBOとファイナンシング案件ばかりやっていることもあり、M&Aの話はあまり書いたことが無いので、何か間違っていたりしたらご指摘下さい。
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Q① 「低P/Eの会社(A社)が高P/E(B社)の会社を株式交換で買収した場合、買収後にEPSが希薄化する」とありますが、これは買収後にA社のEPSが買収前よりも低下するため、買収前のA社のP/Eを適用すると株価よりも低下する、ということなのでしょうか?
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A① ほぼその通りです。
まず、P/Eが割高のB社を割安のA社が株式交換で買収するとEPSが希薄化する、と言うのはまったくその通りです。何故かと言うと、分子である当期利益の増加分よりも、分母であるA社の発行済株式数の増加割合が大きいからです。(この質問は、MBAのリクルーティングでも使ったことがありますが、結構正答率が低かったと記憶しています。)
ただ買収後のP/Eに関しては、計算上はA社の買収前と同じと言うことはなく、買収後の企業価値は単純にA社+B社、当期利益も同様にA社+B社となるため、両社の買収前の数値の中間くらいになるはずです。あくまで希薄化の概念は、EPSについて言えることです。
A社をメーカー、B社をインターネット企業として考えて見て下さい。両方とも利益は100億円であり、前者のP/Eが10倍、後者が50倍だとします。つまり、両社とも同じ利益しか生み出していないのに、メーカー(A社)の時価総額は1,000億円、ネット企業(B社)の時価総額は5,000億円と言うことになります。
仮にメーカー(A社)がインターネット企業(B社)をストックディールで買収したければ、利益は倍にしかならないのに、5,000億円相当、つまり既存の5倍もの株を発行しかねればなりません。これでは買収後に分母の株式数が極端に大きくなり、EPSが67%希薄化してしまいます。
それに対してインターネット企業(B社)がメーカー(A社)をストックディールで買収する場合は、1,000億円相当の株、つまり既存株の20%相当の新株を発行すれば十分と言うことになります。それにも拘らず、分子である利益は倍になりますので、結果的にEPSは67%増加することになります。このカラクリは、アメリカで80年代にM&A/コングロマリットブームを巻き起こした原因と言われており、また最近日本のネット企業を買収に駆り立てている原因かもしれません。
ともかくP/Eの低い会社は、買収後にP/Eマルチプルの上昇が見込めない限り、株式交換による買収を行うのは不利になります。ブレイクイーブンとなるP/Eは計算できますが、実際に買収後のマルチプルを決めるのはマーケットであるため、マルチプルの上昇を前提にM&Aを行うのはリスキーであり、そのような選択をするケースは稀と言えます。
それでもアメリカで株式交換によるM&Aが頻繁に行われるのは、売り手の株主にとって税制上のメリットがあること(=キャピタルゲインを先送り出来ること)が大きく関係しています。また、資本コストの観点から最大限デットによる資金調達を行っている会社では、現状以上に負債を積み上げるのが困難である場合もあります。
よって一般にM&Aで資本調達手段を考える際には、①EPSの希薄化、②買収後のキャピタルストラクチャー、③買収後の株主構成、の3つを検討します。そしてこれらの議論は、いくらまで買収プレミアムを払えるか、と言う話にも関係してくるわけです。
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Q② P/Eの水準がEPSの将来の成長率に対応しているのであれば、B社のEPS成長率がA社よりも高いからこそ、B社のP/Eが高く評価されていることになります。そうだとすると、A社に買収されてもB社のEPSの成長率が変わるわけではないので、希薄化は生じないのではないでしょうか?
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Q② EPSの希薄化は買収価格に主に対応しているので、希薄化は生じます。ただ、「買収されてもB社の特性は変わらないんだから、株価(P/E)は上昇するはずじゃないか」と言うことであれば、理論的にはまあその通りです。
ただ現実には、アメリカのように効率化が進んだマーケットであっても、株式市場はそこまで正確にバリューを株価に反映させません。買収された企業の成長期待は買収した企業の低成長期待によってかき消されてしまい、結果的に期待通りの株価上昇(バリュエーションの上昇)が実現しない、と言うことはよくあります。
例えばソニーを例に取って考えてみます。低成長の消費家電部門のバリュエーションと、高成長でマージンも高いゲームや映画部門のバリュエーションでは、差が出て当然と考えられます。しかしソニーという複合企業全体のP/Eは、どうしても売上の大半を占める家電部門に引っ張られてしまいます。と言うのも、ソニーの株価を見る際に、一般の投資家は松下やシャープと比較をし、Time WarnerやDisney、またはMicrosoftや任天堂とは比べないからです。
よってウォールストリートのアナリスト達は、英語で「Sum of the Parts Analysis(SOTP)」と呼ばれる部門別のバリュエーションを行って、企業の全体価値を推定します。ソニー全体の現在の企業価値は10だが、部門別に見ると、家電が3、ゲームが5、映画が4で合計12だ、よってソニー株は20%割安だ、と言った感じです。
ただ、仮に上記のSOTP分析が理論的には正しかったとしても、そのレポートを見て世の中が「そうか、じゃあソニー株は買いだ!」となるとは限りません。むしろアナリストがよく言うところの「カタリスト」、つまりバリュエーションを変化させるような何らかの事件や要因が発生しない限り、潜在的価値はいつまでも実現しない可能性が高くなります。
これは買収にも言えることであり、単に高成長事業を買収しただけでは、買い手のバリュエーションは簡単には上がりません。その事業を本体にいかに統合しシナジーを出していくかといったマネジメント能力が問われることになります。そして統合やシナジーが不明確であれば、単純に単体であれば高P/Eであるはずの部門の価値は、全体として低いP/Eで評価されてしまうことになります。
この話は、たまにブログで書いているアクティビストの話とも直で関連してきます。例えばTime Warnerは、低成長のケーブル部門と高成長のAOLや有料テレビ部門を一緒にしておいても、それぞれの資産価値が完全に市場価値に反映されず、結果として株主価値が毀損している、と言えるわけです。それがアクティビストファンドの目にとまり、「企業をばらばらにすれば合算価値は現状の価値よりも高くなるじゃないか、じゃあ会社を分割しろ!」と言う要求につながったわけです。
Time Warnerはアクティビストと和解したようですが、同業でメディア大手のViacomは、上記のようなバリュエーション上の理由から、自らメディアコングロマリットを解体し、CBS(テレビ、ラジオ等)と、Viacom(Paramount Pictures、MTV他)の二社に分割しています。
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Q③ 「借入で買収資金をまかなうと利息分EPSが低下するが株は発行しないので発行済株式数は増えない」場合と、「株式発行で発行済株式数が増えるので(高P/E会社を買収する場合)EPSが下がる」場合の比較で、前者のほうが希薄化を起こす可能性が低い、という議論に、株主資本コストは関係しないのではないでしょうか?
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A③ 資本コストは、二つの方向から関係してくると思います。一つはご指摘の通り、買い手と売り手の「相対エクイティ・コスト」という議論です。もう一つは、買い手自身の資金調達コストです。後者については、直感で分かりにくければ、P/Eが同じ会社同士のM&Aについて考えると良いかもしれません。
例えば当期利益100億、P/E20倍(時価総額2,000億円)のA社が、当期利益が半分の50億、P/Eは同じく20倍(時価総額1,000億円)のB社を買収するとします。単純化のため、買収プレミアムや諸経費はゼロ、シナジーもゼロ、バランスシート上は全てエクイティだとします。
まずストックディールの場合、A社は1,000億円の買収資金を調達するために、自社株を発行します。その際相手の規模が自分の半分なため、単純に株数は1.5倍になります。では当期利益はと言うと、こちらも二社の合計で150億円、つまり1.5倍となります。その結果、EPSは買収前と変わらない、つまりアクリーションもダイリューションも発生しないことになります。(この状態を「ブレイクイーブン」といいます。)
ではキャッシュディールの場合を見て見ます。A社は1,000億円の買収資金を4%の金利で調達するとします。話を更に単純化するために、税率は0%だとします。そうするとA社の当期利益は、金利分40億円減少することになります。よってB社買収後の合算当期利益は、A社の100億+B社の50億-40億の金利で、110億円になります。それに対して株数は買収前後で変わらないため、EPSは10%増加(アクリーション)したことになります。
以上の比較を見ると、やはりキャッシュディールの方がダイリューティブになりにくいように見えます。なぜそうなるのかと言うと、A社が4%と言う低いコストで資金調達出来るからです。
キャッシュディールの場合のEPSがブレイクイーブンとなる資本コストは、数学的に計算できます。上の例で言えば、金利が5%であれば、金利支出は50億となり、買収後の合算利益は100億円となりますので、ブレイクイーブンになります。バミューダの企業でもない限り税率は0%ではないため、上の例での本当のブレイクイーブン金利は、5%÷(1-40%)で8.33%となります。これ以下でデットを調達できればストックディールよりも有利と言うことになります。
ちなみに、ターゲット企業のP/Eが高ければ高いほど、より多くの買収資金を調達する必要があるため、このブレイクイーブン金利は下がってしまいます。これが、先日のブログに書いた「ターゲットのバリュエーションが高すぎるとキャッシュディールでもダイリューティブだ」、と言う議論になるわけです。また、市場金利が高かったり資金をハイイールド市場に依存しているような会社の場合、買収の規模が大きくなると金利負担が重くなり、ターゲットのP/Eにかかわらず、キャッシュディールの方がダイリューティブになります。
より色々とシミュレートしてみたければ、Excelで簡単なモデルを作ってみることをお勧めします。
余談ですが、このブレイクイーブン金利を計算する際に用いるP/Eの逆数は「益利回り」と呼ばれ、株価水準が絶対的に割高であるか割安であるかの判断に使うことも出来ます。例えば「日経平均のP/Eが25倍であるのに対してS&P 500は18倍だから日本株は割高だ」、と言う議論に対しては、「日本の金利水準が低いため、益利回りが4%(1÷25)も出ていれば十分だ」、と言う議論が出来るわけです。
以上、金曜の夜に長々と書いてしまいました。アメリカは今週末はPresidents' Dayのロングウィークエンドです。