マインドセットの違い |
アクティビストファンドPCMの要求は、「パブリックエクイティ(上場株)市場ではKRIの価値が正当に評価されていないため、M&A市場での企業売却を検討すべきだ」と言うものでしたので、今回の決定は、まさにその要求通りの動きと言うことになります。この報道を受けてKRIの株価は1%上昇したようで、株式市場は今回の決定を評価していることになりますが、CEOの名前から判断するにオーナーファミリーなのでしょうから、背後では色々あるのでしょうが、この合理的決断と言うかマインドセットは大したものです。
そのKRIのCEOであるTony Ridder氏は、この決定を受けて社員にメモを送り、仮に企業が売却された場合でも従業員のストックオプションは消滅しない旨、売却プロセス中も事業は普段通り継続する旨などを説明したそうです。M&Aでは従業員のセンシティビティを考慮した色々な対応が取られますが、このようなCEOからの直接のメッセージも、まさにその一つと言えます。
新聞業界は、トップラインは苦しいものの利益率の高い業種なため、実際の売却(オークション)プロセスに入れば、LBOファンドを中心に色々な買い手の関心を集めるものと思われます。もちろんPCMの動きを受けてバリュエーションが相当上がっていますので、FTなどはプライベートエクイティファンドもさほど関心を示さないのでは、と書いていますが、そこは以前にLBOの解説でも書いたように、「どこまでレバレッジをかけられるか」だと思います。
KRIは、今回の案件で長年のアドバイザーである「Goldman Sachs」をセルサイドアドバイザーとして採用したようです。Goldmanは米国のM&AではダントツのNo.1で、特にオールドエコノミーには圧倒的強さを誇っていますが、メディア業界だけを見てみると、Morgan StanleyとLehman Brothersがトップの座を占めており、Goldmanは水を開けられています。そんな中、今回の案件では一つ実力を証明したことになります。
これはこちらで働いていて強く感じることですが、アメリカでは、リレーションシップ“だけ”では商売が出来ないのが通常です。今回もGoldmanは、「昔からの付き合いだから」と言うだけで雇われたわけではなく、様々な業界状況の分析や主要株主からの要求の分析、それを受けてどんな選択肢がKRIには残されているか、どういう場合にどれくらいのバリュエーションが期待されるかなど、徹底的に分析・提案したものと思われます。
もちろん競合の投資銀行も同じような提案をしたものと思われ、仮にその提案の方がGoldmanの提案を上回る内容であれば、そちらの会社に仕事を奪われてしまったと思います。
実際、私が昔勤めていた会社で、Goldmanの30年来のクライアントから仕事を奪ったと言うことがありました。その時の担当のシニアバンカーが、「提案の内容はもちろんのこと、いかにチームメンバー全員が客の前に出て行って、その結果クライアントと“より強固な”信頼関係を築くかがポイントだ」と言っていたのが思い出されます。同社もGoldmanに勝るとも劣らないブランドネームを有する会社でしたが、そのブランドネーム“だけ”では商売は出来ない、とそのシニアバンカーは頻繁に言っていました。
また、これも以前に勤めていた会社での話しですが、複数の銀行からの借入れで長年資金調達を行っていた未上場会社が、ある時にローンを全額返済し、デットを一本のハイイールド債にまとめてしまったケースもありました。この会社の場合は、ハイイールド債の方が長期的に見て金利的に有利だった事、ボンドの方が色々な意味でフレキシブルなことなどが理由でしたが、ある意味それまで「育てて」くれた銀行をアッサリ切ってしまう辺りには、正直驚かされました。
そういったマインドセットが一般にあるからこそ、そもそもKRIの今回の決断のようなこともあるのでしょうが、そういうところを見るにつけ、つくづくアメリカと日本とのマーケット環境の違いを感じます。金融はある意味では完全にグローバルにつながっており、ある意味ではローカルマーケットの性格が根強く残っているため、何とも難しいビジネスだと思います。