金融機関の「尊厳死」? |
10月20日にFinancial Timesが報じたところによると、Bank of England(英中銀)総裁のMervyn King氏は、銀行を「公共目的の強い部門」と「リスクの高い部門」に分離することを提唱しているそうです。
King氏のアイデアの背景には、銀行を「Too big to fail(重要過ぎて潰せない)」存在でなくすことがあるそうで、言い換えれば「小さくして潰せるようにする」という事かもしれません。経済が金融ビジネスに大きく依存しているイギリスにおいて、中央銀行からそのような提案がされるというのは、なかなか興味深い話です。
同氏の思想面について詳しく知らないのですが、同氏の銀行分割というアイデアに対して懐疑的意見が多いことについて、「預金や決済機能を行う銀行と、リスクの高い自己トレーディングなどを行う機能を分離することの、何が非現実的なのか」と、強いトーンで主張しているそうです。
しかし同じイギリスの大蔵省とFSA(金融庁)から、その方法について否定的な意見が出されており、特に大蔵省は、分離によって銀行が安全に「破綻」できるという調査結果は出ていないと主張している、とFTでは伝えていました。また保守党も、イギリスだけがそのような行動に出ることの無意味さを指摘しているそうです。やはり議会にとっては、あまりドラスティックな業界改革は避けたいところと言うのが、本音なのかもしれません。
現在、金融危機への対応として、国際的に検討されているソリューションは、主に銀行の資本の質と量を高める規制強化に焦点を当てています。しかしKing氏は、それでは不十分だと考えているようで、金融業界を現状のままにして、「規制を強化する」ことで金融危機の再発を防げると考えるのは「Delusion(妄想)」である、と強い言葉で訴えているとFTは伝えていました。
英中銀のそのような提案に対してイギリス大蔵省は、金融機関に対して「Living Will(生前遺言)」を提出させる方法を主張しています。
「生前遺言」とは、末期症状になった際に延命治療をせずに尊厳死を求めることを文書化する行為を表す言葉ですが、イギリスで検討されているのは、金融機関が経営危機に陥った際に、複雑な組織形態(Tax Entity)を短期間で単純化し、政府主導のスムーズな破綻処理を可能とする方法を、事前から明文化させておくというもののようです。
これは、昨年破綻したLehman Brothersが、税金対策などの目的から数万社に渡る企業体の集合となっていたことで、破綻時の混乱が大きくなったことの反省を受けた提案とも言われています。しかし金融界は、このアイデアに対して、懐疑的意見を出しているようです。
少し前になりますが、9月14日のFTに載っていたStandard Chartered銀行の意見では、どの銀行が破綻するかを明文化することは、取引先からの不安を煽ることになる、と警告しています。また英大手銀でLehman Brothersの米国部門を買収しているBarclaysの金融担当役員であるChris Lucas氏は、徐々に作られた多数の組織体を単純化することは「極めて複雑で事実上困難」と、大手銀の幹部として明確な反対意見を述べているそうです。
またイギリスの銀行業協会(BBA)は、当局による様々なラディカルな提案提出に対し、「拙速な規制強化は高い代償を伴う」として、慎重な対応を求めているそうです。10月21日のFTによるとBBAは、資本増行を求めるのであれば、それが貸出し行為に与えるネガティブな影響を十分に考慮するように促し、また銀行の会計処理の変更を求めるのであれば、国際協調的な実行を求めています。また、景気回復がようやく見えつつある段階で、金融規制を強化することのリスクについても、言及しているそうです。
10月3日のEconomistに載っていた「Living Wills – Death warmed up(生前遺言-和まされた「死」)の中でも、上記の生前遺言について取り上げていました。同記事では、金融危機からの最大のレッスンはモラルハザードであり、生前遺言のような仕組みを作ることで、金融機関破綻の代償を(納税者ではなく)ステークホルダーに強いる仕組みが出来上がる、と議会に主張した、Geithner米財務省長官の言葉を紹介していました。
しかし同誌は、全般的にはこのアイデアに懐疑的のようで、「破綻プロセスを簡易化したところで、金融機関の破綻が容易になるとは思えない。その企業の取引先やステークホルダーに別の大手金融機関がいた場合、整然と破綻しようがしまいが、金融危機を誘発する可能性が高い」と指摘しています。同誌はそのようなアイデアは「Fantastical(空想的)」だとした上で、もし規制当局が特定金融機関の破綻を求めることを決定すれば、それはパニックを防ぐのではなく、誘発してしまう、と主張しています。
こうした問題を解消するひとつの方法として、金融機関を、独立して行動する企業の集合体とすることがある、と同誌は書いていましたが、これはKing氏の提案に近い方法と言えるかもしれません。しかし生前遺言が納税者の受けるリスクを最小化することを目的とするのであれば、「銀行部門を救って証券部門を潰す」といったアイデアを明確にしないと意味がない、それであれば証券と銀行の分離に近い、と指摘していました。
経営が失敗したら政府主導で破綻させる、と明確に定めることは、金融機関のモラルハザードの低下には繋がるかもしれませんが、昨年の金融危機が、「公共の役割を果たす」とKing氏が主張している預金銀行ではなく、証券会社(投資銀行)であったLehman Brothersの破綻によって引き起こされたことを考えると、上記のような方法で本当に金融危機が防げるのか、疑問が残ります。
また金融危機の際には、業界全体が連鎖的かつ即時に流動性危機に陥ることを考えると、個別企業をスムーズに破綻させる仕組みを作ることでは、危機を抑え込むことは出来ない気がします。
そう考えると、やはりもっともあり得そうな解決策は、いわゆる自己資本比率の向上(レバレッジの抑制)と、今までオフバランスシート化されていた事業のオンバランスシート化によるリスク明確化、ということになるのかもしれません。
だその事は、金融機関の収益力にネガティブな影響を与えると予想される上、世界同時に実行しないことには意味がないので、スムーズな枠組み作りが出来るかは、まだ流動的である気がします。
危機発生から一年が経っても、資本規制や報酬規制を含む金融業界の「リストラ案」がまとまらないことを見ると、現代の国際金融機関がいかに複雑化かつ肥大化し、また国を超えた枠組み作りがいかに難しいかを、改めて感じます。とは言え「経済の血液」の役割を果たす金融業界の安定化とシステミックリスクの抑え込みはMUSTであり、ウォールストリートはしばらくの間、規制環境への対応を迫られ続ける気がします。