「流動性逆流」実現の恐怖? |
アメリカのQEは、今までも、「通貨の切り下げ競争に繋がる」などと、諸外国から批判を浴びて来たことは、2010年のエントリーでも取り上げました。しかし2008年の信用バブルの破綻がもたらした経済危機が、一般的な景気サイクルによるものではなく、いわゆる「バランスシート危機」であった事から、QEは概ね適切な政策であったと、評価されている気がします。
アメリカの金融当局が、緩和政策を収束させるということは、それだけ経済の先行きや、信用危機の後始末の完了に、自信があることの裏付けでもあると言えます。これは世界経済にとって、非常に喜ばしいことであるようにも思えます。
にも拘らず、このエントリーのタイトルに「恐怖」という言葉を使ったのは、まさに「流動性が逆流」する可能性がある為です。
これは、昨年10月のエントリー「中国バブル崩壊のトリガー」でも触れた内容ですが、今までアメリカから新興国に流れていたと思われる資金が、アメリカの利上げに伴ってアメリカに吸い上げられる、という意味です。その結果、新興国経済の成長力が打撃を受けたり、不動産バブルが崩壊したりする可能性が考えられます。
途上国バブル?
今では完全に古い言葉となった感のある「BRICs」(ブラジル、ロシア、インド、中国)と言った言葉にも代表されるように、途上国はここ数年間注目の市場でした。しかし、アメリカでの金融緩和は、低コストでの多額の投資資金を生み出し、それらが高成長の途上国に流入することで、そこにバブルを発生させてしまっている恐れがあります。
極めて単純化して言うと、10%で成長している経済地域においては、金利、つまり資金調達コストも、ある程度高くなるのが自然です。と言うのは、3%で資金が借りられて、10%のリターンが比較的容易に得られるのであれば、皆がお金を借りまくることが想像されるためです。
しかし途上国地域の中には、外国為替や金利の制度が規制されており、そのようなメカニズムが働かないところが多く存在します。主なところでは、中国は管理相場制ですし、香港やシンガポールなどの投資立国は、自国通貨を米ドルに固定しています。
アメリカのQEはつまり、そのような高成長の国地域への投資資金のコストが、不自然に割安となっていたことを意味します。
香港や上海の街を歩いていると、どこからこんなお金が沸いてきたのか、と素直に感じるほど、高級ブランド店や高級貴金属店が乱立し、超高級車が数多く走りぬけ、高級レストランにも人が溢れています。そのお金が「ヘリコプター・ベン」のポケットから降り注いだものであったとすると、今度は逆に、そこに資金が急速に吸い上げられてしまうかもしれません。
欧州市場に投資をしている友人が、スペインの不動産バブルも、似たような市場統制によってもたらされたのだ、という話をしてくれました。
事実上途上国と言ってよいスペインの経済は、先進国ドイツなどと比べると、高成長が期待されていました。しかしユーロ通貨統合により、スペインの金利は下落し、割安の資金で高成長経済に投資する、というアービトラージがまかり通ることになり、それが不動産バブルにつながった、という話です。
そのような国地域で、金利上昇により、資金コストの上昇が発生すると、利ざやが一気に狭まることになります。投資家は、実際にそうなる前に、そうした状況が予想された段階で、資産をさっさと売却して利益を確定しようと考えるかもしれません。そうした行動が、まさに「バブル崩壊」という状況を生み出してしまうと考えられます。
そうしたバブル崩壊は、あぶく銭を稼いでいた人だけを苦しめる訳ではありません。欧米の例を見ても分かる通り、資産価値の急落や、銀行や家計のバランスシートの悪化は、経済全体の足を引っ張ってしまいます。
仮に、そのような事が中国で発生し、いまや世界第二位となった経済大国が急減速するような事になれば、中国に依存して来た多くの国(例えば資源国)への巨大な影響も懸念されます。
漂いつつある暗雲
6月21日のFinancial Timesは、「Investors pull more money out of EM funds(投資家、途上国ファンドから資金を引き上げ)」の中で、アメリカの金融緩和収束の結果、途上国資産への投資意欲が減退するとの予想から、途上国債券ファンドへの資金流出が、過去3週間に渡って続いている、と報じていました。
その記事の中で、投資資金の流れを監視しているEPFR Globalという会社の話として、過去4週間の平均資金流出額は$1.73bn(約1700億円)と、過去最高(最悪)であると書いてありました。また、インドやトルコの通貨が暴落していることにも、同紙の記事は度々触れており、経済規模でトップ25の途上国通貨のうち、下落を免れているのはインドネシアのみである、との話も載っていました。
時期を同じくして、中国では、銀行間の短期資金市場で資金が枯渇することで、SHIBORと呼ばれる短期金利が急上昇する、という事象が発生しました。
その理由としては、正規の銀行融資でない資金調達手段、いわゆる「シャドー・バンキング」を多用している銀行セクターに「灸を据える」ために、中央銀行のPBOCが資金供給を渋った為だと言われます。短期金利の急上昇は、その後収束に向かいましたが、事業会社で資金回収スピードが遅れているなど、嫌なニュースが多く聞かれています。
香港でも住宅用不動産市場では取引高が落ち込んでおり、賃貸市場も「冷え込んでいる」と言う声が、最近よく聞かれるようになりました。かつて米系大手投資銀行で中国の銀行株アナリストをしていた元同僚は、昨年末にKennedy Townに保有していたマンションを売却し、賃貸用に移り住みました。
シャドー・バンキングの影
先日、欧州系の年金ファンドで、韓国と中国に主に長年投資をしている友人と、金融街Centralにあるホテルのレストランで、会食をする機会がありました。2000円以上するハンバーガーを食べながら、同氏は最近の中国や韓国の市場の軟調さを、一時的ではなく構造的問題だという見方について、話してくれました。
同氏にとって中国の最大のリスクは、中央政権の求心力、リーダーシップの剥落であるそうです。今までの中国は、「改革開放」を推し進めた鄧小平氏が、事実上任命したトップが、統治して来ました。しかし現政権からは、鄧小平の息がかかっておらず、同氏に言わせれば、本当にどこまで権力を掌握できているのか不透明であるとの見解でした。
更に、経済成長も減速していることで、緊急の課題である金融制度改革などが、頓挫するリスクがある、と指摘していました。シャドー・バンキングは、そんな金融改革の目玉の一つであり、管理できない形で不動産融資が急増するのを抑える為にも、必須であると考えられています。それが実現されなくなるリスクがあるとなると、確かに心配です。
別の機会に、北京大学とハーバードで学び、現在は中国本土でインベストメントバンカーとして活躍する元同僚とも、香港中心部の高級オフィスビルに入居する満席の北京料理レストランで、夕食を共にする機会がありました。
香港と北京に居を構えて中国全土を飛びまわっている同氏は、中国経済の長期的見通しについて、比較的楽観的に考えていると言い、ただし、現在のような不安定な状況は、数年続くかもしれないと言っていました。
その理由としては、現政権が経済の構造改革に本気であり、既に維持不能となっていた投資(FAI)主導の成長から、本気で消費主導の成長への転換を図るつもりだと考えられるから、であるそうです。そうした改革は、1、2年かかっても不思議ではなく、現在は正に移行期にある、と言うわけです。
ただ同氏も、シャドー・バンキング問題について、「お金はどこかに行かなければならない。株式市場が不調であれば不動産、不動産も低調であれば別の投資先だ」として、規制の難しい構造的問題である、と認めていました。またその上で、アメリカの金融緩和収束の影響は、現時点では想像し難いと言っていました。
そもそも中国の大手銀行は、4行とも国有であり、更にその役割は、主に国有企業への融資であることは、過去の中国に関するエントリーでも書きました。また、金利が規制されている中国では、預金金利は3%前後と低く抑えられており、それが不動産やシャドーバンキング商品への投資(投機)ニーズを作り出している、と言われます。
現在では、国営銀行から融資を受けられない民間企業や、不動産担保での資金調達が困難となった地方政府などが、債権を小口化したいわゆる「理財商品」や、企業同士、またはファンドを介した直接融資などを含むシャドー・バンキングシステムを、多用していると言われており、残高は13兆元(約210兆円)にも上ると報道されています。
前回のエントリーでも若干触れましたが、2013年第一四半期のクレジット(社会融資総量、広義の貸出金)総額は6.2兆元(約100兆円)と、前年同期比で6割も増えています。鈍化する経済成長率と大きく乖離するこのような数字が明るみに出る中で、特にシャドー・バンキングを通じた投機資金の不動産市場への流入が、新たなバブルの源泉となりかねないとして、強く懸念されています。
それでも期待される成長
ただFTの別の記事「Emerging markets suffer the advent of the taper(途上国、金融緩和の先細り間に苦しむ)」にもありましたが、現時点のIMFの予想によると、2013年から5年間の途上国の成長予想は平均6%と、先進国よりも十分に高い数字であるように見えます。アメリカ経済が回復軌道に乗るのであれば、それもまた途上国にとっては大きなプラスとなり得ます。
中国に関しても、短期的に構造改革の痛みを受けたとしても、それによって、より持続可能な成長パターンを手に入れることが出来れば、中国にとっても、中国の貿易相手国にとっても、大変喜ばしいことである気がします。改革に困難が伴うのは想像に難くありませんが、一党独裁制度はまた、ここで妙な強みを発揮するかもしれません。
そのように考えると、「流動性の逆流」だけで、本当に途上国がダメになるとは、全く言い切れない気がします。香港の煌びやかさを見るにつけ、これがバブルでなければ何がバブルなのかと、感じずにはいられないことも事実ですが、世界の大都市の不動産価格が収束し、そこで安定しつつあるのも、また事実である気がします。
大手投資銀Morgan Stanleyは、FRBの発言内容は今後2年間利上げが無いことを確約した意味で、市場が考えているほど「引締め的」ではない上、日銀が「2014年末までにバランスシートを二倍に拡大する」と言うほどの金融緩和を実施しており、政策手詰まり感のあるECBも量的緩和に踏み切る可能性があるため、引続き流動性は豊富に供給される、という見方を、北米債券部のエコノミストJoachim Fels氏が6月23日に示しています。
途上国の経済や不動産バブルの崩壊が、アメリカの金融引締めによって本当に引き起こされるかどうか、この議論はQEが実際に終了するまで、ウォールストリートを延々と賑わせるのだろうと想像します。結論はともかく、QEが「行きは良いが、帰りは怖い」政策であるとの認識が高まる中、注目すべき主要マクロリスクの一つであることは、間違いない気がします。
(北京、武漢、広州、深圳を結ぶ高速鉄道は、香港・九龍まで開通予定。イラストはそのターミナル駅の完成予想図)